第39話 帰還
「あ、フラウさん、ヴァイスさん」
エマが恥ずかしそうにポナ三号ちゃんからのぞいていた。
「こんばんは」
「アーク!」
二人の目が突き刺さる。
「あなた、これはどういうことなの?」
「なんで、あの子がここにいるのよ」
「あー、妹は退院したんだ」自主的に、と心の中で付け足す。
「だから、これから砦に連れて行こうと思って」
ヴァイスさんが額に手を当てて天を仰いだ。
「お医者様の許可はいただいたの? 違うわよね。さっき、お別れしたばかりじゃない」
フラウが僕に詰め寄る。
「状況が変わったんだよ。病院より、砦のほうが病気のためにはいいって」
「無理矢理、攫ってきたのではないでしょうね。病院に押し入って」
「押し入ってはないよ。なぁ、ポナ坊ちゃま」
「そう、ちょっと鍵を開けただけ」
坊ちゃまは罪のない真面目な顔でうなずく。
「あなたたちねぇ」
フラウの周りに魔力の渦を感じた。まずい、本気で怒っている。
「坊ちゃま、ご無事でしたか」
運良く、そこにフラウたちの乗った馬車の御者が現れた。
「よかった。あれで、来ると聞いていたから、どこかで爆発していたらどうしようかと思っておりました」
「爆発?」
僕も含めた三人がポナ坊ちゃまを振り返る。
「うん、大丈夫だった。運転手も手に入れたし」
運転士? 僕のことだろうか?
「そうですか。ようございました。旦那様も、坊ちゃまの運転をたいそう心配しておられました」
「あ、あたしはこの辺りで失礼するわね。お仕事終わったし」
そろそろと、ヴァイスさんが後ずさりしていた。
「がんばって、砦までたどり着いてね。元気でね、お姫様。それじゃぁね。アークちゃん。あたしを迎えに来てくれる日を待っているから」
「さぁ、私たちもまいりましょう」御者が促す。「夜が明ける前に人目につくところを抜けましょう」
「よし、じゃぁ、僕が車の運転を……」
「だめ」フラウが僕の袖をつかんだ。
「でも、早くいかないと」
「だめよ。あんなものを走らせたら、目立ちすぎるでしょ」
「馬車、に見えないか?」
「無理」
それで、結局ポナペンチュラ三号ちゃんは、ポナ家子飼いの御者が操る馬車の後ろにつながれていくことになった。ポナ三号を置いていくと主張したフラウの最大限の譲歩だった。
フラウは怒っていた。ポナ坊ちゃまの件、車の件、エマの件、そして何よりそのすべてを僕が黙っていた件について。
フラウの怒りを感じた坊ちゃまは前の馬車に避難をし、エマは後ろの自室で横になって、僕は不機嫌なフラウとポナ三号の運転台で針の筵に座っていた。
「悪かったよ。フラウ。黙っていて」僕は、フラウにそっと話しかける。
「でもね、君は絶対にこの計画に反対すると思ったんだ」
「……今でも、賛成していると思った?」
フラウが隅のほうでいわゆる“体育座り”をしてこちらをにらんでいた。
「車のことについては、僕も驚いたんだ。馬車を用意していると聞いていたのに、いきなりこれだろう。びっくりするよね」
「そのわりには、喜んで運転していたわよね」
フラウの指摘が氷のように突き刺さる。
「あー、まぁあれは、男のロマンというか、なんというか。一度は運転してみたいと思うだろ。車を」
「……それは禁じられているはずよ。等級の低いものは、ああいうものは動かしてはいけないのよ」
まるで神官のような決まりきった言いきり方に僕はむっとする。
「だから、それは軍の自動車や内地で作っている自動車についてだろう。これは、坊ちゃまが作った車だ。たまたま自動走行をしているだけだろう」
「アーク」フラウが静かに言う。「これは許されないことでしょう。あなたの言い分が許されれば、ポナ坊ちゃまが作った車を等級が低いものが動かせることになるのよ。彼らが、みんな、車を使うようになったら……」
「何が問題なんだ?」僕は言い返した。「みんなが車を使えるようになる、いいことじゃないか。便利だし。車があれば、大量の荷物を運ぶことができる。人を食うような生き物を使って物を運ばなくてもいいんだ。素晴らしいことじゃないか」
