表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
12/66

47.オンナノコのキモチ

挿絵(By みてみん)

【二人ぼっちのお留守番(3/14)】

 陳列棚の陰でガクブルしていると、ふと振り返った桜子と目が合って、サナは反射的に顔を背けた。そのままザリガニのように後退したが、左の頬に桜子の突き刺さる視線は感じている。挙句……

「お、早苗ちゃん、映画の時(しばらく)ぶり」

(声掛けんなよお、桜子兄(さくらこにい)!)

妹の視線を追った遼太郎に、疚しさひとつない顔で呼ばれた。見られてはそのまま立ち去りもできず、サナは買い物カゴを手に、のそのそ二人の前に出る。

「ひ、久しぶりっす、桜子兄。今日は二人で買い物?」


 顔を見合わせる桜子とサナが疚しさでいっぱいなのに対し、遼太郎の顔には一点の曇りもない。つまりこの男、兄妹でさんざんラブラブしていた自覚がない。逃げ出したい気持ちの桜子&サナに、遼太郎は空気を読まず、

「うん。今日親が法事でいなくてさ。桜子がメシ作ってくれるって言うから、二人で待ち合わせて買い出しに」


(言うなああああああああああああっ!)

(言うなああああああああああああっ!)


 桜子とサナの無言の絶叫も、遼太郎には聞こえない。サナは思う。

(チカの言う通り桜子兄(こいつ)、マジで天然の“桜子孕ませ機”か……)



