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48.桜子より愛を込めて

挿絵(By みてみん)

【二人ぼっちのお留守番(4/14)】

 家に帰るとすぐさま部屋着に召し替え、桜子はキッチンでエプロンを装着した。気合も愛情もじゅうぶん、桜子クッキングのスタートだ。

「ふっふっふ……桜子ちゃんの手料理で、お兄ちゃんをイチコロにしてやんよ」

「いや、食っても死なないモノ作ってくれ」

自分もジャージ姿になって下りて来た遼太郎が、妹の独り言に物申す。


 桜子は遼太郎を振り向き、ニコッと笑った。

「りょーにぃはできるまで、ゲームでもしてていーよ?」

「それじゃ悪い。言ってくれたら手伝うぞ」

「いいのいいの。運ぶのとかは手伝って欲しいけど、それまでゆっくりしてて」

そう言われて、遼太郎は少々気が引けながらソファに腰を下ろす。桜子があんまり健気で可愛いことを言うので、どこか落ち着かない気分である。

(何つーか……同棲とかってこんな感じなのかな……)


 って、妹相手に思うことではない。遼太郎は慌ててゲームの電源を入れる。


 一方桜子の頭の中の方では、

(うーん、あたし達ってば、もう完全に新婚さん……///)

妄想お付き合いは兄のひと足先を疾走していた。



 そこでふと桜子は思いついて、

「そうだ、お兄ちゃん」

「着てろ」

ゲーム画面を見たままの遼太郎に、ズバリ看破され、桜子はビクッと震えた。


「は……裸エプロンはおキライですか?」

「男のロマンではあるが、実妹にそれさせたら、一生モノの業を背負うわ」

「せめて、下だけでもぱんイチに……?」

「“ぱんイチエプロン妹”とか、もはや新ジャンルだろ、それ」


 遼太郎に断られてしまったが、まあ、「やれ」と言われても実際困る。照りチキ焼く時の油跳ねを考えれば、裸エプロンで臨むと、放置型の自動お独りSMプレイが完成しかねない。

(これはりょーにぃには黙っておこう……)

下手に“S”の部分を刺激すると、本当に「やれ」と言いかねない気がした。




 **********


 さて、そんな桜子の料理の腕は、おかーさんの薫陶を受けて、この半月で経験値メタルスライム2匹分はレベルアップしている。


 半身にした鶏もも肉を合わせタレに漬け込む間に、圧力鍋にゴロッと切った人参・玉葱・キャベツにベーコンを放り込み、トマトジュースで仕立てるミネストローネ風ポトフに火を入れる。

 さすがにおかーさんみたいに、調理と片づけを同時進行まではできなくて、シンクに皿やボウルが積み上がっていくけれど、料理自体は結構手際良くパッパパッパと進めていく。


「♪サンキュー、サンキュー、サンキューチキン! ありがとう、産んでくれて……『だが今日食われるのはお前自身だあー!』『なにーっ?!』」

「いや、お前が何なんだよ」



 さて、下味の染みたチキンを焼く段になり、桜子はふと考える。

(うーん、ただ焼くだけじゃ面白くないよね)

よく……でもないが、好きな人に食べてもらう料理に、“自らの体液、もしくは体組織の一部”をあしらうという調理法も聞く。

(いや、それはさすがに)

発想が猟奇的というか、狂気の領域で、桜子もフツウに引く。でも折角の遼太郎への手料理だから、何か桜子の“特別”を込めたい。


 桜子は思案の末、胸の前で指でハートを作り、

(美味しくなーれ、萌え萌えきゅーん)

鶏肉に”何か“を撃ち込んでみた……うーん、弱いな。そこで今度は、

(届け、あたしのラブっ!)

唇に指を当て、チュッと投げキッスを飛ばしてみる。


「さっきから何入れてんだ、人の晩メシに」

「ひいやああああああっ?!」



 顔を上げると、遼太郎がキッチンカウンターに腕を乗せて桜子を眺めていた。

「あの、その……愛情の隠し味を」

「隠しきれていないぞ」

遼太郎の真顔に、桜子の首から上が真っ赤になる。

(これ、相手に見られたら、めっちゃ恥ずかしいやつやんけ……)


「み、見るな、りょーにぃのエッチ! あっち行かないと、“ぱんイチ白靴下エプロン妹”を見せるぞ」

「ヤメろ、照れを隠してカラダ隠さず的発想」


 遼太郎がフッと笑いながら、リビングに戻って行く。

(くっ……この敗北感……!)

