第7話 光の種
次の日は種を配る日だった。
僕たちは一応光士だから、定期的にこうして光の種が配られる。この種を食べると、少しだけだが容量が上がるのだ。
「へへへ。明日は休みだから、サリのところへいくぜ」
「俺は、リリ姐さんだ」
食堂でみんなが楽しそうにはしゃいでいる。
フラウは配られた種を目の前に不思議そうだった。
「アーク、どうしてみんな食べないの?」
小声で聞かれることにも最近慣れてきた。
「食べたって、少しだけ光量が上がるだけだろう。戦闘が行われるわけじゃないし、光量を増やしても意味ないからね。お金の代わりに使うんだよ」
僕は目の前の種をそっと首にかけた保存容器の中にしまう。
「アークは使わないの?」
「こいつは、貯めてるんだ」ヘルドが割り込んできた。「家族のところに持って帰るといってな。妹の病気を治すのに種がいるとかいって、そうだったよな」
「お前も、貯めてるだろう」
身を摺り寄せてくるヘルドを手で押した。
「俺は自分のために貯めてるんだ。お前みたいに人のためじゃない」
フラウは目の前の種を見つめてためらってから、そっと布に包んでポケットに入れる。
「フラウちゃんも、貯める口か」
「保存しておくなら、ばあさんにいうと種の容器をもらえるから」
僕はそう教える。
「これ、一粒でどのくらいの価値があるの? なにが買えるのかしら」
「姐さんたちのところで使うとまぁ、一晩かな? 新しい装備が欲しければ、うーん、ピンキリだね。取り寄せてもらうとしたら、かなりかかるよ」
「フラウにはまだ装備は必要ないと思うよ。偵察に行くには早すぎるだろ」
彼女はまだ砦を一周走るので精一杯なのだ。あの体力ではとても砦の外には出られない。
「種ってそんな風に使うのね……ねぇ、みんなは種を使って光士としての訓練はしないの?」
フラウが変なことを聞いてくる。
「しないよ。しても無駄だからね」
「どうして? 戦うのに必要じゃないの?」
「俺たちのレベルじゃぁ、光士の武器は使えないからね」
「え? でも、一応使える等級だから、兵士になっているのよね?」
「そうなのか? そういう武器を使うと、俺たち等級低いものは気絶するって聞いたぜ。俺は使っているやつ見たことないな」
「あ、僕は、学校で使い方の映像を見たことがあったよ。でも、実際に使ったことはないなぁ。等級が足りないって表示されるよな」
僕は、手首にまかれている認識票をかざした。何の変哲もない腕輪だが、中に僕の等級や身分がわかる識別情報が埋め込まれている。
「でも、使えないのなら、黒い民がやってきたら、戦えないじゃない?」
「光を使えなくても、戦えるさ」ヘルドが短剣をかざして見せる。「そのために訓練してるだろう」
「本気なの? 黒翼の戦士がでてきたら負けてしまう」
「そんなの、戦わないよ」
「?????」
「攻めてこないよ。こんなところ、攻めてきても仕方がないだろう」
「え? じゃぁ、偵察に行くって? なにを偵察しているの?」
「たぶん、偵察って、フラウが思っている偵察じゃないと思う」
ポカンとする彼女に僕は説明する。
「僕らのいう偵察はね、うーん、なんといったらいいかな、そう、宝さがしなんだよ」
「宝探し? 子供の遊びの?」
「うん」
この砦が黒の民との闘いの最前線であったのはずっと昔のことだ。星の一族の優位が長い間続いた結果、今では、銀の一族や黒翼の連中との緩衝地帯でしかなくなっている。こちらも彼らの居場所を探る気はないし、向こうも砦を脅威とみなしていない。
暗黙のうちに停戦を結んでいるのだ。
それなら、僕たちはなぜここに派遣されているのか。
それは旧文明の宝探しだ。
この辺りは、まだ、光の技術がもたらされる前の遺跡がたくさん残っている。旧遺跡から出る遺物は貴重だった。かの遺跡に住んでいた人たちは光を使う兵器も武器も持っていなかったが、今では技術が消えてしまった謎の機械や装飾品を作っていた。
