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最終号 【 】

※途中「えっ」となりましても、サブタイトルが見付かるまでお読み下さい。

  ⎯⎯五ヶ月後⎯⎯


“集団婦女暴行未遂⎯⎯容疑者捕縛、解決す„


 俺は、そう見出し書かれたギルド掲示板の張り紙に目を止めた。続きを読む。


“去年某日、某国四人の男冒険者が集団で婦女を襲うも、婦女本人がこれを撃退した。その後、冬に入ったことで四人の男は姿を消していたが、先日、被害者がその者達を目撃。四人はあえなく警邏の兵に突き出され、容疑が固まった。四人の男達はそれぞれ、右腕、右足、喉、局部を押さえて、口々に「右手が~……」等と、意味不明な事を繰り返し呟いている。しかし、身体には特に異常が見られなかった事から当局では、どうやら四人は、強い精神ショックを受けたものと推察しており⎯⎯„


「…………」


 そこまで読んで俺はそれから目を離した。そして後悔した。



(こっわ!? こわ……恐いわーー!?)

 ……俺は他人事に思えない記事の内容に体を縮み上がらせた……。



 俺はギルドに入って同僚達に挨拶すると、適当な席に腰を下ろして時間を潰すことにする。


 ⎯⎯あれから冬になり、雪が解けてガイドの仕事を始めた俺は、その傍らで、あの時自分の身に起きた数奇な出来事を書き起こして、自叙伝のような物にしようと執筆を続けている。

 けれど、そんな経験をしては来なかったので、ときたまああやって書き方の手掛かりを求めて、『活字』に目を通すようになった。


(……ただ、あれは参考にならないな……)



 そして、クロイツェン王国にも、変化が大きく表れ始めた。


 魔導大臣であるイズンは、マウンデュロスからもたらされた情報から、同国北部に魔族の召喚器、それとグレイスバーグに最高純度魔動石が残されていると確信した。そして、この国の最高戦力⎯⎯兼、隠し戦力⎯⎯である『魔導天馬師団』を率いてそれを発見。そのまま説き伏せると両国との力関係は、劣勢から一気に均衡を上回る結果となった。

 魔族の召喚器は破壊され、魔動石の鉱山として再開発されるそうだ。

(……こちらの戦力を伏せておくことで、取るに足らない弱小だと装い続けていたんだ……)


 二国に対しその立場を押し上げたクロイツェンは、政治面で有利に働けるようになると更に積極策を展開する。


 アイゼンタールにもたらされた悲劇……それを暴いた⎯⎯更にディアーデを取り込んだ⎯⎯として、先の天馬師団で城を速やかに取り返し、盗賊達は労働力の一部として起用。その土地の本格的な再建に乗り出した。

(……ディアーデの存在は公にはされていないが……その誠意が彼女には必要だったはずだ……)

 加えてエインセイルに、マウンデュロスからの脱却を表明させて、クロイツェンに庇護を求める措置をとらせる。それは事実上のクロイツェン王国となり……つまり島の北半分にまで領土を拡大するに至った。

(自国の混乱を自国で収められないのだからな……。まあ俺は……それを引き起こした当事者なんだが……)

 尚、セラテアに根回しされたヴィバリウスであるが⎯⎯過去、王であっただけに『学』があり、剣も多少、心得ていた。その為、王国の学校……その教職員として道が開けそうだという。


 またそのセラテアが話すには⎯⎯そう遠くない将来、クロイツェンが中心となった『産業革命』が拡散されていくだろうと言う。その理由として、アイゼンタールで採掘された油が『霊油』と呼ばれる、新しい燃料に生まれ変わるとからだと。


 ⎯⎯霊油になることで、新しい規格の魔動具や魔動器も研究が進み始めている。

 あの『唇導函』を作った研究者も精力的に力を注いでいるそうだ。その唇導函も改良がなされ、アイゼンタールの土地開発にも役立つ目処がついたと聞く。

 そして土地開発をするには、大量の人手が必要になった。その為、次にクロイツェンは冒険者ではなく、その専門家を海外から求め始めた。

 いつかの新人冒険者もそこに参加するらしい。国を上げての事業になったので給金が良く、近く故郷の家族を呼びたいそうだ。

(……あいつら、家族がいたんだな……。だから続けてこれたのか……)


