号外
エリーの日記
※注意…この回のテーマは「酔い」となっています。作者も「酔い」ました……。その時は読むのをやめて下さい……。
その日、夜も更けた頃村の中が騒がしくなる。
するとその騒ぎの元は、私の家の診療所にまで至り乱暴に戸を叩く。私がそれに応えると⎯⎯。
『この方は……大変!』
国の兵隊らが、腹部に深い傷を受けた女性を担ぎ込んだのだ。その人の呼吸は不安定で出血も酷い、私は急いで処置室に促した。
所見通り傷は深い。しかし幸いにも急所は外れていて、傷を縫合し、止血が出来れば命に別状はないだろう。ただ、快復するまでにはそれなりの時間が必要だと、安静を言い伝えた。
ここへ来た兵達から改めて事情を確認する。
自分達は魔獣の討伐隊として組まれた部隊の一員であること。女性はそれに参加していた傭兵の射手であること。そして野営の最中に獣人達からの夜襲を受けて、混戦に巻き込まれた彼女が痛手を受け、そこから最も近いこの村に運び込んだと言った。
獣人達を退けることには成功したが、部隊が受けた被害は大きく医療班も手が回り切らず、中でもその人は特に重傷だった……とのことだ。
そこまで聞いて私も色々と思う事があったのだが、用件の済んだ彼らは部隊と合流すると言うと⎯⎯。
『⎯⎯傭兵の処遇は、担当が改めて伝えに来る。それまで他所へ移らせないように……』
『わかりました……ご苦労様でした。お気をつけて⎯⎯』
⎯⎯暗い夜道の中を進む兵隊の背中を見送ると、その後は個室に移した彼女の容態を見に行く。
『……女の人が、傭兵……』
そう私は一人ごちる。自分と同じ年頃か若いほどの女性が、戦い傷ついているという現実に私は少し理解が追い付いていない。
使い込まれているが、よく手入れされていそうな弓……短い髪や軽装なのは彼女が射手だからだろうか……。
彼女の様子が落ち着いている事を確認して、その日は私も休む事にした。
その夜が明けた朝、すでに目を覚ましていた彼女と挨拶と自己紹介を交わす。
『⎯⎯おはよう。私はエリー、ここは私の診療所よ。自分の名前は話せる?』
『……アルバ……』
そう答える藤色の瞳には、僅かに緊張が見えるものの口調ははっきりとしている。
⎯⎯これが、彼女との出会いだった。
『⎯⎯以上が君の処遇になる。……何か質問は?』
『……いいえ……』
『……そうか。機会があれば、また頼むかもしれん。では失礼⎯⎯』
アルバがここへ来て十日ほど過ぎた頃、軍から傭兵達の管理をする担当者が到着した。
私はそのやり取りを、個室の外の壁に寄り掛かりながら聞いていて、個室の中から出た男と会釈し合うと、その人は馬を駆り村を発った。
私が個室を覗き込むとアルバは深い溜め息をつき⎯⎯。
『……その、こういう時、なんて言ったらいいのか……』
『へ!? ふふふ……あははは……』
戸惑う私を他所にアルバは明るく笑って見せる。
『……はー、エリーは知らないんだろうけど、今回の事なんてまだ良い方なんだから……!』
『? ……そうなの?』
⎯⎯アルバは今回の契約中に負傷し離脱することになった。その為に報酬は満額ではないものの、それまで分の報酬と、負傷した見舞金として幾らかが支払われた。これは、彼女が負傷する原因となった獣人の夜襲⎯⎯それは契約者側の不備があったと認められたからだと。
『そうだよー。ここまで保障してくれる方がむしろ珍しいって言うか……酷いところなんか離脱したらタダ働きだったりするし』
『ええぇぇ……』
傭兵の社会に詳しくない私は、アルバの言葉に驚きを隠せなかった。
彼女が目を覚ましてからこれまでの間、交流を重ねておおよその人なりを聞いた。
アルバは産業に乏しい村で産まれ育ち、両親はいるが弟妹が多い家庭であった。家族とは特別不和というわけではなかったが、彼女は口減らしで家を出る事を決め、狩りで身に付けた弓の腕を活かせないかと、射手専門の傭兵になったと話す。
始めた頃はその腕もまだ未熟で、少ない経験や多くの苦労を重ねることで、ようやくその稼業も軌道に乗り始めた矢先に、今回の出来事に出くわしたらしい。
『⎯⎯まあ、ちょーっと予定が狂っちゃったけどね~……』
『……予定?』
『そ。今回の仕事を無事に終えたら、冒険者になりにクロイツェンまで行こうと思ってね⎯⎯』
『⎯⎯それじゃ、いってきます』
私は診療所の同僚に後を任せて出発の挨拶をする。私の家族はここよりも大きな街の病院で働いているので、伝書鳥をとばして連絡した。
⎯⎯アルバが完治すると彼女は村を発つ事を決めた。すると私に、驚く事を言う。
『一緒に冒険者をしない?』
と。何故と理由を尋ねると⎯⎯。
『⎯⎯エリーはどうして診療所に? 両親がそうだから?』
『あっ……』
と私は言葉に詰まってしまう。私は、特に何も考えずになっていた事に気付いたからだ……。
『冒険者になればきっと沢山痛い思いをする。だからエリーみたいな人が傍にいると安心するんだけどな』
『アルバ……』
『それに、怖くなったら途中で抜けてもいいよ? 薬士だったら仕事に困らなそうでしょ?』
