第34話 お見舞い
次の日には装備部という名の神殿から、備品は5日以内に揃えられるという連絡が入っていた。装備を運ぶ馬車はこちらで用意することになっているらしい。
老ボナペンチュラとの話し合いで、荷物は二手に分けて運び出すことになっていた。一つは装備と一緒に運べるもの。もう一つは、ちょっと訳ありの商品である。
「検問はほとんどの場合は形ばかり。でも、時には調べられることがあるって。特に、兵器と一緒に運ぶ荷物は、ね」
それで問題のある商品は別の馬車で運ぶことにした。それは、通常の馬車町を通る馬車ではなく、こっそり壁の外を使う裏の道である。
「フラウは表の荷物を運び出して、僕が裏の荷物を運べばいいんだね」
なんと都合のいい状況なのだろう。こちらの計画もはかどるというものだ。
「しばらく、やることはないんだね」
そうね、とフラウは首を傾けた。
「あとは、色々と昨日買えなかったものを買いに行ったり、たまにはのんびりしましょう」
あまりのんびりとしている暇はない。
そこへ、小ポナが尋ねてきた。あの建物に根を生やしているような男が外に出てきたのだから、それも子猫の館にやってきたということで、フラウはとても驚いていた。
階下の応接室で小ポナはヴェル姐さんの接待を受けながら、待っていた。今にも逃げ出してしまいそうな顔をしていた。
「持ってきたぞ」悲鳴に近い声を小ポナはあげる。
「本当か。ありがとう」よかった。彼は計画にのってくれたようだ。
「なにを、持ってきたの?」
「ああ、妹のために光を押さえる魔道具があればと思って聞いてみたんだ。ほら、フラウがつけていたような、あれだよ」
それを聞いていた女将が手を叩く。
「そうよ、そう。フラウちゃん、あなた、これを落としたんですってね。落とし物ですって」
彼女はフラウの首飾りを渡す。
「よかったわねぇ。親切な人がいて」
「本当に、ヴァイス姐さんのおかげです」
フラウがそれを受け取って首にかけた。灰色の髪が見る見るうちに黒くなる。
「その道具、ちょっと見せて」案の定小ポナの目がぎらついた。「これは、すごい。なかなかの品物だ」
「こちらのほうがエマちゃんの病気を押さえるのに使えるかしら?」フラウが尋ねる。
「それは実験をしてみないとわからないな」
ごそごそと小ポナは怪しいお手製の機械を取り出す。
「これは光度計、こっちは魔力計」
彼はフラウにその機械をあてる。
「おお、光度300越え、魔力も1000越え……さすが、星の妃候補」
「ちょっと」フラウが慌てて小ポナから離れる。「何をするんですか」
「簡易魔力計。道具の測定をするのに使う」
「そんなこと、いきなりするのは失礼でしょう。それに、そういう道具は神殿しか持っていないはずでは……」
「自分で作ったから問題ない」
問題あるだろう。測定器を持った小ポナの周りからみんな身を引いた。等級の詳しい数値は互いに詮索しないのが一応の礼儀となっている。僕みたいに底辺でもさらされて気持ちのいいものではない。
「アークはどうかな?」
「おい、やめろって」
僕がポナの手をはたくと、ポナは機械を取り落とした。
「ああああああ。なんてことをするんだ。精密な計測器を……みろ、壊れてしまったじゃないか」
小ポナは機械を憤然と振り回した。それから、慌てたように機械をいじくりまわす。
「ああ、何とか普通に戻った」
彼は自分に機械をあてて確認する。
「あら、坊ちゃまって魔力はこんなに高いのね」
仕返しとばかりにフラウが覗き込んだ。
「そうなんだ。だから、あやうくマダラ扱いされるところだった」
彼は自分の数値を見られても別に気にしている様子もない。
「そろそろ、見舞いに行こうか」
これ以上ごたごたする前に僕はポナ坊ちゃまをここから連れ出すことにする。
「あら、もうお出かけ? あたしは、あとで合流でいいかしらん。お買い物の時だけ付き合うわねぇ」
今頃起きてきたらしいヴァイス姐さんがあくびをしながら、奥から出てきた。化粧をしなくても十分美男子なのに、もったいないと僕は思う。
「ヴァイスさんにはお世話になりっぱなしで、悪いわね。なにか、贈り物を送りたいのだけれど、何がいいかしら」外でフラウが僕らに相談をする。
「装飾品か何かかな?」
「男だろ、好みの男」
「うーん、そうねぇ、お店で探してみましょうか」
