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最下層の僕と追放された公女様は辺境の地で生き残ります  作者: オカメ香奈


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第15話 おもちゃ

 砦は蜂の巣をつついたような騒ぎになっていた。


 いつもは外に住んでいる洗濯女や下働きの男たちがみんな砦にうちに避難してきていた。


 軍の規律で彼らが砦に入ってはいけないという建前になっていたのではなかったのか。僕はそんなことをちらりと考えた。

 この緊急時には、だれも、そんなものがあったことなど忘れているようだった。


 中で仕切っていたのはライクだった。彼はいつものやる気のない風情をかなぐり捨てて、兵隊たちに怒鳴るようにして指示を与えていた。


「クリフ隊長、戻られましたか」

 ライクは厳しい顔のまま、戻ってきた隊長に声をかける。


「接触は……」

「なかった。村の住人が何人かやられていた。そこの、子供が、誰かを知っているはずだ」

 隊長は僕たちが連れて帰ってきた子供をさした。


「かあちゃん」

 しかし、子供は別のものを見ていた。

「かあちゃん、かあちゃん」


「サラ」

 リリ姐さんが走り寄る子供を抱きかかえる。


「かあちゃん、ルー姉ちゃんと、ハイ兄ちゃんが……」子供がまた声をあげて泣き始めた。


 その子供をリリ姐さんはしっかりと抱きしめる。


「お前が、無事でよかった」


 え? リリ姐さんに子供。


 隣でヘルドが新たな衝撃に表情を消していた。いや、何人もの兵士たちが作業の手を止めて呆然とリリ姐さんと子供を見つめる。


「お前ら、急げ」


 隊長の大きな声が、魂が抜けたような兵士たちを再び動かした。

 そうだ、こんなところでぼっとしてはいられない。


 しかし、何をすればいいのか。そもそも、僕らは体を鍛えたり、偵察という名の宝探しをしていたりしていた。普通の獣や人が相手なら戦える。でも、魔力を放出して攻撃してくる相手、つまり魔人と戦うことなど全く想定していなかったのだ。

 もっと正確に言うなら、僕たちの等級では訓練できなかった。


「アーク、お前は地下から備品を出すからついてこい」


 僕はライクの命令に従う。それ以外の指針は何もない。


「ライク准尉、魔人って、ここで戦って大丈夫なのですか? いままで、そういう話は全然聞いていなかったのですが」

 いつもは閉じられている地下を開けているライクに僕は聞いた。


「森で狩られるよりはましだ」

 ライクは僕に中身を記録しろと筆記用具を渡す。


 倉庫の中をのぞいて僕は驚きの声を上げた。ちゃんとした光術を使うための魔道具が収めてあった。学校で見た道具と同じような杖だった。


「すごい。ちゃんと、魔道具があるじゃないですか」


「これが……? すごい?」

 フラウも、目を丸くしている。


「うん。こんなに、そろっているのをはじめてみるよ。驚いたなぁ。今までこんなものがあるとはだれも知らなかったんだよ」


「ライク准尉、これで、戦うのですか?」

 フラウの声がものすごく冷たい。


「そうですよ。アーク、これをみんなに配ってくれ。数を確認して……」


「まさか、このおもちゃで、魔人と戦うつもりですか?」

 フラウが僕とライクの間に入って、ライクを見上げた。


「……等級が低いんだ。彼らにはこういうものしか使えない」ライクは目をそらす。


「相手は、魔人なんでしょう。これは、ただの市民が避難するときに使う緊急用の魔道具じゃないですか。まさか、ここから逃げるつもりなのでは」


「そんなことをするわけはないでしょう。できるわけがない。逃げたところでどうなるのです? 魔人に狩られて死ぬだけだ。黒の民だって、ここに避難してくるんだ。ここのほうが、外よりはまだましなんですよ」


「では、ここにいる兵たちは、こんなもので戦えと」


「そうだ。これ以外に武器はないんですよ。しかたがない。アーク、いいから、これをもってみんなに配ってこい」


 ライクは八つ当たり気味に僕に怒鳴る。


 フラウは唇を一文字に結んで、ライクを突き飛ばすようにして倉庫の中に飛び込んだ。


「これも、ダメ、これも……なに? この、骨董品の山は……」

 フラウが中にある備品を調べている。


「アーク、手伝って。この奥に使えるものがあるかもしれない」


 僕は、フラウの口調に逆らい難いものを感じて倉庫の中で棚を調べ始めた。ライクの命令に従うのが本筋なのだろうが、不思議なことに僕はこんな小さな子供の言葉に縛られている。


「ねぇ、さっき言ってたことって……」

 僕は声を潜めて尋ねる。


「本当のことよ。ここにある魔道具はほとんどおもちゃ。魔人を驚かすことはできても、倒すことはできないわよ」


「そっか」僕はため息をついた。「仕方ないか」


「仕方ないって、アーク」フラウが、棚を漁る手を止めた。「ここにいるみんなの命がかかっているのよ。なのに……」


「ライク准尉がいってたことは正しいんだよ。僕たちには、僕たちの光量では、この道具も動かないかもしれない。使えたとしても魔力を使い果たして、そのまま倒れてしまうかもしれない。だから……」


