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11号 中

  ⎯⎯三ヶ月前・クロイツェン城⎯⎯


「「「証拠を……?」」」

「作る……だと……?」


 イズンは俺の言葉に疑問符を浮かべながら続けて。


「つまりライト、証拠を捏造するというのか? いつぞやのそなたのように」

“捏造……捏造ね……。本人が認めている証拠も、捏造といえるならな„

「本、人……? まさか、悪魔の指のヴィバリウス王に作らせようと言う気か!?」

「「「!?」」」

“ああ。証拠が無いって時点で、国が隠蔽しているのは明白だからな。そんな所へ当時の王様が残した物が見付かれば……„

「すごいわ! それならマウンデュロスも認めるしかないじゃない!」

 ディアーデは声を上げてイズンから俺を奪う。


(うおぅ、まだ話しは終わってないんだが……!)

 俺はディアーデの腕を操り空に書く。それに気付いたお姉さんは手帳を出すと、ディアーデもそれに気付いた。


「ご、ごめん。それで、具体的には⎯⎯」

“いや、それだけじゃ駄目なんだ。協力者が足りない„

「えっ?」

“証拠が出来た所で、城に持っていった人間ごと揉み消されかねん。そこから戻ってこなくとも、それをここへ報告出来る人間が必要だ„

「そんなこと……ターレスのみんなに頼めば良いじゃない!」

“駄目だ! 俺達は三百年も前の事をひっくり返そうとしているんだぞ!? マウンデュロスが大人しく認めるわけがない! ディアーデこそ、無関係な人間を巻き込もうとしている!„

「!」


“……ディアーデ。お前が無念だと思うのは分からないでもない。けれど俺は、元の人間に戻りたいだけなんだ。ターレスの四人を、それ以外の目的で危険な目に合わせないでくれるか……?„


「くっ……! だったら、ラファエル!」

「は、はい!?」

 突然呼ばれたラファエルが驚いて返事をし。


「お願い。彼を元に戻す為に、貴方も協力して欲しいの」

「きょ、協力、とは……?」

「ペンを壊す為に、忌わく品が欲しい! 博物館にそれらしいものはない!?」

「わ、わかりました。館長とも何かないか、調べます……!」

「それから、イズン。ここに人を呼びたいのだけど……」

「ん?」

 ディアーデはそこまで話すと、俺をお姉さんに渡した。その視界ではディアーデとイズンが会話を始めて、その声までは届いていない。やがてイズンが何か書いた紙をディアーデに渡すと、彼女はそのまま執務室から出て行った。


(どうしたんだ……?)


「あ、あいつ……っ!」

 イズンが思い出したように声を出すと俺に訊ねる。


「ライトよ……そなた、例の魔法をディアーデに明かしたであろう?」

“うッ!?„

「はァ……お前を置いて行ったからな……まあ、良い……」

 イズンは飽きれながら座り直すと言葉を続けた。


「……それで証拠だが、どうするのだ?」

“あ、あぁ……古典的だが、やはり『書』にしてもらうのが良いと思う„

「で、あろうな。とすれば、当時の紙と墨が必要なわけだが……」

 イズンはラファエルを見る。

「はい。そのくらい昔の紙と墨であれば、博物館にあったはずです。珍しい物でもないので、少しなら融通がうわっ」

 とその時、彼の持っていた悪魔の指が空に書く。

「す、すみません。インクと紙をお借りします」

「ああ」

 イズンがそれを許すと、悪魔の指⎯⎯ヴィバリウス王はラファエルの腕を使って何かを伝える。


「どれ……“勝手に話を進めるんじゃない! わしはまだ協力すると決めてはいない!„……」

 その文をイズンが読み上げて⎯⎯。


「なッ!? こいつ……お前のせいでアイゼンタールが」

「落ち着きなさい、ラファエルとやら。……ヴィバリウス王、そのような姿になってしまわれたこと、気の毒に思う。ならば、彼と同じように、元の人に戻りたいのではないか?」

“!? 戻れるのか!?„

「……いや、ヴィバリウス王の遺骨はコレと同時に発見されたと記録にある……」

「と言うことはだ、そこから出れたところで、肉体の無い魂だけだ。諦めてくれ」

“馬鹿な……„

「だがあるとすれば⎯⎯神と交信することで、何か知恵を貸してもらえるかもしれん」

“何!? 本当に神と交信する事が出来るのか!?„

「ああ。しかし、神でも無理だとすれば私らにも無理だが。どうだ? 協力すれば神と交信させてやろう」

 イズンがヴィバリウス王と交渉して協力させようとする。悪魔の指はしばし硬直して。


“ぐぅ……その言葉、忘れるなよ„

「……そなたも忘れるなよ。魔族を呼び出し混乱を招き、滅んだ国があるということをな」


(……どうやら交渉は成立したみたいだな。三百年前の字を俺は知らないから、イズンに任せるしかないか)