それは、偉大な星の王や貴族が欲しがっているものなのだ。特に貴重な品は裏のルートに乗せれば、正規のルートよりもはるかに高値が付く。かつてここに所属していた兵士の何人かはここで一儲けをして除隊していったという。それは僕ら13砦の守備隊のひそかな夢である。
つまり、僕たちの仕事は表向きは黒の民や時々わく魔を退けること。裏では、遺跡を漁って貴重品を回収することなのだ。
僕だって、最初は辺境の兵士たちがこんなことをしているとは思ってもいなかった。ここに来て初めてその実態を知ったのだ。フラウが不思議に思うのも無理はない。
「フラウも、偵察に行くときのために装備をそろえておいたほうがいいかもね。基本装備は出るけれど、危険な獣がいるからね」
念のために僕は姉さんたちのところで雨除けとか予備の食料を手に入れることを勧めておいた。
もっとも、彼女の体力を考えると偵察に行けるようになるのはずいぶん先だと僕は思っていた。それは甘い見通しであるとすぐにわかったのだけれど。
次の日、僕とフラウに光の種が渡された。
その意味するところは一つだ。
「え、偵察任務ですか?」
僕はぽかんと隊長を見下ろした。小男の隊長は苦い顔をして目をそらす。
「僕はともかく、フラウはまだ無理ですよ。隊長」
「おまえ、彼女の保護者だよな。お前が行くのだから、フラウも行く。当たり前のことだ」
無茶苦茶な理由だ。僕は抗議をした。
「でも、彼女、城壁を一周するくらいの体力しかないんですよ。無理でしょう。なんでしたら、彼女は残して僕だけで……」
ものすごい目で睨み返された。そんなことも隊長だってわかっているのだ。
「おまえが、彼女を守ってやれ。それが責任というものだ」
ヘルドに聞いた話が頭をよぎる。
「それって、上からの指示ですか?」
「お前が首を突っ込まなくてもいい。ともかく、無事に、生きて、戻ってこい」
「フラウも一緒にですよね」
「……お前だけでも戻ってこい」
僕はそれを聞いてすぐに城壁の姐さんたちのところに飛んで行った。
「姐さん、お願いします。フラウの装備を用意してほしいんです」
僕は、姐さんたちに頭を下げた。
「おや、まぁ、アークじゃない。フラウの装備って、偵察に行くの?」
ここでは僕は最弱の存在だ。洗濯女という外部の身分でしかない彼女たちだが、実質ここの砦の裏をすべて受け持っている裏の権力者でもある。彼女たちに嫌われると、色々と不都合なことが起こるので、隊長以下男たちはみな彼女たちの顔色を窺っている。僕は顔を拝むこともできない下っ端中の下っ端だった。
「あの子にはまだ早いんじゃないの?」
「あんな小さい子を送るなんて」
姐さんたちはまるで僕がその判断を下したように僕を責める。僕は謝り続けることしかできない。
「わかったわ。明日の朝には用意をしておく。ばあさまにも話を通しておくわ」
洗濯女たちをまとめているリリ姐さんがほかの姉さんたちをなだめてくれた。リリ姐さんはみんなに人気のある洗濯女だ。
髪を淡い色に染めているほかの姐さんたちとは違って、生のままの真っ黒な髪を長くのばしている。抜けるような白い肌と黒光りする髪の差が男たちの目を引き付けてはなさない。ヘルドもリリ姐さんに入れあげていた。
「さぁ、みんな。明日は偵察なのよ。今日はこれから忙しくなるわよ。準備、準備……」
姐さんが手をたたくと、女たちはしぶしぶ散っていく。
「アーク、明日までにフラウの用意はしておくわ。それで、誰が、払うの?」
姐さんはこういう時でも肝心なことを忘れてくれない。僕はしぶしぶためておいた種を1粒ほど渡す。
姐さんはそれを毎度ありといって受け取った。
「アーク、フラウのことを気を付けてあげなさい」
姐さんは恐ろしくまじめな顔をして、僕にそう告げた。