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12号 混沌とした調和 1/4

 マウンデュロス南部の港を出た船は、予定通りに航行し今エインセイルへと着港した。俺達が下船していると⎯⎯。


「ライトく~~ん!」

「セラテア!?」


 聖剣から出た俺を確認するなり、彼女は笑顔で飛び込んでくる。それはさながら恋愛劇のワンシーンを彷彿とさせた。しかし⎯⎯。


「⎯⎯おろろっ!?」


 と、突如ディアーデに腕を強く引かれて、俺はセラテアを抱き止められない。

 そしてセラテアの両腕は空を抱き、そのままバランス崩して……。


「とっ……とっ……と……」


 更には、後ろに居たターレスの四人にも左右にかわされ、誰にも受け止めてもらえなかった彼女は地面に激突する他なかった。


「「「「「……………」」」」」


 俺達はその様子を半ば呆れながら眺めていると、ディアーデが話す。


「……悪いけれど、先に行って馬を確保してもらえるかしら? その後は宿や街で好きにすごしていて。私達はあの人に少し用があるから……」

「は、はあ……?」


 少し怪訝に返されてしまうが、彼らはその通りにして、港から離れていった。


 あの人……どっかで見たような……?

 ……さすがレウス、綺麗な人の事はいつまでも覚えていて……。

 違うってば! 本当にどこでみたか思い出せなくて⎯⎯。


 俺は、楽しそうに談笑する四人を見て、自分も仲間達とそんな経験があったなと、少し懐かしい気持ちになりながら見送る。そしてセラテアの方へ視線を戻せば⎯⎯。


「……ぅぅ……しくしく……」

「もう……いい大人がいつまでもいじけないの……」


 ……誰にも受け止めてもらえなかった事が、余程堪えたようだった……。



「⎯⎯ともかく。お帰りなさい、ディアーデちゃん。そして⎯⎯ライト君」


 俺達は、セラテアに感謝を述べ機嫌を直してもらって、情報交換をすることにした。

 予定ではこの後、交信器を起動させて神とヴィバリウス王を引き合わせるはずであった。しかし、俺が出てきたは良いものの、代わりにラファエルが聖剣に封印されてしまったので、館長にはその事情説明をしなければならない。


「……だから何か、上手い言い訳は思いつかないか?」

「うんー、そうね……うん」


 セラテアは腕を組み、顎に指を当てて悩む素振りをすると、やがて結論を出す。


「……仕方ないわ、この際だもの、全てを明かすしかないでしょ……」

「大丈夫なの……? そんな事をして」


 俺はディアーデに同調するが、セラテアは話を俺に振る。


「なら聞くけれど、例の交信器の記事書けてる? もしくは書けそう?」

 それを言われると弱い。俺の返答は、しどろもどろなものだ……。セラテアは溜め息をつき⎯⎯。

「まあ、私でも書けないもの……ライト君じゃあ、ねぇ……? そんな訳だから、正直に説明して、別の記事に代替してもらおうって事」

「別の記事……?」

「ええ、あなた達が明かしたマウンデュロスの過ち……正にそれがうってつけじゃない⎯⎯!」



  ⎯⎯博物館⎯⎯


「……まさか、そんな事情がおありでしたとは……」

「はい。ですので、こちらでは新しい記事をご提供させて頂きます」


 ⎯⎯俺達は館長へ正直に明かす事にした。とはいえ、全てを説明するには刺激が強いので、そのあたりはセラテアが上手く脚色を加えてくれる。


(ディアーデが三百年の時を経ただとか、マウンデュロスに過ちを認めさせるにあたり反則ぎりぎりの事をしただとか……この館長に話したら大変だろうな……)