笑いながらそう話す。彼女は自分が一人になる心配より、私の心配をしたのだ。
(ああ……この人を、一人にしてはいけない……)
私はそう直感すると、彼女に付いて行く決心をした⎯⎯。
船に乗るために、西の港町を目指す。道中、彼女の弓に何度も助けられた。
それに応える私も、少しでも彼女に良い食事を提供しようと、野草の本を読み、調理してみたのだが⎯⎯。
『『⎯⎯⎯⎯ウッ!?』』
……二人仲良く口を押さえていた……。
私達は港に到着した。すると、彼女はまたも驚く事を言う。
『⎯⎯ん~、あたし字の読み書きが出来ないんだよねー……』
『ええっ、じゃあどうやって傭兵に……!?』
『えっ、ふつーに人事の人が、代筆って言うの?』
『…………』
『?』
……思わぬところで、私の直感が早くも的中してしまった……。
結局、彼女の名前は私が代筆して乗船した。
向こうに着くまでは、船に揺られているしかない。
それならばと、彼女に識字を身に付けさせようと試みたが……。
……彼女の船酔いが酷く、それどころではなかった……。満足に食事が摂れない為、薬の効きが悪いのだ……。
アルバは意外と繊細なのかも知れない……なんて書いたら怒られるだろうか……。
⎯⎯クロイツェン・東港⎯⎯
私達はクロイツェンの港に着いた。まずは船酔いで弱った彼女に、きちんとした食事をさせたいのだが⎯⎯。
『⎯⎯弱ったわ……どこの食堂も開いてない……』
クロイツェンで不作不漁が続いているせいだ。おまけに、この港の人も冒険者になりに行ったのだろう、とても閑散としていた。しかし、丁度お爺さんが通りがかり⎯⎯。
『⎯⎯ああ。それならば、ロビンの酒場ならまだやってるかもしれん』
と教えてくれたので、アルバを励まして、そこへ急いだ。
⎯⎯東港・酒場⎯⎯
『⎯⎯だから! オレと一緒に冒険者になりにいかないかって!』
『……行かない。若い衆がみんな出ていったら、ご老人達が大変だろう……』
『分かった、怖いんだな?』
『それはハーマン、お前だろう。下手な挑発だな……』
『~~! なーあロビン、オレも漁者がいなくって大変なんだよ~……親友を助けてくれ!』
ロビンは手を合わせたハーマンを見て溜め息をすると、酒場の扉がからんからんと鳴る。
『……! いらっしゃい。と、言っても、もう賄いくらいしか出せないが』
⎯⎯私が酒場に入ると、客は一人しかいなかった。カウンターで頬杖してこちらを見る、標準程の体格した船乗り風の男。カウンターの中では、体格の大きい男の主人が挨拶をした。
『うわ、綺麗な人!』
『ハーマンやめろ、店の品位が落ちる』
ハーマンは、廃れかけの酒場に品位も何も……と気落ちさせた小声で言う。
⎯⎯と、その後、主人にこちらを見られたので、警戒されないように笑顔で返した。
好きな所へ座って言いと言われたので、カウンターにほど近いテーブル席に座る。
『……お連れ様は、船酔いか何か?』
『え、ええ……』
『では何か、消化の良いものをお出ししましょう』
⎯⎯そういって主人は、アルバの様子を見て出してくれるらしい。
『あの、綺麗な方……お二人はどうしてここに?』
⎯⎯船乗りの男に尋ねられたので答えるか迷ったのだが……。
『ぼ、冒険者になりに……』
アルバが苦しそうにハーマンへ返した。
『冒険者! 奇遇ですねぇ、実はオレ達もこれから冒険者に⎯⎯』
『ならない。今お前にも食わすから口を閉じろ』
ロビンは調理を進めながらハーマンの言葉に割り込む。
⎯⎯私はそのやり取りを見て不思議に思う。性格は正反対なのに、とても気が通いあっていた。
そして主人は、有り合わせで作ったとは思えない料理で、私とアルバの胃を満たしてくれた。
その食事が済むと⎯⎯
『あの、お二人のお名前を……あ、オレはハーマン、です。あっちのでっかいのはロビン』
『勝手に人を紹介するんじゃない。……お粗末様でした』
『そんな……ご馳走さまでした。それでお代金は⎯⎯』
『構いません。そいつにツケさせますので』
『うおい!?』
『お前が女性に失礼を働くからだ。反省しろ』
⎯⎯船乗りの男がハーマン、主人がロビンだと知る。対称的な二人を見ていると私の緊張も解け⎯⎯
『ふふふ…………あ、ごめんなさい』
『……いいえ。それよりも⎯⎯』
『ッ! 冒険者!』
と、アルバが復活する。
『こうしちゃいられない! エリー、王都に急ごう!』
『あぁっ、お嬢さん方二人で王都までは危険ですよ? オレで良ければ王都まで案内します』
『おい⎯⎯』
『本当!? エリーこの人が案内してくれるって!』
『えっえぇ……(やっぱりアルバを一人にしてはいけない……!)』
はしゃぐアルバを見て、エリーは自分の直感が正しかったと再認識する。
『そうと決まれば、早く出発しましょう……あっちのでっかいのは残るらしいので』
とハーマンがエリーとアルバを連れ店を出ようとすると。
『おい待て!』
とロビンは強い語気で三人を止めると、溜め息をして。
『……気が変わった。お前の傍に女性がいると思うと不安でしかたない……』
そう言いながら顔を押さえたロビン。
(よし……!)
