02号 新発明で新発見 下
⎯⎯野宿を始めて今は、日没から一時間経過したくらいだろうか。ここはもう、森の奥部になり木々に阻まれ、大鐘の音はあまり届かない。
食事をとらせたらすぐに眠ってしまったマオに俺の外套を掛けてやる。
他の3人、テレサとスクレータは会話をし、レウスは黙って火を眺めている。
準備するにあたり、俺は始めに木炭で火を起こすと、次に水を確保したかった。スクレータに魔法で水を出せるか聞くと、氷なら出せるということだったので、氷の魔法を鍋で受け止めそれを溶かすことで水を確保した。
その次は心許ない食料を補うため、森で木の実や果実や茸探しをテレサにも手伝ってもらう。スクレータに水を任せ、レウスに動けないマオの守りを任せた。
食事中にマオは、帰って来ないことを心配されてないかと話しているので、俺は全員無事な事、王都から離れすぎたので野宿する事を書いたメモを転移袋で転送したと話すと安心したようだった。
手帳に収集状況を記入しながら、俺は不謹慎にも楽しいと思ってしまう現在。ハプニングの連続という形だが、冒険の醍醐味のようなものを久しく感じていた。
「ふぅわぁ、ごめんなさい。先に休んでも……?」
テレサと会話していたスクレータだが、眠気も限界だったようだ。
「いいとも。剥ぎ取りに戦闘に水作りと、頑張ってくれたな。お休み」
俺は一度、手帳から目を離して柔らかく答えた。
「ありがとうございます。お休みなさい…」
スクレータはそう言うと、火から少し離れ横になった。
すると、テレサが隣に座るのを目端で捉えると。
「あの……お兄さん」
「どうした? 起きてるのが辛いなら休んでいいぞ」
俺は手帳から目を話さずにテレサに返すが。
「いいえ、そうではなくて……。食料とか野宿の準備をしていただいて、ありがとうございます。あとマオのことも」
「なんだそんなことか。俺はもう二食世話になってるからな、気にしなくていい」
「そう、ですか」
それだけ答えると彼女は話題を変える。
「あの、また下書きを?」
「いいや、収集状況の確認をね。でも、もうすぐ終わるから、そうだな。君らのことを書いた記事の下書きでもしようか?」
「ぇッ!? それはっ恥ずかしい……っ」
「大丈夫、提出しても掲示する最終判断はギルドだから」
もう、なんですかそれ~と答えるテレサの顔は、少し赤く見えたが焚き火のせいだろうと、胸にしまっておく。
「あの、お兄さんは……」
「ん?」
「どうして記者になってまで冒険者を続けるんですか?」
そう聞かれてペンが、ぴたりと止まる。
(拘る理由、か……。ペンを手に入れたから、ケガをしたからって別に冒険者じゃなくていい。ならばなんだ……)
そこまで考えて頭に思い浮かんだのは、村の仲間たちの顔。俺のせいであれだけのケガをしたのに、彼らは俺を責めはしなかった。笑顔だったまである。
(負い目、なんだな……)
「……ん~、あんまりカッコいい理由じゃないかなそれ」
「あ……すみません言いづらいこと聞いてしまって……」
俺は黙って首を横に振った。
「……さ、テレサももう休みなさい。明日もよろしくな」
「はい……。お兄さん、お休みなさい」
テレサが俺から少し離れ、横になった事を確認すると、見送っていた目を手帳に戻す。
“ねえ„
いきなりペンが応え驚く。俺はレウスに聞こえないくらいの小声で話す。
(どうしたこんな時に)
“どんな理由であれ、さっき彼らに一生懸命だったのは、悪くなかった。それだけ„
(……そうか。ありがとう)
“それじゃ、お休み„
(何? まて⎯⎯!?)
ペンは休眠に入り書けなくなる。こういうことなら、インクと別ペンも用意したほうがいいのかもしれないと思った。
「……なぁその、おれも話してもいいか? その……ライトさん」
ペンとの疎通中に突然話かけられたことと、初めて名前を呼んでくれた事に内心で驚いてしまう。
名前を呼んだ事に触れたいが⎯⎯やめておいた。
「おっと、どうした? レウス」
「いやその、おれ……何も出来なかったなって、だからどうすればライトさんみたいになれるか、知りたいんだ……」
「そう、だな。俺が言えるのは、剣士に出来る事なんてたかが知れてる、そんなところだ。まだ知りたいなら……」
「知りたいなら?」
「どちらが先に新人に上がれるか、勝負といこう。もしお前が先に上がれたら、俺が側について教えてやるかな。まあ、俺の知らないことも沢山あるんだが」
笑いながら言う。出来れば話したくないが、隠し事をするのも趣味ではないので、俺としては正直どちらでもよかった。
「……わかった。受けるよ、その勝負」
「おう。なら、まずは今の課題片付けなきゃな。レウスも休めよ?」
「うん。お休みなさい」
それと、ライトさんも眠くなったら言ってよ、と彼は付け加えた。
一人になり星を見ながら火の番をしていたが、しばらくして眠気に耐えらなくなる。レウスを起こすと彼はオーケーと言い、嫌な顔せず交替してくれた。
⎯⎯次の日の昼頃俺たちはギルドへと帰ってきた。
朝起きるとスクレータが狩りの続きをしたいと提案してきた。大人しい印象が強かったので少し驚く。昨日テレサと話して考えていたという。