「だから? 対魔人用の兵器を使ったことがあるの?」


「いや、ない」


 学校でも使い方を見せられただけだ。緊急事態の時に使うようにといわれて。


 そうか、あれは‷避難訓練”だったんだ。僕は“僕”の“学校”でのいろいろな訓練を思い出す。向こうでの火事や地震がここでの魔人なのだ。時々、やってくる災厄。不運な力ない者たちを淘汰する自然災害だ。


「なんで、そんなに平静なのかしら。こんな道具で戦えなんて、死んでこいといっているようなものでしょ。ああ、もう……」


 フラウは埃の積もった覆いを全身の力を使って引きはがす。


「これよ、これ。あるじゃない」

 彼女は下にあるものを見て、喜びの声を上げた。


「これ、なに?」


 それは”僕”の知っている”ゲーム機”に似ていた。"ゲーセン”にある”アーケードゲーム機”のような装置といえばいいのだろうか。”モニター画面”の代わりに複雑な呪が刻まれた板のようなものがついている。


「武器よ。魔道具。とても古い道具だけれど、原理が単純だから、何とか使えると思うの」


 フラウが丁寧にその魔道具の表面を探る。


「今の光の衣ができる前の、古い道具なの。ただ、魔道具としての原理をとても分かりやすい形で取り込んでいるので、どのように光を操るかの基本訓練に今でも使うことがあるのよ」


 あの遺跡の中で興奮していたフラウが戻ってきた。


「……これに乗ると、何ができるのかな? 空を飛べたりする?」


「飛ぶ? これは固定式だから、無理よ。今の光衣みたいに自由に動くことはできないから。これはね。対魔用の固定魔術を打ち出す装置なの。今の光装は個人が使うものだけれど、昔はこういう装置を使って光術を制御していたの」


 彼女は二つ並んでいる椅子の一つに腰かける。


「アーク、こっちの椅子に座ってみて」


 僕は恐る恐るいすに腰掛ける。……うん、”アーケードゲーム”だな。恐る恐る目の前の板に手を伸ばしてみた。


「それを使うのは無理だ」ライクがこわばった顔で、フラウを止める。

「それは、二人で使う方式の魔道具です。それに、等級が、100を越えていないと使えない」


「あなたとか、隊長さんとか、使えないの?」


「無理です。黒の大地はただでさえ光術が使えない場所です。これを動かすだけの魔力を持った人間はここにはいない」


「私ならできるわ」フラウがきっぱりいいきった。


「だから、二人で使う魔道具ですよ。誰かがの補助がいる。そんな魔力のあるものは……」


「それは何とか技術で補うことができると思うの。あなたにやってくれとは頼まないから」


 バッサリ言い切られた。


「何をしている。早く道具を運び出せ」そこへ隊長が騒ぎを聞きつけてやってきた。


 彼は、ライクとフラウの顔つきと、むき出しになった“ゲーム機もどき”をみて、何の話をしているのか察したようだった。


「お姫様……それを使うつもりなのか?」


「ええ。すくなくとも、その、緊急用の道具を使って戦うよりもましでしょう」


「そいつは、ポンコツだぞ」


「いいから。魔道具があれば、見せてほしいの。発掘した遺物で使えそうなものはないかしら」

 フラウは隊長のためらいをものともせずに命令を下す。


「しかし、これは、もう、何十年も使われていない、骨董で……動くかどうかわからない」


「ならば、他に、もっといい道具があれば教えてちょうだい。わたしなら、使えるかもしれない」


 隊長はライクと目線をかわす。


「いいだろう。やってみろよ。それの使い方を、知っているのか?」


 しぶしぶといった様子で隊長が許可する。


「おおまかなところは。この簡単なものは使ったことがあるし、昔、文献で読んだことがあるの。術式を刻んであるフレームを展開して……」


 フラウは“ゲーム機もどき”をああでもないこうでもないといじくり始めた。


「アーク、魔石を出してくれる?」


 あれをつかうのか? 僕は、上官二人の目を気にしながら、懐から一番小さな石を出してフラウに渡した。


 フラウがそれを小さな枠の中に入れると、光板のようなものが光始めた。立ち上がった。


 上司たちの顔が透けて見える画面からはますます“ゲーム”感がただよってくる。


「ここにはほかに魔力を引き出せる遺物はありますか?」


 フラウは丁寧にでも、逆らえない力で隊長たちに命令をする。


 隊長がライクに行けと目で合図した。しぶしぶと立ち去るライクを見てなんで僕たちはフラウのいうことに従っているのだろうと、僕は不思議になる。


 下っ端で命令されなれている僕だけでなく、いい年をした上官たちまでがこんな小さな子供のいうことに従っているのだ。フラウがかわいいからだろうか?