ハーマンは、心の中で拳を握った……。
⎯⎯やがて、気を許しあった私達は四人で王都へ行く事になった。
ロビンは、王都へ向かうと言っても、旅なれない女性の足では遠いと言った。
私達は彼に従いながら、準備を進めて王都へと出発した。
王都までの道中、食料を温存するため野草を探す。すると⎯⎯。
『あ、これ』
『ん?』
エリーが地面の草を指指すとロビンがそれを覗く。
『これ食べれるらしいんだけど……』
⎯⎯こちらへ来る前に、私とアルバが吐き出した物と同じ物を見つけた。するとロビンは⎯⎯
『ふむ……どれ』
ロビンはその野草をむしり。
『!?』
⎯⎯そのまま口の中へ入れると咀嚼する。
『!? う!?』
『だめよ!? 吐いてロビン!?』
しかし、ロビンは渋い顔しながら咀嚼を止めない。やがてそれを飲み込み。
『…………ん、っはぁ。……エグいなぁ……だが、きちんと灰汁抜きすればいけるだろう』
『え……あく抜きって……?』
『ん、知らないのか?』
⎯⎯彼はそう言うので、どうやらそれを食すには、別の下ごしらえが必要だったらしい……。彼に野草の本を見せると、時間がある時にまたゆっくり見せてくれと言った。
私達は王都に到着した。しかしそこはどこを向いても人、人、人。冒険者、そして冒険者登録をする人達でごった返していた。私達は、出遅れていたのである。……今にして思えば、確かに船から降りる人はまばらで、その人達はすぐに港を後にしていたようにも思う。
それから数日が経ち、私達は冒険者登録を済ませた。私がアルバの代筆をしたのは言うまでもない。だが、問題なのは⎯⎯
『……仕事が、無え……』
⎯⎯ハーマンはそう言って、私達はギルドの軒下で横並んで流れて行く人の波を眺めていた。その時だ⎯⎯
『あっ』
と流れ行く人に弾かれる老婆。
『! ご婦人!』
ロビンはすぐ駆け寄って助け起こす。
『大丈夫ですか?』
『はい……親切に。ありがとうございます』
『……気を付けて下さい』
老婆はロビンに礼をすると立ち去っていく。
⎯⎯それを見て私は⎯⎯
『……皮肉だわ……』
『『『えっ』』』
エリーの言葉に三人は声を揃えて。
『国が大変なのはわかるけど……足元にいる弱い人に誰も気付かない……』
『あ……』
⎯⎯そう思い周囲を見ると、道にうずくまる人、寒さで震える人がいても皆見て見ぬ振りだ。確かに私達では、彼らを助けてあげられないだろう。けれど⎯⎯
『……ねえ、仕事がないなら探さない?』
⎯⎯いつの間にか、そう口に出していた。
それから私達は、王都中を歩いて仕事を探した。仕事……と言ってもそれは誰かから給金が払われるわけではなくて。草むしりだとか、畑仕事だとか、薪割りだとか……お年寄り達の茶飲みをしたこともあった。
そんな事を続けて十日程が過ぎたある日、ギルドが騒がしい⎯⎯。
⎯⎯ギルド⎯⎯
『一体……これは何の騒ぎだ?』
⎯⎯ロビンが受付に尋ねるけれど、それを遮るかのように、沢山の街の人達が私達に気付いて、近くに集まり同時に言葉を投げ掛ける……そのせいで、全ての人の言葉は聞きとれないのだけど、それは暴言や冷たい言葉ではなくて⎯⎯
『貴方がたが王都中で、市民のお手伝いをして回っていたことが広まったんです。それで、この方達はあなた達に仕事を依頼したいと⎯⎯』
⎯⎯受付が説明をしおえると、私達に群がった市民達は再び一斉に言葉を投げ掛ける。それを見た私は⎯⎯
『エリー……?』
『どうした?』
アルバとハーマンが傍にいるエリーを見る。
⎯⎯嬉しいはずなのに、涙を溢していた。
『ッ!』
……!?!?
