02号 新発明で新発見 上
同伴依頼二日目。
予定通り昨日より遅くギルドへ着く。
昨夜進行出来なかった分、清書を時間一杯まとめたかった。
「おはよう、お姉さん」
「おはようございます、ライト様。既に皆様お待ちです」
「はーい。あ、とりあえずここまでの清書課題です」
「……確かにお預りしました。……ところでライト様」
「はい?」
「……皆様から聞き及んでいますが、遅い出発の予定とはいえ皆様よりは、早く来て頂けなければ……。一流と紹介した私たちの沽券にかかわりますので」
「……はい。わかりました」
無表情のままよろしくお願いしますと言い、会釈し受付は下がる。
冒険者からしばらく離れていたので迂闊だった。というのも、このお姉さんはその日その日⎯⎯主に日替りで態度が変わるような感じなのだ。彼女が他人にあまり深入りしないドライ系なので、俺としても判断は曖昧なのだが、今のようなわかりやすい日もある。昨日の彼女であれば今の様な発言はなかったのではないかと思う。
(こういう時は素直に従った方が賢いな…)
俺は彼らの側へ急いだ。
「おはよう、みんな。待たせたね」
おはようございます、と一人を除き挨拶が返ってくる。
そのもう一人は。
「レウス?」
「……その、昨日はごめんなさい……」
そう小さく謝った。俺は軽くふっ笑うと、彼の肩を叩いた。
挨拶が済んだ俺たちは移動し、ギルドの受付で次の課題を説明される。
「続いての課題は、採集となります。そして集めて頂きたい物はこちらになります」
そう言うと受付は彼らに紙を渡す。
「っ!?」
大量に記入された紙を見て、言葉を失う四人。
「……ほんとにこの数を集めるんですか?」
マオが話す。その声で消沈しているのが伺える。
「はい。この周辺で取れる物は珍しくありません。その為、大量でなければ価値の薄い物ばかりです」
「まあまあ、みんなこれを乗り越えて行くんだからな?」
「……は~い」
フォローを入れるが厳しい感じだ。
「それと、ライト様にギルドから依頼のご提案がございます」
「えっ。唐突ですね」
俺は記者としては初心者だが、以前の一流の格も残っているので依頼を受注することができる。ただ活動範囲は領内だけだ。
「はい。まずはこちらを」
と布袋のような物を見せてくれる。それは俺達の使う標準サイズの革製道具袋より三分の一~四分の一ほど⎯⎯大きいとは言えない。
「それ、まさか転移袋ですか?」
「スクレータ様。その通りでございます」
「でも出力の問題が解決出来ないって話だったような……」
「よくご存じで。これは昨日、魔動具工房から完成したばかりの試作品を持ち込まれたのです。実際の冒険での使用感が知りたい、とのことで。その日にこちらでも安全確認が出来ました」
「唐突な理由はわかりました。でどんな魔動具なんです? それ」
「はい。こちらに物を入れて起動させますと、もう一方の対になる袋へと移動させる魔動具です。丁度彼らの課題に役立ちそうでしたが、初心者では依頼を受注出来ませんので…」
「なるほど。代わりに受注して、彼らの採集物で試験したい、と」
「左様でございます。正直に申し上げますとこちら、内容対報酬が少なく受注者が現れない恐れがございまして、相談した次第でございます」
「ま、そこまで畏まらなくても受けますとも。しっかり情報整理すれば記者の昇格もあり得そうだしな」
俺は昇格が望める、彼らは採集物がかさばらない。互いに利があると説明すると彼らは了承してくれた。
「ありがとうございます。ではこちら受領証と転送側の袋です。起動方法はしっかりと袋の紐を引いて口を締めて頂くだけで、こちらの受取側へと送られます。その際、採集の数にズレがないよう管理をお願いします。何か質問はございますか?」
んん?