遼太郎の分のチキンに密かに、桜子の中指がぐりぐりと突き立てられた。




 **********


 何はともあれ、奮闘2時間。


 桜子は照りチキを焼き、煮崩れないよう圧を掛けた後のスープにジャガイモを追加し、カットサラダに粉チーズを振り、余力で一品、マカロニと瓶詰刻みニンニクと鷹の爪で“なんちゃってペペロンチーノ”まで仕上げて、7時過ぎには夕食の支度を整えてしまった。



 遼太郎は、桜子がひょいひょいと、次から次にカウンターに乗せる料理を運びながら、目を丸くしている。

「すげえな。何か、誕生日かクリスマスみたいだ」

確かに桜子のメニューは、チキンとトマトポトフ、サラダにショートパスタと、季節外れのクリスマスディナー感がある。

「えへへ、桜子ちゃん、ちょっと気合入れてみました」

「入り過ぎだろ。でも、マジ旨そう」

「ま、褒めるのはお味を見てからにしてよ。上手くできてるといいけど」

自分は半身でじゅうぶんだけど、男の子の遼太郎の皿にはチキン二切れがっつりと乗っけてある。味も量も、満足してくれたらいいな///


 遼太郎の目が輝いていて、桜子の方は食事の前から胸いっぱいになる。

(それと、料理ってしてる間になぜかちょっとお腹大きくなるんだよね)

味見とかそんなにしてないのに、何でなんだろう?



 照れたようで自慢げな妹に、遼太郎は笑いながら、

「これでメシ炊き忘れてるとかなけりゃ、完璧だな」


「……あ……」

「……え?」


 遼太郎の軽口に、桜子がぴたりと固まった。真顔にほんの僅かに笑みの混じるこの表情は、いわゆる……

「やっちゃった?」

桜子がそっと開けた炊飯器の中を、カウンター越しに覗くと、はたして水に浸かった米がある。英語では稲も米もご飯も同じく“rice(ライス)”だが、日本人にとってその状態の違いは由々しき問題だった。



 さあっと青くなる桜子に、遼太郎は慌てて、

「大丈夫。パスタあるし、メシなくてもこのボリュームだし」

そうフォローしたが、桜子の顔にはショックがありありと浮かんでいる。

「ダメ……照り焼き、ごはんに合う味付けにしたから、ごはんがないと……お兄ちゃんにごはんと一緒に食べて欲しくて、あたし……」

見る間に、桜子の表情がくしゃくしゃになると、

「お兄ちゃん、ゴメンなさいー! 桜子、また失敗しちゃったあ! お兄ちゃんに、美味しいよって言ってもらいたかったのにー!」

突っ立ったまま、手放しで泣き出した。

(って、これは……)


 久しぶりに遼太郎、“幼い妹”モードの桜子との再会だ。


 驚くと同時に、遼太郎の胸が痛む。桜子が買い物から料理まで、ものすごく張り切ってくれたのを、目の前で見ている。

(そりゃ、完璧に仕上げたかったよな)

本当に遼太郎からすれば、メシがなくても今の料理でじゅうぶんだし、正直冷める前にとっとと食いたい。


(けど、俺がそう言ったところで……)


 慰めにならないと、それもわかる。こんなに頑張った妹が泣いていると、遼太郎も辛くなる。今日の桜子には、頑張った分だけ笑顔になって欲しい……



 そこでふと、遼太郎はカウンターを回ってキッチンに入った。泣きじゃくる桜子はとりあえず置き、冷蔵庫の冷凍室をゴソゴソすると、

「桜子、あったぞ。冷凍のごはん」

母さんが、残りご飯をラップに包んでジップロックしてるのを思い出し、奥から引っ張り出した。


 真っ赤にした目を見開く桜子に、努めて軽い調子で、

「よし、レンチンしてメシにしよーぜ。お兄ちゃん腹減ったし、桜子の愛情たっぷりが冷めたらもったいねーよ」

桜子も全身から力が抜けるほどホッとして、

「よ……かったあ! もう、一瞬ホントに絶望したよ」

「大げさだって。こっちは俺がやるから、お茶注いで」

桜子に笑顔が戻り、遼太郎は内心胸を撫で下ろした。


(母さん、マジで助かったよ……)