 お姉さんやイズンが三百年前の字を読めると言うことは、魔法使い共通の知識なのかもしれない。そして、ディアーデが現在の字を知っているのは、地下から持ち出されてから様子を伺っていたからだろう。実際俺が彼女と交流するまでは半年のズレがあるのだ。


“……イズンは、ディアーデとラファエルに協力するのか?„

「意外か? これでも私は、一国を預かる身と言っても過言ではないからな。あまり他人事のように言うつもりはない」

“そうか……„

「君は協力しないのか? 彼……ラファエルは、この件が片付けば君についても協力するのだろ?」

“この姿でどう協力しろと……„

「……まあ、出来る事はあるさ……」


 イズンがそこまで語り、一息つくと執務室の扉がノックされた。それに応えた彼女が中に招き入れた者は⎯⎯。


「「「「し、失礼します」」」」

(ん? この声は……)


 お姉さんが控えめの挨拶がする部屋の入り口を向くと、俺はその人物らの正体を知った。

(お前達……)

「ターレスの皆様……どうしてこちらへ?」

「私がイズンに頼んで、今連れて来たところよ。ライト、貴方を説得するためにね」

 ディアーデが、四人の後から遅れて入室するとそう説明した。そして。


「……貴方はこの三年間、この子達が何をしていたか、本当に知ってる?」


“……何が言いたい?„


「この子達はね、フェレスの情報だけじゃなくて、自分達の冒険でも忌わく品がないか、情報収集をしていたのよ。貴方を、元に戻す為に」


“! なんだって……„


「まあ結局……手がかりはなかったんだけどな」

 レウスはあっけらかんと話し⎯⎯。

「……ええ。なんと言いますかやっぱり、ギルドの情報網にはかなわないですね……」

「先輩を落ち込ませたくないし、ちゃんとあたし達で手に入れるまでは黙っておこうって、ね……?」

 ⎯⎯スクレータとマオは苦笑いしながら言う。テレサは⎯⎯。


「……ディアーデ(お姉)さんから聞きました。ラファエルさんが博物館の方で、お兄さんの事を協力して下さると。だからわたし達に、この依頼を解決してほしいってお願いされたんです」


 ⎯⎯ディアーデに頼まれたと、明かした。


「お願いしますお兄さん。わたし達に、その依頼をさせて下さい……!」

 そう言いなから頭を下げるテレサ、そしてそれに習いながら三人も頭を下げる。

(どうして……)

“……なんで、そこまで出来るんだ……„


「それはなライト。それだけ彼らが真剣だからであろう?」

(イズン……)

「どうするの? ここまで聞いてもまだ協力を拒否する気かしら?」

(う……)

