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12号 混沌とした調和 2/4

※ほんの一瞬、男性向けのシーンが入ります汗

  ⎯⎯ハイデン村⎯⎯


 俺は馬車に揺られながら、村の畑で作業をしていたファムと目が合ったので小さく頷いて返す。


 村のほぼ中心で馬車が停まる。豪華な形が珍しいのだろう、村人が早くも集まり始めた。

 降りる前、御者には滞在が長くなるかもしれないから帰還してもいいと伝えたのだが⎯⎯。


「⎯⎯大臣からは、さる高貴な方を乗せるだろうと伺っていますので……」

「そ、そうか。なら御者も滞在すると伝えよう」


 そんなやり取りをして、俺が馬車を降りると。


「ライト! ……と、アンクのお母さん……!?」

「ファムちゃん、こんにちは。ライト君から、話があるって言われてね……まさかとは思うけど……」

 ファムとアンクの母はディアーデを見て。

「話……って、女の子……」

 ……これ以上ややこしくなって欲しくない……。


 ディアーデは、話そうした俺の腕を取ろうとしたので素早く引っ込める。

「ファム、悪いな突然戻って。紹介する、ディアーデだ」

「わた⎯⎯」

「冒険の途中で! 目的が一緒になった仲間だ」

 ディアーデに二度も言わせるまいと言葉を割り込ますと、彼女は最後の抵抗なのか俺の外套の裾を握り始めた。

(もう……それで気が済むなら……いい……)

 と俺は心の目を瞑る。


「ふーん……二人で?」

「……やましい目で見るんじゃない……他にも助けてもらった人がいるけど、途中で別れたんだ」

 ……俺は可能な限り齟齬のない説明をしたい。仲間を欺きたくないし、何より()()混乱したくない。


「そういう所も含めて話すよ。これから少し、みんなの時間作れないか?」

「そっか……わかった、呼んでもらうね」

 そう伝えるとファムは二つ返事で答えたので、ひとまず俺は胸を撫で下ろす。そして⎯⎯。


「ライト、お帰りなさい……!」

「……ただいま!」


 ⎯⎯帰還の挨拶をした。



「「⎯⎯ええーーっ!? 聖剣に封印されてたー!?」」

「あっああ……ディアーデの後、次は俺がな」


 自宅では手狭なので村の酒場へ来た。ファム、ディグ、アンクの三人とディアーデの自己紹介も程々にして、これまでの経緯を話す。

 かつて皆で手に入れた聖剣をテーブルの中心に置き、それを五人で囲うように座っていたが、ファムとディグの二人は声を上げて立ち上がり、アンクは両手で口を押さえて各々に驚いている。


「それで、今度は俺に代わって、ラファエルって言う人が封印されているんだ」

 俺は置いた聖剣に手を伸ばすと⎯⎯。

「はい」

 すっと懐から手帳を出すディアーデ。俺はそれに礼を言って、その上をなぞれば右手が勝手に動き出す。


“みなさん、初めてお目にかかります。ラファエルといいます、こんな姿で驚いてしまわれるでしょうが……„

 俺は彼が自己紹介する文を見せると。

「ライトが書いてる……んじゃないの……?」

「いやよく見ろ、コイツはこんな綺麗な字じゃねぇ」

(うるさいよ……)

 俺は心の中で苦笑いしながらつっこむ。


“ええと、たくましい男性がディグさん。短い橙髪で可愛い女性がファムさん。長い黄髪の綺麗な女性がアンクさん……ですか? よろしくお世話になります„

「お、おう」

「うんっ、よろしく」

(べこり)

“……失礼でしたらすみません。アンクさんは無口な方なのですか……?„

(それか……)

 俺はアンクを見ると、微笑みながら長いまばたきをして、軽く頷く。

「……聖剣を手に入れる時に、俺のミスでな……上手く声が出せないんだ……」

“あ、それは……本当に失礼しました„

 アンクは、俺の言葉には苦笑いをして曖昧に、ラファエルの文には首を横に振って答えた。


『ふういんされたって、からだはなんともない?』

「ああ……問題ないどころか、見てくれ……!」

 そのアンクはゆっくりと口を動かすので、俺はそれを読み取り答えて、元通りの右腕を見せる。

 それは、リハビリを重ねても、戻る事が無かった筋肉までもである。

「……だから、皆の体も……元に戻せるかもしれない……!」

 そしてこれが、彼らに伝えるべき本題だ。しかし、皆の反応は今一つで……まあ、それもそのはずなのだ。


「元に……か……それは、すごいかも知れんが……」

「……イヤな予感しかしないんだけど、一応聞いておく……どうするの……?」

「う……ん……聖剣を、自分の心臓に突き刺してもらう……」

 三人は、がたがたと椅子が倒れるのも構わずに立ち上がり、俺と距離を取る。


(……そうなるよなあ……)

