第13話 地上
どれだけ歩いただろう。何度も休憩を繰り返し、上へ、上へと昇っていく。
フラウが魔力切れを起こすこともなく、異形の生物に襲われることもなく、そういう意味でとても順調に僕らは穴を上り続けている。
途中で何回かの休憩をとったとき、フラウは何か言いたそうだった。だけど、僕はあえてきかないことにした。自分が“まだら”だといった時の彼女の表情をもういちどみるのはつらいことだった。
隠し事は、隠せるものなら隠しておいたほうがいい。
だいぶ、地上に近づいてきているようだった。もうフラウは浄化の魔法をかけるのをやめていた。黒髪、黒目のいつものフラウが僕の隣を歩いている。
「しかし、あのお宝は惜しいことをしたかなぁ」
僕はこぼす。
「まだ、あのお宝が欲しいの?」
フラウは困った子ねと、息をはく。
「一応、道をたどれるようにあとはつけてきたからいつでも戻れるわ。戻ろうと思えばね。たぶん、魔力痕跡でもたどれるとは思うのだけど、ここは本当に光術が使いにくい場所ね」
フラウは壁に傷をつけてみせる。
「さすが、フラウだね。抜かりがない」
僕はほめた。
「たいしたことじゃないわよ。こういう遺跡の発掘の常道でしょ」
「へぇ、前にも遺跡の発掘をしたことがあるの?」
「ええ。私の一族は研究主体の一族だったから、中には発掘担当の人もいて……その人が時々発掘に連れて行ってくれたの。
気を付けて、濡れて滑りやすくなっているみたい」
あまり親戚の話はしたくないようだったので、僕はその話題に触れないようにしようと思った。
「お、これは」
僕は叫びをあげた。冷たい水が流れていく方向に光が見える。外からの光のようだ。
「フラウ、やったね。ついに地上に出たみたいだ」
岩の隙間から光が差し込んできている。
僕が小柄なフラウを押し上げて、穴の外を探ってもらう。
「外に出られるわ。アークも上がってきて」
外は小高い丘の斜面の一角だった。急な斜面なので木がまばらだったのが幸いした。見晴らしがいい。
僕はいったいどのあたりにいるのか周りを透かし見る。
見慣れた砦の影を見つけることができてほっとする。最初の野営地からそんなに離れていない場所のようだ。
「フラウ、砦は近い。よかった」
そう言いかけて、僕は再び目を凝らした。森の一角から煙が立ち上っている。
のろしだ。
その意味するところは一つしかない。
「まずい」
僕はほかに煙が立っていないか見回す。
「なに? どうしたの?」
「のろしだよ。魔獣か、魔人が出たんだ。誰かが助けを求めている」
「偵察隊の人たち?」
「いや、ちがう。あれはこの森の民ののろしだ」
「この森の民って、黒の民のこと? 彼らって敵なんじゃぁ?」
「黒の民にも色々いるんだよ。町に住んでいるものもいれば、こういう辺境でこっそり暮らしている人たちもいる。この近くにいる人たちは協力的な人たち、のはずだから」
実は僕ものろしの実物を見るのは初めてだった。
僕がここの砦に来てから、一度もそういう緊急事態はおこったことがない。
「急いで砦に戻ろう。魔人用に武器や光の種を取ってこないと」
狂暴化した魔獣や魔人には光術や光武器しか効かないとわかっている。
僕らは荷物を背負いなおすと、斜面を降りて砦に向かう。幸いにもすぐ砦の方向を示す道しるべを見つけた。刻まれた跡をたどっていくとすぐに見覚えのある細い小道に出る。
怖かった。
正直に言うと、僕が習ったのは魔人と戦うのには光術と光の武器が必要ということだけだった。僕のような等級が低い者たちに期待されているのはせいぜい魔獣を倒すことくらいで、魔人級の化け物と対峙することは考えられてもいない。そういうものもいるとしか教えられていないのだ。
いつも、何気なく歩いている道だったが、今日はどこか別の場所に続く道のような気がしていた。この道の向こうから魔人が現れたらどうしよう。いまさら、そんなことが気になってくる。
だから、道の向こうから、砦の兵であることを表す赤い旗が見えたときには僕はほっとした。敵と間違われないように、大きく手を振って合図をする。
「アーク、おまえ、こんなところで何をやっているんだ」
クリフ隊長自身のお出ましだった。
彼は僕の後ろにフラウがいるのに気が付いて、顔をしかめた。
「偵察隊からはぐれてしまったんです。のろしを見て、それで」
「ライクはどうした。あいつは、どこだ?」
「わかりません。たぶん、まだ、野営地にいると思います」
「どの野営地だ」野営地の番号を聞くと、隊長は顔をしかめた。「時間がない。アーク、おまえ、ライクに伝令を頼む。至急砦に戻って防戦の準備をしろと」
「あの、隊長、本当に、本物の魔人が出たんですか?」
僕はおずおずと尋ねる。
「あいつらが、のろしを上げてきたんだ。それ以外のことは考えられない」
隊長はさっさと行けと、僕をにらむ。
「え、でも、間違いということはありませんか?」