実際、採集素材は足りていないが残すところわずかだ。撤収中に敵に囲まれほとんどは昨日の陣へと置いてきてしまい、回収できたのは皆の荷物だけだった。
「野宿で疲れも残ってるし、活動するための食料もないけど、やりたいのか?」
と聞くと、皆がそれくらいなら大丈夫と強く言ってくれた。
ひとまず昨日の陣を目指す。マオは本調子ではないので皆そのペースに合わせて進む。
陣にかなり近づいたので俺が先に様子を見るとそれは酷い有り様だった。大量の死骸を一晩放置したせいで森の獣達に残飯の様に食い散らかされていたのだ。
これはさすがに彼らには見せられないので、森の導入部まで戻ることにする。そこでも十分集められると判断した。
導入部まで戻り適当な空き地を見付け再び釣り出しをする。今の心配はマオの疲労なので移動しながらは出来ない。なのでスクレータが釣りマオが剥ぎ取りをする。スクレータはそこまで考えていてくれた。
昨日の一件で吹っ切れたのか、皆集中したいい動きをしていた。狩りはあっという間に終わる。
⎯⎯そして現在、マオはレウスにおぶわれている。王都にあと少しというところで痛みが戻ってしまった。テレサの魔力も道中の回復で尽きてしまったのだ。
「ただいま戻りました!」
「皆さま、お帰りなさいませ。採集素材はちゃんと届いておりました。ライト様もメモの転送は見事な機転でした」
俺たちは転送出来なかった大きい素材と転送袋を受付に渡すと奥の部屋へと消えていった。
「はぁ~……さすがにしんどかったな……」
「当たり前だ、一日でやろうとするからだ」
「マオも大丈夫?ごめんね魔力切れちゃって……」
「そうだな、報酬を受け取ったら一度ちゃんと見てもらいなさい」
はーい、と返事をすると受付が報酬を持ち戻って来る。だがなぜか隣に、初老の男性がいる。
「君か、私の依頼を受けてくれたのは」
「ライト様。こちらが試験依頼なさった、工房の所長様です」
「あ、どうも…」
「……君は、君は一体なんてことをしてくれたんだ!!」
「え、す……すみません。話がみえないのですが」
「いいかね? 君は出来上がってもない試作品に、新発見をしたんだ」
ますます話が見えない。
「なんでも、ライト様のメモを転送したことが新発見だそうで」
「うむ、その通りだ。メモの転送とは我々では思いつかなかった発想だ。これが実用化されれば遠く離れた相手とも手紙や連絡のやり取りが出来る。伝書鳥よりも、早くかつ具体的な場所へな」
おぉ~と俺たちは驚くしか出来ない。
「……まあ、つまりは今回の依頼よくやってくれた。他の報告も改良に向けた情報として、活用させてもらう。ご苦労だった」
そう言うと奥へと戻っていった。気になったのでお姉さんに聞くと、受取側の動作が不安定だったらしい。具体的に聞くと部屋が素材で溢れかえったそうで、少し心配すると大したことはありませんと返された。
(全然大したことだと思うなあ……)
俺は苦笑いするしかなかった。
それから四日が経過し八日目。
⎯⎯マオは医者に診てもらうと、本当に応急処置かと驚き、私が出来ることはないとまで言われ、傷も病気の心配もないという。更に診察費だけで済んだので経済的な負担も少なかった。
また彼らの冒険や戦闘といった成長も目覚ましく、森での遭難の一件はとても大きかったかと思う。
そして、俺の課題も順調に消化しつつあった。とは言え俺が見たことのある魔獣の三分の一はこの辺り⎯⎯クロイツェン領⎯⎯に生息しているので、報告分ではまだ一握りだ⎯⎯。
朝ギルドへ着き、今日も清書課題を提出する。
「……以上の清書課題をもってライト様は昇格となりました、おめでとうございます。また、同伴の依頼者、つまり彼らの両親方からの連絡で、依頼完了の旨も届いています」
事態が急速に進んだ理由としては、試験依頼の内容が評価されたことと、彼らの成長が両親達に伝わったからだ。
だが清書課題がなくなったわけではないそうだ。課題完了はまだまだかかる。
そして俺が、パーティーから離脱する旨を伝える時だ。
「あーあ、やっぱり昇格は先越されたかぁ……」
「どうしたのレウス?」
「いや、どちらが先に昇格できるか勝負してたんだ」
「それで、勝った時は俺が側で教えてやるってね」
マオの疑問に俺とレウスが答えてやる。
「ふぅん。じゃあ、お兄さんが勝ったら何があるの?」
「そう言われると、決めてなかったな。俺としてはタダで聞かせたくなかっただけだしな」
俺がテレサの質問を適当に流すと、彼らは少し呆れながら笑った。
「ま。ともかく同伴は、ここまでだ。ありがとう、世話になった」
次に彼らは、えっという顔をする。忙しないので少し面白い。
「そんな、僕たちまだまだですよ?」
「悪いな……そうだ。じゃあ、レウスとの勝負に勝ったから、俺は抜けさせてもらう、それでどうだろう?」
「はぁ……そこまで言われちゃしょうがないか……。今までありがとう、ライトさん」
潔く諦めてくれたレウスに俺はこちらこそと言い、握手を交わす。
そして、俺は彼らから抜けた……のだが。
この一週間で彼らにかなり移入してしまったのも事実で、まだギルドで課題の説明を受ける彼らの話しに耳をそばだててしまう。
(いかん、いかん。俺も次のパーティーを見付けないとな)
そう俺はかぶりを振り、笑顔で出発する冒険者を見送った。