 俺は想定内の反応に納得しつつも言葉続ける。

「別に、俺が刺そうって訳じゃない……」

「「当たり前だ!」」

「けど、万が一の時に備えて、アンクのお母さんにも来てもらっているんだ」

 アンクの母を連れて来た理由は、娘であるアンクと同じ癒術士であること。そして当事者の親族だからだ。仲間の皆その家族には、危険が伴うことをちゃんと伝えておいて欲しいと思った。


「……体の戻し方を知った以上、俺だけがこのままじゃいけないと思ってる」

 俺はそこまで言うと立ち上がって頭を下げて⎯⎯。

「すまん、みんなが今の体なのは俺のせいだ……! だから頼む、もう一度信じてくれないか……俺を……聖剣の、力を……!」

 精一杯の謝罪を述べると、それを黙って聞いている三人。


 だが、やがて一人が俺に近付いて両手を取ると、自分の両手で包むように握り、俺と目をあわせながら口を動かす。

『ありがとう、ライト……おつかれさま……』

「アンク……」

 俺は、アンクの優しさに感慨を受けると、少し油断をしていた。


 アンクはテーブルに置いてあった聖剣を手に持つと、躊躇わずに左胸へと持っていき⎯⎯。


「やめ⎯⎯!!」


 俺は寸での所で彼女の腕を止めさせることが出来た……。

 一方でアンクは、何故とめられたか分からない顔したので説明をする。

「あ~~も~~びっくりさせるなよー……これ、服を着たままだと血で汚れちゃうんだよ~……!」

 ディグとファムは、大きく息を吐く俺を見て心を決めてくれる。


 そして、その時から俺達は、混沌とした数日間を送る事になった……。


 聖剣を使って体を元通りにすると決めると、各自家でそれぞれ説明してもらう。


「⎯⎯え!? 聖剣で体が治ったですって!?」

 そう驚く母に右腕を見せると仲間達とも、相談したことも伝える。

「⎯⎯そういうわけだから、母さんも側で手伝ってくれないか? 心臓の正確な位置を探り当てて欲しいんだけど……」

「なるほど、そのくらいなら助けてあげられそうね」

「助かるよ」

 俺は母からの協力を取り付けた。専門家が付き添えばこちらも安心というものだ。


 そしてそれを聞いていた父はと言うと⎯⎯。

「……ところで、そっちの女の子は?」

「あ、ディアーデだよ。初めに聖剣に入ってた子なんだ」

 と、先程まで静かにしていたので迂闊にもそう紹介すれば。


「初めまして、ご両親。ディアーデと申します、不束者ですがしばらくお世話になります」


(ぶはーー!)

 ディアーデは、俺が聞いた事も無いほどの丁寧な挨拶をしたので、俺は心の中で大きく吹き出す。そうして気を取られていると彼女は更に畳みかけるように。


「お二人のご子息からは、感謝しきれないほどの大恩を受けまして⎯⎯」

「あああ……もういい、それはやめろ! とにかく! お前を宿まで案内するから、少し待っててくれ!」

 彼女にそう伝えると俺は荷物を持って自室に向かう。


 なんだ、お前の部屋にでも泊めてやればいいじゃないか⎯⎯!

 あなたったら⎯⎯! と勝手に盛り上がる両親を無視して……。


 三年ぶりの自室に足を踏み入れる。留守の間も掃除をしておいてくれたのだろう、机、本棚、箪笥、ベッドと何れも綺麗なままだ。

 少し懐かしさに浸ると、俺は荷物を下ろし、旅装を解いて普段着に着替えようと服を脱ぐ⎯⎯と、その時であった。


 がちゃり


「え⎯⎯」

 施錠された音に反応してふり向けば、すでにディアーデは服を脱ぎ始めていて。

「な!? なんで勝手に入ってんだ!?」

「え……貴方に到着するまで待てって言われたから……」

(『案内するから少し待て』ってそう言う意味じゃねええぇぇ~!)

