第27話 過去
倉庫の中には大きな箱や小さな箱が積んであった。その合間にむき出しの兵器がいくつも無造作に置かれている。
「フランカ様にふさわしいのは、これかなぁ」
シャンは奥のほうから頑丈そうな箱を取り出してきた。
箱の中には腕輪や首飾り、それにベルトが入っている。
「これは、いいものですね」
フラウの言葉に熱意がこもる。
「でしょう。女性にはとても人気のある光衣なのですよ。見栄えもいいですしね」
つけてみます?というシャンの言葉にフラウは光衣を身に着けていく。
「光衣は、鎧みたいな形をしていると思っていたよ」
僕の言葉にシャンがうなずく。
「等級の低い光衣は鎧の形ね。だんだん、軽く、身に着けていても違和感がない形になっているのですよ。要は、呪が刻まれていればいいわけ」
なるほど昔の呪は大きく刻んでいたけれど、今の呪は小さくなっているということか。
「うーん、細かいことを言うと刻んである呪の大きさじゃないんだよね。光への変換とか認証とかそっちのほうがなかなかうまくいかなくて……あ、フランカ様、どうですか? しっくりきますか?」
フラウの体が光って見えた。淡い光が波のようにフラウの体から立ち上り、フラウが腕をふるとそれに合わせて光が動く。
「剣を使ってみますかぁ?」
シャンが他の箱から剣を取り出す。フラウがその剣を握ると、刀身から光の靄のようなものが立ち上った。一回、二回、剣をふって、フラウは首をふる。
「あまり近接攻撃は得意でないの。それに、この光衣は黒の大地の等級制限にかかりそうね」
シャンはそれではと他の箱を出してくる。
「もっと低い等級の使える光衣はないかしら」フラウが困ったように首をふる。
「低い等級ですか? 100とか、150とか? 黒の大地仕様だと、そうですね。光衣ではないですが、こんなところかな」
シャンは大きな銃のような武器を取り出してきた。
「これは、単発式です。姫君が使われたという固定砲の進化版。これならば、砦の隊長クラスの等級なら使えるかなぁ」
フラウが目を細めた。
「一般の兵士が使えるような兵器はないのですか? 緊急脱出用のものではなく」
「ないですよ」
はっきりとシャンはいいきった。
「あの土地は光術が使えないでしょ。等級が低い兵士が使える武器はないなぁ」
僕とフラウは顔を見合わせる。
「例えば、他の形式の武器はないかしら。固定砲式のものとか。代わりになるものはないのですか?」
「ああいうものを使っていたのは大昔でしょう? 新しく作り直したほうが早いくらいですよ」
「仕方ないですね。どれとどれだったら使えそうですか?」
「えっと、ボクのおすすめはですねぇ」
シャンは張り切って装備の棚を歩き回る。こんなに大量の武器があるのに、僕らの砦では一つも使うことができないなんて。僕は無造作に積まれた光衣が入っている箱の数を数えた。
「これとか、ダメなんですか?」
僕はフラウに見せてもらった簡易式の光衣の型番を見つける。これなら使えるかな、と事前に話していたものだ。
「ああ。それですか。それは黒の砦専用の光衣ですから、ダメです」
「墓場専用?」
「ええ。墓守専用です。一般の兵士には許されていないものですねぇ」
結局、隊長とライクが使えるいかつい銃と、フラウが着る光衣くらいしか使えるものがなかった。あとは倉庫の奥で眠っていた固定式の砲台がおまけについてきたくらいだろうか。
「これを砦まで持って帰ってもいいでしょうか?」
「フランカ様の光衣はともかく、他のものは無理でしょ。持ち運びできませんよぉ」
上司に決済をとってきますね、とシャンは離れていく。その後ろ姿を見ながら、フラウは押し殺していたため息を吐いた。
「だめだったわ。みんなの武器を手に入れられるかと思ったのに。どうしよう」
「フラウの光衣が手に入っただけ、よかったじゃないか。あれを使えば、フラウが負けることはないだろう?」
「一対一だとね。問題はこの前のように複数の魔人が現れたときよ。いくら光術でも同時に戦うことはできないから」
「そのときは、ジーナさんたちに連絡をして……」
「シィー」フラウが警告した。