フラウはポナ坊ちゃまの言葉は完全に無視をした。
ポナ坊ちゃまを連れて街を歩くのは大変だった。彼は興味のあるものがあれば、なんでも熱心に観察をした。それが許されるものであろうと、なかろうと、だ。店の前に置いてある等級を調べる機械や、宣伝用の光板、噴水に投射されている映像装置まで、魔道具と名のつくものはすべて観察して回る。
兵士が番をしている巨大な広告版を調べ始めたときには、僕たち二人で慌てて引きずるようにしてその場を去らなければならなかったほどだ。
「なんでだよ」坊ちゃまは機嫌を損ねた。「きちんと下調べをしているだけだろう」
フラウに感づかれてはまずい。僕は慌てて耳打ちをした。
「いや、いいんだよ。でももう少し、さりげなく調べられないかな。兵士に目を付けられるといろいろと厄介だろ」
坊ちゃまは黙った。周りに目を向けることもしなくなった。
「だから、極端なんだって。さりげなく調べればいいんだよ」
「何を、調べるの?」フラウが不思議そうに聞く。
「花屋ってどこだったかなぁ」僕はごまかす。
花はいつも花を買っていた屋台から買った。軍学校から見舞いに行くときにいつもそこで花をもらっていた。僕のように黒い民でも、売れ残りの花を分けてくれる親切な露天商だった。
「おや、君は」
「お久しぶりです」
僕はちゃんと代金を払うことができて、ほっとした。これまで、ただただ施しを受けるばかりだったから心苦しかったのだ。
今までのたまった分も上乗せしようとすると断られた。
「いいんだよ。神官様も言われているでしょう。自分より弱い者、貧しいものを助けなさいって」
おじさんは目の前にそびえる神殿を見上げた。おじさんには神聖なものとして映っているのかもしれない。そんなうっとりとしたまなざしだった。
「いい方ね」フラウは少しうれしそうだ。
「よき神の民ってところだね」
全能なるものの存在など信じていない僕にも救いを垂れてくれるありがたい存在というわけだ。
「ねぇ、帰りでいいから、ちょっと神殿にお参りしない?」
フラウがきく。
「フラウは行っておいでよ。僕は、行かない」
「どうして? お参りをすると、いいことがあるかもしれないわよ」
「ないね。あの建物は嫌いなんだ」
正直に言うと、足がすくむ。怖くて逃げだしたくなる。
それでもフラウが傷ついたような顔をしたので、言葉を足した。
「僕たちのように等級の低いものは中には入れてもらえないから、行っても無駄なんだ。入り口ではじかれてしまうからね」
大きな門の内側で祈りをささげている者たちをさす。あの人たちは内陣に入りたくてもいれてもらえない黒い民だ。
「先に病院のほうへ行こうよ」
見ているだけで気分が悪くなる建物に背を向けて、僕らは病院に向かう。
病院では、病室ではなく看護師の詰め所に案内された。そこには昨日僕に詰め寄った男がいらいらと書類を書いていた。昨日は帽子の中に入れていた長い髪がさらりと肩にかかっていた。
「ジョイス先生よ」
フラウが名前を小声で伝える。だが、こちらが声をかけるよりも早く向こうが声をかけてきた。
「面会は10分だけだ。持ち込みは不可」
「あのぉ、花を持ってきたんですけれど」フラウが花を差し出す。
「そのくらいならいいだろう。それで、その後ろの奴は昨日の男とは違うな」
「僕の友人です。魔道具の専門家で、その、妹の光を遮る魔道具がないかと相談して……」
医者は眼鏡をちょっと上げて、小ポナペンチュラを観察すると、あからさまに馬鹿にした表情で笑った。当の小ポナ坊ちゃまは当たりをきょろきょろするのに忙しくて、その笑いにすら気が付いていない。
「やれることはこちらもやっている。できるなら、なんでもやってみろ」
そうはいうものの、彼は当たり前のように僕らの後をついてきた。やりにくいことこの上ない。
でも、そんな空気を読めない小ポナは顔を寄せてあたりを観察して回っていた。
「ほんとうに光術をつかう装置がないんだ」
彼は扉の鍵をあけたり閉めたりした。砦でも使われている形式のカギを使う種類のようだ。
「ここにいる患者は光拒絶症を疑われるものしかいない。だから、光術はつかえない」
ジョイス医師は無知をあきれたように首をふる。
部屋に入るとエマは静かに眠っていた。昨日の混乱が嘘のように静かな部屋だった。小ポナは妹には構わず窓のところへ行って窓を開けた。