「けれどまさか、入ってすぐ脱がれるとは思ってなかったけれど……」

 言いながらナニを想像したのかは知らないが……ディアーデは少し顔を赤らめながら脱ぎ進め⎯⎯させる訳にはいかないので俺は全力でつっこむ。

「ええい脱がんでいい! すぐに着て部屋を出ろ! 俺は着替えに来ただけだ! その後に村の宿に連れて行くよ!?」


 ……俺の三年ぶりの帰宅は、そんな慌ただしさで迎えた……。



「⎯⎯着いたぞ、ここが村の宿だ。ほら、荷物を置いてこい。食事をしたいならさっきの酒場だ、食堂も兼ねてるから。俺の名前を出せばツケてくれるだろ」


 俺はディアーデを宿まで案内してやり終わり、息を吐く。

(なんでこれだけのことで疲れにゃならんのだ……)

 とその時、ファムとアンクが宿の側を通りかけて俺に気付いた。

「あ、丁度いい所に。今、連絡しにいくとこだったんだー」

「⎯⎯?」


 聞くと、明日にでもディグが聖剣を試すらしい。俺も母がその場に付き添うと伝えて情報を交換した。すると。

『あ』

 アンクが口を開き指を指すその先では、宿の入口の影からこちらを睨み、おかしな『気』を発するディアーデがいて。

(ええとこういう場合は……)

「……緊張しなくても大丈夫だぞ?」

 俺は彼女に伝えるが変化がなく、そろそろお手上げだ。

「あのディアーデって子、冒険をしてる時もあんな感じだったの?」

「まさか……昨日までは普通だったんだよ……」

「昨日……()()?」

「いや……なんでもない……」

 俺は失言だったと気付いて口をつぐむ。冒険をしていた頃はもっと自主性が高かったはずであるのに……やはり、あの一件なのかなと俺は気が重い。


「ねーえ、ディアーデさん」

「お、おいファム……!」

「まあまあまあ……」

 と言うので任せてみることにする⎯⎯がしかし、これが更に混乱を呼ぶ事になる。


「あたし達とライトの事。誤解してるみたいだから、きちんと教えておくねー」

(……なるほど……? ディアーデは、誤解をしていたのか……?)

「あたし達とー、ライトはぁ~~……」


 がしっ (えっ?)

 がしっ (ええっ??)


()()()()()()なんだ~」

「「!?!?」」

 二人が俺の両腕に絡むので、俺は理由を丁寧に訊ねる

「え……えっとふぁ、ファムさん……に、アンクさん……ど、どうしてそうなるのかな~~……?」

 引き吊った笑顔を作り、全身におかしな汗をかきながら……。


 しかしファムは俺を無視して。

「だからぁ~、良かったらディアーデさんも混ざらな~い?」

「っ!?」

(は……? はい!?)

 その言葉でディアーデは完全に硬直している。


 そしてファムは、更に言葉尻と態度を過激にさせていき⎯⎯。

「ねぇ~えライト~、もしかして、あの子とは()()なの~? それならあたし達で歓迎するのもいいでしょぉ~。あたし、五年もお預けされたからぁ……そろそろ溜まってるんだけどなぁ……」