シャンが上司らしい初老の男と戻ってくる。
その男の顔を見て、僕は凍り付いた。
なぜ、彼がここにいるのだろう。
全身の血が冷えるような気がした。
悲鳴、低い声、床に垂れてくる赤い雫……悪夢を思い出す。
彼の姿は僕を何年も前に引き戻した。
なぜ、彼がここにいるのだろう。等級監督官の彼が。
僕の頭はその事実を受け止められない。
どうか、かれがこちらをみませんように。きがつきませんように。
あの時と同じく僕は心の中で唱えていた。
どうか、どうか……
「……お会いできて光栄です。フランカ・レオン准将。私はアハトと申します。元とはいえ星の妃候補にお目にかかれるとは」
彼はフラウの小さな手を取って口づけをした。
「その称号は、もう意味のないものですわ、アハト……殿?」
「ただのアハトで結構です。このような老いぼれに称号など不要です」
ぼくはただのくろいたみだ。ごみのようなそんざいだ。だから、こちらを、みないで。
僕は懸命に息を殺した。
そうすれば、みつからなくてすむ。こわいひとたちに。
隠れていなさい。声を出してはいけない。
そういわれた。だから、ぼくは小さくなっていた。
おおきなつくえのうしろ。
たいせつなものをかくすばしょだよって。ここならみつからないよって。
でも、今この倉庫の中には隠れるところなどなかった。
ぼくはただたっているだけだった。
「これだけのものを送るのにはいささか時間がかかりますな。そちらの砦に行くという行商に委託することになると思います。それとも、そちらで輸送手段を用意できますか?」
「それは、心当たりに当たってからお返事してよろしいでしょうか?」
「それはもう。いつでも送れるように用意はしておきましょう」
「この将校用の武器ですけれどもう少し数を増やすことができますか? 予備の武器も用意しておきたいのですが」
「そうですね」
フラウは目の前の男がどんな男かわかっているのだろうか。白髪交じりの黒い頭の男はあの時と同じように穏やかな笑顔を浮かべていた。
「アーク、ちょっと、確認したいのだけれど……アーク?」
フラウに声をかけられても反応できなかった。
名前を呼ばないで。気が付かれてしまう。
「アーク? 君は……ああ」
男がこちらに注意を向けるのが分かった。僕は床を見つめる。
きっと、覚えていない。小さい、黒い民の子供だ。覚えているはずがない……
「ああ、アーク。大きくなったな。坊や」
私のことを覚えているかな。老人は旧知の人に出会った親しさをにじませて、僕に尋ねた。
「アーク、アハト殿と知り合いだったの? アーク?」
僕は答えられなかった。
ぼくはこんなひとはしらない。あったことはない。
「昔、彼を、初等軍学校に入れるときに手伝いをしたのですよ。あの時はまだ、そう、ちょうど今のあなたくらいの年恰好でしたな」
「まぁ、そうだったのですか」
「こんなに大きくなっているとは。びっくりしました。子供の成長というものは早いものですな」
彼は再びフラウのほうを向くと、装備の話を続ける。
現実感のない会話が続いていた。
兵器の話、装備の話、そんな空気のような話題が僕を素通りしていった。
彼は、なぜ、ここにいるのだろう。
等級監督官の彼が、なぜ、装備係などと偽ってここにいるのだろう。
「それではよろしくお願いします」
「こちらこそ。今日は、お会いできて光栄でした」
儀礼的なあいさつが交わされる。
「それでは、坊や、元気でな」
僕は答えない。
彼は後ろを振り向きかけて、何かを思い出したように立ち止まる。
「そういえば、坊やには妹さんがいなかったかな?」
妹? 思いもしなかった人物の名前を挙げられて、僕は男の顔を見た。
彼は笑っていた。
「そうだ。体の弱い、小さな女の子だ。たしか、病院に入院させたはず」
なにがいいたい。不安がふくれあがる。
「妹さんなら、まだ、入院しているのよね。そうよね、アーク。アーク?」
「そうでしたか、早く良くなるといいですな」
顔見知りのおじさんが、ちょっとした知り合いの話を世間話でしているように、軽い調子で。
僕はフラウが声をかけるまで、男の姿を見送っていた。




