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最下層の僕と追放された公女様は辺境の地で生き残ります  作者: オカメ香奈


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第94話 計略

 僕らは隊長の部屋に戻った。


 僕は嬉々として、フラウはしぶしぶ、撤退を進言することにした。西の王は神妙な顔をして僕らの案にうなずいてくれた。


「ようするに、この砦を少数で守るんですよ。そうすれば食料も長持ちするし、籠城する期間も長くできます」


「民間人を先に逃がそうというのだな」ケーラは、素直に僕らの自己犠牲に感動しているようだ。「たしかに、兵士は弱きものを守るのが使命だ」


「それはいいとして、民間人だけで黒の町へ行かせるわけにはいかん。誰を護衛につける?」


「ベルトルト隊長以下の第七砦の兵士たちはどうでしょう? 避難民は第七砦の出でしたから、ちょうどいいのではないでしょうか。何でしたら、12砦の兵士も。それに神殿の方々も、退避するべきだと思います」


「それで、お前たちはどうするつもりだ?」


「僕らは援護しつつ、後から退避します。しばらくなら、この砦は持ちますから、おとりの役を果たせるのではないかと思います」


「撤退するほうが危ないということはないのか?」


「ですから、そこはベルトルト隊長や神官の方々の力も借りなければなりません。こちらもなるべく等級の高い護衛を送ります」


「たとえば、フラウ殿とか?」ハイデさんが余計なことを言う。


「フラウは、フラウ殿には魔人を寄せる光術を使ってもらう必要があるので残ってもらいます」

 僕は口から出まかせを言う。本当にそんなことができるのか、それすら知らない。


「そんなことができるのか?」ケーラが首をかしげた。「習った覚えはないが」


「彼らは、光の強いほうへ攻撃をかける傾向があります。この中ではフラウが一番強い。それに彼女は光の種の補充を必要としません」


 目の端でフラウがこちらをにらんでいるような気がしたが、見なかったことにする。


「そのあたりのことは、我々にも支援できることがあると思う」

 ここで、西の王が素晴らしい助け舟を出してくれた。

「援護についてはまかせてくれ」


 おやおやというようにどっかりと腰を下ろした北の王は西の王を見上げた。それを涼しい顔で西の王は受け止める。


「まず、非戦闘員とほかの砦のものを逃がすということだな。アーク」

 クリフが確認してきた。

「そりゃまぁ、いわれてみれば順当だな。俺たちはどうする?」


「そのあと脱出します。黒の民が全面的に支援してくれるそうです」


「ふうん」

隊長は鼻を鳴らした。勘のいい人だから、こちらの思惑に気が付いたのかもしれない。


「じゃ、いいかな? これで、決着がついたな」

 北の王が生気なく椅子に腰かけているベルトルト隊長に声をかけた。


「砦を撤退する。ただし、段階的にだ。まず、避難民と第七砦の……」


「私は残る」

 ベルトルトがかすれた声で言う。


「え?」


 みんな、ベルトルトを見た。

 彼は目だけぎらつかせて繰り返した。


「私は、ここに残る」


「おいおい、避難民を護衛する兵隊がいるんだよ。うちの兵隊を出すわけにはいかないだろう」

 クリフがかみついた。


「兵士は、避難民と黒の町に行かせる。だが、私は残る」


 ベルトルト隊長は頑固に繰り返した。ハイデさんがそっとその肩に手をのせる。


「ハイデ、お前はみんなと一緒に黒の町に行け。命令だ」


「しかし……」


「命令だ。誉を、一族の名誉を訴えてくれ。わたしがここに残ったということで、少しでも……」


「わかりました。最善を尽くしましょう」

 ハイデさんは力強くうなずいた。


「おいおいおい、何勝手なこといってんだよ」

 クリフ隊長は不機嫌そうにその様子を見る。

「お前の部下だろう。最後まで面倒を見ろよ」


「私は残る」

 ベルトルト隊長はかたくなに繰り返した。


 結局、僕らはベルトルト隊長の意志を変えることはできなかった。第七砦から来た兵士たちは先に撤退することには同意したし、避難民たちも居心地の悪い砦から町へ行くことに異議はなかった。だが肝心の、彼らを率いるベルトルトはここに残ると言い張っている。