フラウが奇妙な目でこちらを見ていた。こういう言い争いになると、彼女はよくこんな表情をする。僕はまた、何か失言してしまったのだろうか。
きまりの悪い時間が流れる。
「おにいちゃん」
その時、車の後部からか細い声が聞こえた。
「エマ?」
僕はこれ幸いと後ろの座席をのぞく。
「おにいちゃん、いるの」
不安そうな声だった。
「うん、いるよ」
僕は後ろに移動して、エマのそばに座る。
「これからは、いっしょだよね」
「うん。一緒に暮らそう」
「とりでに行くんだよね。へいたいさんがたくさんいる」
「そうだよ」
「エマもなれるかなぁ。かっこいいへいたいさん」
「うん。元気になったら、なれるよ」
エマは満足そうにため息をつく。
僕はエマが寝付くまで彼女のそばにいた。ひそやかな駆動音が僕のことを落ち着かせる。まるで、僕が“僕”の世界にいるかのように感じた。
妹が寝ているのを確認してから、フラウのいる運転席に戻った。計器を確認して、車が順調に動いているかをチエックする。
フラウの様子をうかがうと、ぼんやりと外を眺めていた。
「ねぇ。エマちゃんのことだけれどあの子をどうするつもりなの?」
話しかけてきたフラウはもう怒ってはいないようだった。あきらめたといったほうがいいかもしれない。
「砦に連れていく。あそこは光量が少ないところだ。それに光術を使った装置が少ない。光拒絶症のエマでも生きやすい、とおもう」
「治療師も医者もいないところに連れて行くの?」
「治療師なんて光術を使う時点で論外だろ。医者がいても役に立たない。彼らはエマを観察しているだけだ。フラウも聞いていただろう。彼らはエマのことを被験者といっていた」
「ええ、でも、彼らのおかげでエマちゃんは今まで生きてこられたのでしょう?」
「何もしない医者ならいらない。まだ、魔道具を作ってくれたポナ坊ちゃまのほうがましだ」
僕は吐き捨てた。
「それにしても、誘拐はだめだと思うの。犯罪行為じゃない」
「だから、退院だって。保護者が連れて行くのだからいいだろう?」
「もう少し、待てなかったかな?もっと穏当な手段を使って、本当に退院させることができたんじゃないかな。また、次の機会があるじゃない。また、休暇を取って……」
「次はない」
思ったより大きな声が出てしまって、僕は慌ててエマの部屋をうかがう。妹が起きた気配はなかったので、僕は声を落として続けた。
「次があるとしたら、それは黒の砦への見送りに行くときだけだ。それは、フラウもわかっているだろう?」
フラウはとても悲しそうな顔をした。彼女もエマの病状が思わしくないことは感じているのだろう。
「それで、病気が治ったら、そのあとはどうするの? 病気の間は、同情して砦においてくれるかもしれないわ。でも、治ったら別。砦で女の子が暮らしていける場所なんてないでしょう」
「あの野生児だって暮しているじゃないか」
「サラちゃんは、黒い民よ。あなたは妹に帝国民としての資格を捨てさせるの? それに、サラちゃんの暮しているところは姐さんたちのところでしょう? その、つまり……」
フラウは言葉を濁した。彼女の心配していることはわかった。つまり、洗濯女のところへ妹を送り込むのはどうか、ということだ。“僕”だったら、ダメだと思うかもしれない。でも。
「フラウ、エマは等級が低い。ほぼ0だといわれた。その等級だと、普通の職に就くのは無理だ。黒い民では嫁の貰い手もない。姐さんたちのところはましなんだよ。ちゃんと食べられて、稼げて、大事にされている。あそこでは、女たちの力は強いからそんな無体なこともされない。子供だって、産める。路上に立っている女の子を見ただろう。あれと、姐さんたちと、どちらを選ぶかときかれたら、どうする?」
僕は淡々と事実を告げる。
選択肢があるのなら、僕だって。
へいたいさんになりたいの、エマのつぶやきが頭をかすめる。
フラウの表情に影がさした。
それから、彼女は妹のことについてふれることはなくなった。




