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最下層の僕と追放された公女様は辺境の地で生き残ります  作者: オカメ香奈


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第96話 手入れ

 砦全体が異様な緊張感に包まれていた。


 等級監督官は、僕とフラウが街に滞在しているときに一度来ているはずだ。あの時はまだ魔人の脅威がなく、通常の巡回だった。

 それから間を置かずに来るということは通常ではない用があるということだ。

 問題は、どの行為で、誰が、目をつけられているか、だった。


「アーク、ポナ坊ちゃんは今ここにいないな」隊長に真っ先に聞かれたのは、そのことだった。

「あいつに知らせろ。当分、砦に近づくなと」


 僕は二つ返事で、飛び出した。


 ジーナたち黒い民も一斉に砦から退去する準備をしている。優雅に撤退の準備をしている場合ではなかった。目につく危ういものを隠さなければならない。


「リリ姐さん」

 僕はサラの母親を見つけて、駆け寄った。

「サラは今いませんよね」


「ええ。大丈夫よ。連絡をしたわ」

 さすがは、姐さん。


 逃げ足の遅い女子供がすでに避難していてよかった。

  あとは、ポナ坊ちゃんがのんきにポナペンチュラ何号かを運転して近づいていないことを祈るのみだ。


「アーク、あれをどうするの?」

 フラウが中庭をさす。あのがらくたの中にはポナ坊ちゃまの魔道具がある。


「もうこうなったら、ガラクタの山を作ろう。あいつらが掘り起こそうとも思わないくらいの山を」

 ごみを隠すのなら、“汚部屋”の中。

 わけのわからない理屈を考えながら、僕はできる限りのゴミを三階から引きずり降ろして、山にぶちまけた。


 ラーズの仲間たちが、井戸の中に自分たちの魔道具を投げ込んでいた。

  黒翼の戦士たちはそれこそ全速力で砦から離れていく。


「おい、アーク」

 僕が三階に上ったり、降りたりを繰り返していると、書類の山を三階に持ってきた隊長とすれ違った。


「はい?」


「いいか、お前は、何も言うな。誰が、何を言おうと、黙ってろ。いいな」

 隊長にしつこく念を押された。


 そうだ。まさか、僕が吊るし上げにあうことはあるまい。僕はそう自分に言い聞かせた。まさか、あの兵器を使おうと言い出したのが僕であることをあいつらが知っているはずはない。


 そう思いながらも、考えは嫌なほうへと向かっていく。

 黒の町へとたどり着いた誰かの告発で、監督官がここに現れたのは確実だろう。問題は、その告発をしたのが誰かということだ。ライク准尉だったら、大変なことになりそうだ。彼は僕がフラウの光術を流用していたことを知っている。そして、あの兵器を動かすたくらみに一枚かんでいることも勘づいている。