「……なあ、受領証をすぐ渡すってことは……」
「……ライト様はございませんね」
「っ!?」
既に受けさせるつもりだった、そう言うより先に遮られた。
受領証には当然、受注者の名前が記入される。彼女はそれをせずの入れ物の筒を渡してきた⎯⎯つまりは、既に俺の名前が記入されているのである……。
やはり今日は『難い日』のようだ。
「あの、受取側に届かなくて、数が少なくなった場合はどうなるんですか?」
もっともな質問をするテレサ。
「その場合は工房に紛失責任を負わせますので、皆様は正直に報告して頂ければと思います」
報酬の少なさの理由に、紛失責任が発生した場合に備えて額を抑制しているのと、開発費がかさんでいて研究費が底を付き始めた、ということらしい。
「他にございませんか?」
「……大丈夫です」
「かしこまりました。皆様いってらっしゃいませ」
レウスは俺たちを目で確認して返答すると、俺達は受付に挨拶をしてギルドを出発した。
移動中は、昨日の報酬や転移袋について、そして依頼をどうこなすかの話題になった。
「あれっ? テレサ、君昨日はそんなバレッタ着けてた?」
「これですか? 実は昨日の報酬で買ったもので。装飾が細かくて素敵だなって。実用品ではなかったので少し迷いましたけど」
「べっこうのバレッタか。この細工が君らの報酬で買えるなら確かに割安かな。さすが商家の子だ、物を見る目があるよ。それに似合ってる」
「ふふ、ありがとうございます」
彼女は不安そうにしていた表情を綻ばせる。
「……ちぇ、冒険に役立つことに使えよ」
「レウス言い過ぎですよ、……言いたい気持ちもわかりますけど」
悪態をつくレウスを苦笑いして嗜めるスクレータ……だが、一言余計であった……。
「こーら男子、そーいうこと言わない」
「そうだぞー。やる気を出して冒険に取り組めるなら、それも投資の内ってね」
「マオ、お兄さん……」
「そう言うもんかねぇ……」
「なら、そう言うレウスは何かに使ったのか?」
「おれ?おれは今の剣に『鋭気』の付与をしてもらったよ。新しい装備の貯金もしたいから、安く済ませながら剣を強く出来るからな」
「以外と考えてるじゃん。いいね」
付与とは装備に性質を加える技術である。使い込んでいくと性質は消耗するが、装備を買い取るより安く済ませられる。駆け出しの彼には無難な選択と言えた。
また、付与を重ねることも出来るが、装備に負荷がかかる為、不意の破損を招きやすい。
「……僕とテレサとで提案したんですけどね」
「なーんだ」
「スクレータてめっ」
「あたしは薬草かな。楽器の弦、まだ今は予備があるけど、それ切らしちゃうと結構痛いかも。この辺じゃ珍しい品物みたいで。だからあんまりお金使えないんだよねぇ」
「僕は貯金するしかないですね。魔動石で魔法の強化に繋がりますけど、高純度の魔動石となると、今はまだとても手が出せる値段ではないので」
「うんうん、みんな色々考えてていいと思う」
思ったより考えていたので、俺は素直に感心したところで話題を変える。
「ところでスクレータは、その転移袋をどうみる? 魔動具詳しそうだからさ」
「そうですね……この袋では出力の問題を解決する為に、純度の高い魔動石を練り込んだ布を使用して袋にしてます。こうすることで袋全体を動力にできますから。ですが問題が解決した反面、開発費が増して、この大きさで作らざるを得なかったというところでしょうか」
魔動石⎯⎯そう呼ばれる鉱石には二つの要素があり、それは『純度』と『大きさ』である。純度が高いと出力が高い。そして大きさは容量だ。
低純度の物を沢山集めても、容量は増すが出力は据え置きだ。出力を求めると高純度を選択するしかない。但し出力が高いと含有魔力の消耗も大きいので、ある程度の容量も要求される。
つまりは魔動石は双方の釣り合いが肝要であり、基本、市場に出ているものは既にそう調整されたものだ。
「転移袋かぁ、どういう原理なんだろ?」
と、不意に俺が言うとスクレータ以外の三人はびくりとした。
「よくぞ聞いてくれました!」
え?
三人は渋い顔をする。
え?