 僕は年端もいかない少女の横顔をちらりと見た。“僕”の世界だったら絶世の美女といわれるようになるかもしれない。ここでは光ることが美しいことだから、きれいに光ることはできない彼女のことを醜いと思う人も多いだろう。特に、マダラという言葉と醜いはここではほぼ同義なのだ。


「アーク、ちょっとここを押さえておいてくれる?」


「ねぇ、なんで、僕なのさ。隊長や准尉ほうがずっと等級は高いし、この機械のこともわかるんじゃないかな」


 フラウの指示に従いながら、僕はこっそりと尋ねた。


「あの人たちは信用できないわ」


 フラウは隊長のほうを見ることもせずにささやき返した。


「まぁ、フラウはそう思うかもしれないけれど。あれでも一応僕の上官だからね」


「私からすれば、どうしてあなたがあの人たちのいうことをきいているのか、わからないわ。彼らの命令に従っていたら、あなた、死んでしまうわよ」


「でも、僕は等級が低いからね。仕方ないよ」


 僕はフラウよりもずっと等級が低い。等級が低いということはそれだけ価値がないということだ。だから……


「仕方ない、仕方ないって、アークはいつもそればかりね」


「それじゃぁ、どうすればいいんだよ。僕は光を宿すことができない。ほとんど光術を使えない。それは変えられないだろう。仕方がないっていうしかないだろう」


 それはここでのあり方だ。本当は、僕だって色々言いたいことはある。でも、今の僕には、これ以上のことをいうことはできない。フラウには危険が分かっているのだろうか?


 フラウは僕の顔をじっと見ていたが、目をそらすと作業を再開する。


 作業の合間にフラウは僕にこの装置の使い方を説明してくれた。この機械は光装と違って固定されている。だから、魔人のいる方向に装置を向けなければならないのだ。引き金を引くものが一人、そちらに装置を向けるものが一人必要なのだ。


「主に戦うのは私がやるから、あなたは方向を合わせてほしいの」

 フラウは本来なら僕が動かせるはずもない装置を使う方法を教えようとしている。


「でも、フラウ。僕は光術はつかえない。だから……」


「だから、これを使うの」フラウは隊長とライクが持ってきた遺物をさした。


「?」


「遺物の中にはね。魔力を光に変換させるために使うものがあるの。これを使うと一時的に光術が使えるようになるのよ」


「僕たちでも?」


「ええ。たぶん」フラウがいくつかの道具を選り始めた。


「魔力が足りなくても?」


「魔石があるでしょう。あれを使えば個人の魔力は必要ないわ。ああ、えっと。この組み合わせはどうかしら。使ってみて?」


 フラウはよく見る形の遺物を僕に差し出した。これは高く売れるのだと教わった指輪のような遺物だ。


「使うって、どうやって……」


「あれだけ遺物探しをしていて、使い方を知らないの? こうやって、魔石をあてて、これが起動の印」


 フラウが小さく三角形を重ねた形に指を動かした。


「これをはめて、こうやって……」


「あ」


 僕の前の光の板が輝き始めた。


「照準の合わせ方を説明するわね」


 知れば知るほど“僕”の使っていた"タブレット”の動かし方に似ていることがわかる。


「すごい。アーク、のみ込みが早いのね」フラウがほめてくれる。


 まさか、似たようなものを“使った”ことがあるとはいえなくて僕はあいまいな笑みを浮かべる。


「大体の動かし方はわかったよ。それで、次はどうすればいい?」


「これを、この装置を、元あった場所に据え付けないといけないの。たぶん、こんなところじゃなくて、城壁の上とか正面とかどこかに置いてあったはずなの」


「これは、城壁の上だな」と、隊長。「しかし、こんな骨とう品を動かそうとは………」


「でも、これ以外に武器がないのでしょう? それとも、光衣の一着でもあるというのかしら」


「はいはい、わかりましたよ。おい、ライク。お前の出番だ」

 隊長はすでに投げている。准尉に面倒ごとを押し付けた。


「わたしが?」ライクは露骨に嫌な顔をしながらも、他の兵も呼んで装置を動かす。


「この手の装置はほかにあるのかしら?」


「あるにはありますけれどね。ほとんどが壊れている。そもそも使える人がいませんから」


「時間があれば、調べられたのに」フラウは僕たちが装置を運び上げているそばで考え込んでいる。

「今回の魔人は一体だけなのよね」


「そのようですね」


「どのくらいのレベルなのかしら」


 僕らの理解の及ばない話をフラウとライクはかわしている。


 いったいフラウはどんな教育を受けてきたのだろう。

 僕らの全く触れることすらできない高度な知識を、持っているのが当たり前のようにふるまう彼女を見てそう思う。“小学生”が“高校生”の本をみているような、そんな気がした。


 向こう側の“僕”の意識のざわめきを押し殺して僕は汗を垂らしながら装置を隊長が指定した場所に運ぶ。







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