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最下層の僕と追放された公女様は辺境の地で生き残ります  作者: オカメ香奈


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第43話 魔獣

 予想していた通り、ポナを連れての偵察任務は大変なものになった。

 そもそも外を出歩いたことがあるのかすら疑わしいポナ坊ちゃまの体力はフラウよりも劣っていた。


 歩き始めてまだ砦が見える距離なのに、すでに足がいたいと僕らに訴える。


「行きたいと言い出したのはお前だろう」


「だって、こんなでこぼこの道だと思っていなかったんだ」


 僕はうんざりしていた。これからこの干物男の愚痴を延々と聞かなければいけないかと思うと、もうそれだけで足が重い。


 仲間の隊員はあたりまえのように僕らを置いていった。野営地までたどり着けるか賭けをしている奴もいた。たどり着けないほうに全財産をかけてもいい、とすでに僕は思っていた。


「私が背負っていこうか? 光術を使えば、たぶん楽に行けると思うの」フラウが申し出る。

 却下だ。子供のなりをしたフラウにそんなことをさせるわけにはいかない。


「それよりも、フラウ。光衣をいつでも使えるように用意してくれよ」


 実質、フラウは今回の偵察隊の守りの要だった。狂暴化した獣を押さえるのには僕らの訓練だけでは荷が重い。硬質化している魔獣も確認されている。護身用の銃でははじかれてしまうだろう。


「ええ、ちゃんと確認しながら歩いているわ」

 彼女は手にした光板をちらりと見た。光板の地図にはすべての隊員の位置が表示されている。いざとなったらこれを頼りに隊員たちのところへ駆けつければいい。光衣を使えば、それはできると彼女は請け負っていた。