「まず、転送側と受取側とでは設定されている術式に違いがありまして⎯⎯」
(ああ……こういうことか……)
生き生きと説明しだすスクレータ。俺は他の三人を見るが首を横に振る。
こうなるともう長いらしい。
「⎯⎯ということなんです」
彼の説明が終わる頃、昨日と同じ森へ着いた。内容は要点だけを聞いて、それ以外は三人を倣い諦めた。
「あー、説明ありがとう。けど森に着いたし集中しよう、な」
「そうですか? 仕方ないですね」
続きはまた今度、と言われてしまい俺は、この話を再び切り出さないよう心に刻んだ。
このやり取りの間にレウスが兵士と手続きを済ませている。
点呼がなかったので昨日と同じ人なのかな、と思った。
森に入り採集の進行を大まかに確認した後、行動を始める。
種類の多い自然素材は、導入部で探し単数であればその都度、複数ならば一度纏めてから転送する。
数の多い魔獣素材は、森の中部で狩り、剥ぎ取り、転送をする。奥に進むに連れ、敵と遭遇しやすい、その分狩りも捗ると彼らは考えた。
昨日は導入部と中部の中間くらいだ。
自然素材は、主に薬の原料だ。花や薬草だったり草の実、木の実木葉、それぞれ効能が違う。だが一つ一つそのままでは、効力が弱かったり別の作用を引き起こしたりする。その為複数の素材の調合がかかせず、素材単体では価値が低い。
採集は彼らが行い、知識のある俺が判別して、一覧の紙に印を付けると袋に入れ転送していく。
順調に機能しているようだ。が、この時点で袋の大きさに俺は不安を覚え始めた。
続いて魔獣素材は、道具や装備作りの材料だ。燃料の魔動石こそ半永久だが、魔動具、魔動器の方はそうではない。劣化もすれば故障もする。骨や牙は、丈夫さと加工のしやすさが利点の素材でいくらあっても困らない。魔獣の皮や鱗で防具を作ると言っても、それで人の体を守ろうというのだ、それなりの量がいる。昨日の大鼠も、毛皮は加工され断熱材という建材になるし、回収された前歯ですら灰にされ肥料になる。
現在進行形で王都は、宅地開発され家が建ち続けているが、価格も競争率も高く下がる気配がない。その為、建材も大量に求められている。
自然素材の採集中いくらか遭遇したが目標数には程遠い。俺達は森の中部へと進んで行った。
中部に到着したのは正午過ぎ。ここへ来る間、彼らは具体的な動きかたを決めていく。
始めに中部地点のどこかで陣を張る。次に、見つけた敵を陣に連れてくる、敵を倒す、倒した敵から剥ぎ取る、転送する……と役割を決める。
全員で移動するより、見つけた敵を陣まで釣り出すことで、効率化を図りたいことは伝わった。
試しに、何度か実際に敵を釣り出して動きを確認した後、何とか形になってきたところで一度休憩を挟み、万全の状態で始めることにする。
役割は俺とマオが釣り出し、レウスが倒し、スクレータが剥ぎ取り、テレサが転送と遊撃的に回復を務めることになった。
(俺もしっかり頭数にいれられてしまったな……)
休憩では昨日と同じく軽食を頂いた。
「先輩の頃の採集課題ってどんなだったの?」
「いや、今の君らと同じくらい。けど荷物がかさばってね、森と街とを往復したから二日以上はかかったかな。同伴もいなくて四人だったしな」
「お兄さんの頃はそうなんですね。今のわたしたちの状況だと、あとどのくらいかかりそうですか」
「ん~、君らの策がきちんと嵌まって、順調にいけば今日の内に終わって、ギルドが閉まる直前に帰れるってところかな」
「わぁ……気が遠くなります……」
テレサの相応な態度に俺は付け加えて。
「そう、だから焦ったり無理はしないで、潔く出直すかしよう。まあ野宿したいなら止めないけども」
「……よし、じゃあ終わらせて帰ろう。休憩終わり!」
「いやレウス俺の話聞いてないだろ……」
実際、俺は一つの気掛かりがあったが、そんなことはよそに彼らの狩りが始まった⎯⎯。
⎯⎯同時刻・ギルド⎯⎯
昼時が過ぎ受付はようやく裏で休憩に入る。
(さて……一息つけるので、受取側の袋でも確認してみましょう)
「……これは……」
受取袋を置いておいた部屋へ入ると、そこで彼女が見たものは……。
ぽん、と小さく破裂音出しながら素材を打ち上げる袋。
そして、素材で溢れ散らかった部屋だった。
(……これではもはや袋である必要性がありませんね……)
自分の管理の甘さを少し嘆きつつも、転移袋に不満を溢す。
彼女の休憩はもう少しあとになりそうだ。