 とはいえ、僕ごとき小物に等級監督官が動くことはないだろう。彼らが狙うのはもっと大物だ。


 たとえば、フラウ……


 胃のあたりが冷たくなる。僕本人が標的になるよりも、フラウが標的になるほうがよほど僕の神経に触るということに気が付く。


 それほどまでに、フラウが憎いのか。彼女を目の敵にしているのか。

 ただただ、光術で全身を包むことができないというだけの理由で。

 そんなくだらない理由で。


 力任せに、ガラクタを投げたら、本当に壊れてしまった。細かい破片が周りに飛び散る。


「アーク、バカ、何やってるんだ」古参兵から怒鳴られた。


 僕は慌てて掃除をした。集めた破片をガラクタの山に加える。


 本当に何をしているのだろう? 中庭をゴミだらけにしようとしているのか、それとも、きれいにしようとしているのか。


「整列しろ。いや、いつもどおりでいい」

 隊長の命令も無茶苦茶だ。


 だんだんと飛行艇が近づいてくるにしたがって、金色に輝く旗がはっきりと見えるようになった。


「まずいわ。あれには神殿騎士がのっているわ」

 いくつもひらめく旗を見てフラウがつぶやいた。


「それって、まずいの?」

 ものを考えられなくなった僕はフラウの言葉を返した。


「武力でここを制圧できるということよ。わかる?」


 こちらにも一応、神殿騎士はいる。ケーラと、数に入れるならデヴィンだ。


 僕は二人の姿を思い浮かべて、あきらめた。駄目だ。立ち向かえる気がしない。


 飛行艇は、フラウがここにおりてきたときと同じように城壁に近づいてそのうえで止まった。ただし、今度は幅の広い階段が下ろされる。


 息をのんで、注目する僕らの前に何人もの光衣をまとった神殿騎士がおりてきて整列した。その最後に、ゆうゆうと監督官たちがおりてくる。


 光をまとってこそいなかったが、身なりも顔つきもあからさまに偉そうな人物だった。特に中央にいる男は僕の知る神官に最も近い人物だった。つまり、傲慢な人間だ。外見は若い細身の男だったが、実年齢はいくつなのだろうか。実はデヴィンよりも年を取っていたといわれても、僕は驚かないだろう。金色の髪を風にたなびかせて、膝をついて待つクリフ隊長のところへ階段を下りていく様は本当に嫌見たらしかった。


「全能なるお方の使徒に、砦を代表して歓迎を申し上げます。ようこそこの砦にいらっしゃいました」


 クリフは顔を伏せたまま、決まり文句を口にした。金髪の男はクリフの名を聞くことも、自分の名前を名乗ることもしなかった。

 ただ通りすがりに、「兵士たちを中庭に集合させろ」と一言だけ命令した。


 騎士たちは、男の後ろをまるでクリフが存在しないかのように付き従い、男の命令通りあちこちの建物の中に消えていった。明らかにこういう仕事をやりなれたものたちだった。


「皆を集めろ」

 クリフは、僕に一言ささやく。


 僕が集める必要もなかった。

 建物の中にいた兵士は中庭に追い出され、僕たちは所在なく立ち尽くしていた。騎士たちは建物のあちこちを調べているようだった。ときおり、誰かの私物が持ち出され、中身がぶちまけられる。持ち主のかすかなうめき声がひびいた。


 誰も、何一つ話をしようとせず、ただ神殿のものが僕らの砦を荒らして回るのを眺めていた。

 そんな僕らを何人かの騎士が見張っていた。


 何時間、そこに立たされていただろう。ようやく、捜索が一段落したのか、先ほどの偉そうな男が僕たちの前に現れた。


「整列」

 号令をかけたクリフを鷹揚に片手で止めると男は一段高いところに立って僕たちを見下ろした。


「お前たちに聞きたいことがある」

 男は、そういいつつも、クリフとフラウしか見ていなかった。

「この兵器を動かしたのは、誰だ」


 彼は、壁に据え付けてある固定砲をさした。

 誰も返事をしなかった。


「誰が動かしたのかを聞いている」

 クリフが咳払いをした。


「それは、この砦を複数の魔人が襲ったからで……」


「だれが、理由を話せといった。誰が、この砲台を使ったか、それを聞いているのだ」


「それは、わたしと、ここにはいないライク准尉とラーズ曹長です」

 クリフはしわがれた声で答えた。


「ほう、たった3人で全部の砲台を動かしたということか。すごい腕だな」

 男は嫌な笑いを浮かべた。


「まぁ、いい。これを動かすように許可したのは誰だ」


「それは……私です」


「おまえが、この兵器を改造したのか? ここにいる兵士が使うことができるように。

 ここの兵器が、この罪人どもの等級では動かせないのはわかっている。誰かが起動するように命令して、ゴミのような等級のものでも使えるように鍵を開けた。鍵を開けられる人間は限られている。誰が、それを許可したんだ」


「それは……」

 男はまっすぐフラウのほうを見ていた。灰色の髪の少女は、唇を結んで、男を見返している。


 ここにいる人間の中で、その許可を出せた人物は二人しかいない。クリフか、それとも、フラウか。

 そして、奴らはフラウの言葉を待っていた。


 駄目だ。フラウ。僕はフラウが口を開くのを止めようとして……


「わしじゃよ」

 静かな中庭に声は響いた。


「わしが、いいといったんじゃ」

 砦の兵士も、騎士たちもみんな振り返った。


 デヴィン神官がケーラに付き添われて、中庭に現れたところだった。


「お前は誰だ」不快感をにじませながら、男はデヴィンに尋ねた。


「わしか? わしは……はて、誰じゃったか?」デヴィンは頭をひねった。



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