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最下層の僕と追放された公女様は辺境の地で生き残ります  作者: オカメ香奈


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第24話 古物商

 裏口から店を出ると、そこは僕の良く知っている下町だった。

 砦でなまっていた危険を知らせる感覚が立ち上がってくるのがわかる。


 僕とフラウはいつの間にか手をつないでいた。手をつないでいないと、小さなフラウはどこかへさらわれてしまいそうで。いつも妹とそうしていたように自然に僕はフラウの手をつかんでいた。


「こっちよ」

 ヴァイスさんはなんの印もない建物の中に入る。


 部屋を抜け、梯子を上り、さらに部屋をいくつも抜けると、別の通りに出た。こちらは先ほどの通りとは違って人気はほとんどない。清潔な、でも恐ろしく狭い道が続いている。そこからも建物に出たり入ったりを繰り返して、僕はどこを歩いているのかさっぱりわからなくなった。印でもつけて歩けばよかったと思ったのは今更の話だ。


 途中で、ちらりと神殿の塔が見えた。バカでかいあの建物は僕らの町を見下ろすようにそびえている。おぞましい建物だが、道しるべにはなりそうだ。


 小さな庭を抜けて、倉庫のように箱が積み上げてある小屋に入って、ようやくヴァイスさんが笑顔を見せた。


「ついたわよ。あら、あなたたち、仲がいいのね」

 僕らは慌てて手を放す。


「あら、いいのよ。ただ、あたしの手を握ってほしいな、とか」

 外見は男のなりをしていたが、中身はドレスを着ていた時と変わっていなかった。


「こんにちは~」

 彼は明るい声で箱の奥に声をかける。

「こんにちは。いるの?」


 返事はない。


「ちょっと、いるんでしょう。返事をしなさい」

 ヴァイスさんは箱の後ろに当たり前のように踏み込んでいく。


「あたしの声が聞こえないなんていわせ……、待って」


 奥で何かが崩れる音がした。箱の山の後ろからヴァイスさんが軽々と一人の男の首根っこをつかんで現れる。


「待って、って言ったのに。悪い子ね」


「暴力反対」


 がりがりに痩せた眼鏡をかけた小男だった。この辺りでは珍しい栗色の髪が明後日の方向にはねている。何日も汚れたままの服ですと一目でわかる汚れたよれよれの作業着を着ていた。