「おおラファエル……こんな姿になってしまうとは……」

「どうぞ館長……そんな姿であっても紙を使えば筆談が出来ます」

「ああ、すまんね助手君……」


 館長はディアーデの出した紙で聖剣⎯⎯ラファエルと交流をし始めた。

 ディアーデは、俺が行方不明となった後にセラテアの助手になった⎯⎯という設定である。そしてラファエルの近親者ともされた。


「……なるほど、ラファエルがここから出て来るには忌わく品が必要と……」

「ええ、元々は俺が出る為に忌わく品を求めていたのですが、彼のおかげで出ることが出来ました。なので、今度はこちらが元に戻してやる番だと……」

「……わかりました。では博物館にあるそれらしい物、すぐに集めましょう……!」

「はい、加えて神と交信をすれば、該当する品かどうか判別が出来るはずですから⎯⎯」


 こういう場面で、セラテアのリーダーシップを目の当たりにした俺は、やはり彼女は先代の魔導大臣なんだと改めて思うのだった。



 ⎯⎯その後、閉館すれば交信器の前には、所狭しと博物館の展示物が置かれる。そして交信器の起動、緊張の一瞬だ。

 俺は前回のようにならないことを祈るしか出来ない。だが。


『⎯⎯⎯⎯……』

「!? 女の、声……!? セラテア!?」

「来ましたね、人の子ら……ですって……」

「待っていたというのか? 前と声が違うのは何故だ……?」

「『私は以前の者に変わり、ここを治めるようになった者……先の者はすでに新たな次元へと発ち、残された後を引き継いだのがこの私……』」


 どうやらこの三年の間あちら側にも変化があったようで、俺達は男の声から女の声に変わった理由を知る。しかし、向こうもこちらと同じ『三年の時』が過ぎたのか、『神に男女の別』があるのかまではわからない。

