11号 下
⎯⎯現在⎯⎯
兵士の報告に、マウンデュロス王は少し俯くが、その表情に焦り等は見せずに言葉を紡いでいる。
「⎯⎯⎯⎯、⎯⎯……」
「……は……陛下、今……なんと……?」
しかしその会話は、ディアーデ達の耳には届かず緊張感が高まる。そして王は錫杖を床につき立ち上がると、臣下達に驚くべきことを命じた。
「これより先は余が預かる……! お前達はここから出て、民衆をなだめよ」
「はッ!? 陛下、御自らがなさらずとも⎯⎯!」
「聞 こ え な か っ た か ?」
その一言で、王の方を見ていた臣下達はぎくりとし、ひざまづいて応えると皆足早にその場から去る。
そしてディアーデとラファエルは、ひざまづいたまま臣下達を見送り、次の出方をうかがっていた。
(この期に及んで王が一人になるとは……! しかし⎯⎯)
(でも、ここまで来たら全て手遅れよ……! けれど⎯⎯)
((私が今感じている不気味さは、一体なんなの……!))
ディアーデは王の発言のあとから硬直していた。この場に居てはいけないと、体が全身で危険を知らせている。だが立ち上がろうにも動けないのである。
階段を下りる足音、王錫をつく音……それが近づくにつれて息があがる感覚に襲われていた……。
(ラ、ファ、エル……)
彼女が必死に硬直に抗い首と目を左に向けた時、彼もまた青い顔をし荒い呼吸を整えようとしていた。
やがて足音が二人の側で止まり。
「……まったく……もう少し楽しめると思っていたのだがな……」
(楽しむ……だと……?)
王はそう吐き捨てるように言い、その意味を理解する間もなく⎯⎯。
「がッ⎯⎯!?」
「ッ!!」
ひざまづいたままのラファエルを強烈に蹴り飛ばした。
そして彼は、床の上を数メートルも転がると仰向けて止まる……それは人が出せる範囲の威力をゆうに超えているものであった。
「ラファエルー!? くッ!?」
ディアーデは叫んだ事で、硬直が解けていると分かる。そして咄嗟に立ち上がり、反撃の手段を求めて懐へ手を入れながら王へと振り返るが⎯⎯。
「かっは……しま……っ!」
その動作では遅く、振り返りざまに首を掴まれて軽々と持ち上げられてしまう。
ディアーデは首を掴む腕を掴み返し、彼女の服からはただペンが、からんと音をたてラファエルの方へ転がっていった。
「さて、お前達はどうしてくれようか……余の国に混乱をもたらした罪、それに相応しい罰……!」
「……の、力……一体……まるで……ひとじゃ、ない……!」
「ク、フハハ……そうとも! 余は……我は、人ではない!」
「!?」
「まさに今、お前達が話していた魔族だと言えばわかるか!? この国の王はな! 愚かにも再び我らを呼び出したのだ!」
「だ……からって……ッ……なんで人の姿で……政……なんて……」
「そんなものは『きまぐれ』に決まっているだろう? 天変地異に何故と問うて、答えは返ってこないッ!」
その言葉にあわせてディアーデは首を締め上げられ、彼女は声に成らない声をあげる⎯⎯。
「……薄々感じていたが、キサマ……女か……」
「ッ!!」
下卑た笑みを浮かべる男にディアーデは睨み返して。
「お、おそくない……!」
「何……ッ?」
「ここまでの……やりとりだって……! すべて民に届いている……! お前がっ……魔族だということも……あぁぁぁーーッ!?」
彼女が言い切るより先に、男の姿をした魔族は彼女の首を更に締め上げ、ぎりぎりと軋んだ音をさせる。
「くどい! その程度、全てが貴様らの謀とすれば収まるのだ!」
魔族はそう一蹴して腕の力を僅かに抜く。
しかし、先ほどまで暴れもがいていたディアーデの抵抗は小さく、既に腰から下は垂れ下がり、軽く咳した口の端からはあぶくが溢れる。
「……そうだな……女なら、囚人達の慰みモノにでもなってもらおうか……男の方は最も苛酷な労働にでも付かせて……これを期にお前達の国へと攻め入ろう……!」
魔族は少しラファエルを見てディアーデに戻す。
そしてディアーデは、既に青い顔から更に血の気が引いて行くのを感じとった……。
「ディ…ア……デ、さ……」
ラファエルは魔族から蹴り受け、少しの間気絶していた。だがディアーデが初めに上げた悲鳴で辛うじて意識を取り戻す。
(う……ぐ……こきゅうが……おかしい……)
この時ラファエルは、魔族の蹴りで胸を激しく強打し、その衝撃で折られた肋骨が肺にまで達していたのだ。
彼は乱れた呼吸のまま首を反らせて目をやると、そこには天上と床……人が人を持ち上げている光景が反転して写る。激痛や呼吸困難で、視界がはっきりとしない。
(……そん、な……なにか……てだては、ないのか……?)