ロビンが睨むと、市民達を怯ませ黙らせるが、エリーはロビンの袖を引く。
『っ、エリー?』
『皆さんのお話、順番に訊かせて下さいますか?』
エリーは市民達に、笑顔でそう尋ねた。
⎯⎯その光景を、冷たい目で見る冒険者にも気付いたけれど……今はそれを、考えないようにした。
市民が私達に、依頼をするようになった。みんなの生活も厳しいから報酬も高いわけじゃない。けれど、とても充実した毎日を送れるようになった。
そんな時、加工しやすい木材が欲しいと依頼する若い男がいた。理由を尋ねると彼は職人であった。そして恋人に木彫りの髪飾りを送り、結婚を申し込みたいのだと。
私はそれを聞いて、とても素敵だと思った。この大変な時に、新たなスタートを切ろうというのだ。たまらず応援したくなり、皆に相談をする⎯⎯
『なら軟木だな。王都を出てずっと南に下ると、密林になってる。あの辺の木は建材に向かないんだ』
⎯⎯ハーマンがそう言うので、私達は長旅に備えて準備をしていった。
密林の側に到着した私達は、ハーマンの目利きで、めぼしい木を発見出来た。運び易いように加工してもらっている間の、その食事時の事⎯⎯
『うわーっ!? 何この大量の草!』
『ん?』
山積みになった野草を前に声を上げるエリー。そして、それに調理中のロビンが気付く。
『これ全部食べれるの!?』
『ああ、そうらしい。エリーから借りた本に載っていた』
『らしいって……その本はここにあるのよ!?』
エリーは本を取り出して見せる。
『だが、そう載っていた』
『っ! まさか暗記でもしたの!?』
『大袈裟だろう』
『大袈裟じゃない! 私にはおんなじ草にしか見えない! この本の全部を丸暗記なんてあり得ない!』
ロビンは調理の手を止めて、エリーを見る。
『エリーは薬士だろう』
『え、まあ。何を改まって……』
『なら、自分が作った薬があったとして、もう一度、効能を確認するか? どんな配合をしたか、確認するか? そこまで確認して、患者に処方するのか?』
ロビンに諭され、エリーは はっとする。
『……つまりそういうことだ』
ロビンは調理の手を再開して。
『俺の場合は、それが、草になっただけだ』
エリーは俯き、少し呆然と立ち尽くす。
⎯⎯そこへ⎯⎯
『ただいまー』
アルバが狩りから戻る。それをロビンは振り返らずに応えた。
『おかえり、いつも助かる』
『えっ、あたしまだ捕れたかどうか言ってない』
『? 捕れなかったのか?』
ロビンはアルバへ振り返る。
『いや……捕れたけれども……』
アルバはその手に野鳥と野兎が持たれている。ロビンはそれを確認して調理している手に目を戻す。
『声色だ、口調が明るかったからな。アルバ、そのまま血抜きを頼めるか?』
ロビンは微笑んで言いながら、切り分けた野草の載った皿を持ちアルバを見る。
するとアルバも俯き、少し呆然としていて。
『? どうして、二人は固まっているんだ?』
ロビンはエリーとアルバを交互に見やりながら言った。
⎯⎯そして⎯⎯
『ただいまーって……どったの?』
⎯⎯加工した木を担いだハーマンが戻ると、不思議そうに私達を眺めていた。
『⎯⎯味見はした。とりあえず、食える物にはなっていると思う』
⎯⎯そして、そういう彼が調理した、野草料理の数々が私達の前に出されて⎯⎯
『『『いただきます!』』』
そう言ってロビンを除く三人が同時に料理を口に入れる。
『『『んんん~~~~!』』』
三人は満面の笑みで食べ進め始めた。
『………』
それを見て、胸を撫で下ろし見つめるロビン。
⎯⎯美味しい……絶品……ううん上手く表現出来ないけれど……もっと大冒険になっても、これが毎日出されれば、辛い事も乗り越えていける気がした。……草なのに。
クロイツェンに、梅雨がやって来た。天候が不安定で、冒険に集中出来ないせいもあり王都も少し人が戻った。
私達は王都から南のビークの町へ向かい、まもなくという距離でにわか雨にぶつかる。私達は、走って町に到着すると休憩と雨宿りを兼ねて食堂へと入った。
⎯⎯その時また一人、食堂へと雨宿りの客が入店した。
『⎯⎯おやおや……これはこれは、偽善者様の御一行ではありませんか。善良な市民から巻き上げたお金で外食とは、随分と贅沢な事をなさる』
冷たい目をした若い男の冒険者が四人に言い放つ。
『てめ⎯⎯!』
『よせハーマン。言わせておけ』
ハーマンが突然席を立つがロビンが静かに諌める。
男とロビンが言い合う。
『ちッ、なんとか言ってみろよ!?』
『……俺達がしているのは、偽善じゃない。……つまり、そういう事だ』
『どういう事だ!?』
ロビンは少し息を吐き男の質問に答える。
『……お前の依頼主は国だが、俺達はそれが市民になった……それだけだ。そして、お前の給金は高いが、俺達は、安い。それだけだ』
『ッ!?』
そう論破された男は⎯⎯。
『……そのスカした態度が……気に食わねぇってんだよ!?』
⎯⎯激昂し、ロビンが座っている椅子を蹴り倒す。
『……まえの……』
『あン?』
『お前のその足は……何のためにあるんだ……』
『はァ? 何言ってんだてめえ?』
ロビンは転んだまま声を震わせ男に告げる。そして声を大きく、語気を強めて⎯⎯。
『お前の足は椅子の足を蹴るために付いているのかと訊いている!!』
ロビンは語気を戻し続ける。
『お前のその筋肉は、何のためについているんだ……剣を振るしか能がないのか? お前のその口からは汚い言葉しか出ないのか……女の一人でも口説いてみたらどうなんだ!』
そう言ってロビンは立ち上がり、男にはだかる。そして、それを聞いた男は。
『あ~~ウザい、ウザいよアンタ……だったらてめぇも男なら、口じゃなくて拳の一つでも使って見せろやでっかいの! その図体は見せ掛けか!?』
(まずいっ……!)