 まず尋ねるべきはそこではないのだ。


「……聖剣を壊せる品を思いつく限り集めてもらって、今交信器の周囲にある。そちらから判別して欲しい、出来ないか?」

「『……確かに、魔族の気を感じます……ですがとても、ぼんやりとしていて……』」

 ということは、かなり力が弱っていると考えた方がいいらしい。実際、状態の悪い品の方が多いのだ。そう俺が頭をひねっていると、交信器の声は続けて。

「『例の物をこちらへ……』館長、きっと聖剣の事です……」

「ああ……はい……!」

 と、館長は少し驚いて返事をする。目の前で交信器が起動し、神が言葉を発していることに感動しているのだろう。


「『⎯⎯では、今からこれを使ってソレを指し示しましょう……』」

 館長が交信器のすぐ手前に聖剣を置くと、それはぴんと直立する。聖剣は魔力を中和するはずだが、これも神のなせる業ということか。


 そして、僅かに音を立て倒れたその先で示したモノ⎯⎯俺達はそれに注目した。


「⎯⎯て、わ、私……!?『私からは、その方角から最も強く感じとれます』って……もしかして……」

 そう言って、セラテアは自分の懐からまさぐり出す。それは。


「悪魔の指……ってコト?」


「何故……セラテアさんがそれを……」

「……話し忘れていましたが、ラファエル君が自分に何かあった時にと私に預けていたのです。これも、マウンデュロスの過去を暴く為に必要な事でした」

 その会話中も悪魔の指はただ無情に蠢いている。


 書を書かせる為にセラテアが持っていたそれは、指の細かい皺にまで墨が入り込んでいて、落としきれなかったのだろうか、今はその異様さに拍車をかける姿となっていた……。

 悪魔の指は、ペンとなった聖剣と違い、墨やインクを必要とした。


「いや……少し待ってくれ……! 前の神からは魔族の遺骸では駄目だと聞いていた、それでも出来るというのか!?」

「『……遺骸……ですがそれは動いているのではないのですか?』って……もう頭が痛いのだけど……」

「が、頑張ってセラテア。今は貴女に翻訳してもらうことが頼りなの……」

「……ぅぅ、わかりましたよう……」

 弱気になるセラテアをディアーデが励ます。


「……あー、つまり……動いているから遺骸ではないと?」

「『……少なくとも、ただの遺骸でないことは確かです』……もうイヤ……」

「悪いが俺もだ……」

 俺とセラテアは頭を抱えて交信器から目を背けた……。



『いいや遺骸では駄目だ。遺骸ではただの肉と変わらん。……腐らんことを除いてな』



 頭の中にその時の言葉が蘇る。……『ただの遺骸』では無理だが『特殊な遺骸』ならば可能だと……そういう解釈をさせる神を信用してはいけないと、俺はつくづく思う……。


⎯⎯⎯⎯⎯⎯⎯⎯(それをこれの側へ)……』

「……はァ……はい……」


 セラテアは悪魔の指を交信器の近くへ置くと、その指は淡い白光を放ち始めた。


「せ、セラテア……! 何が起きた!?」

「待って……ええと……『過臨界付与』……!?」

「かり……え、何……」

 ディアーデはセラテアの言葉を上手く飲み込めない。そしてセラテアが説明するよりも先に光は収まり⎯⎯。

「『これならば、聖剣を壊す事も叶いましょう……但し、くれぐれも取り扱いにはお気を付けを。その術と聖剣の力がぶつかれば、その衝撃は計り知れません、その遺骸もおそらくは……』」


 聖剣の力……その言葉でふと気になっていたことを聞く。


「……そう言えば、俺は一度その中に入った。それから出れた時は右腕が元通りに……どういうことなんだ?」

「『……なるほど、そうでしたか……聖剣の力とは、強力な再生力……従ってそれを壊すには、再生力を上回る破壊力が必要になります。そしてその特性は、封印された者にも影響が及んだのではと……私が仕上げた物ではないので、推測でしかありませんが……』」

「そう言う事だったのね……」

 だが少し冷静になれば気付いた事だったかもしれない。自ら心臓を貫いたディアーデがこうして生きている……彼女はしみじみと答えた。

(あれ、待て……ということは、もしかして……?)

 そのことから俺は、別の事を考え始めるのだった。



 しかし、神に聞くべきことはまだ残っている。ヴィバリウス王の実体を戻せるかということだ。


⎯⎯⎯⎯⎯⎯⎯⎯(少しお待ち下さい)


 だがその話題は館長に触れさせていない……それはセラテアもわかっていたのだろう。彼女は少し居ずまいを直し、館長の方へ向く。


「セラテアさん……?」

 館長は、何故彼女が自分の方へ向いたか、よくわからない様子。

 セラテアは両腕で自分の胸を寄せて、まるで誘惑するかの仕草を見せて⎯⎯。

「⎯⎯館長……今回の件、とても感謝いたします」

 そう言って、少しずつセラテアと館長の距離は縮まっていき。

「あ、あ、あ………」

 ディアーデは俺を盾にして隠れる。まるでこれから、見てはいけない事が始まるのでは、とでも思ったのだろうか。


 確かに今のセラテアは妖艶で、その見目も成人した子がいるとは思えない若さと美しさがあり、女性として充分すぎる魅力に満ちている。


 そんなセラテアと館長の顔が少しずつ近づいてゆく……が、彼女の口元は彼の耳元であり⎯⎯。


「⎯⎯う……あ、あぁ……」


 セラテアが館長から少し離れると、彼は呻くように両膝を落として、そのまま床へと倒れ込んだ。

 寝息をたてる館長、ディアーデはそれをキョトンとして見ていて。


「……ディアーデ……?」

 俺がそう言うと彼女は、はッと俺を盾にしていたことに気付いて離れると咳払いをした。


「これでよし……しばらくは寝ているでしょう」

「って、魔法で寝かすの!?」

(……はは……やると思った……)


 そうして俺達は神に本題を伝えると⎯⎯。

「『⎯⎯事情は理解しました。ではその者の記憶通り、新たな肉体をその中に構築しましょう』だって、良かったわね」

 これで、神に訊くことは全て訊いた。交信器も役割を終えたとばかりに光りが消え、その動きを止めた。


(今回の神は、あまり高圧的ではなかったな……神にも色々いると言うことだろうか……どちらにしろ過信出来る存在じゃあないな……)