絶望的な状況に置かれた彼は、再び意識を手放してしまった⎯⎯。
『⎯⎯! 貴方は殿下と共にクロイツェンに向かった……! 何故……どうしてここに!? それにその足は!』
『すまない!!』
『!?』
『戦には敗れた……! 殿下も御守り出来ず! 足を焼かれた私は! 惨めにも兵に連れられて戻るほか無かった……! 本当にすまない!!』
『殿下が……そん、な……』
『……リュイス殿……! どうか私にかわり、意思を継いで欲しい! 万一に敗れた際の事まで仰せつかっている⎯⎯!』
「……その後、アイゼンタールは兵器技術にまつわる情報を全て処分し、民は北に位置する港から船で国外へ渡ったそうです……」
「リュイスは……それに彼も……」
「はい……彼女はそれには乗らず、目立たないように海岸線を伝い、エインセイルに紛れた後グレイスバーグへと渡り……側近の方は、城に残ったそうです。あえてそうすれば気を引けるだろうと……」
ラファエルの話を聞いて、彼女は船の柵に掴まり嗚咽を溢しかける。それが安堵によるものなのか、それとも今ここで聞くことが出来た喜びなのか、はたまた自身の無力さを嘆いているものかは、彼女にしかわからない。
「……ごめんなさい、なんでもない……!」
彼女は気丈に振舞い、そううそぶいた。その様子に彼は話題を逸らそうと思うと同時に、気がかりに感じていたことを聞く。
「……そういえばディアーデさんは、どうしてこの時代までに?」
「ああ、まだラファエルには話していなかったわね。それは⎯⎯」
はッ とラファエルの意識は呼び戻された。そして先ほど反転した光景には、何か別の物も写っていたと思いかえす。彼は先ほどと同じ体勢で⎯⎯。
(あぁ……あった……く……うごいてくれ……)
痛みは麻痺し、今はただただ苦しい。酸素を求めて必死に呼吸をするも楽にはならない。
(たの……む……こっちに、きづくな………!)
彼の視界には背を向ける一人がもう一人を掴み上げていて、そう祈りながら仰向けた状態で体を『それ』に近付けていく。そして⎯⎯。
(くそーーッ! 何が起きたんだーー!)
俺の視界には、凄まじい形相をした男がほんの一瞬写っただけなのだ。それからは何が起きたのか全く情報がない。
⎯⎯すると。
(! 天……上……?)
そしてその手には蒼銀の棒が持たれていて、更には⎯⎯。
(あれは……マウンデュロス王がディアーデを……!?)
その視界は鮮明ではない。だが俺は二人の伸長差やおおよその服から直感する。
「ラ……イ、トさん……」
(ラファエルかっ!? 一体どうなって⎯⎯)
「ディアーデさんを……たのみます……」
そう言うと彼は自身の左胸に棒を向けて。
(何を言って……何を、する気だ……やめろ……やめろーーッ!)
俺は腕を操ろうとするが、それは両手でしっかりと握られており、びくともしない。そして叫びも空しく、彼の胸へと突き立った⎯⎯。
⎯⎯ディアーデは体の向きが変わっていたことでその一部始終を見て。
「んんんーー!?」
「やかましい……! 今すぐ黙らせてくれる!」
王は彼女を窒息させて気絶させようとした……が。
俺はその無防備な背中を目掛けて⎯⎯。
ひゅんっ
「!? 何だ……今のは」
「ばっかやろおおぉぉーー!」
「んーん!?」
「は⎯⎯がっふ!?」
聖剣を投げつけ、叫びながら体当たり仕掛ける。それは狙い通り王の背中に刺さり、それに気を取られた一瞬に渾身の一撃を見舞った。……まあ、体当たりでは格好がつかないが……。
(くそ……! ディアーデといい、ラファエルといい……! アイゼンタール人はみんなこうなのか!?)