男の挑発にハーマンが察知する。
『……そこまで言うなら……いいだろう……。表へ出ろ……他の客の迷惑だ……』
ロビンは少し俯きながら男へそう告げると、振り返ってハーマンに目で合図する。そして、ハーマンは頷き、店を出るロビンを追おうとするエリーとアルバに手を引き、首を大きく横に振って引き留めた。
⎯⎯食堂の外⎯⎯
雨上がりの曇天の下、ロビンと男は対峙した⎯⎯。
男は、構えをとらずただ直立するロビンを見て。
『なんだァ? びびってんのか? でけえ図体して肝っ玉はちいせえなぁ!』
そう言いながらロビンに殴りかかる男。しかしその拳は。
『!?』
乾いた音と共にロビンに軽々と受け止められてしまう。そして、その拳を⎯⎯。
『ッ!? ぃだだだ……』
⎯⎯めりめりと握り潰していく。男は悲鳴を上げ、拳を引こうともがくも、びくともしない。次にロビンはその腕を捻り、男の背中へと回す。
『ぃぃでででで……』
そしてロビンは、悲鳴を上げ続ける男の背中を、突き飛ばした。
『ぶへぇあ……!?』
男は雨に濡れた地面へと倒れこむ。
倒れたままロビンに向き直る男は、泥にまみれ口の中を切り、そこから血が滲んでいる。男は手の甲で口端を拭い、出血に気付くと⎯⎯。
『……くくく……ははは……』
⎯⎯そう不気味に笑いながら立ち上がる男。
『許さねェ……もーう許さねえ……!』
男は腰に差した剣を抜いて、ロビンへと、斬りかかった。男が叫びながらロビンへそれを振り下ろす……が。
『ッ!?』
ロビンは咄嗟に上着を脱ぎ、振り下ろされた剣に絡めると無力化する。
そして、それを横へ放ると男の目線もついていく。次の瞬間、男はロビンに胸ぐらを掴まれ⎯⎯。
『なッ……!?』
⎯⎯体を宙に浮かせ、天と地がひっくり返っていた。
⎯⎯しばらくすると、店内に雨音が届いたのでたまらず外へ飛び出すが、私が見たのは……全てが終わった後だった。彼はただその場で膝をついて、雨に打たれていた……。
私は彼に声をかけて、なんとか立ち上がってもらうと宿を取り、雨で濡れた体を拭くのを手伝った。
『⎯⎯……世話をかける。すまない……不味い飯を食わせた』
⎯⎯普段通りに振る舞っているけれど……私は彼の声色が、少し気落ちていると気付いて、何を話したら良いか分からないでいると⎯⎯
『俺は……頭に血が登ると、いつもこうなってしまう……』
⎯⎯彼が、自分の事を話して私に聞かせるのは、これが初めてな気がした。私は、彼の事をほとんど知らないのだなと思うと⎯⎯
『……強いのね。びっくりしたわ』
『港町だからな。俺の酒場に来るのは、気の荒い連中が多い。だから……酔って暴れる客を押さえる為にも、強くなる必要があった』
『……あの、冒険者は……?』
『近くにいた、癒術士に運ばれた。大事には至らないだろう』
⎯⎯そこまでしか聞けなかったけど、彼の声色も少し戻っていたような気がして、安心した。
『⎯⎯、⎯⎯⎯⎯!』
『⎯⎯⎯⎯!』
ハーマンとアルバが隣り合いながら歩き、会話に花を咲かせている。
ロビンとエリーは、その後ろ姿を眺めながら歩き、付いていく。
⎯⎯最近、二人の仲が良い。私はそれを見て、隣の彼にハーマンの人なりを訊ねてみた。
すると、彼とハーマンとは、同じ港町で生まれ育った仲だという。ハーマンは家業である船乗り兼船大工を継ぎ、そして彼は、以前の主人から今の酒場を引き継がせてもらったと、そう話してくれた。
『君はもう、覚えていないかも知れないが⎯⎯』
彼はそう前置くと私は、ハーマンは、女性との交流関係が荒いらしいと知る。そしてその度に彼が間に入って仲裁するのだという。
『俺はもう、お前に下げる頭は持たん……そう伝えたら、少しは控えるようになった……』
⎯⎯……それを聞いて、私は少しだけ、背筋に冷たい物が走った……。
二人の関係が少し気になった私は、今はこれを宿で書き留めながら、同じ部屋の彼女を眺めている。そして、これから「かま」を掛けてみようと思いたった。……けれど、そんな事をするのは初めてで、上手くいくかはわからない……。
『ねえ? アルバはハーマンの事、どう思う?』
一呼吸おいてアルバが応える。
『……ハーマンか……。彼……良い人だよね……』
⎯⎯……えっ?
私は、彼女がいつもと違う声色を出したので驚き、彼女の方を見やる。すると枕を抱き、頭を埋めながら私に向けた彼女の顔は……目元の緩んだ、乙女の顔であった……。私は少し混乱し始める。
『……あたしのお腹、傷痕が残ってるでしょ……? あたしは恥ずかしくて嫌だったんだけど⎯⎯』
『⎯⎯恥ずかしくなんかない。アルバが命を守った立派な戦士の傷だ⎯⎯』
『⎯⎯って。……あたし、女なのに……戦士ってなんだよって思うのに……それを聞いて、嬉しくて……堪らなくて……』
⎯⎯はっ、と私の思考が復帰した。……ちょっと待って? 「お腹の傷を見せた」? ちょっと待って……?