 ⎯⎯自分の足を俺の足に絡めてきた。そして静かに指が俺の胴を這えば、薄着になった服の上からもその感触がよく伝わる。


 えもいわれぬその光景から、俺は逆方向へと顔を反らす。しかしそちらでは、アンクがゆっくりと口を動かしていて⎯⎯。

『それじゃあわたしは~、ライトにおかえしの、ごねんぶんのごほうしして あ げ る~』

 ⎯⎯すでに働かぬ俺の頭では彼女の言葉を読みきれない。だが、ぱくぱくと蠢くその唇は艶かしく、目が離せなくなると思わず生唾を飲みかけた。


 ⎯⎯⎯ ⎯⎯⎯


「ッ!!」

 ディアーデは遂に我慢の限界へと達したのか、俺達三人に駆け寄り、平手を振り上げるが⎯⎯。

「ディアーデさーん? それどこに下ろすのかなぁ~?」

 それはファムの言葉でピタと止められる。

「私達がぶたれたら彼に慰めてもらうしぃ~……彼をぶったら私達が慰めるもの~……まあそんなことはさせないけどねぇ~」

『ね~』

 ファムは体を離さないまま俺の首に腕を回し、アンクは俺の腰を抱く。

 その様子にファムとアンクは正気ではないと俺は思う。

「おい……! 二人とも、なんでこんな事を……!」

「えー? そんなの、ライトとディアーデさんが仲良く()()もらうためだよぉ? だから初めに、ディアーデさんも誘ったじゃない~?」

 その言葉で完全に我を忘れ、走って宿の自室へと消えていくディアーデ。


「あぁっ!? ち、違う……! 待ってくれ……離してくれぇ~~……!」

「『は~い』」

「なっ……!? いって!?」

 俺が『離せ』と叫ぶと、二人が素直に離したので俺は地面に体を強打した、しかし痛みに構わず起き上がり、ディアーデを追って宿を進んで行く。


 ディアーデはすでに部屋の中なので、俺は扉を叩いて懇願する。

「すまん、ディアーデ……! 出てきてくれ……冷静に話そう⎯⎯!」

 そして、もう一度彼女の名を呼ぶ直前に⎯⎯。


 ぶすりっ


 と、黒刃の小剣が木の扉を貫通し、俺の顔の右を掠めた。


「……すまん……もう、消える……」


 俺は青ざめた顔で、扉の向こうに伝えるとすっと小剣は抜かれる。

(もう……何がなんだか……)

 ファムとアンクのおかしい態度で、ディアーデとの繋がりは戻すどころか、最悪のものとなってしまった。

(くそ……俺の計画じゃ彼女の協力が必要なんだ……)

 扉の前で項垂れていると明るいファムの声が届く。


「ラ~イトっ」

「ファム……! てめ⎯⎯」

 俺がその方へ向きながら悪態をつこうとしたが。


 すんっ


「⎯⎯え……」

 俺の顔の目の前には、ファムの拳が突き出されている。だが彼女は冷笑をしていて。


「さて……彼女と何があったのか、『全部』教えてもらいましょうか? ね~え、ラ イ ト く ん?」

「は、は……はいぃ……」

 俺は両手を挙げて降参をした……。



 俺達は宿の外の地面に座り込み話し合った。

 まず俺は、ディアーデに何があったかまでは仲間に伝えていない。彼女の過去は酷く凄惨なもので、その話題を繰り返し聞かせたくないのだ……今の彼女には、特に。そしてもう一つ、話していないことは⎯⎯。


「⎯⎯章を辞退しようとしたら泣きつかれたぁ?」

「……ああ……彼女が言うには『これ以上恩を背負わされても、返しきれない』と……」

「えっと……それで?」

「うん……その代わりになるなら、受け取るべきだと思ったんだが、一旦は保留にしてもらって……今日から様子がおかしい……」

「そっか~……原因はそれしかないね……」

「だよなー……」

「まあ事情を知らない私達も悪……いや、それを話さないライトがやっぱり悪い!」

「……すまん」

 アンクは俺の頭を撫でて慰めてくれる。


「……それじゃ今度は、なんで二人はあんなことをしたのか、教えてくれるか?」


 俺は二人に、先程の豹変ぶりを訊ねると、二つの目的があったそう。


 一つ目は、俺が口をつぐんだ際の隠し事を吐かせようとした……まさに今、達成されたことである。

 そしてもう一つは、ディアーデの『荒療治』だと言った。


 二人に言わせれば、彼女の態度は『ばればれ』であると話す。けれど心が、完全には煮え切っていないことを見抜いて焚き付けたのだとか。だがそれも俺が伏せた話を聞いて、二人は納得したようだ。

 もしも彼女の気持ちが本気なのであれば、怯まずに()()()()で混ざるなり、『宣戦布告』をするなりしたはずだと。だが彼女は、手を上げて力に訴える……という最大の悪手をとってしまったのだ。

 ……それを聞いて、俺は「よくわからない」……ということにしておいた……。


(一番の悪手は俺、なんだよな……)