「ディアーデ! しっかりしろ……!」
その言葉と共に体を寄せ起こすとディアーデは激しくえづいて応える。
俺の体当たりにより彼女は拘束から解放され、王は⎯⎯。
「おのれ! キサマ……それにその服……! 一体何が起きたというのだ!?」
玉座への階段まで弾かれ、そこにもたれるようにしながら状況を整理しようとする。
だが、俺はそれに答えるような事はせず、彼女を庇いながら王を睨む。
「……答えんか……ならばまとめて……!?」
王はそこまで言うと腰の右側に手を伸ばし、次に左側へ伸ばし……しかしそのどちらにも目的の物はない。
「探し物は……コイツかな?」
「なッいつの間に……!」
俺は王錫を見せつける。体当たりを食らわした際に腰に収めていたのを見て、後で使われるよりも先に、今の内に奪った方が良いと思ったからである。何故ならこの王錫は。
「……ふ……ん……」
軽く息を吐きながら、俺はゆっくりとそれを引き抜いてみせた。
「え……貴方……右腕が……!」
「馬鹿なッ!? 何故だ!? 何故それに剣が仕込まれているとッ!?」
ディアーデと王はそれぞれ別のことに対して驚いている。しかし。
「……悪いけど、今どんな状況か訊いても?」
驚いているのはこちらも同じである。俺は小声で訊ねると、彼女は小さく頷いてから答えた。
「今目の前にいるのは、マウンデュロス王じゃない……! 魔族が体に入ってしまってるの!」
「なんだって!? なら王様本人はどうなった!?」
彼女は息が整わないまま話すと、俺は思ったままの疑問を王の姿をしたヤツにぶつける。
「ふん……その男の意識なら、我の本体に移ってもらった……だがその体もすでに灰とし、土へと還したさ……! まあ今思い返せば、少々惜しいことをしたかもしれん……」
「「…………!」」
自身が魔族だと、そして王はもうこの世にはいないと宣告され、俺達は顔色を悪くさせて言葉を失う。
「……さて、次はこちらが聞く番だ……キサマは何処から現れ、何故それが剣だと⎯⎯」
「おいおい……今あんたがするべき心配は、そこじゃないだろう?」
「何ッ!?」
ヤツは俺達から聞き出そうとするが、俺はそれに答えてやるつもりはないので割り込ませて言う。
「あんたの正体は国中へ明かされた! ここから追われるのも時間の問題だろ!?」
「ちィ……ならば……ここで……処刑してくれるッ!」
ヤツはその言葉と共に、背に刺さっていた物を投げつけて、俺は咄嗟にそれを剣で払い落とす。
(あぶねっ、下手したらこっちが折られてたな……)
次は俺を突き殺そうと、左右の腕から手刀が繰り出された。しかし今の俺には剣と、元通りになった右腕がある……!
「……悪いがその程度じゃ、あんたのお仲間の方が強かった、ぜ……!」
「我の仲間だと!? ええい……! 先程ほどから訳のわからぬ事ばかりッ!」
迫る両手を打ち払いながら隙を窺う。確かに力は強い、だが人の姿をしているおかげで動きの読みやすさがあるものの、別のやりづらさもある。
(もっと魔族らしければ思いきり戦えるんだが……!)
「一つッ! 教えてやるとな!」
「!?」
「コイツが剣だと知ったのは、『知り合い』のおかげだッ!」
「その者は誰だ! 答えろ!」
(お前も……っ! 知っている人間なんだがな……!)