 僕の計画はすでにほころび始めていた。


 魔人と戦えるベルトルトが駄目なら、誰かほかのものが護衛につかなければならない。ライク准尉とラーズ曹長が代わりの候補の名前に挙げられていた。

 ライク准尉はともかく、ラーズ曹長の協力がえられないのは計算外だった。彼には砦の兵士の取りまとめを頼もうと思っていたのに。


 これには、フラウもいい案を思い浮かべられなかった。


「困ったわ。ベルトルト隊長が残ると、円満にあそこへ避難することができないじゃない。ああ、なぜ、わたしはあんな案に賛成したのかしら」

 フラウが僕に文句を言った。


「納得して、賛成してくれたんじゃないのか」

 僕は軽いショックを受ける。


「ええ、ええ。あの時はそれしかないとなんとなく思ってしまったのよ。なにかしら、あなたと話していると、頭がうまく働かないのよ。熱気に充てられるというのかしら」


 残ると主張するベルトルトをどうするか、僕らは頭を悩ませていた。ここまで頑強に言い張る彼を避難させるのは不可能に近い。

 彼の嫌っている黒い民の聖域に行くと言おうものなら、なにをするかわからない。


 僕らはハイデさんにベルトルト隊長の説得を頼みに行った。


 彼は、城壁に座ってみんなが訓練しているところを眺めていた。

 喜んで協力してくれるかと思ったハイデさんは渋い顔をして首を振るばかりだった。


「申し訳ない。あの方が、そういうのなら、私には何とも」


「待ってください。ハイデさん。このままでは、ベルトルト隊長は命を落とす可能性があります。彼の命を守るのが、家臣であるあなたの義務でしょう」


「わかっています。フラウ殿。ただ、あの方は……あの方なりに家名を守ろうとしているのです。あの方は陛下から与えられた砦を放棄してしまった。それを贖うには戦うしかないと、そうあの方は考えているのでしょう」


 僕にはさっぱりわからない感覚だったが、フラウは小さくああとつぶやいた。


「そこまで考えておられるのですね」


 おいおい、フラウ。そこで感動しちゃだめだ。フラウの中にある星の妃候補としての意識と知識が共感を呼んでいる。


「でも、砦を放棄したのは上の命令でしょう。援軍に来た連中が無事に帰れるように、おとりになったと聞きましたけどね」


「それでもだ。それが星の帝国に仕える軍人としての在り方だとあの方は感じている」


「“船長”は船と命を共にする、って感じですか?」僕は僕なりの解釈をのべる。「でも、悔しくないのかなぁ。そんな状況に追い込んだ連中はのうのうと黒の町に戻って、ベルトルト隊長は捨て石ですか?」


「なんてことをいうんだ。君は、ベルトルト隊長の名誉を汚すつもりなのか?」

 ハイデは立ち上がった。


「実際、おとりにされたのでしょう。彼らは、あなたたちの名誉のことなど考えていない。理由をつけて、あなたたちを砦から追い出して餌にした。自分たちが安全に逃げるために砦を切り捨てたのに過ぎない」


「ほかのものがどう思おうとかまわない。我らにはわれらの誇りがある。ルース家を侮辱するつもりなのか」


「侮辱したのは僕たちではないでしょう。あなたたちの誇りを踏みにじったのは、逃げた連中だ。黒の町で、彼らが報告したことを調べてみたらいい。彼らは、砦が落ちた理由をあなたたちに押し付けているはずだ。自分たちの面子を守るために」


 僕はそんなことを考えたこともなかった。でも、言葉が止まらない。

 僕はハイデに殴られるかと思った。ただの一兵卒の僕よりも彼のほうがずっと立場は上だった。だが、彼の顔に浮かんでいるのは驚きだった。


「ベルトルト隊長をあなたから説得してください。そうでなければ、彼は死んでしまう。汚名をそそぐ機会も与えられずに」


 たぶん、説得は無理だろう。でも、そう付け足さざるを得なかった。


 僕らは、ベルトルト隊長という爆弾を抱えたまま、逃亡の準備を始めた。

 僕と、西の王と、ジーナさんと、黒い民と。まだ、クリフ隊長と砦の兵士たちにもまだ話をしていない。彼らは彼らで、避難民やほかの砦の隊員の撤退準備に忙しかった。


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