 ……人が増える事で、治安もきっと悪くなるに違いない。だがイズンなら、健忘の魔法を正しく使い、自分だけではなく、これからの魔導大臣の負担を軽減してくれるものと思う。


 

 一方で、俺の周りの変化としては⎯⎯。


 故郷の仲間である、ディグとファムが結ばれたので、俺は二人を心から祝福した。そして、ファムのお腹には無事に、新たな命が宿ったそう。

 アンクは、二人の子の誕生を見届け次第、アイゼンタールの廃港で困っている人を手助けに行く予定だと聞いて、優しい彼女らしいと俺は思った。おそらくその頃には再建も更に進み、彼女の知恵がきっと力になるはずだと応援をする。


 ターレスの四人⎯⎯彼らはもう、俺の手の届かない所へたどり着き始めた。

 数々の迷宮を踏破し、その主らも打ち倒す実力を、日に日に周知させていることだろう。

 近況では、ラーゼンヘイム⎯⎯その闘技場でも連勝記録を打ち立てているそう。更に、顔見知ったパーティーと協力をして大規模な迷宮に挑むのだとか。……今はもう終えたのだろうか、悪い噂は聞いていないので、次の冒険譚を聞くのが今から楽しみだ。

 ……心苦しいのは、彼らに恩返しらしいことが出来ていないこと。そして『俺が育てた』という事になっている事だ……。これはもう、この先ずっとついてくるのかなと思うことにした……。

 俺は章を、彼らに推薦することもできたが……結局それは、ディアーデが俺にした事になるだけだと思いしていない。


 そのディアーデはアイゼンタールの開発、その指揮を取る一人になっている。手帳⎯⎯私用と言い、破かれた箇所があったが……⎯⎯を返してもらいそびれ、一度会う機会があった。そして、近くラファエルがその補佐につくのだそう。