 と、そんなことを考えている博物館からの帰り足、ディアーデが訊いてくる。


「……これで、ラファエルを戻せるのよね……?」

「そうだと良いな。けどもう少し、待ってもらえるか? 確認したい事が出来てしまった」

「え、どうしたの?」

「うん……一度、ハイデンに帰りたい」

 俺がそう告げると、彼女も何か察したようでそれ以上訊こうとはしなかった。


「ねえ……」

「うん?」

「セラテアは館長を介抱してから帰るって言ってたけど……何もないわよね……」

「…………俺に訊くな……明日本人に確認してくれ……」

 俺達はそれ以上その話題に触れることを止めた。



 ⎯⎯明朝。俺とディアーデは、無事に(?)帰ってきたセラテアの魔法で先行して帰ることになった。


「みんなごめんね~、今の状況を出来るだけ早く魔導大臣に伝えたいからー」

「馬車を用意してくれて助かったわ、ありがとう」

「……そんな顔するな……慌ただしいのは悪いと思ってる……」

 そんな顔、というのは寂しそうな少し不服そうな顔だ。だが四人が何も言わないのは事情を理解してくれているのだとも思う。


 昨晩、宿に戻り博物館で起きたことをターレスの四人と共有した。それは、もう彼らに出番がないと告げるに、等しい事であった……。


「レウス、マオ、スクレータ、テレサ……。みんな、俺なんかよりもっと凄い冒険をしてきてくれ! そしていつかそれを、俺に語って欲しい……だから、また会おう……!」


 自分が言える言葉を紡いでから馬車に乗ると、やがて動き出す。

 俺は振り返らずに、クロイツェンの方だけを見つめる。


「……寂しくない?」

「……本当は少し……けど、俺にとっての仲間は、故郷のあいつらだからさ……」


 話しかけてきたディアーデに、俺はそううそぶいた。


「ねぇ……セラテア……」

(う、まさか……)

「なあに、ディアーデちゃん」

「昨日の⎯⎯」

(おいおいおい……!)

「悪魔の指にかけられた魔法って、何だったの?」

 俺はふぅと息を吐き、セラテアがディアーデの質問『過臨界付与』に答えてくれる。


 通常『付与』という魔法は、対象の強度によって付与の効果の強さにばらつきがある⎯⎯要は、硬度があればあるほど強力な付与がかけられる。それを越えて付与を加えると、対象は魔法に耐えきれず壊れてしまうのだ。

 とすればつまり『過臨界付与』というのは、その対象が壊れない強度限界に釣り合わせるように付与を掛けること……だそうだ。セラテアに言わせると⎯⎯。


「⎯⎯とても繊細な魔力操作、そして対象の強度知識の二つが兼ね備わらないと出来ない芸当ね」

 言葉通り「神業」なのだと、そう話した。



 ⎯⎯残されたされた四人は、ライト達の乗った馬車を見送って、自分達も出発をしようとしていた。


「……行っちゃいましたね……」

「俺より凄い冒険をしてきてくれ……か。臨むところだぜ……!」


 そう話すスクレータとレウスの背後では、テレサが何も言わずに背を向けて俯いている。マオはその様子に気付いて⎯⎯。


「⎯⎯あ、ごめん。テレサが具合悪そうだからちょっと待ってて……!」

「お? お、おう……」


 マオはテレサの手を引き建物の影に入る。すると


「ああぁぁ……マオ~~……!」

「テレサ……」


 テレサはライト達との別れを堪えられず、マオの腕の中で頭を撫でられ慰められる。


「もっと……! 一緒に冒険しましょうって……お兄さんに伝えたんだよ……!」

「うん……でも、あの人達にはあの人達の目的があるって、テレサにもわかるよね……」

「でも……っ、こんな別れ方じゃなくったって……」

「……別れじゃないよ……」

「!」



 ⎯⎯マオが冒険者になった理由⎯⎯それはテレサへの対抗心が一番だった。

 だがそれはマオの杞憂であり、今ではテレサを、パーティーの仲間としても、同じ女子の友人としても、かけがえのない存在である。

 そして、その対抗心がなければ、自身が思いを寄せていた者と思いがけない別れをしていたとも思っている。

 


