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最下層の僕と追放された公女様は辺境の地で生き残ります  作者: オカメ香奈


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第58話 同調

 僕らが第七砦から13砦に戻る途中、何隻もの飛行船が砦のほうに移動していくのが見えた。第一砦からの応援だろう。


「あいつらが来る前に、砦を出ることができてよかったな」

 ラーズはほっと胸をなでおろしていた。


 僕も同感だ。彼らにとっては、僕らはゴミ以下の存在で、顔を合わせてもろくなことにならないと経験が教えてくれる。


 それよりも、今日の昼御飯だ。


 第七砦の連中はとても気前が良かった。出発する僕らのために、弁当と焼き立ての菓子をくれたのだ。本来、これは、後から来るお偉い方々のために焼かれたものだ。それを、こっそりと料理番が詰めてくれた。


「おやつが楽しみだね」


 僕が言うと、フラウも楽しそうにうなずいた。


「たくさんもらったから、砦のみんなにもおすそ分けできるわね」


 エマやサラの喜ぶ顔を思い浮かべて、僕は少し幸せな気分になる。


「おいおい、警戒を怠るなよ」

 ラーズ曹長が、はしゃぐ僕らに注意をした。


 昼過ぎまでは順調だった。高台になっているところで、僕らはもらった弁当を広げて休憩をとる。昔だったら、一人遅れたであろうフラウもしっかりついてきている。もう、すっかり砦の兵士としてやっていけるな、僕はそう評価した。


「どうしたの?」

 僕の視線を感じたフラウが首をかしげた。


「いや、もう、教育係もいらないかな、と思って」


 僕はそういってから、少し寂しくなった。

 その気持ちをごまかすために、薄い生地で包んだ肉にかじりつく。


「あそこの砦の連中、いいもの食ってるよな。うらやましいぜ」

 ラーズ曹長が名残惜しそうに食いかけの料理を見つめる。


「いつも、こんなものを食べているわけじゃない。黒の町から、光翼士が来るときいた。たぶん、彼らが食べるための特別な料理だと思う」ライクがいう。


「そういうものを作れる人がいるってことだろ。うちの婆さんじゃぁ、こんな高度な料理はつくれないよ」


 うん、それには同意をする。婆さんの作るいつもの料理を思い浮かべて、僕はうなずいた。


 吸い込まれそうな青空だった。いい天気だ。

 その空に、一筋の煙があがった。


 ライクが立ち上がる。


「のろしだ」


「え?」フラウは背伸びして、手をかざした。


「緊急事態を知らせるのろしだ」

 フラウがすぐに光板を立ち上げた。


「あのあたりに村はないわ。ただの森よ」


「黒い民の村だな」

 のろしの意味するところは一つしかない。魔人が出たのだ。


「すぐに救援に行かないと」フラウは荷物をまとめ始めた。


「待ってください。あそこはまだ、第七砦の区域内です。私たちが救援に行くところではない。まず、第七砦に連絡を入れましょう」


 ライクは自分の光板を起動して、今朝出発した砦と通信を始めた。幸いにも、この辺りは黒の大地の干渉が少ないところだったようだ。光板はすんなりと第七砦につながった。


「……第七砦からの返答が返ってきました。そこに村はない。救援の必要はない。以上です」


「どういうこと? 黒い民は助けないということ?」


「かもしれないな。俺たちと第七砦では習慣が違う。俺たちは、黒翼の連中と、まぁ、持ちつ持たれつというところがあるが、第七砦はそんなことは少しも考えてもいないみたいだった。つまり、そういうことだな」


「でも……魔人に襲われている人たちがいるのよ。ライク准尉、お願い。もう一度、きいてみて?」

 フラウにお願いをされて断れる人間はいない。ライクは不承不承もう一度、連絡を入れる。


「救援を求めている人がいると送ったのですが、のろしによる合図は正式な要請ではない、という返答ですね。ああ、そこに帝国民はいない、という回答が来ましたね。第七砦は動きませんよ」


 僕らは顔を見合わせた。


「どうするよ?」


 フラウの引き結んだ口元から答えは出ていたが、一応ラーズ曹長はきく。


「いくわ。私たちだけでも助けに行かないと」


「しかし……それは越権行為ですよ。それに……砦に帰るのが遅れます」


「だからといって、見殺しにするの? この前の襲われた村のことを忘れたの?」フラウの語気は荒い。「あんなに、たくさんの人が死んでいたのよ。今度だって」


 僕らは下を向いてため息をついた。


「フラウが言うのだから、仕方ないですよね」

「そういうでしょうね、姫君は」

「あのあたりはちょうど境界近くだから、俺たちの管轄と言えないこともないな」


 姫様の言うことには逆らえない。僕らは、のろしの上がった場所を目指した。


 その場所は、僕らの使った道から少し外れたところのようだった。こんなに人の通る場所に黒の民が住む村があったとは。前にここを通った時には全く気が付かなかった。


「先に行くわね」フラウが光衣をまとう。


「アーク、離れるなよ」ライク准尉が僕にささやいた。


 村の中で家が燃えていた。村の家という家の屋根がすべて火を噴いている。大勢のならず者が焼き討ちをかけているような、そんな燃え方だった。しかし、村には逃げ惑う人や火を消そうとしている人ばかりで誰も火をつけている様子はない。