「……出来ないわよね。ここで断ることは、彼らが自分の為にしてくれていたこと……それを否定するようなものだわ」


 ……参った……。


 そこまで皆が、俺の為にしてくれていたと、今の今まで気付くことが出来なかった。ただただ自身の鈍さが嫌になり、そして恥ずかしい。

 そんな俺が今、彼らに出来る事は。


“今までありがとう。そしてこれからも、よろしく頼むみんな……俺が元に戻る為に協力して欲しい„


「「「「!!」」」」


 それから、俺達の計画は始まった⎯⎯。



「⎯⎯あの、マウンデュロスってどんな国なんですか?」


「ああ、山岳地帯を主とする国だな。魔動石の産出に恵まれているが……」

「はい。今でこそ採掘量が厳しく管理されて価値が一定に保たれていますが、三百年……それ以前は決められていなかったことで問題になりました」

「うむ。そうして国力を戻していった大国だが、あまり良い話は聞かんな……。ライト」


“うん?„


「書の準備はセラテア辺りにさせるとして、誰がマウンデュロスに持って行く?」

「勿論、私が行くわ」

「僕も行きます。言い出した以上、責任を持って見届けたいです」

「うむ、ならば二人をクロイツェンの使者とした親書を用意しよう」

 ディアーデとラファエルが自らが立候補して、謁見にはイズンが協力してくれる事になった。だが⎯⎯。


“これだけじゃ決定力不足だな……どうしたものか……„

「ああ。そなたの言った通りこのまま揉み消されるのがオチだ」

“相手は大国だ、一度で決着させるのも難しい。こういう時は揺さぶりをかけて、少しずつ切り崩して行きたいところだが、その為にはもっと広い影響力が必要になる„

「……ん? ならばアレが使えるのか……?」

 イズンは一人ごちるように顎を押さえて言う。


「イズン様?」

「いや最近の話で、ある魔動具の工房がな、転移袋を応用した魔動具が試作段階に入ったと言うのだ」


「転移袋……って言うと」

「あーあ、マオが迷子になった時のやつか!」

「っ!!」

「ぃッ~~!?」

 レウスが思い出して声をあげたのでマオは彼の足を強く踏む。

 周りはそれに小さく苦笑いして、イズンが話を続ける。


「その試作品は『唇導函』と呼ぶらしい」

「「「「(……シンドウカン……?)」」」」

「うん、遠く離れた声や音を伝える箱のような装置、ということだ。私もその図面を見せてもらったが、箱といっても大きくはない」

 イズンはこのくらいだ、と言いながら両手の親指と人指しで長方形を作って見せる。

「……それを使って、謁見時の会話を民衆にも届くようにするのだ」

「!? そんな事をしたら……!」

「ああ、混乱が起こるだろうな。しかし、私達にとって大事なのはそこだ。内容を信じて貰えるかどうかは次でいい、それだけで皆の不安を煽れるだろう。その混乱の隙をついて、君らは国を離れるんだ」


 イズンの言葉をそこまで聞いて、俺は全ての点が繋がり線になった。


「ですが、マウンデュロスの兵が大人しくしているとも……」


“そうだな……だから、その役目を担わせようというんだな。レウス達に„


 俺の言葉を読んだお姉さんは、はっとしてターレスの皆を見ると、イズンは頷いた。


「おれたちが……」


“ああ……けれど、一歩間違えれば捕らえられるのは俺達だけじゃない、お前達も捕まる事になる……下手をすれば一流の格さえ取り下げられる、同じ冒険者としてこんな事はさせたくはない……„


「……でも、やらなきゃ過去の悪事を暴けないんだろ?」

「だね。だったらやるっきゃないでしょ」

「……はい。僕も直接的な戦闘を避けられるように、魔法の使い方を考えます……!」

「わたしに出来る事は、みんなから守られるだけ……でも、お役にたちたい気持ちは一緒です」


(レウス……マオ……スクレータ……テレサ……)

 四人はそれぞれの意気込みを述べる。その顔にはもう、かつて初心者だった頃の面影はない。

 俺は頼もしさを感じると共に、一抹の寂しさも感じたのだった。



「⎯⎯では、行動開始といこう。なあに急ぐ必要はない、拙速より確実性を重視、だな」

“ああ、俺ら全員の今後に関わって来ることだからな„

「はい。では私は、ターレスの皆様を連れて工房を訪ねに行って参ります」

“悪いお姉さん、ちょっとイズンに確認したい事がある。俺は置いていってくれるか?„

「? はい、ではまた後程……」

 お姉さんはイズンの目の前に俺を置くと、彼らを連れて執務室を後にした。


「……じゃあ、私達は悪魔の指を持ってセラテアの所に行くわね」

「うむ、今その旨の書を持たせよう……」

 そう言うと、俺を使いしたためるイズン。そして書き上げたそれをラファエルに渡す。

「……確かに受け取りました。その後僕は博物館に戻って、紙と墨を拝借出来るように算段をつけます」

「行きましょう」

「はい」

 そう言って礼をするラファエルと、ディアーデの二人もまた執務室を後にするのだった……。

 

