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第4話 少女

 どうみても、子供だ。

 女じゃない。


 仮に、女だとして、まだまだ体は発達途上だった。細身の体はたしかにいささか丸みを帯びていたが、残念ながら男の子といっても通じるほどの体形である。

 要するに、期待できるふくらみは一切なかった。


 先に我に返ったのはライクだった。


「ようこそ、13砦へ。私は、ライク・ヘンケ准尉だ。君がここに新しく配属された、あー」

 ライクも彼女の名前を聞いていなかったらしい。


「ふら、フラウ」

 彼女は小さな声で、答えた。

「フラウ? フラウ、なに?」


 名字を尋ねられた少女は、しかし、答えなかった。


「あー、ここにいるのが君と仕事をするアークだ」

 ライクは厄介そうな少女を僕に押し付けるようにしたようだ。

「彼が君にいろいろと仕事を教えてくれる」


「アーク伍長です。フラウ、さん?よろしくお嬢……」

 丁寧にあいさつをしていたら後ろから蹴飛ばされた。


「お前の後輩だろう。もっと、こう、先任らしくふるまえ」


 僕は、先任たちのことを思い出した。彼らにされてきた様々な嫌がらせと、無茶苦茶な命令と、暴力と……

 無理だ。こんな、妹と同じくらいの小さな子供に、そんなことは……


 すでに飛行艇はどこか遠くへ飛んでいなくなっていた。

 その姿を、少女はぼんやりと見つめている。


「あ、あの、君の荷物はこれだけかな?」

 僕は彼女に声をかけた。


「よければ、君の部屋にまず案内しようと思うんだけど、どうかな?」

 ライクは、僕のそんな様子を見て、これはダメだというように首を振った。


 しかし、どうふるまえばいい? まさか、こんなに小さな女の子だとは思っていなかった。そもそも、こんな幼い子供をこんなところに送り込んでよいのだろうか?


「ここに来たのはもちろん初めてだよね。僕も、最初はこんなところだとは思わなかったよ」


 少女は黙ってついてきた。

 僕は、何をしていいのかと迷いつつ、くだらない話を垂れ流した。


 周りの目も気になる。

 女が来たと、興味津々でやってきた兵士たちが一様に失望して、引き返していくのが気配でわかった。


 あれが女? 詐欺だ……だまされた……

 そんな恨みがましい目が僕らの後を追ってくるような気がする。


「あの、彼らはここの兵士たちで、僕とライク殿はここの事務方なんだ。君は事務官としてここに来たんだよね。彼らのことが気になるのかな? 彼らと僕らの宿舎は別の塔だから安心して」

 僕は彼女を事務方の使っている塔に招き入れる。


「こちらには隊長とライク殿と僕の部屋しかないんだ。こんな大きな建物なのに使っているのが、三人だけなんてちょっと寂しいだろう。昔はもっと数がいたらしいのだけど、ね。君も好きな部屋を使って構わないよ。僕が使っているのは三階だけれど、その上はがら空きで……ああ、でも長い間だれも使っていないもから、魔よけも解除していなくて、だから、三階でいいかな?」


 少女は興味深そうにあたりを見回していた。


「何か気になるかな? 掃除が間に合ってなくて、ずいぶん汚れているけれど、これでも……」


「古い、古い建物……」少女は壁に手を沿わせた。「星の宮と同じくらい、いえ、それよりも古いものかもしれない」


「……えっと……そんなに汚れが気になる?」

 少女は初めて僕の顔を正面から見た。


「こんな貴重な遺跡が今も残っているなんて、知らなかった。あなたたち、今もここを使っているのね」


 流れるような響きだった。同じ言葉を使っているとは思えないほど洗練された発音だった。明らかに僕らとは生まれた等級が違う。


「そんなにこの建物は古いんだ」

「ええ。エドゥという街のことを知っている?」

「????」

「昔あったという大きな町よ。国という人もいる」

 小さな女の子に地理や歴史の話を聞かされるとは思ってもいなかった。


「ああ、だからか。この近くには廃墟というか、遺跡というかがたくさんあってね」

 僕は少しうれしくなる。いままで、こんなことに興味を持つ人と出会ったことがない。


「いつか、見に行けると思うよ。偵察任務の時に」


 少女の黒い目に光が戻ったような気がした。大きくなったら、きれいな子になるかも。今は少年とも少女ともつかないただの子供だけれど。その予感に僕の心臓ははねた。


「あ、部屋に案内するね。とりあえず、僕の部屋の近くのどこでも使うといい。あの辺りはいつも見回りをしているから、魔が入り込んでいないはずだ」


「魔?」少女の目が見開かれる。

「あ、うん。ここは黒の裂け目に近いからかな? 小さい魔は現れることがあるらしい。僕はまだ退治したことはないけれどね」


「おとぎ話だと思っていた」

 少女がつぶやく。


「うん。時々出るらしい。僕はまだ見たことがないけれどね」

 怖がらせてはいけないと、僕は言葉を足す。


 僕の部屋がある階の比較的きれいな部屋に案内する。女の子がどういう部屋を好むのかわからないけれど、この部屋は寝台も机や椅子もちゃんとしたものがそろっていた。

「ここでいいかな? 他の部屋がよければ変わってもいいよ」

 少女はぐるりと部屋の中を見回す。

「どうかな? 何か足らないものがあるかな?」


 僕にとってみれば贅沢な部屋だ。一人で使える寝台があるからだ。ちゃんと寝具も用意した。


 でも、女の子の部屋としては殺風景かもしれない。“僕”の記憶がそうささやく。“僕”の考える女の子の部屋としては色がなさすぎる。“僕の知る女の子の部屋は、明るい桃色の壁紙や、フリルのついたカーテン、かわいらしい家具のそろえられた”あにめ“の中の部屋だ。そんな家具はここにはないし、調達もできない。


「ありがとう。ここにする」


 僕は好きなように模様替えしていいからといって、部屋の外に出た。落ち着いたら、この砦を案内するつもりだった。

 だが、待つ間もなく女の子は部屋から現れた。


「もう、いいのか?」

 こくりとうなずかれて、僕はとまどう。なんというのか、こんなにあっさりしていていいのだろうか? 