そんな問答が功を奏し、単純な攻防に持ち込ませることが出来た。
相手には何も知らせないという公平さを欠いていた所が、俺は気になっていたのかも知れない。
そうして俺は、ヤツの動きが単調になったところで腹部を突き、怯んでいるところに袈裟斬りを重ねた⎯⎯。
「⎯⎯この体の、なんと脆いことよ……だが……それなりに……楽しませてもらった、な……」
両膝をつき、確かめるように言う魔族。身につけている豪華な装束も今は切り裂け、血にまみれているが、尚も不敵な笑みを絶やさずにこちらを見ている。
「……お前らは……一体どれほどの混乱を起こせば⎯⎯」
「フフ……ハハハ……」
「何が可笑しいッ!」
「今も……昔も……混乱を引き起こしたのは……人、だ……それを承知で……我らを呼び出したのだろうに……」
「く……!」
「さあ……とどめをさせ……! そして誇るといい……我を、打ち倒したことを⎯⎯」
「もう一つ教えてやる」
俺は魔族の辞世の句に割り込み⎯⎯。
「俺が倒した魔族は⎯⎯あんたで、二体目だ……」
その言葉とともに、ヤツの胸を貫いた。
「……終わった、のか……」
ぽつりと俺が溢すと、床でへたり込み見ていたディアーデも はッ と気を取り戻すと。
「ラファエル!」
そう叫んで床を四つ足で這うように動き、転がっていたペンを拾い震える手で言葉を待つ。それは彼とヤツの血を浴びていて、彼女の手をも赤く汚した。
“……あぁ……ディアーデさん……よく、ご無事で……„
床に彫られる字の上からは、一つ、また一つ……と光る粒が零れていく。
「うん……うん……! あなたも……!」
俺も彼女の側で腰を降ろすとラファエルに告げた。
「……無茶をしたな……けど、おかげで戻ることが出来た……俺の、右腕も。ありがとう……!」
“こちらこそ、願い通り助けて頂いて、ありがとうございました„
「お願い! 今度は彼を元に戻すために力を貸して……!」
言いながらこちらの胸に飛び込んで来るディアーデ。
「……ああ……! 勿論だ……!」
俺はそう答えて、今は彼女を優しく抱き返すのだった……。
しばらくそうしている頃、静かになった広間の外の遠くから、地鳴りのような音が届いてくる。
「おっと……騒がしくなりそうだな……立てるか?」
「……うん……」
「こっちだ」
ディアーデを立ち上がらせると、そのまま手を引いて大扉横の近くに身を寄せる。
そして、開くまで待つ間に身なりを確認して⎯⎯。
「あ悪い、外套を貸してくれ。ラファエルの血を隠したい……」
「……うん……」
俺はそれを受け取り、急いで被るように羽織ると、扉の反対側では大勢の人が声を上げていて。
⎯⎯⎯⎯⎯⎯…………!!
やがて開いた扉からは、なだれるように人が押し寄せてきた。
「よし……上手く紛れてやり過ごすぞ……今だ……!」
俺は呼吸を整えて合図を出すと、群集の波に飛び込んだ。しかし。
(うッ! 思ったより流れが強い……ディアーデ!)
離れてしまいそうな手を手繰ると、俺は彼女が流されてしまわないように、少し強引に右脇の外套中に抱き寄せて壁側へとやり、流れを遡って城外を目指した。
「……すまん、少しだけ辛抱してくれ」
「……へいき……」
「そうか……」
(……なんか調子が狂うな……)
ディアーデは今までの態度から一辺、とてもしおらしくなってしまった。
俺の知る彼女は、いつでも凛とした佇まいは女性らしく、堂々とした立ち振る舞いは王族のものであったが、それも今は伺い知れず一人の少女に見える。
(まあ……当然か……)
ディアーデはこの時代の人間ではない。
日々知らない人間に囲われて、今となってはラファエルだけが、彼女と繋がりを持っている人間なのだ。そしてそれも姿の見えない存在となれば心細く感じるはずだ。
加えて今回の事で、魔族が現れた原因をマウンデュロスだと暴いた。それは彼女がこの時代へと来た事に無関係ではない事だろう。きっと心の整理をつけるには、まだまだ時間がかかるものだと思う。
そんな風に考えながら、ふと寄せたディアーデを見る。
「……?」
と不思議そうに見つめ返されてしまい、言葉に詰まる。何故ならその時の彼女が、とても魅力的に写ったからだ。
俺はそれを誤魔化すために、何か話題がないかと考えを巡らせて⎯⎯。
「……そういえばさっき、体当たりをする瞬間……」
「……うん」
「初めて俺の名前を呼んでくれたか?」
『ばっかやろおおぉぉーー!』
『んーん!?』
『は⎯⎯がっふ!?』