 そして俺はイズンと二人きりになり⎯⎯。

「それで、確認したい事とはなんだ?」

“ああ、まずはありがとう。確かにこの件は俺も協力したかったんだ。だが普段ならいざ知らず、この姿じゃどうにも消極的なってしまうな……„

「……気にするな。私が協力する理由さっき言った通りさ……まさか、それが確認したい事か?」

“あ、いやそうじゃなくて実はな⎯⎯„



  ⎯⎯レウス達⎯⎯


 城を後にしたターレスの四人は、フェレスに連れられて魔動具の工房⎯⎯その所長の元を訪れていた。


「⎯⎯おおぉぉ、君達はいつかの。見違えたな」

 所長はターレスの四人を見て顔を綻ばせると。

「それと、ギルドの受付をしている君も以前、訪ねに来たことがあったな」


「私達を覚えておいででしたか?」


「ああ勿論。あの研究は私にとって、変えがたい物だったのでね……それで、今日は何か魔動具をお求めかな?」

「はい、実は⎯⎯」


 彼らは試作品の魔動具『唇導函』について訊ね始める。


「⎯⎯なるほど……唇導函の試作試験に協力する代わりに、それを使わせて欲しいと……」


「はい。僕達はこれからある依頼をするのですが、それにあたるにはその魔動具が不可欠なんです」


「……ふむ……」


 そう答える所長の顔は険しく、それに気付いたフェレスは訊ねる。


「何か問題が起きているのですか?」


「協力者が増える事は喜ばしいのだが、今君達にして貰える事となるとな……」


「現在の進捗としては?」


「理論上の起動式は編み出されている。……問題は本体になる材質なのだが、この周辺で手に入る素材は粗方調べてしまったところなのだ……」


「……材質?」


「レウス、魔動具には魔動石を使います。その石の動力を無駄なく伝える為には、魔動具の機能と素材との相性が噛み合わなければ実用性に乏しい物になってしまいます」


 その言葉に所長は「ほう……」と少し納得したような顔して。

「君は魔動具に詳しいのかね?」

「あ、いいえ。父から聞きかじった程度のものです」

「ご家族にね……なるほど」


 所長はスクレータの言葉に頷いて言葉を続ける。


「まあ、つまりはそういう事だ。これ以上は外国の品を広く調べていくしかない……」


「……そういうことでしたら、わたしの家が協力出来るかも知れません……!」


「テレサ?」

「……どういうことかね?」


「商人をしている実家に、心当たりを調べてもらうことが出来ます。わたしの家はエスティード家ですから⎯⎯!」



  ⎯⎯ディアーデ達⎯⎯


 二人は悪魔の指⎯⎯ヴィバリウス王の告白書について相談するため、セラテアを訪ねにギルドの広報へと来ていた。


「⎯⎯あら、ディアーデちゃん御無沙汰ねぇ。そしてそちらは……博物館のラファエル君? まあまあまあ……こんなとこまでどうしたの?」


「イズ……んんっ、魔導大臣様から手紙よ、って早!?」

 ラファエルが預かっていた書を差し出しながら話すと、言い終えるより先に奪うようにして取り上げるセラテア。


「……ふむ、ふむ……ちょっと、奥で話しましょうか~」

 二人はセラテアに、公報室奥の客室へと促された⎯⎯。


「⎯⎯それで……これが、三百年前の王様の成れの果て、ねぇ……」

 脚を組み、軽く頬杖を着きながらしみじみと話すセラテア。


「はい……どうでしょう? 協力はして頂けますか?」

「ええ、大臣様たってのご指名だもの、協力させてもらうわ」

「……! ありがとうございます! 普段のお仕事もあるでしょうに……!」

 二つ返事で快諾するセラテアに、ラファエルは腰掛けたまま大きく頭を下げた。


 その様子を見たセラテアとディアーデは僅かに表情を緩める。


「それじゃあ、その指の事は任せるわね。私はレウス達の方を手伝っているわ」

「……ディアーデちゃん」


 セラテアは立ち上がろうとするディアーデを呼び止めると⎯⎯。


「貴女が今、三百年前の事を明らかにすることについてどう思っているのか……教えてくれない?」

 ディアーデはセラテアの言葉に俯きながら重く口を開く。


「……わかっているのよ……こんな事をしても、国は戻らないと」

「ディアーデさん……」

「…………」


「アイゼンタールが無くなったのは……私のせい。冷静な今なら、それがわかるの……だからこんな事をしても、また混乱をさせるだけだって……! けれど、このままアイゼンタールが悪だと言うことにはしておけない! 私について来てくれた兵や民は正しく生きていたんだと……!」