 サナがちょいちょいと桜子と手招きする。サナは桜子がためらいつつ近づくのを確保し、きょとんとする遼太郎にニッと笑って、缶詰とレトルト商品の通路へと引きずり込んだ。

「おい……二人きりの夜に、手料理だあ? 本気で落としに掛かってんのか?」

「そ、そーゆのではなく、最近料理に目覚めて、そこに他意はなく……」

桜子がモゴモゴ言うと、サナはジトりとした目で見つめてくる。

「料理、桜子兄のために始めたんじゃなくて?」

「それは……その……えーと……」

桜子が更に口ごもると、サナが深いため息をついた。

「桜子……今晩、桜子兄と二人きりなん?」

「う、うん。まあ、そーなんだけど……」

「友達として、マジでひとつ言っとくぞ……」


「せめて、ゴム買って帰ってくれな。マジで」

「マジでぶん殴るぞ、お前」



 桜子が思わず拳を握り締めたが、すぐに力が抜けて、一瞬ぎくっとしたサナの前にうつむいた。

「あのね……あのね、サナ。サナがそういうふうに考えるのはわかるよ。あたしにそういう感情が、ないってことも、ないし……」


「でもね、今日はそういうんじゃないんだ……お兄ちゃんとあたしのこと、そういうふうに見て欲しくないんだ……」

「桜子……ゴメン、泣くなよ……」


 遼太郎に背を向けて、泣きそうな顔をしている桜子に、つられてサナの目にもじわっと涙が滲む。

「あのね、あたし、自分でも自分の本当の気持ちがわからないから……だから、確かめたいんだ。サナ、こんなあたしを笑わないで……」

「笑わないよ! ゴメン、桜子ぉ……チカにも言わないし、アタシも今日のことは訊かない! 桜子の真剣なキモチ、絶対に笑ったりするもんか……!」

スーパーの店内で、中学生の少女が二人、抱え合うようにして雨模様……



 渦中の朴念仁は、そんなこととはちっとも気づかない。

「二人とも、どうかした?」

「どうもしない! そうだ、桜子兄。ちょっと学校でいるもの買いたいから、桜子借りてっていい?」

「うん? ああ、全然いいよ。じゃあ、桜子。俺、ぐるっと回って最終お菓子売り場にいるから」

「わかった。すぐ戻るねー」


 妹と友達は、遼太郎に背を向けたまま足早に立ち去っていった。

「まあ、JCの間にDK(ドンキーコングではない)がいても邪魔だしな」

遼太郎は自分の気配りデキるお兄ちゃんっぷりに満足して、カップ麺の新作をチェックしつつ眼鏡を光らせた。



 日用品フロアのトイレで顔を洗い、サナのスポーツタオルを回して、二人は涙の跡を取り繕う。サナは顔を拭い、多少はいつものクール系女子に戻った。

「ゴメンな、桜子。アタシ、女らしくねーからさ。今まで好きな人ができたこともそんなになくて、無神経で友達泣かして、ホント情けねーよ」

いや、上っ面のサバサバさはひび割れて、そこから人一倍優しくて、恋に奥手な女の子の素顔が覗いている。

「ううん。あたしはサナのそういうとこが好きだし、サナじゃなかったら、記憶のないあたしと、無理してでもまた友達になってくれれなかったと思う」

「アズマは?」

「アズマ君は別格」


「ダメなのはあたしなんだ。サナ、ゴメンね、変な友達で」

「あはは。きっと変同士で気が合ってるのかもな、アタシら」

「チーもね。あたし、サナと友達で本当良かったな……でもね?」



 と、桜子の手が伸びて、人差し指でサナの脇の下と胸の境目の、微妙なラインをすすすーっとなぞった。

「ひゃん……?! って、お前、何すんだ?!」

ばっと両手で、お腹の両サイドを抱くように庇うサナに、桜子がニヤニヤする。


「ほらあ。サナだって、ちゃんと“女の子”な感じ出るじゃん~」

「うはあ……お前、たまにチカよりタチ悪い時あるよな」


 複雑な恋を抱えているコだって、男の子っぽいコだって、肉食系を気取っているコだって、ちゃんとちゃんと、オンナノコ。




 **********


 二人が食品フロアに戻ると、

「お、桜子。ポテチさ、ビッグ買う? 違う味の二つにする?」

遼太郎がポテトチップの袋を両手に呑気に出迎えた。


 頭も気もよく回る遼太郎だったが、残念ながら、オンナノコが巧妙に隠してしまった“キモチ”を見抜くような色気はない。

「じゃあ、桜子兄。アタシも家で母さん待ってるし、桜子返すね」

「ああ、そう? じゃあまたね、早苗ちゃん」

何も知らない遼太郎に、気づかれないように、サナは腰の横で桜子にピースサインを出した。


(頑張れよ、桜子)

(うん、ありがとう、サナ)



 サナは此花兄妹に手を振って、レジに向かった。

(何を頑張れって言ったのか、自分でもよくわかんねーけどなー)



 さて、サナと別れてお菓子売り場の二人、

「ごはんの分はだいたいイイから、後はパーリィの準備だぜ、おに……遼君」

飲み物(ペット)とアイスは後で買うとして、ポテチと、チョコ系もいる? タケノコでいいかな、久々に食いたい……」

その瞬間、桜子の顔色が変わった。


「オイ……お前、今何つった……(ピキピキッ)」

「ハッ……お前、まさかキノコ派……って、何て顔してんだよ。ひと昔前のヤンキー漫画みたいになってんぞ」

「♪君をサックラコにしてやんよぉ……?」

「スーパーの店内で“不運(ハードラック)”と“(ダンス)”っちまう気か」


 あわや一触即発の場面もあったものの、この夜を満喫する用意は整った。遼太郎がさりげなく、自分の袋にばかり重い商品を入れるのを見て、桜子はまた密かにキュンキュンする。



 スーパーの帰り道は他愛もないおしゃべりをしながら、つかもうとする桜子の手、逃れる遼太郎の手。夏に向かって日が長くなりゆく夕刻の帰り道、攻防する影が後ろからついてくる。

 嬉しい気持ちと不安を綯い交ぜに、桜子の胸に今確かにあるのは、やっぱり遼太郎を好きだという思い。そのありったけをスパイスに……


 照り焼きチキンに、愛を込めて――……


挿絵(By みてみん)

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