『アルバ! あなたまさか!?』
⎯⎯……彼女は、乙女の顔のまま、小さく頷いた……。
ハーマンとアルバは……結ばれていた……。(後で確認したことだが……逢い引き宿でだったという……)
私は、彼女と出会った時に、傭兵として苦労を重ねた際の話を聞いている。その時に……その……その時に、春を鬻いだこともあったらしい……。
二人の話を総括すると、当然の帰結というには少々乱暴な言い方かもしれないが……。
……私は、いよいよもって、嫌な予感が拭えず……その日、眠りに落ちるまで、頭を抱える事になった……。
⎯⎯王都外壁・その影⎯⎯
『⎯⎯アッハ……アッハハ……アッハッハ……』
大量の涙を流し、狂喜の笑みを浮かべたロビンは⎯⎯。
『ハーマン!』
『来るッ⎯⎯げふぅっ⎯⎯!?』
⎯⎯……ハーマンを組伏せて、その顔を殴り続けていた……。
⎯⎯……私の、嫌な予感は、的中した……。それも私が、思っていた以上に、事態は、深刻だった……。
今日も冒険に出発するため、王都を出ようとした、その、矢先の事である⎯⎯。
『⎯⎯うぅッ!?』
アルバが腹を押さえてうずくまる。それを見てハーマンは駆け寄り。
『アルバ!? アルバ!! アルバーー⎯⎯!?』
⎯⎯病院で診てもらうと『三ヶ月』であった……。そして、病院を出るなり、彼は⎯⎯
『⎯⎯こいつッ! やりやがった!!』
その声を震わせて、ロビンはハーマンを殴り続ける。
『やりやがった! とうとう! とーうとーうやりやがった!!』
『ロビン! もうやめて! これ以上は彼が……!』
『ええい離せ! 止めるな!』
ロビンを制止させようとするエリー。
その隙をつきハーマンは、ロビンから距離を取って外壁によると仰向けた。
『ロビーン! そんなに憎いならあたしの腹を殴れーッ!』
『⎯⎯!!!』
アルバの強い語気でハッとするロビン。
そしてロビンは石床を殴りながら⎯⎯。
『⎯⎯くそーっ! くそ!! くそ! くそがーッ!』
そう、吠えると。
『……今のおれたちに……子育て出来る余裕なんて……ないんだよーーッ!』
……石床に向かって叫び、咽ぶ……。
ハーマンは息を切らせ仰向けながら。
『……ハハ……さすがのおまえも、女はなぐれねぇってか……』
そう言うと上体を起こし、壁に背もたれるハーマン。
『……いつまでも聖人ぶってんじゃねえぞ……』
『なんだとーッ……!?』
アルバとエリーに制止させられるロビン。
『……気付いてねぇと思ってんのか……? てめえだって、エリーの事が好きなんだろうが!!』
『『『!!!』』』
その言葉と同時に、ロビンは二人を振り切ってハーマンに素早く近付くと⎯⎯。
『もういっぺんいってみろ⎯⎯』
左顔脇の壁に膝蹴りを入れる。そしてその強い語気のまま。
『⎯⎯次は貴様の、その首をへし折る』
ロビンは脚を戻すと、ハーマンから少し離れ⎯⎯。
『ハーマン……その言葉は、否定しない……だがな……』
⎯⎯ハーマンに向き直す。
『お前がそれを今ここで吐く事で! 俺だけが恥をかくならまだしも……⎯⎯!』
『⎯⎯彼女にも恥をかかせると何故気付かん!!?』
『『『!!!』』』
⎯⎯今日は、もう上がりだ……。そう、彼が小さく呟いてその場は収まった……。
けれど彼が、私の事を好きだと聞いて……気になって……その後ろ姿を追わずにはいられなかった……。
付いていくと、彼は宿へ入り、彼らが使っている二人部屋へと入って行った……。
私は、ノックをして拒絶されることを恐れ……気が付くままに、扉に手を掛けていた、すると⎯⎯
『⎯⎯……どうしたの……? 鍵を掛け忘れるなんて、あなたらしくもない』
すると彼はベッドで仰向け、手で顔を押さえていて。
『こないでくれ、エリー……今の俺を、君に見せたくない……』
彼は、泣いているようだった……。
『好きな女が尋ねてきたのに、どうして泣いているの……?』
私が彼のベッドへ腰掛けると、彼は首を横へ振り。
『……違うんだ……君が、俺の後をつけて来ていたことは知っていた……足音で』
『!?』
『だから鍵も、掛け忘れなんかじゃない……。掛け無かったんだ……』
『!』
『だから、俺も、そういう事を期待する男だったんだと気付かされて……恥ずかしいんだ……!』
『ロビン……』
『分かっただろう……』
そう言って彼は体を起こして私の隣に座る。
『軽蔑してくれていい……今の俺は、自分でも何をするか分からない。だからもう、行くんだ……これ以上、君を傷つける前に⎯⎯!?』
⎯⎯違う……!