「……そうやって、貴女は三百年抱えていたのね……ごめんなさい。私達で明らかにしましょう、真実を」


「セラテア⎯⎯!」


 ⎯⎯感極まったディアーデは思わず、セラテアの胸に飛び込んでいた。



「⎯⎯さっきは、みっともないところ見せてごめんなさい……」


 広報を後にしたディアーデとラファエルが街を歩きながら話す。


「いいえ、こちらこそ……何も掛ける言葉が思いつかなくて……」


「いいのよ」


「ディアーデさん。僕はこれでエインセイルに戻りますけれど……次の機会には、リュイス(彼女)の事を聞いて欲しいです……!」


「……! うん、そうする……!」



 そうして、ディアーデはレウス達と合流するために、ラファエルはエインセイルへ戻るためにそれぞれ別れたのであった⎯⎯。



  ⎯⎯そのおよそ二ヶ月後⎯⎯



“……我らマウンデュロスは、魔動石の過剰採掘によりその価値を暴落させ、経済に多大なる影響を与えた。だが愚かにも、私ヴィバリウス八世は高純度の魔動石を採掘することで、解決を図ろうとした。新たな鉱山を拓く為に、グレイスバーグから資金を借り入れるも、それも徒労に終わる。そんな折に、魔族の召喚器を鉱山の予定地から掘り起こした事で、魔族とグレイスバーグとを⎯⎯„



 彼女は手をわなわなと震わせながらその下書きを読んで。


「~~~~!! ふ ざ け る な ー!」


 叫び声を上げながらその紙を、破り、丸め、投げ捨てた。しかしその怒りは収まらず。


「あんたそれでも王様かぁ~!? もっと威厳のある文章にしろー!」

“そ、そう言われても……わしは文を書くことをあまりしてこんかった……そういう雑事は主に文官が……„

「うるさーい! つべこべ言わず偉そうな文にするんだよーー!?」

(ひ、ひぃぃぃ……)


 周囲にいる広報で働く人間は、彼女が一体何に憤慨しているか飲み込めず、ただ冷ややかに見つめていた……。



  ⎯⎯エインセイル・乗船日⎯⎯


「皆、準備は整ったか?」

「イズン様! はい、唇導函も試作試験が終わってきちんと持ちました」


 間もなくマウンデュロス行きの船が出港しようとしている頃、イズンが直接見送りに来た。


「大臣様自ら見送りに来て頂いて光栄です……!」

「ふ……無理に慣れない言葉使いはしなくとも良い……。これが親書の入った書簡だ。こちらがヴィバリウス王の書になる」

 イズンはクロイツェンの刻印の入った書簡をディアーデに、ヴィバリウス王の書が入った書簡をラファエルに渡す。

「ええ、ありがとう」

「……まさか、お前に礼を言われる日が来るとはな」

「ちょっと! ……ところでセラテアは? 彼女の事だから来ると思っていたのだけど……」

「あぁ……あやつなら今頃、悪魔の指と格闘しておるだろう」

「「「「「(???)」」」」」

「ところで、ライトに少し話しがあるんだが」

「えっええ、もうすぐ出港だから手短にお願い」


 そう言ってディアーデはイズンに俺を手渡すと、受け取ったイズンは皆から背を向けて、自身が持ってきた紙を出す。


「ライト、君に確認するよう頼まれた事だが……」

“ああ、どうだった?„

「うん、君が倒した魔族だが、両手ともしっかり五指があったと研究室の人間は言っていたぞ」

“なに、そうなのか……?„

「君はヴィバリウス王に指を落とされた魔族と、君が倒した魔族とが同じではと思っていたようだが……別個体ではないのか……?」

“そうか……かもな„


 そろそろ出るわー とディアーデが叫ぶ。


「っと、あと交信器だが以前の魔動石がまだ使えん。君らが行って帰ってくるのに大体二ヶ月だ、その時にでもまたセラテアに持たせてをこちらへ寄越そう」

“わかった、ありがとう。行ってくる„

「うむ、では気をつけてな」


 その言葉を最後に、俺はイズンからディアーデへと戻されて、マウンデュロスに向けて旅立った。


 出港するとディアーデが先のやり取りを聞いてくる。


“⎯⎯ああ、俺達が戻って来る位にセラテアもくるから、その時に交信器を動かせるとさ„

「……そう……」

“ディアーデ„

「? 何?」

“その時が来たら、俺の名前を貸そうと思うんだが„

「! ……いいの?」

“少しは知れた名のつもりだし、お前の正体を隠す意味でもな……だがまあ、お前次第だ。どうする?„


 その言葉にディアーデは少し悩んで。


「……仕方ない……()()()()()()わ」


“ふ……なんだそりゃ„


「……私、きっと明らかにしてみせる⎯⎯!」


 そう強く応えるディアーデのまなざしは、北の水平線に決意を込めて、向けられていた。

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