「……テレサ~、あたし達とじゃ、冒険するのはイヤ……?」

(ぶんぶん)

「じゃあ、テレサは欲張りだ……!」

「ちっ違⎯⎯」

「良いんだよ、欲張りで。だから、そんなテレサにぴったりの方法があるよ~」

「え⎯⎯」

「また会おうって言ってくれたんだから、何度でも会いに行こう……? それで、その時にこう言うの……『この時のお礼を返して下さい!』って……!」

「……! う……うぅああぁぁ……!!」


 テレサは、マオの言葉に打たれて、ついにその心を決壊させてしまった⎯⎯。



「あ~~っ、着いた……」


 三人を乗せた馬車は、普段よりずっと早く王都に到着した。セラテアの走行補助のおかげでターレスまでが日中一日と少し、そこから王都までを日中半日と少しで着かせた。

「……ええ、早く着いたけれど……体のあちこちが痛い……」

 だが、普通の馬車はそんな風に使われる事を想定されていない。そのため揺れや衝撃が強くなり、乗員に掛かる負荷も大きい。


「ほらー若いんだからー」

((回復魔法が羨ましい……))

 俺達の背中を明るく叩くセラテアに、心の中で少し恨んだ。


「それじゃあ私は広報に戻るわ。あの子によろしくね」

「「えっ」」

 セラテアの言葉に驚き、俺達は声を揃える。

「シツレイなっ、私はこれでも物事に優先順位は決めるほうよ!?」

「……すまん……じゃあ俺らは、ギルドに先に行くか?」

 セラテアにそう詫びて、お姉さんに挨拶をしようと提案したのだが。

「あー、でも今日はメフィスちゃんの日だったんじゃないかしら?」

(うッ、あっちのお姉さんか……)


『……アンタって奴は……どこまでも……馬鹿』


 クロイツェンを発つ前の言葉が蘇り、俺は気持ちが拒否反応を起こす。


「……イズンの所に行くか……」

「そう? 私はどっちでもいい。あの人とはむしろ相性がいい気がするもの」

(勘弁してくれ……)

 そう思うと尚更、二人を引き合わせるべきではないと感じる。悪魔の指、それから黒く変色した魔動石をセラテアから預り、イズンの元へと急ぐのだった。



  ⎯⎯クロイツェン城⎯⎯


 城門前の兵士に、使者として任を受けていたと伝えると、滞りなく通してもらう。

「ワース卿、使者が帰還しました」

 いいぞ、と執務室の中から聞こえると、案内をした兵士は俺達に敬礼して持ち場へと戻って行った。


「いま戻ったわ」

「ああ……ん!? ライト!? 戻ったのか!?」

「ただいまイズン。まあ色々あってな……これ、セラテアからの預り物だ。助かった、二度も貸してくれて……」

 と俺は、光りを無くし黒くなった魔動石を書き物机の上に出す。


「あ、あぁ……まあそれは、私の物ではなく、研究室の持ち物だが」

「そうなのか?」

「うむ、貸しがあったことだしな」

「貸し?」

「ライト……君らが倒した魔族の遺骸を、研究対象として持ち込んだ件だな」


『⎯⎯これから恐らく王立の研究機関をたらい回しにされるのだろう。想像しか出来ないが⎯⎯』


(あの時の事か……何がどう繋がるか、本当にわからないものだな……)

