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最下層の僕と追放された公女様は辺境の地で生き残ります  作者: オカメ香奈


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第36話 出発

 のんびりとした日を送ろうと話していたけれど、やはり出立前は忙しくなった。


 僕は毎日のように妹のところへ通い、古物商に顔を出し、ハゲ親父の代理人と話を詰めた。


 あの食えないハゲは、あれから僕のことを避けているようだった。どうして、そんなに嫌われたのかさっぱりわからない。だが、「子猫の館」の圧力もあって、なんとか頼んでいた品物は手に入れられそうだ。


 フラウのほうは砦の連中と交渉をし、やはりなんだかんだと嫌がらせを受け、それでも神殿の強力な後押しがあったのだろうか、何とか品物をそろえることができた。


 なぜ、あの連中(しんでん)が僕らに手を貸す気になったのかはわからない。正直不気味だし、怖い。 

 理由を知りたかったが、あれからシャンを見かけることはなかった。そして、まさか、等級審査官のところに理由を聞きに行くことはできない。今でも、僕は神殿を見るだけで寒気がする。


 出立するころには僕は「子猫の館」の準構成員として見られていたようだ。後ろに、高名な「子猫の館」と、フラウの名前がついてきていた。間違って手を出そうものなら、大変なことになる、そんな感じで扱われていた。


「フランカさま、さまだわ」


 ヴェル姐さんは即席で作った、フランカ記念グッズの売り上げを前にして顔を緩めていた。

 フラウには内緒で作られた記念品はとても残念な出来だったが、そこそこ売れたという。


「こんなところに、映像に映るような人間が来るなんてめったにないからねぇ」


 元々名の売れていたフラウは館にとっても名を売るありがたい広告塔だった。この国の頂点に立ったかもしれない女性なのである。もちろん、フラウのことを馬鹿したり、拒否したりする人間も中にはいたが、おおむね彼女の魅力のとりこになっていく。どぶだめに暮らす人間にとってフラウはまだ星の妃だった。


 僕は買い物リストを最後に点検していた。


 いまではだいぶあの奇抜な応接間にも慣れてきた。姉さんたちも普通の時は襲われることはないとわかってきた。気を抜くと変なところを触られることがあるが。


 あとは、ご禁制の品をポナ坊ちゃまが受け取ったかを確認して、それから……


 こんなことばかりをしていると、僕は本当に事務官になったような気がしてきた。

 砦では雑用係でしかなかったから。意外に僕はこういう調達業務が好きなようだった。運よく退役できたら、商人になるのもいいかもしれない。そんなことをぼんやりと考えていた。


「アークちゃん、書類とにらめっこしてても面白くないでしょ。あたしたちと体を鍛えない?」

 ヴェル姐さんが盛り上がった筋肉を見せつける。


「いや、あの、それはまた今度」


 たしかに、ここのところ訓練をしていない。体はだいぶなまっていると思う。

 でも、姐さんたちの訓練に混ざる気はしなかった。


 一度、姐さんたちの鍛錬所の手前まで行ったことがある。

 扉の向こうで響いているうめき声ともうなり声ともつかない声に動揺して、回れ右をしてしまったのだ。

 向こうで何をしているのだろう。

 大胆に見学に行ったフラウが言うにはただ運動をしたり、剣術や格闘の訓練をしているだけだったという。本当にそれだけなのだろうか。


「明日は出発ね。さみしくなるわ。これ、ラーズに渡してほしいの」

 ヴェル姐さんは表に何も書いていない封書を僕に渡す。


「わかりました。恋文ですか?」

 今ではこういう軽口もたたけるようになった。


「残念。ラーズとはそういう関係ではないのよね。師弟関係というか、なんというか。話を聞きたい?」


「あ、また今度に」

 興味深かったが、ヴェル姐さんの話は長い。たぶん、本題に入る前に明日がきてしまう。


「あたしは、アークちゃんからのお誘いを待っているのよ。わかっているでしょ」

 姐さんは生娘のように恥じらってみせる。

 それから、ヴェル姐さんが顔を寄せてきた。

「ねぇ、アークちゃん。何か悪いことを考えているでしょう」

 ささやくように言われて、僕はどきりとする。


「今のあなた、とても悪い男の顔だわ」

 姐さんは体を起こして扇で優雅に風を起こす。


「いいのよ。男は少し悪いくらいが魅力的。でも、気を付けてね。あいつらの目はとても遠くまで見えるのよ。フラウちゃんを守りたいのなら、用心したほうがいいわ」


 姐さんたちには計画をほのめかしたことはなかった。僕とポナ坊ちゃまの間だけの計画だったはずだ。フラウは急に仲良くなったポナ坊ちゃまと僕のことを不審に思っているようだが、問い詰められたことはない。