「放せよ。放せって、変態」

 自分では精いっぱい暴れているつもりだったのだろう。でも、ヴァイスさんにかかったら、吊るされて風に揺れている干物のようだ。


「変態とは失礼ね。あたしは何もしたことないわよ。それとも、ヴェル姉様と会いたかったのかしらん?」


「うわぁ、やめろー。あれは、あれはいやだ―」

男は叫んで、それから僕とフラウのことに気が付いた。

「あれ? この子たちは?」


「この子たちは砦からの使者よ。あなたのおもちゃを持ってきてくれたの」


「へぇ」男はぶら下げられたまま眼鏡を上げて僕たちのことを観察した。


「どうしたの? この子たち? いつから、あいつら猿の軍団から進化したの?」


「でしょ。かわいいでしょう。でも残念、片一方は女の子でした」


 ヴァイスさんが手を開くと、男はトンと床に落下した。そのまま、僕たちのほうに寄ってくると手を差し出す。


「じゃぁ、見せてもらおうか。早く見せろよ」


「だめよぉ」ヴァイスさんがすかさず男の手をつかむ。

「そんな、せっかちだと嫌われてしまうわよ。それに、知っているでしょう?店主が最初に見聞するんでしょ。忘れたの? さぁ、案内して」


 小男は露骨に舌打ちをした。


「親父に見せると遊ばせてもらえないんだ。金儲けのことばっかり考えやがって。ボクに渡したほうが、ぜったいぜったい有益なのに」


「ハイハイ、わかったわよ、坊ちゃま。お父様のところに案内してちょうだい」


 小男は、ちらちらこちらを見ながら奥の板のようなものに手を当てた。今までただの壁と思っていた場所が横に動き、奥の空間が現れる。


「すごいわ。ひょっとして、個体識別しているの? まるで遺跡の扉みたい」

 フラウがつぶやく。そのつぶやきを聞いた小男はうれしそうに振り返った。


「そうだよ。すごいだろう。ボクと親父にしか反応しないんだ。ボクがよみがえらせたんだぞ」


「本当にすごいわ」フラウは熱心に同意した。「あなたが、これを?」


「ボクのすごさが分かるのか。おまえ、サルの中ではずいぶん上等な頭をしているな」小男は胸を張る。

 そしてもっと褒めてくれというのか、ちらりと僕のほうを見た。


 手のひらでの認証、すごいですね。でも、“僕”はそのしすてむのことはすでに知っていた。

 こちらでは珍しくても、向こうでは当たり前なのだ。まぁ、その逆もまた多いけれどね。向こうの“僕”からすると光術は“魔法”の領域だ。


 だから、すごい発明といわれてもなぁ。すごさが実感できない。


 僕が彼の頭脳を称賛しないので、小男は少し気を悪くしたようだ。ぶつぶつ言いながら、部屋の中に入る。


「親父、砦の奴らがおもちゃを持ってきたよ」


 小男の入った部屋の中にはもう一人、同じように眼鏡をかけた同じように小柄な男が分厚い帳面を机の上に積んで腰を掛けていた。


「ようこそ。フランカ・レオン殿。星の妃候補をお迎えできるとは、光栄の至りです」

 男はフラウに向かって深々と頭を下げた。


「わたくしの名前は、ボナペンチュラ。あちらにおりますのが、末の息子のボナペンチュラです」


「わたしは、……フラウとお呼びください。今はみなそう呼んでいます」

フラウは、唇を結んだ。


「そのようですな」

 男は分厚い眼鏡の向こうから笑った。

「あれの失礼をお詫びしたい。あれは、細工師としての才能はありますが、商売のほうはからっきしなのです。興味のあることにしか気が向かないといいますか。いやはや、我が息子ながら困った男です」


 紹介された息子のほうのボナペンチュラは、そっぽを向いて何かの道具をいじりまわしていた。


「いえ、素晴らしい才能だと思います。扉を見せていただきました。あれを、ご子息一人で作られたのですか?」


「いえいえ、まさか。あれは太古の技術のまねをしているにすぎません。真に偉大なのは過去の名もなき偉人達。我々はその足元にもたどり着けませんよ」


 男は初めて僕のほうを見た。


「それでは、早速、道具を見せていただくとしましょうか。君は……」

「アーク伍長です。フラウの、付き人です」


「アーク、アークね」男は僕を見据えたまま何度か名前を繰り返した。

「ずいぶん若い伍長殿だ。軍学校の出身ですか?」


「はい。よくおわかりですね」


「なるほど、なるほど。興味深いですな」

 男の笑みは僕を居心地悪くさせる。僕は内心をごまかすように荷物の底から道具の入った箱を取り出した。


 老ボナペンチュラはそれを丁寧に机の上に据えて、ゆっくりとふたを開ける。


「素晴らしい」

 横からさっと手を伸ばしてきた息子をはたきながら、男は中を検分する。


「相変わらず、13砦は良い品を発掘してきますね」


 男は帳面をしまって一つ一つの道具を机の上に並べていった。

 何かを確認しながら、一つ一つをより分けていく。

 僕らはその様子を黙って見つめる。


「これなら9000の値がつけられますかな?」

 ようやくすべての魔道具を出し終わった男はそう言い切った。


 まて、まて、9000だって?


 僕は慌てた。ヴェル姐さんの、笑顔が脳裏にちらつき始めた。


「まって、そんな値付けは無茶苦茶です」

 でも、僕より早く抗議したのはフラウだった。


「無茶ではない。こちらの山が一つ600。こちらは200……そして、こちらは価値のない道具だ」


「おかしいでしょう」フラウは手前にある道具を一つ取り上げる。

「これに似たものを見たことがあります。少なくとも、これには1000000以上の値がついていたはず。こちらは、もっと希少なものでしょう。私も見たことがないものです。それが合わせて、9000? それに、なんです。価値がないって。十分使い物になる道具ではないですか」


 老ポナベンチュラは顎の下で手を組んだ。


「姫君、私はこれが末端でどれほどの価値で売られているのかは知らない。でも、しょせんこれは過去のゴミにすぎない。この辺りでは、珍しくもない遺物です。この辺りの相場はそんなものですよ」


「これの価値がどれほどあるのか、ご存じないと。そういわれるのですね」


「聞き捨てなりませんな。私に見る目がないと」男は目を細めた。


「ええ。本当に価値がわかってこの道具に値をつけているとは思えませんわ」

 フラウは挑発するようにいう。


「そちらこそ、星の都に住まう高貴な方が下々の使う道具のことなどご存じないと思うのですがね」

「私の一族は代々魔道具の発掘や研究をしてきたのですよ。発掘品の適正な価値や値段については誰よりもよくわかっております」


 そこからが長かった。


 あまりに低い値をつける店主にフラウが食って掛かったり、店主が交渉を打ち切るふりをしたり、しまいには店で売っている品物を持ち出させて比較したり。

 僕はそのすべてをなるべく記憶しておこうと思った。次回があるのなら、その時に絶対今日の知識は役に立つはずだ。すくなくとも貞操が天秤にかけられることはなくなるはずだ。


 ヴァイスさんや小ボナは退屈して、別の部屋に移動していた。でも、僕は退屈が忍び寄ってくるとヴェル姐さんの野太い笑い声を思い出して、気合を入れる。


 フラウの交渉は巧みだった。想像をはるかに超える値段が道具につけられていく。ただ、その中のいくつかはどうしても店主が値を付けないものがあった。


「どうして、それは値が付かないのですか。同じものもあるのに」僕は聞いてみた。


「これは黒翼たちが使っていた道具だからな。呪われた道具として売れないのだよ」店主は教えてくれた。「みろ、ここに印が付いているだろう」


 確かに道具にまるで折れた棒のような傷がついている。


「本当だ。でも、これは遺跡から出たものでしょう。その時代には黒翼たちはいなかったのではないですか?」


 黒翼は古い時代に光術が使えないために追放された黒い民の子孫だ。いまでこそ、帝国の底辺で生きることが許されている僕ら等級の低い民だが、ほんの数世代前までは問答無用でこの地に追放されていた。