 元々人の上に立つべき人物であったので、彼女の実力を発揮させる場としては申し分ないことだろう。


 ……彼女は、アイゼンタールの返還には……応えなかった。


 ディアーデは王女としてではなく、一人のディアーデとして生きていく決意をしていた。そんな中で国を返されても、ほとんど意味を成さなかったのだ。

 しかし、自身がこれからクロイツェンで生活していくのであれば、有効に活用して欲しい想いがあったのだと思う。



 ⎯⎯と俺が物思いに更けていると、ギルドの扉が開き、挨拶が届いた。入って来たのは、剣士と射手の少年が二人と、魔道士と薬士の少女が二人である。


 その挨拶に俺も応えた。


 彼らは新たに冒険者を志す初心者のパーティーで、ビークの町出身だ。そして今、俺が受け持っているその一組となる。


 四人は今日も受付と打ち合わせると、課題の達成を目指しギルドを出発した。



 ⎯⎯俺は、談笑している四人の後ろを歩きながら、それを微笑ましく見守る。


 ……自叙伝の話だが、少し困った問題が発生している。それは、題名が未だに決まらないという事だ。どうやら自分にはきっと、このテのセンスが無いのだろう……。

 歩きながら腕を組んで少し唸る。すると、不意に頭に浮かんだものを口から溢していた。



「……聖ペン、伝記……」



「? どうかしました?」

 急に振り向き尋ねる一人。俺は慌てて笑顔を取り繕う。

「ああ、いやなんでもない……! 仲が良くて、良いことだと思っただけだ」

「……??」

 少し俺を不思議そうに見るが、表情を笑顔に戻し、談笑を再開する。


 俺がその光景を眺めていると、ふと祖父母や、ターレスや、自身や仲間達といったパーティーと、彼らの姿が重なっていて⎯⎯。


 ⎯⎯ひとまずそれを、仮題とすることにした。




                             ⎯⎯完⎯⎯




















































  ⎯⎯その五ヶ月後⎯⎯


「⎯⎯と、言う感じなんだが……どうだろう?」

「ふーん……」


 彼は今、セラテアさんと相対するように座り、会話していた。


 ⎯⎯その日は、彼が非番であるのにギルドへと現れた。それだけで私の心は少し高鳴ったのだが⎯⎯。


「⎯⎯セラテアと会う約束をしていたんだけど、もう来てるかな?」


 ⎯⎯と、先約をしていただけらしい……。


 今、私は机に向かい、目の前の書類にペンを走らせ、事務仕事に勤しんでいた。ただ他の者と違うのは⎯⎯。


「物書きをしているセラテアから見た、活きた感想が欲しいんだ」

「そうねぇ……貴方もそこそこ有名にはなったけど…………著名な人の本が全て売れると思ったら、大間違いよ?」

「わ……わかってるよ……! そのくらいなら、俺もわかる……」


 ⎯⎯聴覚の感度を上げる魔法を使い、彼らの会話が耳に届いているということだ。一応、ここまでの二人の会話を整理すると⎯⎯。


「随分、退屈ね~……」

「し、仕方ないだろ……! 戦えないんだから……!」

 ……彼は苦笑いをする……。


「髪飾り……よく見付けたわね……」

「そ……! それは本当に落ちてたんだ……!」

 ……狼狽えるように彼は話す……。


「ペンの姿になってからのお話をもっと広げて欲しかったわ~……」

「無茶言わないでくれ……情報が少なすぎるんだ……。あいつらの冒険はあいつらのものだ。俺の話じゃない」

 ……彼は少し不貞ながら言った……。


「にしても、ディアーデちゃんの話、良く書けたわね……」

「ああ、それはここだ、この、エインセイル行きで……」

 ……紙束をまくり指を指す彼……。

「あ、なるほど……」


 ⎯⎯……何故だろう……。見えていないのに、彼が百面相をしているのが目に浮かぶのは。


(それにしても……エイン、セイル……⎯⎯っ!?)

 ぺきっ


 私は唐突にハッとさせられペン先を折ってしまった……。あら、珍しい……と隣の同僚が漏らすので、曖昧に微笑んで返すと、新しい羽根ペンを出す。


(……不覚だ……。あの時は彼が側にいたんだった……)

 ⎯⎯……私は確かに、彼に好意を寄せている。


 その原点は⎯⎯彼がここへ来た時から『気付いていた』からだ、私達が二人であると。しかし⎯⎯。



  ⎯⎯ギルド~ライトの座学研修期⎯⎯


 少年少女四人が茶飲み話をしている。


『なあ……ギルドのお姉さんって……』

『うん』


『あの人、日替わりで違う人だよな?』


『『『はい?』』』

 そう言うと三人は笑い、彼に言葉を返す。


『一体、何を言ってんだお前……!』

『ほんっと……! どう見ても同じでしょ……!?』

『うーん……ライトはどこが違うと思うの……?』


『え~……そう言われると、難しい……けど……⎯⎯』


『⎯⎯声色がほんっのちょっと強い日と、そうじゃない日……。あと、足音が全く聴こえない日と、ほんの少し小さく聞こえる日……かな……?』


 それを聞いた三人は再び笑い出した。


『……そこまで笑うかよ……』


『だって~……! 声色ねぇ……!』

『ああ……! 足音なんてみんな一緒だろ……!』

『ふふ……ごめん……私も同じだと思う……!』


『ん~~……! そこまで言うなら……よし⎯⎯!』



 ⎯⎯⎯⎯彼は、仲間にそれを否定されてしまった。


 ……私達二人は、声色すら魔法で限りなく近いものに変えている。

 そして足音は、私が魔法で極小にしているのに対し、魔導大臣の弟子でもある彼女は⎯⎯魔法で僅かに浮く事で、ほぼ無音の状態なのだ。

 完全に足音を消すと周囲から不審に思われるのでそこまではしない。

 そして一方の彼女は、もう()()()()()()⎯⎯歩く『フリ』をしているだけなのだ。弟子としての鍛練の為、常日頃からそう生活をしていて、浮き上がる高さが極低い為に、足音が出たり出なかったりしている。


