表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
11/66

46.桜子の“愛情たっぷり”

挿絵(By みてみん)

【二人ぼっちのお留守番(2/14)】

 来てと願っても、来ないでと祈っても、その日は急ぎも遠慮もせずに近づいてくる。桜子が人知れぬ思いに揺れている間に、あれよあれよと、気づけば木曜日の晩ごはんも食べてしまい、お風呂を出た頃にはおとーさんが帰って来た。


 桜子と遼太郎が寝て起きて、明日学校に行くと、その間におかーさんは四国へと発ち、おとーさんも仕事終わりに直行する予定だ。家族が顔を合わせる時間も、この次は日曜日の夜ということになる。



 父・照一郎(しょういちろう)はいつもは一人の遅い夕食を、妻・桃恵(ももえ)のご相伴で済ませるのが常だったが、今夜は息子と娘もリビングでアイスなんかを手にしている。


 おとーさんは普段あんまり感情を顔に出すタイプではなかったが、桜子がグラスにビールを注いであげると、

「こら。今時女の子がお酌なんかするもんじゃない」

口ではそうたしなめつつ、

「でもまあ、桜子が注いでくれたビールは、格別に美味い気がするな」

「父さん……」

あながち満更でもない様子に、遼太郎が呆れる。



 明日から留守ということで、おかーさんから幾つか業務連絡があり、おとーさんからは訓示があった。まあ、基本的に両親とも、

「ま、遼太郎がいれば大丈夫だろう」

と長男に絶大な信用がある。

 桜子の見る限り、遼太郎は第一子であるからか、思春期を迎えても割と両親と距離を置くことはなく、と言って親離れできてない感じでもない。


 兄に対してさえ反抗期のあった桜子には、遼太郎のそういう家族へのバランス感覚と距離感は、ひとつの才能だと思える。


 自分は……信用されていないわけじゃないだろうけど、多分に危なっかしいところがあるのは、この1か月で思いっきり証明してしまったからなー。



 両親不在時のあれこれを、桜子が感心している間に済ませた遼太郎、振り返って妹に問いを投げた。

「ところで、明日どうする? 桜子、何か食いに行きたいものある?」

そう言えば、遼太郎と二人で外で食べるのは映画に行った時ぶりだ。

(うーん、それも魅力的だけど……)

実は桜子には、ひとつ計画があった。


「ね? 良かったら、土曜日あたしが作ろっか?」


 二人きりで過ごす夜に、あたしの腕に縒りを掛けた手料理。何かそれって、すっごく恋人っぽいって言うか、ラブラブな感じがしない?

(べ、別に、りょーにぃとラブラブがしたいってワケじゃ、ないけどさ)

一応心の中でツンを出しておいたが、我ながら説得力がない。



 提案を受けて遼太郎、少々疑わしげに桜子を見る。

「お前、料理とかできんの?」

「失敬な。最近おかーさんに料理教わってて、りょーにぃとおとーさんのお弁当に時々あたしの作ったのが入ってるんだぞ」

そう言われれば……遼太郎にも心当たりがある。


 半月ほど前から弁当に、母さんが作ったにしては味が濃かったり薄かったり、見栄えの悪いのが混じるのには気づいていた。

(あれ、桜子の料理だったか)

母の料理の腕は娘に受け継がれていたようで、ほどなく、おかずは味も見てくれも安定したが、やはり母の味付けとは違うと思っていたのだ。

(良かった。桜子の前で旨いの不味いの言わなくて……)

と、遼太郎が回避していた地雷を……


「ほう。あのちょっと歪な出汁巻き卵は、桜子が作ってくれたのか」

(親父ッ!)


 空気を読まない父が軽やかなステップで踏み抜いた。



 案の定、桜子の顔からすうっと表情がなくなった。

「おとーさんの分は、もう作らない」

愛娘の真顔に父は慌てて、

「いや、そんなつもりで言ったんじゃない。見てくれはちょっと悪かったが、美味しかったし、父さんは桜子の気持ちが……」

(親父ェ……)


 スンッとした妹と弁解しきりの父という情けない構図に、遼太郎は兄として息子としてそっと助け船で出航する。

「確かに……実際、始めの頃は味も見た目もちょい微妙だったな」

「お兄ちゃんまで!」

桜子はショックを受けたようだったが、遼太郎はしれっとして、

「けど、上手くなるの早かったな。今日のカレー味のチキンカツ、お前?」

「う、うん。そーだよ!」

「アレ旨かったよ。明日も作ってくれるなら、桜子の手料理食べたいかな」

こう言うと、桜子は目に見えて機嫌を直した。


「わかった! 桜子の愛情をたっぷり込めてあげる!」

「じゃあ、ああ言わずにこれからも父さんの分も作ったげろな」

「うん! おとーさん、お兄ちゃんに免じて赦してあげる」


 娘の“愛情たっぷり”を失わずに済み、おとーさんは遼太郎に感謝の眼差しを向けた。ああ、無言で通じ合う父と息子の固い絆がそこにあった。



 後で父さんは、遼太郎に小遣い三千円くれた。




 **********


 金曜日の学校帰り、駅前の大型スーパーマーケット前。そわそわきょろきょろ、行き交う人の流れを落ち着かなく見回していた桜子が、ぱっと顔を明るくして手を振った。


 駅の方角から歩いて来た遼太郎が、軽く手を上げて応える。


 放課後待ち合わせて買い物をしよう。桜子たっての希望で、そう約束していた。メシを作ってもらうんだから、荷物運びくらい(やぶさ)かではない。そういうところは至って気安く身の軽い遼太郎である。