「おい、風は入れるな」医師がとがめた。
「いいの。先生。かぜをいれて」
小さな声がした。エマが目を開いてこちらを見ていた。
「あ、おにいちゃん」僕はいつものように妹を抱きしめる。
「ごめんね。きのう、ぐあいが悪くなっちゃった」
「いいよ、よかった」
本当によかった。こうして、あえて。僕は、鼻の奥がツンと来るのをこらえた。
「あ、フラウさん」エマはフラウにも抱き着いた。
「エマちゃん、昨日がんばったねぇ」フラウが背中をトントンと叩いている。
「ねぇ、あの人、だれ?」
坊ちゃまは医者のにらみも気にせず、あちこちを調べて回っていた。あからさまに怪しい行動だ。
「ああ、あの人はね。エマに新しい道具が効かないかと思って連れてきたんだよ。おい、ちょっと」
「えー、エマはどうぐはつかえないよ。光はだめなんだもの」
「使う道具じゃないんだ。勝手に動いているから大丈夫、だな」僕は小ポナに確認する。
「動いているわけじゃない。もともとそういう機能が……」小ポナは自慢げに魔道具を取り出す。
「ちょっと待て」医者が慌てた。「それは、魔道具じゃないか。本物の」
「だから、魔道具の専門家を連れてきたと……」
「どこで、インチキじゃない専門家を見つけたんだ。底辺の住民が」
どうやら、僕が騙されてインチキ専門家を連れてきたと思っていたらしい。
医者はひったくるようにして道具を奪う。
「こんなものをどこで手に入れてきた」
「どこでって、それは僕のおもちゃ……」
「僕らの部隊は発掘を主に担当しているから、そういうものも手に入れるつてがあるんだ」
余計なことを口走りそうな坊ちゃまの代わりにこたえる。
「それが、いったいどれくらいするのかわかっているのか」医者は切れ気味だ。
「知らない。僕らは遺跡から拾ってくるだけだ。拾ってくるから、ただなんです。ただ」
「だから、ボクも砦に行く……」
「と、に、か、く、ちょっと使ってみてもいいですか? なぁ、坊ちゃま。測定とか色々するといっていたじゃないか」
大声で坊ちゃまのおしゃべりを打ち消して僕はさっさと実験を行うことにする。
「まってくれ、こちらも測定器を……それも持っているのか」
小ポナが得意そうに見せびらかす装置に医者は目をむく。
「いいの?」
医者と道具屋がああでもない、こうでもないと実験している間にフラウがきいてきた。
「なにが?」
「あれは、とても高価な魔道具よ」
「そうなんだ。知らなかったよ。坊ちゃまが、あれが一番いいだろうと持ってきてくれたんだ」
「坊ちゃまをだまして持ってこさせたのではないでしょうね」
「そんなことはしていないよ。ただ、魔道具を使ってみたいというと持ってきてくれたんだよ。彼もいろいろ試してみたかったみたいだね」
もちろん、ただ道具を試してみたいだけ、では彼を協力させることはできなかっただろう。坊ちゃまの要望も聞き入れたと言ったら、フラウはなんというだろうか。僕は本当にぎりぎりになるまで、このことは黙っていようと思っていた。
「どうだい」面会時間などとうに過ぎていた。
調整された魔道具を首にかけたエマをジョイス医師と小ポナが心配そうに見つめている。
「いいかんじです。からだがかるいです」エマが笑顔を浮かべた。
「先生、ありがとう」エマがふわりと抱きついた。
おにいちゃんではなくて、そちらですか?
「それに、道具屋さんも」
エマは、坊ちゃまにも手を差し伸べる。人と接触が苦手そうな小ポナもまんざらでもなさそうだ。
「おにいちゃん、また来る?」
「うん、砦に帰るまで毎日でも見舞うよ」
僕もそっと手を握る。
「フラウさん。おはな、ありがとう」
「ええ。他のものも持ってくるわ。お菓子とか食べられそう?」
「いまだったら、だいじょうぶ」
病室を出てから、医者にきいた。
「先生、あれで、病気は治りますか?」
それまでほのぼのとした笑顔を浮かべていた医者の顔が急に引き締まった。
「治るわけがないだろう。あれは、多少の魔力を遮断しているが、完全ではない。どこにいても少量の光は流れている。それを完全に遮るのは無理だ」
「では」
「その時がいつ来るかはわからない。あの道具で少しは命をつなぐことができるかもしれない」
医者の表情は厳しかった。