 ⎯⎯その二つを彼に、一月足らずで看破された……。



 ともかく、私は平静を装い直し、また二人の話に耳をそばだてる⎯⎯。


「⎯⎯ねえ、ライト君。最後のほう……神との交信以降の展開が、すぐ聖剣を壊して終わってる……どうしてこんなに短いの? 気になるんだけど……書けなかった?」

「いやあ……違う。()()()()()()んだ。仲間達と色々ありすぎて……。それは、自分の心の中だけに、しておきたかったんだ」

「…………つまりとても言えない事があった、と」

「誤解を招く言い方はやめろ……⎯⎯!」


 ⎯⎯⎯⎯『気になる』というと、私も気になっていたことがあった。



『⎯⎯うぅん……受付ちゃんの姿くらい描写なさいな……。紫銀の髪をうなじ辺りに結い纏め、円い眼鏡をかけている~……とかさぁ……』

『そうじゃ……そうじゃない……! そうじゃないんだよ~……!』

 ……彼はテーブルに顔を俯せる……。


『そこはこう……見た目じゃないんだよ……! もっと直感的というかさぁ……! セラテアにはないのかなぁ……! この人なら、毎日でも顔を突き合わせたいっていうのがさあ……!』

 ……小声で彼は説明を続けた……。


『分からなくはないけど、読み物にそれを持ち込むのは……。ただライト君もまた拗らせてるわねぇ……』

『……失言に気付けよ……!』

『私は自覚があるもの』

『…………』

 ……セラテアさんに即答され、閉口する彼……。



(毎日でも……)

 人前に立つ仕事上、彼にもそう思ってもらえるのは、とても、光栄なことだ。


 ⎯⎯……彼が、私達を看破した話には、まだ続きがある。



  ⎯⎯ギルド~ライトの初心者時代⎯⎯

  

 その日、彼に小包を渡された……⎯⎯。



『あの……お姉さん、これ……どうぞ』

 彼が包みを差し出して、それに私は答えた。


『……申し訳ありません。私達は、冒険者の方達から、施しを受けてはいけなくて。……ですのでそれは、お気持ちだけ頂きます』

『……知ってます……でも、最初の課題報酬で買った物だから、高い物じゃ……ない。それにちゃんと冒険者になる準備をして、お金貯めてたし……ってなんか違うなコレ……』


 彼は声を小さくして俯いてしまいますが、嘘はついていないようでした……。でも。


『最初の課題報酬から……少し経過しています。どうして、今なのでしょう?』

『えぇっと~……それはー……その~……上手く……言えなくて~……』

 私の質問に、彼はとても頭を悩ませてしまいました。ですが。


()()でも、()()でもない……今日のお姉さんに受け取って欲しいから!』


 彼は顔を上げると、声を大にしてそう言いました。けれどそのせいで周囲の人達にもそれが届いてしまい⎯⎯。

『……~~……』

 ⎯⎯また、俯いてしまいました。



 ⎯⎯彼だけだった……。魔法の才は姉の影に隠れ、ギルドでもその『替え玉』とされていた中、彼だけが私に気付き、物を贈ってくれた。


 私は、その厚意に恥をかかせる訳にはいかなくなり、感謝と共にそれを受け取ることにしました⎯⎯。

 

 そして私は家に帰り小包を開くと、その中に入っていたのは、装飾布でした。それを首にタイのように巻き、鏡台を見るとその姿は⎯⎯。


 ⎯⎯別人に見えました……。毎日同じ顔を、突き合わせているはずなのに……。


『!』

 そこでようやく私は、彼のしたかった事に気付かされます。



(私達が二人であると……彼は証明したかったのだ……!)