『やめてくれ、離れるんだ⎯⎯!』
『⎯⎯傷付いているのはあなたじゃない!!』
『!』
『私、これでも嬉しいのよ……?』
『嘘だ……』
『嘘じゃない……! 強くて……優しくて……冷静で……頭が良くて……おまけに紳士で、料理も出来て……』
⎯⎯そして、私だけを見てくれて⎯⎯
『え……り……』
『ここまで言わせてまだ私に恥をかかせる気なの!?』
『!!』
『……あなたが好きでいてくれて、光栄よ……ロビン……』
『……! ありがとう……! エリー……! ありがとう……!』
ロビンは嗚咽しながらエリーを抱き返す。
⎯⎯こうして私達は、結ばれた……。
⎯⎯しかし⎯⎯
『すまない……』
『どうしたの? 私、今幸せよ……』
『そうじゃない……』
『えっ』
『そうじゃ、ないんだ……⎯⎯』
⎯⎯宿⎯⎯
『⎯⎯実は、みんなに、黙っていたことがある……』
⎯⎯四人が集まり、彼が、驚くべき告白をする……。
『⎯⎯オレらの家がないって……まじなのかそれ……』
『……ああ』
唖然とするハーマンにロビンが静かに肯定した。
⎯⎯彼は、路銀や宿代を調達するために、自分の酒場と、そして、ハーマンの家を黙って売却していた。
港を離れる際に手続きだけを済ませて、万一の時に、すぐ金が入るよう、準備したらしい。
さすがの事態に、これは私達も言葉を失う……。
『⎯⎯黙っていて、悪かったハーマン……』
『……』
『気が済まないなら、気の済むまで殴ってくれていい……』
『……!』
⎯⎯その言葉にハーマンは反応するが……。
『……二人とも離れていろ……』
⎯⎯彼は胸ぐらを捕まれて⎯⎯
『甘えてんじゃねえ!』
『!?』
『なんでも殴られれば許されると、思い上がってるんじゃねえー!!』
『!!』
⎯⎯手を離された彼は嗚咽を溢しながら、何度も、何度も……謝罪の言葉を、繰り返していた……。
けれど、私達も彼に頼りきりなところがあった。それは私達も反省しなければいけない。そして、謝罪をしたのだが⎯⎯
『それも違う……俺は……自惚れていた。皆に頼られるのが、居心地よかった……。そこに俺があぐらをかき、この事態を招いた……!』
『あなたともあろう人が……どれだけの物を背負おうとしたのか……わからなかったの……!?』
『だから、ハーマンの言う通り、思い上がりだったんだ……! だからこれからは、俺の事を存分にこきつかえ! そして、至らないところがあれば容赦なくぶん殴ってくれ……! 俺に残された謝罪の道は、もうそれしか残されていない……!』
『ロビン……思い詰めすぎよ……』
⎯⎯そう彼を慰めたのだが……彼は再び大泣きしてしまった……。
……ともかく、じっとしていても解決はしない。まだなんとか、アルバが動ける今のうちに、蓄えを始めなければ……。
遂に、アルバが離脱してしまった……。あれから私達はとても忙がしくなってしまい、これをつける暇もない。……考えたくはないが、次は、きっと……。
とうとう……私も身重になってしまった……彼らだけに任せるのは心苦しいが、私達に出来ることは……もう、ない……。
⎯⎯宿・男部屋⎯⎯
ロビンはベッドの上で仰向けて。
『ハーマン……今はお互い言いたいことがあるだろうが、俺の言いたいことはわかるな?』
『……ああ……もう、ここまできたらやるしかねえ……ロビン』
ハーマンはベッド上で仰向けながら応える。
そして互いは見やると、大きく頷いて強く決心し、その部屋を後にすると、もう、戻ることはなかった……。
⎯⎯今日、アルバが字を書きたいと言ってきた。
『⎯⎯少し退屈なのもあるけど、産まれてくる子に、あたしの名前くらい教えたいな……』
私はそれを聞いて、ああ……彼女も母になろとしているのだな……と思うと、喜んで教え始めた。
の、だが……アルバの字は……うん……これも味なのよね。きっと。
⎯⎯ビーク~ハイデン間⎯⎯
『⎯⎯一体……俺達は何がしたかったんだろうな……』
⎯⎯私達四人は、なんとかこの、困難を乗りきる事が出来た……。宿を引き払ってまで身を粉にして働いてくれた二人には感謝しかない。冬の時期に重なら無かったのが、幸運だったのだ。
冒険者の制度、その整備が少しずつ見直されているらしい。
我が子の冒険証を見ると『職業:子』となっていて、それが少し可笑しいような、嬉しいような、不思議な気分になった。
それと私の子につけた名前はわりとよく聞く名と言われたのが、少し心残りだろうか。
『⎯⎯冒険者……じゃなかったね』
『ああ、ただ街の人に使いっぱしりにさせられて……』
『好きな女を抱いて、子供を産ませて……そして、路頭に迷いかけた……』
⎯⎯ハイデンというところまでの道中、六人で仰向けて、星をみながら口々に振り返った。でも皆の声色は沈んでいなくて⎯⎯
『けれど、悪くなかった』
⎯⎯と、私は振り返る。
『……そっか……やり残しがあるなら、この子達が大きくなった時に、再開すれば良いんじゃない?』
『『! なるほど!』』
『いや納得するところじゃないだろう!? 俺達は一体いくつになってるんだ……!』
⎯⎯けれど⎯⎯
『……まあ、本気なら考えておいてやる……』
⎯⎯彼はそう言ったが、きっと付いてきてくれる。だから、それまでこの日記も、一度、筆を断とうと思う……。このままだときっと、この子達の成長日記になってしまいそうだから……!