 そう考えていると、イズンの方が先に話を切り出した。


「……君らが船に揺られていた間、マウンデュロスから巨鳥便で手紙が届いたよ……差出人は、『マウンデュロス臨時政府』……」

「手紙一枚に巨鳥便だって!?」

「きょちょーびん?」

「ディアーデは知らないか……」


 巨鳥便⎯⎯言葉通り巨鳥を使って荷運びをする業者だ。しかしそれは、あまり一般的なものではない。海を越えて荷物を運ぶ手段は船が主だがどうしても時間がかかる。だが巨鳥便であれば、海は勿論、高山すらも越えて運ぶことが出来る。


「⎯⎯まあその分、船の何倍もの金がかかる。一般まで浸透しないのは巨鳥の数が少ない上に、人工的に増やせないだとか言われているが……」

「あああ……もういい……! まだ、私の知らないことがあるのね……それで手紙の内容は?」

 ディアーデは理解する事を諦め、先を促す。

「うむ……王の正体が魔族だと暴かれ、国が酷く混乱していると。そこで、私達クロイツェンの魔法使いに、他に魔族が紛れていないかどうか調べろ、と」

「……偉そうだな……」

「君らは関係ないと言う気か?」

「………………」

 いや、関係ないどころか『張本人』である。


「まあ、そう言うわけで少しは事情がわかる。だが君らの口から何があったか、詳しく聞きたい」


 俺達はイズンに促されるまま、マウンデュロスで何が起きたか、そしてエインセイル博物館でどんな進展があったのか報告していった⎯⎯。


 当初、俺達の目的は魔族出現の原因が、マウンデュロスにあると暴く事であった。しかし、その行動は既に魔族であった王を激昂させ、俺達は危機に陥る。だがラファエルの機転で、辛くもその場を乗り切り、その際に俺は元に戻って王を打ち倒すという……予測不能な展開になったのだ。

 その後博物館では、悪魔の指が聖剣を壊す手段だと分かると、その聖剣の特性で俺の右腕も戻ったとわかり、また、ヴィバリウス王の肉体も神に戻してもらったのだ。


「⎯⎯こんなところだな」

 俺は簡潔に説明したつもりだが、イズンは疑問が残ったようで。

「そうか……君が共有した潜心、それで王錫が仕込み杖だと気付けたワケか。……だが、悪魔の指に、王の意識があることは訊かなかったのか?」


 あ。


「わ、悪い! 考え事をしてて忘れたんだ!」

「忘れた理由は覚えておるのだな……」

 イズンは額に手を当て、首を横に振り言葉を続けて。

「おそらく……現王が魔族に乗っ取られていたのだとしたら、大方旧王の方は術が完成するよりも先に抵抗して、不完全な状態になってしまったのだろう……」

 とそこまで言うと彼女は息を吐いた。


「……それで、イズンはさっきの件……どうするの?」

「そんなことは知らん! ……と突っぱねたかったよ。だがまあ、ここは条件付きで受けるとして、すぐ返事を巨鳥便に持たせた」

 そうイズンは笑いながら、俺達に説明した。

「どんな条件を付けたんだ?」


「……ヴィバリウス王の亡き後の、マウンデュロスの動向を全て明かせ、とね」 


「……! イズン、それは……」


「上手くいけば、アイゼンタールが貶められた証拠がでるかもしれん。……今はもう存在しない国だし、向こうも巨鳥便を使うほど焦っているのだ、安いものだろう……」

「ありがとう……! ありがとう、イズン……!」

 言葉とともにくずおれると、堰を切ったようにディアーデは嗚咽する。

「礼を言うのは早いが、こちらも微力を尽くす」

 イズンは謙虚に柔和に答えたが、ようやくディアーデの心の枷が解かれたのだと、俺は不思議とそう確信して⎯⎯。

(ディアーデ……今までよく頑張ったな……!)