 ただいまー、とその時、姉が帰宅し、それを見て言います。


『あら素敵。それ今、王都で流行ってる柄のターレス織ね。フェレスもそういうのに興味があったんだ』

『……いえ、頂いてしまったのです……』

『えっ? 誰から……?』

『ライトとという初心者の方から……』

『あぁ……あの小憎らしい剣士、って⎯⎯』

 その言葉で姉は驚き⎯⎯。


『⎯⎯⎯⎯待って!? どうして断らないの!? こんな事が知れたら⎯⎯!』

 彼女は私の肩を強く掴んで聞き出します。


『それが……! 最初の課題報酬で買った物だから高くないと言っていたので⎯⎯!』

『! 嘘は……言ってない……あっはは……てことはアイツ、全ツッパしたんだわ……包装までしてそれと分からないようにして……』

 姉は呆れたような笑いをして、そう言いました。


『……ぜんつっぱ……?』

『フェレスは、知らなくていい……』

 言葉の意味は、教えてくれませんでした。


『あの……これを着けて立つのは、いけませんか……?』

『つまり、同じ物を交代で着けろと……。はーー止めて。好きでもない男から贈られた物なんか嫌。あと、その喋り方も』

 姉にそう言われてしまった私は、装飾布を首から外して畳むと⎯⎯。


『少し出てきます』

『今から!? どこに!?』

『同じ物がないか、商店まで』


 ⎯⎯それを懐へしまい、自分の長衣を目深に纏うと、飛び出すように家を後にしました。


 なんとか、今にもその日の店を締めそうな一件に辿り着き、すぐに話を切り出すと、店主は心当たりがあると言いました。……偶然にもその店の物だったのです。そして私は同じ柄の物がないか尋ねるのですが……。


『⎯⎯ないな。……というかそもそも、その子に残り一つの物がないか訊かれたから……。こっちも売り切れるなら助かるし、心付けで包んでやった。それで、覚えがあった』


 ⎯⎯……参りました。彼は、同じものが簡単に用意出来ないところまで、計算にいれていたのでしょう。

 更に私は、店主からその値段を訊いて、姉の言葉の意味を理解します。


(まさか……最初の課題報酬とほぼ同じ値段だったなんて……)


 こうして、打つ手を無くした私は、重い足取りで帰宅するしか、ありませんでした。


『⎯⎯おかえり。……なかったみたいね』

『……はい……。もう、お返しするしか、ないんでしょう……』

『私から言う?』

『いいえ……明日続けて勤めますから、私が……』

『そう? なら任せるわ、お願いね。……さ、お夕飯にしましょ⎯⎯』



  ⎯⎯その翌日⎯⎯


『⎯⎯……え……』

 

 彼と二人で、奥の席のテーブルを挟むように座り、話をしました。テーブルの上にはお茶と。


 ⎯⎯装飾布の、代金を乗せて。


『……ごめんなさい。店主から、全て聞いてしまいました。そして事情をお伝えして、商品と代金を、取り換えて頂きました』

『……………………』

 彼は少し顔を落としたまま、何も答えません。


『ありがとうございました。ライト様のお気持ちは、とても嬉しかったです。けれど、少し過ぎた物でしたので、こちらはお返しいたします。そしてこれからの冒険に、お役立て下さいね』


 ……その時の私の言葉が、どこまで伝わったかはわからない。彼は口を、開くこともなく、お茶につけることもなく、代金を手に取ると、お仲間の元へ、ゆっくり戻って行きました。



 ⎯⎯それが……彼にした私の後悔。それは私の心の中で、いつまでも『しこり』として残っていて。


 しかしそんな事があっても、彼は私に態度を変えたりはしませんでした。それは、中級になり……一流になり、国を離れ、間を置いても続いて……私は自分のした事を、少し恥じました。