 そう深く反省して隣を見ると、アンクは目を輝かせながらにこにことしている。事の発端から今まで同じ表情である。彼女は聡明で控えめな性格ではあるが、色んな事に興味を引かれ易い質であった。

「あーもうっ、いい加減ニコニコするのはやめなさいっ」

 と、ファムはアンクの頭を抱き口を塞ぐ。それを笑いながらもがくアンク……しかし二人がいるそこは⎯⎯。

「だーーッ、俺の膝の上でじゃれ会うな!」

 俺が注意すると二人は動きとめた……が膝の上からどく気はないらしい……。


 それに小さく溜め息吐いて。

「……で? 俺はこれからどうしたらいいんだ……?」

「知らな~い」

 ……これである。ファムの後先考えない行動をカバーするこちらの身にもなってほしい……。

「ライトがディアーデの気持ちに応えてあげれば解決するんじゃないの?」

「待て……俺とディアーデは、そんな仲じゃない……」

「……あたしは『授章してあげたら』って言ってるだけなんだけどなー」

(こ、こいつ……!)


 俺はもう一度息を吐くと二人を膝からどかして立ち上がる。

「……どうするの?」

「駄目かも知れないけど、説得してみる。というか……お前達も少しは悪いと思うなら手伝ってくれ……」

「ええ~~……」

 とファムは不満を溢すが、アンクはついてきてくれる。それを見たファムも渋々ついてくるのだった。


 宿へ入り部屋へ向かおうとするが、説得をするにも、どこから切り出したものかわからず俺の体は重く、つい宿の壁に手をついてしまった。すると、何故かそこは人肌ほどの温かさで、位置は俺らが話し込んでいたところから丁度裏手だと気付く。


「? ……どうしたの?」


 足を止める俺にファムが訊ねる。俺達のやりとりをディアーデが聞いていたかもしれない……そんな考えに至り始めて思考が上手くまとまらない。そしてアンクも俺の袖を引き急かす。俺は⎯⎯。



 ⎯⎯ディアーデの部屋の前に立ち、優しくノックをする。……当然ながら返事がない事を確認すると、俺は扉の下の僅かな隙間から手紙を入れて、その場を後にした。


 手紙の内容は、宿の前でのことは二人の『演技』であったこと、ディアーデの過去を明かしてしまった事、それらに謝罪するものだ。二人からもその事を詫びる旨が綴られている。それと明日ディグが聖剣を試し、ラファエルの封印を解くので来て欲しいと書いた。


 俺はこの行動を振り返り、我ながら女々しいと思う。傷付けた相手と顔を会わせる事を躊躇ったのだ。だが……今の俺には、これ以上の方法が思い付かなかった。

 そして帰宅すると、二人に遅かった事を訊ねられたので、ファムとアンクからの連絡を伝え聞き少し話し込んだと……ここでも己の不義理さを自覚させられた。



  ~一日目・ラファエルの解放~


 診療所の処置室、その台の上で仰向けになっているディグ。

 今、彼の姿は腰部に布を掛けられているだけで、何も身につけていない為、室内は少し暖かめにされた。そして心臓にあたる部分には(べに)で○と囲われている。

 ふぅ~、と深呼吸を繰り返すディグ。その体は少し筋肉が落ちただろうか。それでも、まだ俺以上に剛健そうだ。



  ⎯⎯昨日の酒場~ライトが居なくなって⎯⎯


「⎯⎯てことで、まず誰から行くよ?」

「あたしは……ちょっと様子を見たいかなあ……」

『わたしも、今冷静になったらちょっと怖い……』

「うん、よし。ディグ、あんたが行きな!」

「よし、じゃねえ! ここはやっぱ、ほら……じょ、女性優先……みたいな?」

『「コラーーッ!』いらんとこでライトぶるなーっ!」



 ……とそんなやりとりが行われたそうだ。

(ディグよ……危険が付きまとう所は男が先行するものだぞ……)


 現在は彼の心の準備を皆で見守っている。それにはディアーデも加わっていて、挨拶と手紙の確認をしたがどちらも無視された……。しかし、ディグから始まる顛末を聞いていたときは、拳で口元を押さえ笑っているようにも……呆れているようにも見えた。