 膝をつく彼女を優しく抱き支えていた。


 しばらくしてディアーデが落ち着くと。

「⎯⎯話はまだある。ライト、君について……」

「俺か?」

 イズンが俺に話があると言う。だが心当たらず、次の言葉を待つ。


「今回、マウンデュロスの過ちを白日の元に明かした功績を称えて、君に章を贈ろうという話が来ている」


「……!」


「わあ……ライトやったじゃない……!」

「ん……何時から名で呼び会う仲になったのだ……?」

「い、いいでしょう別に⎯⎯!」


(章を、贈られる? 俺が?)

 突然の事で事態が飲み込めない。イズンとディアーデも何か話しているが、その声は遠く、よく耳に届かない。

 確かに俺は冒険記者として大成し、身を立てる事が目標であった。だが俺に……⎯⎯。


「⎯⎯ま、待ってくれ……!」

 と、何とか声を出すと二人はこちらを見る。

「俺は何もしていない……! ずっっっと、その場を流されて来ただけだ……それは側で見ていたディアーデが一番分かってるだろう? もっと冷静に考えてくれ……!」

 俺は思っていることを正直に話したつもりだ。だが彼女は⎯⎯。


「……私は体が戻ってから、ずっと貴方に詫びなければと思っていた……でも貴方ときたら、責めるどころか逆に責任を感じたりして、調子崩されっぱなしだったのよ……!」

「ディアーデ……?」

 そして一瞬、自嘲気味に笑う素振りを見せて⎯⎯。

「……もういいでしょう……? 今の私には貴方に返せる物がないのよ……! だからそれが出来ない分を、受け取って欲しいと思うのはいけないの!? もうこれ以上……私に背負わせないでよ……!」

「!!」

 ディアーデは声を震わせて、自身の心中を吐露しながら俺の胸を叩く。俺はこの時、初めて彼女の本心に触れた気がした。

 それ思うと、確かに受け取るべきかも知れない……だが俺はそこまでの事をしたつもりはない……至極単純な堂々巡りに陥り、俺は()()()()()

 と、その時こちらを見るイズンの視線に気付き、彼女もまたこちらに気付くと咳払いをした。


「……!」

 それに気付いたディアーデはそれに向き直して。


「ライト……何か考えていることが、あるんだな」

「……まあ、そうだな……」

「わかった。では、この件は保留としよう。だが記者の君ならわかると思うが、情報は生物(ナマモノ)だ。一週間……遅くとも十日がデッドラインだな、その間には、返事が欲しい」

「ああ、それだけあれば決めれる……」

「うん。では君らの予定を聞いておこう⎯⎯」

 

 その後、俺が予定を話し終えると、ディアーデは何も言わず走り去ろうとするので、俺も追いかけたのだが⎯⎯。


(はぁ……くそ、ディアーデ……)


 城を出た辺りで見失ってしまった。そして、今追い付いた所で彼女の望む返答をしてやれないと思うと、自然と俺の足は重くなり……追跡を断念した……。



 ⎯⎯俺が常用している宿、いつもの部屋のベッドで横になっていると不意に扉からノックが響く。


 おはよう、ライト……もう起きてるかしら……?

(おはよう……? んっ……!)

 声に薄目を開ければ、カーテンの隙間からは光が入ってきている。


 その朝は普段ならばしない寝坊をしていた。例の章を受け取るべきか、否か……そしてディアーデを傷つけたかもしれないと、少し寝付けないでいた。だが届いた声に少し気が軽くなり、ノックの相手に俺は返事をする。


