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難攻不落の要塞

 砲弾が降ってきた。

 彼がそのことを理解したのは土砂の降り注ぐ鉛色の空を仰ぐ羽目になった後だった。


「砲弾落下! 至近弾!」


「伏せろ! 爆風に頭を持ってかれるぞ!」


 どこか遠くで聞こえていた仲間たちの声が次第にハッキリしたものになってなってくる。次第に意識が覚醒してきたのだろう。周囲に銃声と爆発音が響く戦場の音が蘇ってきた。


「空だ……まだ死んでなかったんだ」


 誰かの警告から程なくしてやってきた爆風は、彼を噓のように吹き飛ばし敵陣を見据えていた青年兵士をいとも容易く塹壕の中でひっくり返させたのだ。

 

 強烈な爆風を至近で喰らうという貴重な経験をした彼ことルイス二等兵は視界いっぱいに広がる空に対して、平和な世に生きる十八歳の人々がそう経験することはないだろう感情を……すなわち愛しさに似た感情を抱いていた。


「ルイス二等兵が倒れたぞ! 衛生兵を呼べ!」


 野太い声が聞こえたかと思うとルイス二等兵の視界に口髭を蓄えた強面の男が現れた。


「ルイス! 俺が分かるか?」


 心配そうな表情を浮かべながらルイスを覗き込む彼こそルイス二等兵の上官であり、第一小隊を率いるデイビット少尉その人であった。

 

 彼は二等兵からの叩き上げで少尉になった人物でそのキャリアを見込まれ中隊からの信頼は厚いが、現場をよく知るが故の厳しい性格と厳つい風貌のせいもあり若い部下達から恐れられることが多かった。


「デイビット小隊長……」


 爆風で吹っ飛んだ時に土が口の中に入ったらしい。喋ろうとすると口の中がじゃりじゃりとした砂の味で酷いことになってしまった。さっき喰ったばかりの昼飯ごと今すぐ吐き出したい衝動に駆られるが目の前におっかない上官がいるのではそれもできない。

 

 そんな事情もあって必死に出した声はだいぶ掠れた見っともないものになってしまった。


「よし、上出来だ! 少し休んでいろ。今にあの忌々しい要塞を味方の砲兵隊が吹っ飛ばしてくれる。我が隊は砲撃後の突撃まで小休止だ」


 デイビットの視線はルイスを吹き飛ばした砲弾を放った敵が潜んでいるであろう高台の要塞に向けられていた。


 バックラー要塞


 それがあの要塞に付けられた名前だ。攻防ともに優れた性能を持った大昔の盾から名前をとった帝国軍自慢の難攻不落の要塞であり我々、共和国陸軍にとって最大の難所である。


 バックラー要塞は帝国最大の軍港であるエリー港に通ずる唯一の街道を射程に収める位置に存在する為、共和国が帝国と開戦した三か月前から最重要目標として見られていた。共和国は帝国軍の抵抗を抑えながらバックラー要塞に陸軍二個歩兵師団 三万人からなる第三方面軍を進出させ、要塞攻略を目標とした戦闘を繰り広げていた。

 

 しかし、多数のトーチカや要塞砲・機関砲で武装され幾重にも連なる塹壕陣地を突破するのは容易ではなく、共和国第三方面軍の第一次総攻撃は多数の死傷者を出すにとどまり作戦は失敗。


 そこで、第三方面軍司令官は部隊の展開範囲を狭め、戦力の一点集中化による突破を目指した第二次総攻撃を立案。その作戦は実行に移されデイビット少尉率いる第一小隊が戦闘を行っているのだが……


 要塞から降り注ぐ砲弾の雨と絶え間なく放たれる機関銃の弾幕射撃を前に、ボルトアクション式ライフルと数丁の機関銃によって構成されるライフル小隊に過ぎない第一小隊がかなう筈も無く、部隊は前進を停止せざるを得ない状況に追い込まれていた。


「デイビット小隊長! デイビット小隊長はおられますか!」


 小隊が息をひそめる塹壕陣地に爆発音に負けない大声でデイビットを探す声が響き渡った。

 

「デイビットは俺だ! 一等兵、貴様は衛生兵か?」


「いいえ、自分は中隊本部からの伝令であります」


 ルイス二等兵とそう変わらない若い兵士が、塹壕から顔を出さないように屈みながら駆け足でデイビットの横にやってきた。

 しかし、先ほど呼んだ衛生兵が来たのかと期待の表情を浮かべたデイビットにとって、一等兵の申告は期待外れそのものであったから、彼は伝令兵への対応を少しばかり雑にすることで心の均衡を保つことにした。


「そりゃ結構だ。砲撃時間の変更か?」


「いいえ、撤退の命令をお伝えに参りました」


「馬鹿な……どういう事だ! 俺たちは文字通り血を流しながらここまで前線を押し上げたんだぞ。それを急に撤退などと言われても従えん! そのように中隊長に伝えろ」


 デイビットの言う通り彼が率いる第一小隊は既に何人もの部下を失っていた。作戦の成功を信じて犠牲になった仲間のことを思えば急な撤退命令など受け入れられるはずもなかった。


「中隊長は要塞からの狙撃により戦死なされました。それにこの命令は師団司令部から下令されたものです」


 要塞に腕のいい狙撃手がいるとの噂はデイビットのような士官だけでなくルイス達、一般兵の間にも広がっていた。だが、自分達の中隊長までもがその餌食になるとは考えてもいなかった。第一小隊に沈黙が訪れる。


「第一小隊は直ちに攻撃を中止し、前線基地(FOB)に帰還してください。十五分後に砲兵隊が煙幕弾による支援射撃を行いますのでそれに合わせて後退を」


 伝令の兵士は一方的にそう言い残すとデイビットに敬礼をして中隊本部がある陣地の方へと戻っていった。第一小隊に残された選択肢は一つしかなかった。






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