「よし……いくぞ……ままよっ……!」

 やがて心の準備が整ったディグは聖剣を自身に向けて⎯⎯。

「ぐ……!? うああぁぁ……!」

 心臓目掛け一思いにそれを進めるものの、筋肉が邪魔をしているのか速度は遅い。だが。


「はっ!?」

 突如ディグの体は、白くきめ細かな霞に纏われ始める。しかし、ほんの数秒でそれは晴れ、横になっていた者は⎯⎯。

「ぁ、ぁ……ラファエルーーっ!?」

 ディアーデはその姿を確認すると覆い被さるように抱きつく。

(よかった……上手くいった……)


「驚いたわ……本当に人が……」

「え、ええ……」

 俺の母とアンクの母は驚き隠せず⎯⎯。

「よかったね……ディアーデさん……」

(こくり)

 ⎯⎯ファムとアンクは、ディアーデとラファエルが再会出来たことに安堵していた。


 念の為にラファエルは、診療所の個室へと移されディアーデが付き添うと、俺達は次にどちらが試すか話しあう。

 すっとアンクが即答し挙手した。彼女は俺の言葉を聞いて、酒場で即試そうとした前科(?)がある……少し不安だったがそれを悩んでも仕方ないと、次はアンクに決まった。


「それですぐに次を試すの?」

「いや……実を言うと、どのくらいで再生するかはわからないんだ……」

「なんだってー!?」

「う……で、でも一晩もあれば再生していそうな気がしてるんだよな……」

「む~~……ライト!」

「はひ!?」

 ファムは目を反らす俺の顔を両手で挟んで。


「信じたからね!?」

「お、おう!」

 互いの顔を向き合わされ、肯定を余儀無くされた……。



  ~二日目・ディグの解放~


 昨日と同じく診療所で、次はディグの解放を試みる。違うとこがあるとするなら⎯⎯今俺が居るところは処置室ではなく、待合室だと言うことだ。



 ⎯⎯解放を試みる直前、ラファエルの個室⎯⎯


 私がラファエルの様子を見ていると、控えめなノックが届いた。それに応えて扉を開ければ。


「ッ!?」

 ……今もっとも顔を合わせたくないヤツが居た……。

「睨まんでくれ……お互い、色々言いたいことがあるだろうけど、今は俺についてきてくれないか?」

 すっかり意気が消沈している彼に少し気を許す……まだまだ私も甘いのだなと思った。

 それに了解すると処置室に向かいながら、彼の要件を聞いた。


 今日はディグさんを解放するために、アンクさんが試すので自分の代わりに見守ってくれ……だそうだ。

「……で? なんで私が? そういう関係なのでしょう?」

「そう苛めんでくれ……男の俺が()()処置室で付き添うのは色々と、な……」

(……ああ、つまり……)

「服を脱いだ彼女を前にして、恥ずかしがれば彼女を、平気な顔をすれば一緒にいるお二人に勘繰られると言うことね」

「……言い方……その通り、です……はい」

「貴方ね……それを頼みにきて、恥ずかしくないの?」

 彼にそう伝えると両手で頭を抱えて。


「お、俺だって予想外だったんだよ~……!? この村に着く前から、頭ン中で丸く収める計画が出来ていたのに……初めにディアーデの態度は変わるし……」

「私のせい!?」

 彼は首を横に振り。

「それだけなら問題なかった……あいつらが余計な事をしたから……」

「それはっ二人と関係を持った貴方の自業自得でしょう!?」

「待って!? まずその誤解から解こう!?」


(……は……?)