「フラウ、おんぶして」


 ポナ、おまえは赤ん坊か。

 大の男が小さな女の子に泣きつくという光景に僕はイラつく。


 そして、さらに余計なお荷物がくっついてきた。


「遅いー」

 道の端でサラが僕らを待っていた。どうやら、先回りしたらしい。


「猿が出た」ポナがつぶやく。


「なに、この人。どうして、こんな人を連れてきた?」


「何を言っている。これはボクのおもちゃを探すための旅だぞ、おまえこそ、なんだ。古代の英知を理解できる頭もないくせに」


「おもちゃってこれのこと?」

 サラは、首に下げた袋の中から魔道具を取り出した。


「ななな、なんで、おまえがそんなものを持っているんだよ」

 ポナが慌てて手を伸ばすところをサラはかわした。


「あたしにだって、ちゃんと拾ってこられるんだから」


 よく見るとそれはずいぶん欠けた魔道具の破片だった。価値はない。だが、サラがそれをポイと宙に投げると骨を追う犬のようにポナはそれを追っていった。


「おまえ、どこでそれを手に入れたんだよ」僕はサラにきく。


「へへへ、秘密」サラは意地の悪い笑みを浮かべる。


「こここれは、古い呪の一部だな」興奮したポナが秒速で戻ってきた。「みたことのない呪みたいだ。素晴らしい」


「まだまだあるけど……」サラがポナの目の前で新しいかけらをふる。


「それ、それをみせるのだ」


「ここまでおいでーーー」


 それまで一歩も歩けないといっていたポナ坊ちゃまは考えられない速度でサラを追い始めた。


 ひょっとして、これで誘導できるかもしれない。僕はほっとすると同時にあきれた。

 餌を追いかける犬扱いされて、いいのか? ポナ坊ちゃま。


「いいのかしら」フラウも同じことを考えているらしい。。

「いいんだろうな」


 すくなくとも、夜、森の中で野宿する事態は避けられそうだ。僕は今のポナのエネルギーが失われない間になるべく距離を稼いでおこうと思った。


「あまり距離が開いていないわよ」休憩中にフラウがささやく。


「ポナ坊ちゃま、意外と体力があるんだな」

 餌付けのように魔道具のかけらにつられているポナを目の端で見ながら僕もささやき返した。


「そういえば、フラウもだいぶ体力が付いたね」

「そうかな? 光術を無意識のうちに使っているのかもね」

 そういいながらも、彼女はうれしそうに自分の灰色の髪をなでる。


「この分なら何とか追いつけると思うの。ほら、距離が詰まっているでしょう」

 彼女はそう言いながら、僕に光板を見せようとして、表情をこわばらせた。


「ここって休憩地点ではないわよね」

 彼女は地形を重ねて僕に見せた。


「なんだ? これは?」隊員を示す点が一点に固まって見える。

「防御陣形?」

「まさか」


 僕はポナとサラに警告しようとした。


 背筋が泡立つ。


「フラウ!」


 僕が叫ぶよりもフラウの反応は早かった。


 僕の目には一瞬フラウの姿が消えたように見えた。


「サラ、伏せて」

 頭上からすんだ声が凛と響く。


「へ?」

目を丸くするサラのそばを銀色の光が通り過ぎた。


 人のものではない大きな悲鳴のような声が上がる。


「ぎゃぁ」

 こちらはポナ坊ちゃまの声だ。サラの手にした魔石を追いかけていたポナの前に音を立てて肉塊がおちてきた。


「こっちよ」


 フラウが獣を誘っている。一瞬で光衣を作動させた少女は木の枝の上に小鳥のように留まっていた。巨大な生き物が、ゆっくりと姿を現した。


 よく見かける山犬に似ていた。ただし、体格は普通の山犬よりずっと大きい。


 これが魔獣なのか? その生き物は僕らには目もくれず、ただ、フラウのほうに歯をむいていた。


 一瞬だけ、獣と少女は互いに見合った。


 次の瞬間、ふわりと柔らかい光に包まれた少女は飛び、獣は地を蹴った。

 少女の手にした杖のような武器から光が放たれ、少女に触れようとした獣を地に叩き落す。光から逃れようと身をひねった生き物に容赦なく光の刃が追い打ちをかけた。


 両断された獣の体から生臭いにおいが立ち上ってきた。その匂いはすぐに風に乗って消え、魔獣の体も徐々に炭化した隅のように黒く変化していく。


「アーク」フラウは迷いなく光板を僕のほうへ投げてきた。

「二人を連れて、砦へ退避して。私は偵察隊の様子を見に行くわ」


「了解」

 圧倒的な戦闘力を見せつけられて、僕はおとなしくうなずく。


「さぁ、こちらよ」

 フラウの体の光が一段と明るくなった。それに引き寄せられるように、また、獣が姿を現す。

 フラウが誘うように移動すると、獣も彼女の後を追う。

 僕らは逃げないと。


「いくぞ」


「これが、魔獣……ふん」

 恐慌状態に陥っていそうなポナが消えていく獣の死骸をしげしげと観察していた。


「なに、のんびりしてるんだよ」

 僕はポナの襟首をつかんだ。


「待って。魔獣は魔石を出すといわれている。ちょっと、観察を……解剖……」


「そんなに餌になりたいのかよ。エマ、手伝ってくれ」


「ほうら、こっちに本物の魔石があるよ」


 魔石に引き寄せられるポナを目の端で追いながら、僕は光板を確認した。範囲は狭いとはいえ、これを使えば強い魔獣の反応を捕らえることができるはず、そう習っていた。


「うつってない」

 僕は舌打ちをした。フラウの光点が移動しているのに、その周りに魔獣の反応はない。この光板は壊れている。


「急ごう。魔獣は、人を襲う」

 僕は二人を促す。


 魔獣の群れがわくという話は子供を怖がらせる昔話だと思っていたのに。まさか、自分が体験するとは思っていなかった。小型の草食型ならともかく、肉食系の魔獣を倒す自信は僕にはない。


 急いでこの場を離れなければならない。僕らは来た道を引き返した。


「フラウ様は大丈夫かな?」

 息の上がるポナの尻を蹴り上げながら、サラがきく。


「フラウなら大丈夫だ」

 魔力切れさえ起こさなければ問題ない。僕は服の下に着けている首飾りを握った。

「それよりも、……くるぞ」


 片手に持っていた光版が赤く染まって見えた。警告が遅すぎる。


 黒い影が見えたと思ったら、あっという間に近づいてきた。僕はかろうじて身をひねって、攻撃を避ける。手から光板が飛んでどこかに転がった。獣は、飛んだ光板を追って藪に飛び込む。


 そのすきに僕は銃を抜く。普通の生き物になら効果のある武器だが、果たして魔獣に通用するかどうか。


 ゆっくりと藪から魔獣が姿を現した。僕たち三人をゆっくり眺めまわして、ポナを標的に定めたようだ。


「え? ボク?」

 魔獣とにらめっこをすることになったポナが、場違いな声を上げる。

 なんであのひもの男を狙うのか? おいしくなさそうなのに。ひょっとして骨が好きな獣だろうか。


「下がってろ」

 それでも、見捨てるわけにはいかない。僕は武器を構えて、狙いをつけた。


 しかし、僕の玉よりも早く、後ろから何かが飛んできた。

 動きを止めた魔獣は、ゆっくり倒れる。その頭には斧が刺さっていた。


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