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最下層の僕と追放された公女様は辺境の地で生き残ります  作者: オカメ香奈


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第35話 神殿

「やはり、お祈りをしてきてもいい?」

 病院の外でフラウがきく。


「いいよ。フラウ、行っておいでよ」


 僕は、まだ病院の中をうろうろしている小ポナを目の端で追いながら言った。


「アークは行かない?」


 僕は首をふる。


「この辺りで待っておくよ」


 フラウはまっすぐに門の中に入っていった。僕はその姿を見送る。


「おい、あまり遠くに行くなよ」

僕は小ポナに声をかけて、門の見える場所に腰を下ろした。


 フラウの姿を飲み込んだ門は多くの人たちが出入りしていた。いかにも内地の人間らしい正装をした集団、身を縮めるようにして神殿に詣でる下町の人間。ここは、全知全能の偉大な方をまつる神殿だ。建前上はすべての人たちに門は開かれていた。門だけだが。


 門も周りにもたくさんの人がいる。貧しい人たちは外から祈りをささげるだけで、満足する人も多い。そういう人を見込んでか、何人かの神官たちがお布施を受け取りに回っていた。


 その神官の中にどこかで見たことのある銀色の髪の少女を見つけて、僕は顔をそらした。


「やぁ」

 銀色の髪の少女、シャンは目ざとく僕を見つけていた。


「今日は、お見舞いの帰りかな?」


「よくご存じで」


 彼らは僕の行動を読んでいた。当然、妹のことも知っているし、妹の病状についても知っていたのだろう。なぜ、それに思い至らなかったのか。


「あの子が治らないと知っていたんだな」


 文句の一つでも言いたくなる。

シャンは笑顔を崩さなかった。


「できるだけのことをしたよ。彼女があそこまで長生きしているのは、あそこの人たちが頑張ってくれたおかげだから」


「被験体として?」


「たとえそうであっても、君一人ではあの子を生かしておくことはできなかっただろう」


 正論だったが飲み込めなかった。彼らのお情けで、それも、過剰なまで情けを得て、僕らは生きながらえている。それが、無性に腹立たしい。


「気の毒だとは思うよ。でもね、あの病はボクたちには治すことができないんだ」

シャンは残念そうに言う。

「ボクたちの治療は光に頼っているからね。神殿とあの子は相性が悪すぎる。相性といえば、彼女とうまくやっているみたいだね」


「彼女? フラウのことか?」


「そうそう、公女様。あ、彼女は今お参りに行ったんだね、ちょっと待って」

 シャンは懐から小さな光版を持ち出して、指を走らせる。

「これでよし、と。本来、マダラは神殿には入れない。呪われた存在だからね。でも、彼女には特別の許可を出しておいた。あまりいじめるのもかわいそうだからね」


「恩を売っているつもりなのか?」僕は腹の底が沸き立つような気分になってきた。


「いやいや、配慮というやつだよ。あの子はたまたま目に見える形でまだらだからああして嫌がらせを受ける。でも、本当はたいしたことじゃぁないんだ。あれだけ、能力のある子を腐らせておくのはもったいない」


「たいしたことがないのに、公開で辱めて、彼女の家を取り潰して、親、兄弟を黒の砦送りにして、あの子を前線で殺そうとしたわけか?」


 僕は映像の中の彼女を思い出す。あることないこといいがかりをつけられて、まるで、すべての悪を背負っているかのように公開で断罪されて。それが、たまたま、たいしたことのないマダラだったという理由からだというのか。


「彼女の家の取り潰しは政治の問題。まぁ、多少神殿内部の争いもあったけれど、主に上層部の主導権争いが原因だね。君が見ていたあの悪趣味な映像は、まぁ、ショーだ。時々ああいう出し物を見せないと民衆は退屈する。たまには、すっきりする断罪物の演劇も見せないとうっぷんがはれないだろう」


「“ぱんとさーかす”ってわけかよ」僕は吐き捨てた。


「ふうん、“君のところ”ではそういうんだ。ボクのところでは“SAKEとENGEKI”っていうよ」


 ささやかれてぞっとした。聞いたこともない音だったが、いいたいことは理解できた。


 なぜ理解できるのだろうと思う間もなく、シャンがふっと身を引いた。


「アーク、大体見てきた」

 ポナ坊ちゃまがやってきたのだ。


「この人は?」


「神殿のためにご寄付をお願いしています」シャンは神官の顔をしてにこやかに笑った。「いかがですか?」


「寄付?」ポナ坊ちゃまは顔をしかめた。「今日は、小銭はないよ。こんど、たくさん寄進する」


「はい、その時はよろしくお願いします」


 銀色の髪の神官は他の人にも声をかけながら、僕の視界から消えた。


「ちゃんとみてきた」ポナ坊ちゃまが僕の袖を引く。

「やはり、表通りは危険だ。たくさんの装置が配置されている」

 彼はぐしゃぐしゃの紙に書いた地図を僕に見せた。紙はともかく、地図はまるで測られたようにすっきりとしていた。


「表はだめか。病院の裏口から出るほうがいいかな?」


「それよりも、いいことを思いついた」

 ポナ坊ちゃまのいいことというのは、怖いような気がする。

「こっちの道はどうだろう」


「どうやって……」僕は言葉を飲む。


「いける。行く方法がある」ポナ坊ちゃまはにんまりと笑う。「また、明日、確認する」


「そうだ、こちらからおまえに連絡できるようにしてくれよ。裏口から入れないのか? 裏から行けばすぐ近くだろう」


「それは無理。あの扉は光術では開かない」


「鍵とか、合言葉とかないのか?」

 どのみち光術は僕には使えない。


「合言葉、合言葉か?」


「暗証番号とか、ないの? ほら、数字だよ」


 ポナの目が輝いた。

「数字、数字は好きだ。それにしよう。明日までに改造して数字で扉が開くようにする」


 なんだか適当だが大丈夫なのだろうか。


 そうこうしているうちに、フラウが戻ってきた。穏やかな顔をしている。


「お祈りをしてきた?」


「ええ。本当は、私は、ダメらしいのだけど、でも、親切な神官様が入れてくれたの。中で、しっかりお祈りをしてきたわ」


 嬉しそうなフラウに先ほどのシャンとの会話を伝える気は失せた。


「エマちゃんのことも、砦のみんなのことも、もちろんあなたたちのこともお祈りしておいたから」


 僕は偉大なる存在など信じていない。その偉大なる存在が、僕たちのような黒の民を作り、今の状況をもたらしているとすればなおさらだ。


 でも、いつも以上に穏やかなフラウの横顔を見ていると、そのような存在がいて、フラウのことを見守って助けてくれることを願ってしまう。


 どうか、彼女の行く末に幸がありますよう。どう考えても底辺をさまよっている僕たちの状況だけれど、少しでも良いほうに行きますように。彼女の信じている神にそれをお願いすることは悪いことではないだろう。



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