 問い詰められても、うまく言い訳する自信はあった。

 ポナ坊ちゃまのところへ入り浸るようになった理由は、他にもあったからだ。


「アーク、また、本を借りに来たのか」

 すっかりなじみになった店主が眼鏡を上げて僕を見た。


「いつもすみません。ここには僕が読むことができる本がたくさんあるから。読めるだけ読んでおきたくて」


 そう、ポナの店には紙の本がたくさんあった。光板は無理でも、紙なら僕でも読めるのだ。古物商の老ポナの家には商売道具としての本がたくさんそろえてあった。読めない古書はフラウから学び、技術関係はポナ坊ちゃまが、気が向けば教えてくれた。


 内地の学校ではこんなことを学んでいるのかな。“僕”の学校の風景を思い浮かべながら、僕は本を選ぶ。


「明日、砦に戻るそうだな」

 老ポナはそう聞いてきた。


「はい。お世話になりました」


「この本を借りていきなさい」大ポナは厚い本を僕に貸してくれる。「古い魔道具について書かれた本だ。古代の文明についてもいろいろと考察されている。分厚くて読み切れない? ああ、また今度ここに来るときに持ってくるといい。また商品を持ってくるのだろう?」


 彼なりの餞別なのだろう。僕はありがたくその本を受け取る。

 しかし、息子の家出に手を貸したとわかったら、出禁になりそうだ。多少の良心がうずく。



 出立は生鮮品を積み込んでからになった。


「外の宿場まではあたしが護衛すればいいのね。そこで夜中に合流ということで」


「はい、僕は夜中に用意してある馬車でそちらに向かいます。地図は、確認しました」

 もはや、フラウの副官と化しているヴァイスさんが最後にそう確認した。


「アークちゃん、しっかりやるのよ。もし見つかったら全力で逃げるのよ。悪いけど、あたしたち、これ以降のことはかかわれないから。捕まって処刑される時には黒の砦へのお見送りはするわね」

 ひどいことをいう。


「黒の砦に向かう馬車はここにはいないのですね」

 馬車どまりでフラウが何かを探すようにきょろきょろしていた。


「ああ、あそこに行くのは特別な車だから」

 僕は脇にある大きな扉をさす。

「あの向こうが黒の砦に向かう馬車どまりだと思う。こちらから来たことはないので、わからないけれど、ほら」


 扉は仮面で人相を隠した兵士たちに守られていた。


「あれが黒の砦の兵士だよ、墓守と呼ばれている。彼らが守っているから、あの向こうには黒の道があるんだよ」


「墓守って、砦に送られた人のことを指すのではないの?」


「内地ではそうなのか? 僕たちは墓場にいる人たちのことをみんな墓守と呼んでいるよ。特に区別していないなぁ」


 そもそも、この辺りでは囚人と認定されて生きて砦に送られる人などいない。遺体袋に入って、専用の車に乗せられていく人ばかりだから。


「アークちゃん、腕輪を貸して」


 僕は認識票をヴァイスさんに渡す。


 本来ならやってはいけないことなのだが、検問に引っかかったときに僕らが二人そろっていないと問題だから仕方がない。前は腕輪をはずすと脱走云々を気にしていたものだ。でも、最近腕輪をはずすことが増えてきていつの間にか感覚がマヒしてしまった。


「今から、あたしが、アークちゃんね」兵士の制服を意気に着こなしたヴァイスさんは僕とはかけ離れていた。黒髪でもヴァイスさんはいい男ぶりが隠せない。これで、本当にごまかせるのだろうか?


「あたしたちは心配ないわ。安心して。いつもちゃんとやっているから。だよね、フラウ」

 ヴァイスさんは僕の口調をまねをして、フラウを振り返った。


 フラウがいやそうな顔をしている。


 まだ納得がいっていないのだろうか。このちょっとした違反行為を彼女に納得させるのには苦労したのだ。


「フラウ、あとでまた会おう」

 僕が手をふると、フラウも手を振り返す。僕は馬車が離れていくのを見送った。


 さて、僕はどこかで夜まで時間をつぶさなければいけない。


 夕方に、ポナ坊ちゃまと合流する計画を立てていた。それまで僕は兵士でも何でもないただのアークだ。



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