 彼は、こんなにも私の事を見てくれていると、自覚することが出来たから。

 いつしか……私の存在はもはや彼だけが成り立たせてくれるのだと……そう思うと、好意を持たずにはいられなかった。

 それが、私が彼に好意を向ける理由。


 全てをうち明けられる立場にない私は、せめて態度だけでも、彼の前では柔らかくしようと、そう努め始めました。

 私も、あなたを見ているのだと、少しでも伝えたくて。


 ……ただそれが、姉をより難くなな態度にさせる理由にもなってしまいましたが……。



 ⎯⎯私はまた、二人の話を耳に届かせながら、目の前の書類に集中します。



「⎯⎯それで、貴賤のない感想すると……?」

 ……彼は恐る恐るセラテアさんに訊く……。


「まあ……三十点……?」

「さんじゅッ……!?」

「……って、言おうと思ったけれど……よく書きました……とは、言ってあげましょ」

「努力は、認めてくれるか……」

 ……肩を落としながら応える彼……。


「そうね……気になる点は三つ」

 ……セラテアさんはそう前置いて、理由を説明していく……。


「まず一つ目。視点が移動しすぎてる。これなら始めから三人称視点になさいな~……」

「そ……! それは俺も気付いてたよ……! けど三人称にしたら先が読まれちゃうじゃないか~……! 三人称を前提にしないと成り立たない読み物だって……!」

「えぇ~~……シロートが考えすぎじゃないのー? これじゃ読んでる人が酔っちゃうわ……」

「……うぅ……」


 ……お茶で喉を潤すと言葉を続けるセラテアさん……。


「次に二つ目。字が汚い……! 私も綺麗なほうじゃないけど、こっこまでじゃない……!」

「それは言わないでくれ……! 俺も結構気にしてはいるんだ……!」

「……なんか、勿体ないのよね~。元々地味な内容だから、余計にそれが気になる。逆に折角の見せ場も、それで打ち消されちゃってる」

「…………」

 ……これには彼も完全に心を折られる……。


「最後に三つ目。これが一番問題。貴方、実名を使いすぎなのよ……!」

「……セラテアの言う通り素人なんだよ……! そこまでの気が俺に使えるわけないだろ……!?」

「あぁ~~…………ダメだ……。この汚い字の素人の書き物に全て目を通して直していけ? 冗談じゃない……どれだけの手間と時間がかかることやら……! もう考えただけでも眩暈がしてくる……!」

「えぇ~……そこまで言うか……」

 ……頭を掻きながら彼は自失する……。


「……さてと、楽しかったけれどそろそろ帰らせてもらうわ」

「待て……!? 何さりげなく鞄に仕舞おうとしているっ……!」


 ……うん……?


「ちょっ、こんな実名だらけの危険物、見過ごせない……! 没収っ」

「危険物ってただの書き物じゃないか!? それなら俺が責任を持って保管する! 返せ!」

「いーやっ。貴方こそ離しなさい……!」

 ……彼とセラテアさんが紙束を引っ張り合う……。


(?)

 私はふと浮かんだ光景に、その二人に目をやった。すると本当にそうなっていて。


「⎯⎯!⎯⎯」

 とその時、天啓とも言うべき物が私の頭の中に降ってきた⎯⎯。


 ⎯⎯席を立つと、二人を見ながら咳払いをする。そして。


「「うっわーーーッ!?」」

 すると、彼とセラテアさんが引っ張り合っていた紙束は、千切れることなく店内の宙に、ばらばらと舞い上がってしまった……が。


「⎯⎯あれ?」

 

 私は手を広げて腕を伸ばし、それを魔法で空中に留め、散らばるの防ぐと⎯⎯。


「少し騒がしいですね!? さあ、手伝ってあげますから、今の内に早く回収しますよ!」

「「は!? はいっ!」」


 ⎯⎯二人を一喝した。


 こうして三人で、宙に留めた用紙の一枚一枚を、余すことなく集めていった。



 ⎯⎯⎯⎯……。

 ⎯⎯回収し終わり、彼が落ちや抜けがないか、数えている。


「……よし全部ある……。ごめんなさい、お姉さん……」

 そう反省する彼から、私はそっと、自然な仕草でその紙束を受け取ると。


「……ん、え」

「騒がせた罰として、これは私が没収します……!」

「え、あれ、ちょ……」

「ご安心下さい。この紙束は、私が責任をもって処分させて頂きますので」

(⎯⎯って、え……私は何を言っているのだろう……!?)


「!? ま、さか……メフィスさん……なのか……?」

「ここでその名は出さないで頂けますか?」

 私は強い声色でそう伝えてしまった……。

「ッ!?!?」


 彼は状況が分からず混乱し始める。

 けれど私も、心にもない言葉が止まらず混乱を極める。


「これだけの紙です。暖炉にでもくべるのが丁度良いでしょう」

「!?!?!?」

(いやあああ!? うそですうそですそんなことしないんです~~!?)