 遠く離れていても、母さんはやっぱり子ども達を見守ってくれている。



 ああ、母の愛は偉大です――……




 **********


「あ、旨い」


 愛情|(&中指(F〇ck))入魂の照り焼きをひと切れ口に運んだ遼太郎の声は、桜子の経験上、かなり素の時のトーンで、

(これは……お世辞や優しさではないよね)

確かな手応えに、桜子は思わずガッツポーズになった。

「うん……あまり甘い味にしてないんだな」

「りょーにぃはそっちの方が好きかなって、ちょっとお醤油が勝つ感じで、料理酒じゃなく赤ワイン使ったんだけど……どう? 口に合う?」

桜子がおずおず窺う間にも、遼太郎はチキンをガッと白飯(シロメシ)で追っ掛ける。言葉より明快な答えだ。

「いい。メシ進むし、好きな味だ、これ」


「なあ、桜子……割とマジで、俺の嫁に来てくれよ」

「割とマジで妹に求婚するな、バカ兄」



 それは冗談でも、男子高校生、メシの食い方にウソはつけない。遼太郎は物を食べながら口の中を見せずに明瞭に喋る、という妙な特技を持つが、そうしながらも結構な勢いで皿の料理が減っていく。

「何かさ、メシが旨いと、ちょっと笑いが出る時ない?」

器用にも、食べながら含み笑いまでしている。

「ゴメンね。ホントはごはんも炊き立て食べて欲しかったんだけど」

「じゅーぶん、じゅーぶん。てか、メシは足りねえ」

照り焼きがよほどお気に召したようで、遼太郎はいそいそキッチンに立ち、冷凍ごはんを電子レンジに放り込み、ターンテーブルの回転をじっと見つめている。


 そんな遼太郎に、桜子の背中をゾクゾクする感覚が駆け下りた。

(何だこれ……何だこれ、あたし……?)

自分の作った料理を、お兄ちゃんが夢中で食べている。それだけのことが何で、こんなにも、泣きたくなるくらい嬉しいんだろう?


 お兄ちゃんが笑うと、あたしも嬉しい。


 それも、記憶のない時の“あたし”が残した幻?

(違うよ。これは、“今”のあたしのキモチだ……!)

お兄ちゃんに美味しいものを食べて欲しくて、失敗したと思った時はどうしようもなく悲しくて、笑っているお兄ちゃんを見てると、温かくて、胸の奥が本当に温かくて。このキモチは……


 あたしのものだよ。誰のものでもない、あたしのなんだよ。



 そうして遼太郎を見つめている桜子だったが、遼太郎の方も、忙しく箸を止めないまま桜子のことを見ていた。


 さっきの、大泣きした桜子。あれは記憶を失くしている時の、しばしば子ども返りをする桜子のようだった。もしかして今の桜子にも、あの時のちっさかった頃みたいな桜子が、幾らか消えずに残ってるんじゃないのか?

(じゃあ……)

あの、妙に悪戯っぽく、ドギマギさせられた、知らない女の子のような桜子ももしかしてまだそこに……?


 そこで遼太郎は我に返り、

(いや……いるとして何なんだよ?)

自分を誤魔化すように、ポトフをスープ皿からグイっといって……

「……こふっ」

「やーもう、汚い! 何してんのさー!」

噴いた。桜子が口では文句を言いながら、すっ飛んでってキッチンペーパーを取ってきて、甲斐甲斐しく口元を拭いてくれる。

「もう、遼君? お行儀が悪いわよ?」

「ん……ゴメンなさい」

妹の中には、どうやら“母さん”もいて、その口真似で叱られると勝てない。



「チキン半分残ってるから、明日の朝はそれ、照りチキサンドにしたげるね」

「何それ絶対旨いヤツじゃん。俺、お前が妹でマジで良かったよ」


 遼太郎には珍しい無邪気な笑顔を、カワイイと思う桜子。実は――……



 今から二十年くらい前でしょうか。


 これと似たような感じで胃袋をつかまれた男、つかんだ男の笑顔に心をつかまれた女がおりまして。それが全てではないでしょうが、兄妹のルーツのひとつであることは間違いないのですが……


 ま、それはまた別のお話。




挿絵(By みてみん)

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