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中編

細い月が照らし出す小さな湖にふよふよ、と小さな光の球がそよ風のように浮いている。

雲の晴れ間に碧く淡い月光が湖面を照らし、返る光が1人の少女を照らし出した。

この国の蛍や蝶は月明かりの夜に水を飲みによくこの湖面に訪れる。

チチチ、と夜鳥の囀りのみが時おり水面にはね返る中、少女は河岸に腰を下ろすと素足を湖に浸し大きく息を吸った。


(やはり、レシュマの意志の介在しない婚姻は良くないだろう)


彼は気が向いた時に彼女・・の意志を尊重するかのように屋敷を抜け出し自然と戯れることがあった。

それは彼の魔導を用いて家の者に見つかる事なく、生前の彼女よりうんと巧みに行われた戯れだった。

今まで様々な場所に赴いてきたが特に夜半のこの湖面が彼のお気に入りだった。


(この国の公爵家……きな臭いとは思っていたが裏があるようだ……「父」と話してみる必要もある)


先日の公爵令息との婚姻話が持ち上がってから彼はこの国の宰相であるヤミル家について密かに調査を行ってみた。

結果として黒い噂やそれを裏付ける証拠などが彼の想定を上回るほどに山と噴出した。それは人でない彼が一瞬唖然と言葉を失ったほどであった。


今宵はレシュマのため、というよりは考えを纏める為に気がつけば彼は夜の散歩に赴いていた。

また大きく息を吐く。

碧く光る小さな蝶が一匹レシュマの肩へと飛び乗ってきた。


(レシュマに都は合わない。それに……)


淡く照らされる金色の少女は指を差し出し肩の蝶を掬い上げじっと見つめた。


(宰相家なぞにレシュマをやるわけにはいかないな。彼女を想う者は周りにもたくさんいるようだ)


蝶が指から飛び立つと少女は振り返る事なく澄んだ声を発した。


「……ピート、出てきてください。

少しお話ししましょう」


暫しの静寂の後、木陰から薄い人影が浮かび上がると湖面と少女の方へと歩みを進めてきた。

草叢を踏みしめる音は小さいが幾つかの蝶や蛍たちは反応しさっと飛び去るものもあった。


「……すみません。覗き見しているつもりはありませんでした。

しかし夜半の一人歩きは余りにも危険です、レシュマ様」


少女が振り返るとレシュマと同い年くらいの少年が着の身着のままでやや緊張の面差しで側に立っていた。

彼はフレイバーグ家に仕える近習の1人であった。

腰に一本長剣を携えている。

恐らく偶然レシュマが屋敷を抜け出すのを目撃し慌てて追ってきた、というところだろう。


感情を写さぬ目でレシュマは少年を見つめそしてまた湖面に視線を戻した。


「謝ることはありません。

私の為に追ってきてくれたのでしょう。

感謝します」


「いえ……」


内容とは裏腹にまるで感情の籠らないその言葉に彼はどう返したらいいかわからない。

会話もそのまま途切れピートと呼ばれた少年は気まずそうにそのまま佇む。


……はレシュマに残っている記憶からピートを彼女の友人であると判断している


彼はお転婆だった頃のレシュマの幼なじみだ。

平民出身だった彼は時おり野山に遊びに来る少女の事を始めはこの地を治める君主の娘だなどとは思いもせず、摑み合いの喧嘩などもよくしたものだ。

この湖に突き落とし合いの喧嘩をした事もある。

後に親に顔が腫れあがるほどの折檻を受けたものだが、それでも10を数える頃までは彼女を令嬢扱いせずよく遊んだものだった。


そんな記憶を思い出しながら彼は懐かしさと幼き頃の己の無謀さに苦笑する。

それにしても今宵の月は綺麗だ。





「ピート。

私と公爵家の婚姻のお話は聞いているでしょう。

どう思いますか。私はどうすればいいと思いますか。

率直な意見を聞かせてください」


静寂を破ったのはレシュマだった。

見ると少女は湖に素足を浸しながら月光を映す瞳でこちらの顔を見つめていた。

表情は相変わらず動かないがそれがかえって月光の元で無機質なレシュマの美しさを際立たせている。

少年は狼狽えそうになる内心を抑え小さく息を吐くと少女の隣に腰を下ろした。


何故、そんな事を自分に尋ねるのか。

よっぽど迷いがあるのだろう。

ピートはそう考えた。


──嫌ならいかなければいい


そう言いそうになる心を呑み込んで彼は努めて事務的に模範的な答えを返した。


「……私に、私などに意見できるはずもありません。

ご当主様と貴女がお決めになることですから」


淡く光る蝶や蛍が少女と少年の間をひらひらと舞った。


「……そうですか。

貴方ならそう言うと思っていました。

困らせてすみませんでした」


彼の答えは内容の通り少女に何らの波を打つことも無かったようで彼女は再び湖面へと視線を戻し足元を少し動かしぱしゃり、と波音を立てた。


夜鳥が、ホウホウと近くで鳴き激しい羽ばたきが森に低く響く音が狩りの成功を報せていた。


あまり帰りが遅くなってはレシュマの不在に気づく者が自分以外に現れるかもしれない。

そう考えた彼はそろそろ、と立ち上がり湖面に浸る彼女に声を掛けた。


「……レシュマ様、帰りましょう。

私なぞにはお気持ちは測り知れませんが貴女の不在がばれるといろいろと……」


──パァァァン!


その瞬間、少年の左頬に熱い衝撃が奔り低く鈍い衝撃音が月夜の空へと響いた。

少年と少女たちの間から光点となった蝶と蛍が一斉に飛び去る。


「よくそんな白々しいことが言えたものね。

大嘘つきのピート!」


ピートは驚いて少女を見返す。

レシュマは……明らかに怒っていた。

その美貌に淡い怒りを滲ませ細い月明かりでも薄く紅潮していることが分かった。


「……レシュマ?」


ピートは思わず昔のままの呼び名で少女を呼ぶが驚きのあまり失態にも気づかない。


しかしこの場で1番驚愕を持って固まっていたのはであった。


(レシュマ……?)


今の言動と少女の身体の動きは一瞬の管制から外れた行為であった。

その瞬間、彼はレシュマの意識の奔流を微かに感じた気がした。


(起きているのか?レシュマ……起きているなら戻ってきてくれ……)


彼は意識の奥に語り掛けるが目覚めたのはその瞬間だけだったのかレシュマの波動はもはや感じられず彼は諦めて少年の方に目を向けた。


少年からすれば少女が情緒を乱しているように見えたのだろう。

頬を叩かれたにも関わらず少年は気遣わしげに少女を黙って見つめていた。


「……ごめんなさい。

取り乱してしまいました。頰は大丈夫ですか?

叩いたりしてごめんなさい」


少女は少年に向けて軽く頭をさげる。

もちろんの意志ではありえなかったがレシュマに代わって少年に謝罪する。

驚きで色を失っていた少年は表情を取り戻しそして微笑みを少女に返した。


「……いや、元気な君が戻ってきてくれたようで嬉しいよ、レシュマ。

そろそろ帰りましょう。

あまり長居は宜しくありません」


月明かりの元、差し伸べられた手を取りレシュマは少しだけはにかんだ気がした。


「……うん、帰ろうかピート」

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