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第8話 野営地


 予想していた通りに、フラウの脚は遅かった。そんなに急いでもいない偵察任務なのに、僕とフラウはみんなから遅れに遅れた。


 まだ乙女という年にすらなっていないフラウを大人と一緒の速さで歩かせるのは無理だった。当然、手助けをしていた僕は遅れ、野営地についた時にはもうすべての準備が整っていた。テントも食事も何もかもだ。


「遅いぞ」


 今回の隊長を務めているライク准尉が文句を言った。だけど、ほかの人たちは誰も僕たちを責めなかった。いつもの偵察任務なら、夕食抜き、見張り一晩とかいいそうな荒くれ者たちも黙っている。


「ごめんなさいね」

それでもフラウは僕に謝った。

「いいよ。大丈夫。君に無理をさせているのはみんなわかっているから」


 みんな、フラウには甘い。


 まだ子供で、女の子だというだけではない。


フラウは光の化身に例えられる美女像にはほど遠い。“僕”の目からしたら、数年後がとても楽しみな美少女だが、ここの基準では下のほう。黒い髪黒い目であるという時点で美人の枠から外れてしまう。


 それでも、フラウにはどこか人を引き付ける素質のようなものがある。気が付くと彼女のことを気にかけている、そんな性質だ。どこか侵しがたい気品があるのだ。こんな辺境の地においてすら。


 凛とした美しさとでもいうのだろうか。お嬢様育ちの彼女には今の生活はとてもつらいはずなのに、一番親しいはずの僕にすら愚痴も言わない。

なんだろう、そんなところが支えてあげたいと思う心になるのだろうか。


 それに……


 “……を助けて……どうか……”

 昨日久しぶりに“僕”の日常ではない夢を見た。だれかが繰り返し、繰り返し、つぶやいている夢だった。

 フラウを助けて……夢の中でずっとそうささやかれていたような気がする。


「しっかり食べておけよ」


 夜の当番が食事をよそってくれた。即席の汁だがなかなかおいしい。いつもは食事当番のようなめんどくさい仕事は下っ端の僕に振られていたから、久しぶりの仲間(たにん)の料理だ。人から作ってもらう料理というのはとりわけおいしいと感じる。


「ここ、いつも使ってるの?」

 フラウがあたりを見回して尋ねる。


「そうだよ。ここは奥地へ探索に行くための基地なんだ。入れ代わり立ち代わり、しょっちゅう使っているから、物はそろっているよ」


 僕は、掘立小屋にフラウを案内した。


「こういう場所がこの周りにいくつかあるんだ。今度来るときのために覚えておくといいよ」

 明日はきちんとした小屋に泊まれるかどうかはわからない。


 隊長のライクの話によると、今回の偵察はいつも行かない場所に行くらしい。最近周りの遺跡は漁りつくして、新しい場所の開拓が必要になったのだそうだ。


「明日は野宿になるかもしれないね。雨が降らなければいいなぁ。大丈夫かな。フラウ、初めてだろう? 外で寝るのは」


「ううん。前にも経験はあるの。学校の合宿で実習があったの」


「そうか。上級学校でもそんなことをするんだ。知らなかったよ。お嬢様だから、てっきり、遠足なんて行かないものかと思っていた」


「あるのよ。びっくりした? 野外学習といって、でも、ちょっとした旅行のようなものなの」


 野外学習が楽しい出来事のようにフラウは語った。

初級学校の野外訓練とはずいぶん違うのだろうな。

僕は地獄のような訓練を思い出した。怪我をする者が続出し、時には死人も出ることがある実習だった。フラウの学校はやはり“僕”のほうの“学校”に近いのだろう。


「みんなで歌ったり、食事を作ったり、そんなことをするのかな。楽しそうだね」

「そうね。主に、外での光の使い方を学ぶ実習なのよ……野外にはお父様とも行ったわ。いつかこの経験が必要になるときが来るかもしれないといって……でも……」


 フラウは黙った。初めて聞くフラウの家族の話だった。


「あ、明日は新しい坑道にいくらしいよ」

 僕は話をそらせた。

「新しい坑道は何がいるかわからないから危険だけど、いいものが手に入る確率も上がるんだ。珍しい装飾品が手に入ったら、それこそ、大金持ちになることもできるんだって。僕はそんなものは見たこともないから、何とも言えないけれどね。金持ちになったら、何を買おうかなぁ……フラウにもなにかきれいなものを買ってあげるよ。姐さんたちはいろいろな首飾りを持っているんだよ」


「アークは何が欲しいの?」


「あ、僕ね。僕は光の種をたくさん買うよ。それを妹のところにもっていくんだ」


「病気の、妹さん?」


「そう。光の種があれば、病気が治ると聞いたんだ。現にこの前送った種を使ったら、体が楽になったと手紙が来た」


「光の種って、そんな使い方ができるの? 光の量を増やすために使うのだと思っていたけれど」


「うん、それが主な使い方みたいだね。知ってるよ。潜在能力を上げる使い方だよね。砦の中にもレベルを上げようと頑張っている人もいるから……例えば、ヘルドみたいに」


「彼は等級(レベル)を上げたいと思っているの?」


「そうだよ。そのために一杯、種をためている。次に監督官が来たら、異議を申し立てるんだって」


「そう。アークは、同じことをしようと思わないの?」


「僕は、無理だよ」

 僕は知っている。一度決まった等級(レベル)を上げるのは大変なことなのだ。等級監督官たちはめったなことで一度決めた等級(レベル)を変えることはない。ヘルドのようにぎりぎり内地の勤務に変えられる等級ならまだしも、僕の等級(レベル)はここでもらえる光の種を何十年貯めても上がらない。上がったら逆に変な疑いをかけられてしまう。


「ただでさえ、黒髪、黒目なんだよ。それだけで、レベルを低く判定されるのに」


「そんなことないわ。黒髪、黒目でも光術が使えれば光るはずだもの。素質があれば、きちんと判定されるはずよ」


「きちんと判定すれば、ね。でも、レベルが低いって決まっている僕たちのような下層民をきちんとはかろうとする奴なんていないよ。逆に、僕らが魔力が高ければそれはそれで厄介だろう」


 フラウが奇妙な目で僕を見た。


 おかしなことを言っただろうか? 僕はひやりとした。常識的なことを言ったつもりだった。そんなことを信じていないことがばれるような何かを口にしただろうか。


 フラウといるとついつい口が軽くなってしまう。向こうの“僕”が友人と話すときの気安さで、話しかけてしまう。彼女が“お嬢様”だったことを知っているのに。ついつい“同級生”の女の子たちと話すような感覚で。


 “向こう”の常識はこちらの非常識だ。決して口にしてはならない“夢”の話だ。


 そして、フラウはとても賢い子供だった。


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