 女の子を相手にしているというよりは、なにか別の生き物と一緒にいるような感じがする。


「えっと、じゃぁ、生活で必要なところを案内するね」

 僕は、生活していくうえで欠かせないところを仕事の内容と一緒に説明することにした。


 朝起きて、顔を洗って、運動をして……僕の部屋のある階やその下にある隊長の部屋やライクの部屋、それから食堂に案内する。すでに彼女に興味をなくしたほかの連中は僕たちに見向きもしない。


「それからこっちが、浴場……」そういってから、困ったことを思い出す。

「君、お風呂好きだよね……水浴びしたいよね……」


 男しか使わない外壁の一角に設けられた施設に彼女を案内することはできない。


 どうしよう……彼女はきょとんとした顔でこちらを見ている。そのとき、食堂の奥で食事の支度をしているばあさんの姿が目に入った。

 そうか、あれでも、女だ。


「ばあちゃん」

 僕は賄いのばあさんに声をかける。

「あのさ、この子、新しくきた子なんだけどさ」


「知ってるよ」

 ばあさんは包丁の手を止めることなく僕に答えた。

「さっききた子だろう。女の子らしいね」


「うん、それでね、ばあちゃん」


 賄いばあさんは、包丁を置いてよいしょと腰を伸ばした。白くなった髪を撫でつけながらこちらにやってくる。


「どうせ、この子の面倒を見てくれとか何とかというんだろう」


 鋭い。

 このばあさんは厳密にはこの砦にいないことになっている人物である。僕がここに来る前から砦のまかないや外の女たちの世話をしているという謎の人物だ。元女兵士という噂もあれば、黒い民だという噂もある。ともかくこの砦に誰よりも長く住んでいる主なのだ。


 僕は仕事柄、ばあさんと話すことが多いのだが、怖い存在だ。


「そうなんだよ。風呂とか、着替えとか、どうしようかと…」


「おまえ、なんという名前なんだい?」

 ばあさんは同じくらいの身長の少女にきく。


「……フラウ」


「フラウ、かい。確かに女の子を野郎どもと一緒に風呂に入れるわけにはいかないな。体を洗う場所は貸さざるをえないだろうね。水浴びするときはここに来るんだ。その時までに話をつけておく」

 さすがは遣り手ババ様だ。話が早い。


「それはそうと、アーク。ここに来たということは、当然仕事をしに来たのだろうね」

「あ? え?」

 食事時以外は近づかないようにしようと努めていたのに、うっかりしていた。フラウの案内ということで、どこか気分が浮かれていたのかもしれない。


「今日は、この子の案内で、ちょっとここに寄ったんです。今から行くところがあるから」

 逃げようとすると、杖が目の前に突き出されていた。


「アーク、もちろん、仕事をしに来たんだよねぇ」

 のどに引っかかるような声で命令されて、僕はしぶしぶ老婆の言うことを聞く。彼女の言うことはここでは絶対だ。食堂の主に逆らって生きていけない。


 結局、僕は食材を洗う作業をやらされた。フラウも一緒だ。外の水桶の脇に腰を下ろして、延々と土のついた根菜を洗う。


 フラウは要領をえない手でおっかなびっくり泥のついた野菜を持ち、恐る恐るといった様子で僕のまねをして野菜を洗い始めた。飛行艇に乗ってきた時から思っていたことだが、彼女は実はお嬢様だったのだろうか? 僕の記憶にある“お嬢様”は、時折車の中からちらりと見える明るい色の布や、帽子や、花飾りでしかない。本物のお嬢さまというものをこの目で見たことはないのだ。


 だけど、“僕”は“お嬢様”というものの存在を知っていた。“僕”は決して裕福な家庭というわけではないようだったが、ショウセツや“あにめ”や“どらま”で、上流階級の子女というのはこういうものだという知識を得ていた。


 その“お嬢さま”は、大切に大切に育てられて、土に触れたことなどない、料理も洗濯もそういうめんどくさいことから解放された人だった。だから、そういうことをやらせたらとても要領を得ないというのが定番中の定番だ。ちょうど、今のフラウのように。


 もし僕がその知識を持っていなかったら、彼女のことを知恵遅れだと思ったかもしれない。

 イライラしたり、いじめたり、そういうことをしたくなったかもしれない。

 幸いなことに、彼女のそういう態度は僕の中で彼女が“お嬢様”であると変換されて、逆に好ましいものになっていた。向こうの“僕”の好みがそういうお嬢様だったせいもあるだろう。


 たとえ、黒い髪、黒い目のいかにもレベルが低い外見であっても、彼女が“お嬢様”だと思うと少し楽しくなってくる。

 鼻歌を歌いながら、野菜を洗う僕をフラウは不思議そうに見つめた。



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