⎯⎯俺は、エインセイル行きの船に揺られ、その日記から目を離した。
(……さすが日記だ……生々しい……)
……当時のクロイツェンがいかに混乱していたか、少し垣間見た気がした。
この日記はこの先、東国から一周してグレイスバーグへ入り、マウンデュロス西部、その北部で終わっていて、寂れた村で産業に恵まれず、村の人達も冷たいとかそんな感じだ。
祖父母が再開するときは、綿密に準備や打ち合わせしていたと聞く。子育てや開拓の裏でそんな事をしていたのかと思うと、俺は少し微笑ましくなった。
その時、船室にノックが響く。外からは⎯⎯。
⎯⎯テレサです。居ますか? お兄さん。
「ああ。今開けるよ」
俺はそう応えて、座っていたベッドから立ち上がると、船室の扉を開け彼女を招いた。
彼女は隣のベッドに座り、俺はまた、元の位置に腰を下ろす。
「えと、今日は……籠りきりですけど、気分が悪くなったりは、していませんか?」
「……うん、ありがとう、大丈夫。ただ、少しこれの刺激が強かったかもしれない」
微笑みながら尋ねる彼女に、俺は礼を言って日記を持って苦笑いした。
「エリーさんって、お兄さんのお祖母さんにあたるんですよね……」
「そう、顔も知らないけれどね」
「実は、わたしもお祖母さんがいなくて⎯⎯」
テレサが饒舌に、自分の祖母や、家族の事を話しだす。俺はその表情を穏やかに眺めた。
そして、彼女の頭には、あの髪飾りが魅力的に揺れている。
「⎯⎯お兄さん? どうか、しましたか?」
俺は、にこやかに話す彼女を、少しぼうっと見ていたので、不思議に思われる。
「あ……ごめん。その髪飾り、ずっと、つけていたのかなって」
「はい。お兄さんに拾って頂いた物なので」
「もう君らなら、もっと良い物が手に入るのに」
テレサは髪飾りを外し⎯⎯。
「……これが、いいんです。これが、お兄さんと引き合わせてくれるきっかけをくれたので」
⎯⎯感慨深そうにそれを眺めていた。そしてそれを元の位置に戻すと。
テレサは少し俯いて。
「あの、お兄さん……」
「うん?」
「わたし、もっと、お兄さんと、冒険したいです……」
そう言うと、彼女は顔を少し赤くして、僅かに横を向いた。
それが、彼女の精一杯の告白なのだろうなと、俺は思う。だが⎯⎯
「ああ……出来ると、いいね」
⎯⎯今はそれ以上の言葉が出てこなかった……。
そして、再び船室にノックが響くので⎯⎯。
「⎯⎯開いてる」
とだけ言うと、ディアーデが入ってくる。すると⎯⎯。
「⎯⎯ライト……ん、二人で何をしていたの?」
「入ってきて、いきなりやましめに言うんじゃないよ……」
俺は、彼女が少しきつめに問うので、苦笑いしてつっこんでしまう。
「お、おしゃべり……を……」
テレサが深く俯くので、俺はディアーデを諌めた。
「そう言う言い方は寄せ。俺は良くても、彼女が恥ずかしいだろ?」
「貴方はいいって……どういう理屈なのよ……」
「もしそうなら、光栄ってことだ」
テレサが一瞬びくりとする。
「貴方……いつか刺されるんじゃない?」
ディアーデは冗談のように、苦笑いして言うが。
「化け物に食われるよりマシだね」
と、俺は即答した。
「病んでるわね、貴方も……」
言いながらディアーデは、額に手を当ててやれやれと仕草をするので、俺は窓の外を眺めながら、ふっと少し口角を上げ⎯⎯。
「⎯⎯ディアーデ……失言に気付いた方がいい」
「ッ!?」
ガラスには、口を両手で素早く押さえる彼女が、反射していた。
テレサに恥をかかせた罰である。
「それで、何か用があったんじゃないのか?」
俺が用件を訊くと、ディアーデは口から手を離さず、ゆっくり答えた。
「……訓練の誘い……」
「うん、わかった」
そう言って俺は、ベッドの側に立てて置いた訓練用の剣を手に取り⎯⎯。
「⎯⎯テレサも、外の空気を吸わないか?」
「あ、はい……ご一緒します」
彼女は顔を上げて応えた。
三人で部屋を出ると、通路でレウスと合流して談笑する。
そして、階段に差し掛かると、レウスとディアーデが横並びで先に登った。
俺は、後ろを歩くテレサに手を伸ばし、掴み返してもらうとそれを引いて、ゆっくりと甲板に向かった⎯⎯。
⎯⎯二十五年前・マウンデュロス北部⎯⎯
⎯⎯私達は今、膝を着かされ、腕を後ろ手に縛られ、猿ぐつわをされ、目隠しをされている……そして、袋のような物を今⎯⎯頭に被せられた……⎯⎯。
昨夜のこと⎯⎯。
『⎯⎯……邪剣だと?』
『あぁ。そこの洞窟には、そいつが眠っているんだと』
『あ~んたってば、まだそんな子供みたいなことばっかり……』
『お前は昔から、その手の話が好きだったな。……だが、村には聖剣の伝承があっただろう? あれはどうなんだ?』
『あ~……あれは、村長んとこの倅が厳しかったからな~……。オレ一人ならともかく、お前達の風当たりまで悪くさせたくなかった……』
『~~偉いっ、褒めてやるっ……!』
『おい、よせこの歳で……』
『……はっはっはっ……ん? どうした……?』
『ええ……それが、日記がないの……』
『……最期に書いたのは……?』
『っ、いけない……宿だわ……』
『そうか……なら帰りに、もう一度立ち寄ろう』
『……そうね』
『……酷い、村だったな……』
『ああ……俺達では、もう、手の施しようがなかった……』
朝になり、洞窟の探索を始めた。そして、その奥部……。
『⎯⎯!? これは……?』
『……魔動器……? かなり古い物のようだ……ッ!?』
『お前達……! 見てしまったな』
『! マウンデュロスの鎧!? 待ってくれ、オレ達は冒険⎯⎯がはッ!?』
『その……! めしいた顔を向けるなッ! ……こいつらを、取り押さえろ……⎯⎯!』
⎯⎯……既に老体の私達では、武装した集団にかなうはずもなく、なす術もなかった……。
今、四人の嗚咽に混じり、話し声が届いた……。
『⎯⎯あの村の、報告通りの人数か……。よし、食料の配給を手配しろ』
⎯⎯!!!
……ようやく理解した……私達は、『好奇心』という餌におびき寄せられた⎯⎯
⎯⎯『鼠』だったんだ…………!
この国が、何故こんな事をしているかは……わからない……。
けれどあの村は、こうやって命を繋いでいたんだ……。
……だけどもう、全てが遅い……祈ろう……。私達の子や、そのまた子らが、同じ結末を、辿らないように⎯⎯
『⎯⎯では、去らばだ』