「黒い民が追放された歴史は長い。それはこの地に送られた者たちが必死に生きあがいた印のようなものだ」


 僕は傷のついた魔道具を手に取ってみた。これを使おうとした人はどんなことを想って使っていたのだろう。まだ、黒翼とも呼ばれていなかった初期の追放者たちの強い思いが伝わってくるような気がする。


「合計で、112349ですな」

 ついに交渉が終わった。店主が悔しそうに、数字の合計を何度も確かめている。


「一桁違うじゃないか」僕の非難がましい声を老ポナは無視をした。


「よかったわね。アーク。これで身売りをしないですんだわよ」

 フラウは疲れをにじませなせながらも満足そうだ。


「ありがとう。フラウ。助かったよ。本当に君は僕の女神さまだよ」


 これでお土産もたくさん買って帰れる。僕は分厚い土産物リストを、初めて楽しい気分で見直した。


「それは、なんのリスト?」

「みんなに頼まれた土産物だよ。いろいろほしいものがあるみたいで頼まれたんだよ」

「全部買って帰るの?」

「うん、余ったお金は自由に使ってもいいといわれたから」

 絶対に無理だと思っていたのだが、何とかなりそうだ。問題はどうやってこれだけの荷物を持って帰るかだけれど……


 ふと目を上げると、困ったような顔をしている老ポナと目が合った。


「えっと、何か問題でも……」


「ひょっとして、金をここで受け取れると思っていますか?」


「え? 違うのですか?」


「……詳しい話を聞いていないようですね。ここでの取引で金のやり取りはありませんよ」


 え? 僕は固まった。余った金がなければ、どうやって土産物を手に入れることができるのだろう。


「それではどのように?」


「直接金をやり取りするのは危険すぎる。だから、注文を受けて貯めてある金の範囲内で買い物をして砦に送るという方法をとっているのですよ」


「そんな。じゃぁ、どうやって僕はこのリストの買い物をすればいいんですか?」


「ちょっと、見せてください」

 老ポナは僕の手からリストを取り上げる。


「これはあなたが書いたものですか?」

「ええ。みんながあれを買ってきてくれ、これを買ってきてくれといって。それをまとめてきたのですけれど」

「素晴らしい。ああ、この程度でしたら、ほとんどがこちらで用意できると思いますよ。まぁ、いくつかははばかりがあるものもありますね」


「私にも見せて?」

 フラウがさっとメモに目を通す。


「なんで、こんなに注文を受けてきたの? 私には一言も言ってこなかったのに」

 それはそうだろう。女の子に頼むには問題があるような品物も混じっている。


「この、首飾りとか服とか、これ、姐さんたちからの注文ね」


「そういったご婦人方のご要望にもお応えできると思いますよ。装飾品関係で私の店で手に入らないものはありませんから」


 フラウのさえない表情を見て、僕ははっと思いついた。


「ひょっとして、フラウ、買い物をしてみたいんじゃないの?」


「え? そんな、そんなことは。それはできたら楽しいかなとは思っていたけれど。違うのよ。行こうと思っていたの。お世話になっている姐さんたちや、おばあ様に何か贈り物をと、考えていただけなの」


 ここで手に入るというのなら、それはそれでいいのだけれど、とフラウは付け足す。


「もちろん、そういうことでしたら、現金をご用立てすることもできますよ」

 老ポナは椅子にもたれかかって、腕を組んだ。

「ただ、この辺りで買い物をするのでしたら、用心棒をつけられたほうがよろしいかと思いますが」


「大丈夫よ。フラウちゃん。あたしが一緒に行くわ、あたしと一緒なら、安心でしょ」

 ヴァイスさんが話に割り込んできた。「こう見えても、あたしは凄腕なのよ」


 老ポナは同意するようにうなずいた。


 僕たちは、売れなかった道具を箱に詰めて、店を立ち去った。

 小ポナが、僕のおもちゃ……とか何とかごねていたが無視をした。


 帰り道はずいぶん簡単だった。


「あの、ひょっとして、古物屋さんは、実はご近所さんだったとか……」


 いくつかの部屋と中庭を抜けると、そこは見知った派手な館の前だった。


「道は一方通行なのよ」ヴァイスさんはため息をつく。「秘密の保持とかいって表からしか入れてもらえないの。それよりも、よかったわね。あなたたち、あの偏屈爺さんに気に入られたようじゃない。いつもだったら交渉してくれるような人じゃないのよ。またきてね、ですって」


 たぶんそんなにくねくねしながらいっていないと思うが。


「それで、フラウ。いつ買い物に行こうか?」


 僕がそう聞くと、フラウは怖い顔をした。


「アーク、私たちの本当の任務を忘れていない? 私たちは装備をもらいに来たのよ」


 こんな時も真面目に任務のことを思い出すのが、フラウらしかった。


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