 目の前に来た遼太郎に、桜子は嬉しそうに笑って、

「じゃ、行こっか、お兄ちゃん」

すっと手を取り、スーパーの入り口に歩き出す。

「ああ」

遼太郎もそのまま、二三歩、桜子に手を引かれるがままにしていたが……


「おうい!」


 急に遼太郎に立ち止まられて、桜子は引き戻される形になる。

「きゃ。危ないよ、りょーにい」

「だから、オカシイだろ。制服姿の兄妹が、手ぇつないで買い物してたら」

遼太郎にツッコまれ、桜子は少し不満げな顔をしたが、

「しょうがないなあ、わかったよ……」


「今から買い物終わるまで、“兄妹”じゃないから、遼君(・・)

「ん、なら良し」


 それでいいのか、遼太郎。まさかの”恋人ゲームROUND2“だ。



 幸い、店内に入ると遼太郎がカートを押し、兄妹の手は離れた。

「で、今日は何を食わせてくれんだ?」

遼太郎がそう訊くと、

「遼君は何食べたい?」

桜子は可愛らしく微笑んで、実の兄を上目遣いで見る。


「お肉? お魚? それとも、あ・た・し?」

「肉」


 こういう妹と1か月もいて、遼太郎のスルースキルも上がっている。

「じゃあ、照りチキにしよっかな。鶏肉だったら材料費節約できるし。それとスープにサラダでいい?」

「上等だけど、別に金は気にする必要ないぞ」

おかーさんはちょっと多めに、二日外食できるくらいは置いてってくれている。


 すると桜子はニヤリそして、立てた指をチッチッチと振った。

「あたしが何で自炊しようって言ったと思ってんのさ? 夕食代ケチったら、その分お菓子とかジュースが買えるのだよ、遼君」

「おー。なかなか策士だな」

感心する遼太郎に、ドヤ顔を返す桜子。



「あ、サラダパック買おう。玉葱サラダと大根サラダ、どっちがいい?」

「どっちでもいいけど、そういうのって割高なんじゃないの」

「それはそうなんだけど、二人分だと、何種類も野菜買うこと考えると安く済むんだ。切る手間と洗う手間、省けるし」


 言いながらカゴに商品を入れる妹の顔を、遼太郎がまじまじと見た。

「桜子って、時々目線が主婦だよな」

前に服の一式を揃えてもらった時も思ったが、着回しとか長く着れるとか、買い物となると桜子は妙にシッカリしてるのだ。


 桜子は更に得意顔になって、

「最近お弁当作るのに、おかーさんとよく買い物にも来るからさ。レシピだけじゃなくて、材料選ぶのも手間考えるのも、料理の内だっておかーさんが」

そう言うのに、遼太郎はますます感心する。

「そうかあ。桜子はきっと、いいお嫁さんになるなー」

「ふえっ?!」



 この不意打ちに、桜子のドヤ顔がぴしっと固まった。

(な、何を恥ずかしげもなく、恥ずかしい褒め方してんだ……)

遼太郎は妹を子ども扱いしている分、平気でそういうことを言う。平気でないのは言われる方だ。桜子はちょっと赤くなりながら、

「お嫁さんとか、あたしなんか、まず彼氏もいないしー」

目を逸らしてトボケてみたものの……


「桜子くらい可愛かったら、その気になりゃすぐできんだろ」

「うぐっ!」

「何なら、お兄ちゃんのお嫁さんになってくれる?」

「ぐふっ?!」


 遼太郎の悪意のない刃が、桜子を滅多刺しにする。

(ウボァー)


(前にも思ったことあるけど、改めて何なのこの人? 何で無自覚にあたしを殺しにくるの? 生まれながらの殺人者ナチュラル・ボーン・キラーなの?)



 桜子も、ちょっと思ってたのだ。二人で待ち合わせして買い物とか、

(恋人っぽくていいなあ///)

と提案したものの、実際こうしていると、何か同棲カップルみたいと言うか……

(し、し、新婚さん……ぽくない……?)

そんな気がしているんだ。


 桜子は動揺を押し隠し、努めて軽~く言い返す。

「何だよう? りょーにぃ、あたしをお嫁さんにしたいのー?」

「まあ、お嫁さんは置いといても、桜子とは映画観てもゲームしても楽しいし、ずっと仲良くしてられたらいいなと思うよ」

「プロポーズじゃん、それ~。何、妹口説いてんだよー///」

「桜子さん、俺と同じ苗字になって、一緒に暮らしてください」

「現状~」


 桜子は遼太郎の冗談が嬉しくて、冗談なのがちょっぴり切なくて、本当に、本当に幸せな“今”を噛み締める。自分の、“本当の気持ち”を探しながら……



 そんなナチュラルな仲良し兄妹(バカップル)を――……


Oops(ウップス)……クソラヴラヴじゃねーか、此花兄妹……!)


 お母さんに頼まれた特売お一人様1パック限定の卵と、明日の朝のパンを買いに来た部活帰りの目撃者(サナ)が、陳列棚に隠れるようにして震えていた。




挿絵(By みてみん)

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