 彼女達のあれはとても演技には見えない……そしてその後も膝の上で『お楽しみ』である。それは無理があるとわからないのだろうか……そこまで考えると。


「ごめんなさい……頭痛がしてきた……」

「! 大丈夫か?」

 と、頭を押さえる仕草を見せただけで彼は肩を優しく掴みこちらと目を合わせようとする。


 駄目だ。


 この手に、腕に、私は何度だって支えられてきた……そう思うと倒れ込みそうになる。しかし⎯⎯。

「誰のせいよっ!」

 ⎯⎯と、肩の手を振りほどき歩を進めて、気が付けば。


 処置室の中……と言うわけだ。


 室内の中心、その台の上で上体を起こしているアンク。薄布を手で押さえて、正面だけを隠すようにしている。

 彼女は私を見るなり笑顔で向かえる。そして彼と彼女の母二人には、親指と人指し指で摘まむ仕草をしながら片目を瞑る……少しだけ、と読み取れた。次に私を手招いて⎯⎯。


“一度二人でお話ししたかった。ライトならきっとこうすると思って、ファムには外してもらったの„

 ⎯⎯と、そう書かれた紙を渡される。あっと私が気付くと、確かにファムは来ていなかった。


“お手紙、読んでくれた?„

 次に彼女は私の手を取り、その平に指でなぞり始める。

「ええ……」

 そう肯定すると。

“ごめんなさい。貴女がそんなに辛い目にあったと、気付いてあげられなくて„

 辛い目にあった……しかし、今の私には、言葉を発する事の出来ない彼女のほうが痛々しい。

「……そんな……貴女もこんなに傷付いて⎯⎯」

(ふるふる)

 彼女は、はっとして首を横に振る。

“私達が、どうして戻ろうとしているか、わかる?„

「え……」

 私はその意味がわからない……正直に首を横に振った。

“色々あるけど……一番は、彼を楽にさせてあげたかったから„

(彼を、楽に……?)

 私の返答がすぐに思い浮かばないていると、彼女は口を動かし⎯⎯。

『⎯⎯⎯⎯⎯』

 言い終えて、どこか満足したようにふっと笑うと、私を軽く押して遠ざける。

「待って! もう一度……」

 しかし彼女は、こちらに来た時と同じ笑顔をして小さく手を振る。そして薄布を全てどけると、躊躇わずに聖剣で自らの心臓を貫いた⎯⎯。



「⎯⎯ディグが、戻ったわ……」

「っ! そうか! 見てくる……!」


 待合室に居る彼に告げるとすぐに処置室へと入っていく。

 一方、一人残された私は、アンクが残した言葉だけが頭から離れない……彼女の口の動きを懸命に再生させていると。


『まだまだね……』


(……? 彼を楽に……ぁ……)


 ……ああ、そうだったのか……そう、すとんと腑に落ちるほどの得心が私を満たすと、私は診療所から飛び出していた……。


  ⎯⎯処置室⎯⎯


 ディアーデから連絡を受けて、俺はディグと再会する。

「おかえり、ディグ。あ、足は……?」

「おうライト。待て、起きたばかりだって……」

 ディグは用意してある彼の服⎯⎯その下履きだけ身に付けて、歩いたり、跳んだり、足を高く上げてみたりする。そして。

「お、お、お……なんじゃこりゃあーー!?」

 元に戻った足に感動してそう吠えた。


(……! やった……! 俺の、思った通りだった……!)

 それを見た俺は、膝に力が入らず、床を叩き両手をついていた……。

「おい、すげえな! ん? ライト……土下座でもしてんのかー?」

「……うるさいよ……嬉しくて、泣いて悪いかよ……」

 皆を戻すまでは泣くまいと決めていたが、俺は堪える事が出来なかった。


 その後なんとか立ち上がると、待合室に戻りディアーデに伝えたかったのだが。


(あ、れ? どこに行った?)

 ラファエルの個室かなとも思ったが、彼に訊ねても戻っていないと言われた。

(あの一件が引っ掛かっているし……ここは少し一人させたほうがいいのか……)

 俺は彼に、ディグの足が戻った事を伝えて、ディアーデにもそれを伝えてもらうことにした。



 ⎯⎯まもなく夜明けという頃。家で寝ていると、喉の渇きを覚えて目が覚めた。水を求めて台所へ向かおうと部屋の扉を開ければ。

(え、重い⎯⎯?)

 ぱたりと部屋に、膝を抱えたまま倒れ込むディアーデ……!?

 

 すー、ふー、と寝息立てているだけのようだ。が⎯⎯

「お、おい⎯⎯て冷たっ!?」

 俺が揺り起こそうと肩に触れると手の熱を奪われる。

(えええ……!? っぐ……止むをえん!)

 

 と、俺は思わず彼女を抱き上げ、先程まで寝ていたベッドへ横にさせて布団を被せる。

 何故ここにいて、何時から寝ていたのか。俺が目を覚まさなければどうなっていたのか、勝手に寝かせて後が怖いだとか……色々と思う所があったが、俺は湯を沸かしに台所へ急いだ。

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