 警報はなっているのだ。僕は、あちこちに目を走らせる。


「あいつが魔人だ」ライクは、通りにただ一人立ち尽くしている少年をさした。


 白くて薄い上着を羽織ったはだしの少年だった。彼は、何をするわけでもなく、呆然と立ちすくんでいるように見えた。


 黒い影が僕の目の端に入った。


 少年は、漫然と片手を上げると、その陰に向けてふった。

 炎の壁が走る。黒い影は、炎の壁をよけるように建物の背後に消える。


 少年は無表情で手を動かした。炎の壁はその手に合わせて動いた。炎は生き物のようにその先にあるものを飲み込んでいく。


「ジーナさん?」

 均整の取れた体が跳ねるようにして炎の軌跡をよけた。


 あれが、ジーナなら、フラウはどこだろう?


「アーク!」

 フラウのさすような声に僕の体が反応した。這うようにして僕らに近づいていた蔦が対象を失って、うごめいた。


 目の端でフラウの発した光が見えた。彼女は別の相手と戦っている。


 今から、彼女がここにやってくるには距離が離れすぎている。


『ああ、駄目』

 フラウの声が流れ込んできた。

『使って!』


 逆流する力の流れを感じた。いつもの僕から流れる無軌道な力ではなく、フラウから僕に送られる形のある光だった。


 視野が広がり、あたりがより鮮明に見えた。今までは見ることができなかった力の流れが、よどみが、まるで世界に別の色が流れ込んできたかのように、目の前に広がる。


 これが、フラウたち、光衣使いたちの見ている世界なのか。


 足で地面をけると、軽く体が持ち上がった。僕の体は光らないけれど、それでも、光術は正しく発動している。


 どこかに、焦点があるはずだ。僕は鳥の視点でゆがみを探した。フラウの力が僕の力を束ね、歪みを感知する。


 ああ、そこか。


 僕は飛び上がって、上からそこに護身用の武器の照準を合わせる。いつもよりも強化された光の矢は、それでも強度が足りずにゆがみの表面を吹き飛ばしただけだった。


 どこかに武器はないだろうか? 僕は新しくできた視野を伸ばして戦う手段を探す。


 魔人の殻から黒い霧のようなものが立ち上った。


 “また……本当に邪魔”


 中から、少女がこちらをにらみつける。


 “きえちゃえ” 

 少女は僕を指さす。植物の蔦が束になって、僕のほうへと伸びてくる。


「させない」

 後ろからフラウが襲い掛かる。

 フラウのまとう光と少女の周りの殻がぶつかってはじけた。


 背後で雄たけびが上がった。ジーナの剣が少年の姿をしている魔人に突き刺さったのだ。赤い血と黒い炎が飛び散るのが重なり合って見えた。


「ジーナさん」

 植物の束は僕からそれて、少年にとどめを刺そうとしているジーナのほうへ飛ぶ。


 ジーナは体をひねって、その力の塊を避けた。


 少女の周りのゆがみが激しくなる。ゆがみの中で、彼女は手を伸ばしてありえないほど遠くにいた少年をつかみ、ゆがみの裏側へ、僕らの手の届かない領域へと身を投げた。


 逃げられた。


 そう思った瞬間に、ゆがみとの接続が立たれた。

 フラウからの力も消えて、僕はその場にたたきつけられる。


「いてぇ」


「アーク、大丈夫?」

 フラウがさっと光衣をといて、僕のところへ走り寄る。


「うん。フラウ、ありがとう。助かったよ」


 フラウは元気だった。僕は残った接続を使って、彼女の魔力を計測する。大丈夫だ。減っていない。どうやら今回の力の受け渡しは双方向に働いたようだ。


「アーク、おまえ、何をしたんだ?」

 ライクのこわばった声で僕の高揚した気分は現実に引き戻された。

 彼は目を見開いて、僕のことを見ていた。まるで初めて僕を見たかのように真剣に、まじまじと。


「准尉。そちらは大丈夫でしたか?」


 ライクは武器を僕のほうに向けていた。僕のほっとする気持ちは消える。


「アーク、何をしたんだ?」ライクが繰り返した。

「あれは、光術だな。どうやって?」


「え? どう……」

 僕は言葉に詰まる。ものすごく険しい顔だった。今まで見たこともないほどの。


 あ。

 僕は自分が過ちを犯したことを悟った。

 

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