 ……まずい、非情にまずい。これ以上はお互いに良くない……!


「では、お静かにお願いします」

 ともかく、二人にはそれだけ伝えて奥へ下がろう……。そうして、なんとか私はその場を後にすることが出来た……。



  ⎯⎯その後、ライトとセラテア⎯⎯


「え……あれ……燃やされるのか……?」

「くくっ……ふふふ……」

「……何で、セラテアはさっきから笑ってるんだ……」

「いやぁ……あなた……きっと幸せになれるわ……ふふ……」

「……どういう意味だ……せっかく……書き上げたのに……」



 ⎯⎯私は扉を後ろ手で閉め、そこに寄り掛かると、じわじわと成功を噛み締める。そして。


(や~りま~した~~♪)

 

 と、満面の笑みではしゃぐのは心の中だけにして、周囲を伺ってしまう。……今は自分一人しかいないのに……。


 ⎯⎯とても、危うかった。けれどほぼ私の思い通りに事が運んだ。


 ……二人がこれを引っ張り合っていた時⎯⎯私は自分の魔法で、紙束を宙へと舞い上げた。

 そして次に、自分が舞い上がらせた物を自分で空中に留めたのだ。これも、魔法で。

 最後は散らばった紙の回収に私も加わり、締めくくりにさりげなく紙束を奪い(?)、没収にかこつけ我が物にする……というものだったのだ。

 彼の事だ、私が()()()()だと気付いていれば乱暴に取り上げる事もしないだろうと、そんな確信もあっての事である。


 ……一つ、誤算だったのは、姉の真似したら、思いの他、なりきり過ぎてしまった事だ……。おかげで心にもない言葉が止まらず、自らも混乱する失態を演じてしまう……。

 たとえ演技だとしても、口に出した私自身も、かなり心苦しい思いをするハメとなってしまった……。


 ⎯⎯だが終わり良ければナントヤラである。私の目的は達成され、彼が執筆した紙束は腕の中、だ。私は自分のロッカーに向かって歩き始める。

 ……が、ふといつも以上の早歩きに気付き、一度足を止めて呼吸を整える。

 そして、抱いていた紙束を両手で持って眺めた。


(……字が汚いとは、あの人は何て事を言うのだろう……。これもまた味があるとは言えないのだろうか……)


 彼には『処分する』とつい口から溢してしまったが、勿論そんな事はしない。これは私が、一人でゆっくり楽しませてもらった後、大切に、保管させていただく事にする⎯⎯。


 ⎯⎯もう一つの、宝物と共に……。




(⎯⎯……っと、よし……!)



 ………………………………?



 !!!



 そこまでいって、やっと私は自分の落ち度に気が付いた。


 そうだ……! 私は何をやっていたんだろう!? 彼とはもう、同僚なのだ……! 一日くらい、試してみれば良かったのではないか……!?

 忘れていたとしても、今更何が変わろうものか……! けれど……もしかしたら⎯⎯!



  ⎯⎯あくる日の朝⎯⎯


「おはようございます、ライトさん」

「おはよう。お姉⎯⎯」



「⎯⎯⎯⎯!!」



 私を見て、大きく目を見開く彼に⎯⎯私は精一杯の、笑顔を返した。






『⎯⎯……そっかぁ……返されちゃったのねー……』

『うっわ~~……お姉さんてばおっとなー……』

『……残念だったな……きっとまだ、子供だから相手にされなかったんだろ……』


『……別に、そういうんじゃないけど……。子供か……。なら、大人って、何だろう…………?』


『『『えぇっ!? ……うーーん……』』』



『……そりゃ、やっぱ堂々としてるんだろ?』

『えぇ~……責任感がある、くらいしか~……』

『……難しいけど……。気遣いの出来る紳士な人かしら~……?』


『うぅん……そっか……。でも、よし⎯⎯』



『⎯⎯お前らは、俺が絶対に守ってみせるからな⎯⎯!』



  ⎯⎯【聖ペン伝記】⎯⎯

  ⎯⎯世界のどこか⎯⎯


「聖ペン伝記……? へぇー……、面白いじゃない……!」


                      ⎯⎯to be continued……?

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