「ディアーデか? すまん、今起きたところだ。すぐ支度する」

 扉の向こうから ええ と肯定の声が聞こえた。


 俺が手短に支度をして部屋を出ようと扉を開けると。

「っと、別に部屋の前で待たなくても良いだろう……」

 そこにいたディアーデに言うと。

「待ちたかったのよ……それに、実は私も起こされてね……」


 そう言って彼女は歩き出す。俺はそれについて行きながら、起こされたと言う疑問を訊ねて、イズンの家で寝ていたところ、王族馬車を引く御者に起こされたのだと知る。


「⎯⎯彼女がハイデンまで行けるように手配してくれたみたい」

 俺はその言葉に納得しつつ、昨日の事を気にしていないのかが気になる。

「なるほどな……それでその昨日の事なんだが⎯⎯」

「ごめんなさい」

「っ!」


「……あの時は今、貴方に返せる物がないって言ったけど……これから返せばいいのよね……ふふ……ムシの良い話だったわ、反省してる……」

 そう話す彼女は、どこか昨日と同じ自嘲気味の笑顔で。

「違う! 俺はお前に何かを返してもらおうなんて⎯⎯」

「御者が待ってるから、急ぎましょう」

「……ああ……」

 俺は自分の話が途中で折られて少し悲しくなった。


 宿の外へ出るとまだ明るくなって間もない時間のようである。どうやらディアーデは本当に早い時間に起こされたらしい。

 早く起きれていれば、お姉さんに挨拶出来るかとも思ったのだが、御者を待たせている以上それも叶わなそうだ。

 そうして俺とディアーデは、少し不穏な空気の中クロイツェンを出発した。

 

 ⎯⎯馬車に揺られるディアーデを見る。外見は美しい少女だが俺にはその姿が、少し『いびつ』に見えて居たたまれない。

 例えるなら以前、彼女の夢で見た『王女』の頃⎯⎯何かとてつもなく大きな物を背負っていたのだろう……今はそれに加えて、自由を奪われた奴隷のようにも見えた。

 俺がペンの中から見た彼女は、もっと生き生きと、活力に溢れていたはず……そう感じとると、俺はすでにそれと近しい人物を知っていた。


「……ペンの中に居たお前は、俺をこんな風に見ていたのか……?」

「!」

 それは、ディアーデが見ていた俺を、俺にも見せるつもりなのかと……そう意図した言葉だった。


 一度馬車は小休止を挟む。そこはビークの町で、俺が御者に話しを通しておいたのだ。


「あ……どこかに行くの? 私も⎯⎯」

「すぐ戻るから休んでいて良いぞ。朝食も取ってないんじゃないか?」

「ライトもでしょう」

「俺は戻ってからすぐに食べるさ」


 ついて来ようとするディアーデを嗜め、俺は自分の用事を済ませに行く。それは⎯⎯。


「⎯⎯? もしかして……ライト君?」

「はい。お久し振りです⎯⎯アンクのお母さん」


 俺はディアーデの所へ戻ると、人を呼んでいたと説明し食堂で食事を取る……のだが。


 俺が、ディアーデとカウンター席で隣あって座ると。

「……ライト。口を開けてくれない?」

「? なんで?」

「いいから」

 そう言われて大人しく口を開けると⎯⎯。

「⎯⎯んぐ……!?」

 とディアーデはスープが掬われた匙を口に入れてくる。

「~~……一人で食えるわ!」

「……そう、よね……」

 俺は咀嚼し飲み込み、叫ぶとディアーデはシュンとしてしまい、とてもやりづらいと感じた……。


 そしてビークを出発する直前、その人は合流して⎯⎯。


「⎯⎯女の人……誰なの、ライト」

 微かに語気を強めるディアーデ。

「あ、ああ。仲間のお母さんだよ。あー紹介します」

「初めまして、ディアーデです」

 強めた語気を和らげそういいつつ、すっと腕を取って寄り添ってくる。

「初めまして。よろしくね……その、もしかして」

 誤解されてはかなわないと俺は割り込もうとするが遅く。

「私の、恩人です。こうして少しずつ返していこうと……」

 ディアーデは、柔かな笑顔で真っ直ぐに仲間の母へ伝えた。


 やがて俺達は馬車に揺られ始め、ハイデンを目指す。

 アンクの母はその乗り心地に少し感動した様子で、ディアーデの方はその間も俺の腕を取っている。


(どうしてこうなった……)


 俺は彼女に悟られぬよう、心の中で大きく溜め息をしたのだった。

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