「ない。ないから、さっさと行け。フラウ……は、いや、いい。アーク、面倒を見てやれ」
「いいのですか。私は……」
フラウが何か言いかけるのを振り切って隊長は珍しくきちんと装備を持った砦の兵隊たちを急がせる。
ヘルドが通り抜けざまに片目をつぶって合図をしてきた。
「大丈夫かしら」フラウがぽつりとつぶやく。
「大丈夫だろ。一応そのための練習はしてきたから……まぁ、魔人がどんなものか知らないけどね」
「…………本当に心配だわ」
僕たちはライクを探しに野営地に戻る。フラウが付いてこられるか気になったが、今回は彼女はちゃんと僕の後ろを走ってくる。
「フラウ、体力は、つらくない?」
そう僕がきくとフラウはバツが悪そうな顔をした。
「ごめんね、アーク。ちょっと強化の光術をかけているの。ねぇ、髪の色が薄くなってない?」
いわれてみると、少しフラウの体が光っているような気がする。
「僕の傷を治した時ほどではないから、大丈夫」
「よかった。みんなに知られるのは、その、ちょっと」
「誰にも言わないよ。安心して」
僕はフラウを励ました。
僕らが野営地についた時、隊の仲間たちは難しい顔をして野営の準備をしていた。遺跡から帰ってきたばかりなのだろう。走り込んできた僕らを見て、みんな、一様に驚いた顔をする。
「大変だ。魔人が出たとのろしがあがった」
僕がそう告げると、彼らの顔に浮かんだ驚きはもっと大きくなった。
「隊長が、砦に至急戻ってくれといっている。防戦の支度をしてくれって」
「アーク、お前たち、いや、その話は本当か?」
「はい、森からのろしが上がっているのを見ました。隊長たちは急いで、そちらに向かっているみたいでした」
ライクの判断は早かった。気を取り直したように、矢継ぎ早に命令を出して、撤収の準備をすすめる。
「アーク、悪いが、もう一度伝令に出てくれないか。これを」
ライクは僕に彼の使っている光板を渡す。
「これを見れば、隊長の位置がわかる。隊長に、撤退は完了したと。すぐに引くように伝えてくれ」
「あの、僕の等級ではこんなものはとても……あ、はい、わかりました」
ライクの目はフラウを見ていた。フラウに使ってもらえということですね。了解。
「准尉、あとでお話したいことがあります。お時間をいただけますか?」
フラウがライクに硬い声で尋ねた。ライクは一呼吸おいてから、返事を返した。
「ことが、片付いたらあとで」
フラウは感情を表さないままうなずく。
「行こう、フラウ」
ただならぬ雰囲気を感じて僕はさっさとここを離れたほうがいいと判断する。僕はただのお守役なのだ。そう、新兵の面倒を見ているだけの下っ端その一なのだ。上官とフラウの争いになりそうな雰囲気に僕は保身に走った。厄介ごとは御免だ。
隊のみんなの目がなくなってから、フラウに光板を渡す。
フラウはとても腹を立てているようだった。彼女にしては荒々しく光板を受け取った。引き結んだ口が話など聞きたくもないといっている。
無言で手をかざすと、光版に光が戻る。
さすがフラウだ。僕だったらこうはいかない。
これが“僕”の知る“タブレット端末”だったらどんなに楽か。いつもそんなことをおもっている。
フラウの目が光を追うように動いて、中にある情報を読み取っていく。
「すごいね、フラウ。そんなに早く使えるんだ」
僕は関心して彼女の手元を覗き込んだ。
「見て、今私たちがいるのはここ。この灯りがライクたち。そして、こちらが、隊長ね」
彼女はあっという間に地図を見つけていた。拡大したり縮小させたりしながら、僕に地図を見せる。
「そして……」
彼女はさくさくと別の画像を開いて顔をしかめた。そのあと、他の何かを調べている。
「この辺りは、たしかに光術が使いにくいみたいね。反応が鈍いし、それに、軌跡も取れてない。それが幸いだったのかもしれないけれど。あ、アーク、あなた、腕輪をはめている?」
僕は慌てて腕を見た。身分証明代わりの腕輪はなかった。
「あ、忘れてたよ。どこにいったかな?」
僕はズボンのポケットをさわる。硬い腕輪の感覚にほっとする。
「あ、いいの。そのままでいいから。行きましょう」
前を見据えているフラウの表情はりりしい。僕は思わず、見惚れてしまう。
「フラウ。魔力切れは起こしていない?僕の魔力を持っていいっていいからね」
僕は彼女の小さな手を握る。
フラウはあきれたように僕を見る。
「ね、アーク。それって、わかっていっているわけではないのよね」
「? 何か変なことをいった?」
「ううん、知らないのならいい」
また光術を使っているのだろうか、彼女の歩みは軽く、僕が付いていくのもつらいほどだった。よくみると彼女の髪の色が薄くなっている。
いったい彼女の等級はどのくらいなのだろう。光板を“スマホ”のように使いこなし、体力強化の術を当たり前のように使う。どうして今までこの力を隠していたのか不思議なほどだった。さっさと使っていれば訓練で苦しむこともなかったのに。