「! ……よ、呼んでない……!」
目を逸らし言い捨てるディアーデ。その反応で、いつもの調子が少し戻ったように感じた。
「そうか。まあ……元気が出たならいい」
そう言って俺達はまた無言になり、声を上げる群集の中を歩いていた……が、その途中。
「……ライト……」
と、そう確かに彼女の声で聞こえた。
「……? 何か言ったか? 周囲の声が、騒がし過ぎるな……」
しかし俺はあえて、聞こえていないフリをして返答をすると。
「…………」
「……いた……」
肘で腹を軽く小突かれる。どうやらここは聞き取るべきところだったらしい……。
……女心は、かくも難しいものだと、改めて思い知る俺であった。
「兄ちゃん!?」
「先輩!?」
「ライトさん!?」
「お兄さん!?」
「あぁ! みんなおつかれ……!」
城の外へ出てすぐ、四者四様に俺を呼ぶ。この応対も、実に三年以上も前の事になる……と感慨浸っている間もなく。
「ぅおっと!?」
「お帰りなさい……お帰りなさい! お兄さん……!」
テレサが俺に飛び込んで来たので素直に抱き止めて、帰還の挨拶を交わした。
「ただいま。あーでも……何か今、鞄から溢したぞ……?」
しかし、人目につく所で女子に抱きしめらるのは中々に堪えるので、話しを逸らして溢した物を拾ってやる。何より早いところこの街から離れ⎯⎯。
「……日記……?」
「あ、はい。でもそれわたしのじゃなくて、宿にあった忘れ物なんです。手違いでまだ片付けが住済んでいない部屋を宛がわれてしまって……」
「ふーん……え……エリー……?」
俺は持ち主の手掛かりを探る為、両面の表紙を確認すると慌てて中身を確認する。
「ちょっと! 他人の日記を勝手に読むのは! それよりここから早く⎯⎯」
ディアーデの言葉に閉じて。
「悪い、ちょっと宿に行ってくる……!」
「「「「「はい!?」」」」」
俺は彼らの返事を聞くよりも先に駆け出していた。
⎯⎯宿に着いてすぐに確認を取ると、確かに忘れ物らしい。この宿では、特に貴重な物でもない限りは処分するそうなので、テレサに達に適当に処分を頼んだらしい。その後テレサにも、きちんと別の部屋をあてがったそうだ。
「⎯⎯何か、その客の足取りは分からないか?」
「……と、言われてもねぇ……」
俺と主人がやり取りをしているその時、宿の入り口が開く。
「もうっ、すぐにここから出なきゃでしょう!?」
「あ……みんな……」
そこへ現れたのはターレスの四人とディアーデであった。走って俺を追って来たのだろう、息を切らせている。
「そうだ……」
と、主人は何かを思い出したように。
「その人が発った直後にその子らが来たんだ、間違いない」
「!」
『はい。宿は……あ、丁度いま人が出てきたとこみたいです。僕らの荷物、よろしくお願いします』
「ラファエル、ラファエル!」
「えぇ!?」
ディアーデに急いでペンを出すように促して、俺は手帳を出す。
「ラファエル! この宿から出てきた人の特徴を覚えているか!?」
“……え!? えーっと、確か……男の商人風、だったような……?„
「……そうか、わかった……。主人も騒がしくしてすまない、この日記は……」
「あ、ああ、好きに処分してくれていい……」
俺は宿から出ると、仲間達も後についてくる。
「一体どうしたの! 説明してくれる!?」
「……人を、探したいんだ……」
「人探し? この混乱のただ中で!?」
「わかってる! だからみんなは出発の準備をしていてくれ! 一時間後に街の入り口で!」
俺はそれだけ彼らに告げると、商業区を目指した⎯⎯。
⎯⎯そして。
「⎯⎯もう二時間になるぞー……?」
「あ、でも見て、戻って来た……!」
俺は商業区を駆けずり回り、日記を忘れた人物を探した。午前にその宿を発った商人はいないか……商店で働く者達にも、日記の紛失に気付いた者はいなかったかと。しかしそのどちらにも、思い当たることはないと、首を横に振るばかりであった。
(きっともう街を発ってしまったんだろう……)
街の入り口で俺に手を振る人影が見える。元の姿に戻って早々勝手な事して、怒られるだろうか?
「ただいま……その、勝手に飛び出して悪かった……」
俺は合流すると皆に詫びる。
「もういいわよ……こうして戻ってきてくれれば……」
「……ありがとう……気持ちの整理がついたら、いずれ話す……」
「はい。急いで港に行きましょう……!」
こうして俺は、何かが心につかえたまま、マウンデュロス王都を後にした。




