01号 一流冒険者、記者に転身す! 上
⎯⎯朝。宿の食堂で朝食をすませた後、俺は手帳を開いて今日の予定を整理し、少し時間を潰す。手帳は新品……というか、紙を紐で締めた簡素なものを、この日の為に自作したのだ。
今日は記者としての初依頼。まだ冒険者になりたての、初心者冒険者のパーティー(複数人で冒険活動をすること)に同伴してほしいというものだ。
別段これはこの職業ならではの依頼ではない。だが記者の職業の者自体が少なく、必然的に依頼する者も少なくなっていくのだ。
しかし、俺は出戻りの冒険者、曲がりなりにも一流とまで呼ばれた経験者。自分が冒険の勘を取り戻す意味でも、うってつけなわけだ。
軽く予定の整理を済ませると宿を出て、冒険者ギルドへと向かう。ギルドとは冒険者に関わることを管理する施設だ。
(宿とは目と鼻の先だけに、先輩が遅刻はさすがに格好が悪い)
この街が、冒険者を奨励するにあたり区画整備等もされた。宿とギルドが近いのはそういう事情で、先の宿も剣士時代からの定宿である。
ギルドの前では、外の花壇に水やりをする女性がいる。彼女がこのギルドの受付だ。
「あ、おはようございます。ライト様」
こちらに気付くと挨拶をされたのでこちらも返した。この人ともやはり剣士時代からの付き合いで、約五年程。そして、戦えなくても冒険者が出来る方法として、戦場記者を薦めてくれたのも彼女だ。
中に通されるとお茶を勧められたので頂く。俺は入って直ぐのカウンターに座った。
「お待たせいたしました」
程なくお茶が出てくる。昼はカフェスペース夜は酒場と、形態を変える店にギルドは併設されており、彼女はその給士としても勤めているので、その姿は様になったものだ。
「それとこちらも……」
そう続けて彼女はお茶の他に、数枚の紙束を差し出した。
「今回同伴して頂く、パーティーの情報を纏めてみました。略式ですがよろしければ……」
「本当ですか? 助かります、ありがとう」
俺がそう答えてそれを受け取ると、彼女の顔が僅かに緩む。礼をしてカウンターの奥へと下がり、今日の事務を始めたようだ。
この人の仕事歴は、俺の冒険者歴よりも長い。いわば先輩なのだが、その分帰って来ない冒険者も見てきている。それ故、冒険者に深入りはしないようにと感情を持ち込むことを律しているそうだ。だから俺もまだ名前を知らない。
(見た目は誰がみてもわかる美人だけに少し惜しいぞ……)
俺は思わず入ってきた雑念を振るい、渡してくれた紙を読み始めると⎯⎯。
紙に目を落とすと同じに、入り口のドアが開いた。集中する直前だった俺は、つい入り口に目を向けてしまう。
少女が入ってきたのだ。桃色の髪に長さは中くらい、清潔感のある服装から癒術士を思わせた。年齢は身長と雰囲気から十代半ばと、俺は思う。
「いらっしゃいませ。おはようございます、テレサ様」
「お、おはようございます」
挨拶を交わす二人を目で追ってしまった為、その子とも目を合わせてしまう。
「お、おはようございます」
「お、おう、おはよう」
思いがけず挨拶された俺は、そんな気の抜けた返ししかできなかった。
二度も集中を切ってしまいつつも、気を取り直し今度こそと読み始める。
・氏名:テレサ═エスティード ・性別:女 ・年齢:十四
(十四!? 随分若い……というか、若すぎる。テレサってことは恐らく今の子……だよな。見た感じ育ちの良さも受けるんだが……)
とりあえず続きを読んだ。
・職業:癒術士 ・出身:クロイツェン王国,ターレス
その他にも項目があるが書かれていない。略式だからであろう。
(思ったとおり癒術士か。ターレスはここから西にある、都の次に大きい街だな。……ターレス……、……エスティード……? 聞いたことがあるような……なんだったか)
そこまで目を通したところで、顔を上げずに視線だけでその子を探すと、通りに面したガラス張りの席に座り、本を読んでいた。
(あれで十四とはさすがに思わなかったな……俺ですら十六そこそこだったし)
それ以上は考えてもわかりそうにない。
俺は二枚目を読む。
・氏名:スクレータ═マグス ・性別:男 ・年齢:十五
・職業:魔道士・出身:クロイツェン王国,ターレス
そこまで読むと再び入り口が開いた。
「いらっしゃいませ」
「おはようございます」
「おはようございます、スクレータ様」
その名前に反応し、ちらと目をやる。やはり若い。灰色の髪に長さは中くらいの少年、だがテレサという子よりは短い。顔立ちは賢そうで、黒を基調とした長衣も魔道士を伺わせた。
先にいたテレサと挨拶しているところを見るに、やはりこの子がそうらしい。
(一つのパーティーに魔道士と癒術士って、かなりのレアケースじゃないか?)
魔法は存在を周知されているが、扱える者となると多くない。それは本人の適正もだが、魔法技術が拡散されないよう、魔法使いの一族で門外不出とされているのが一番の理由だ。
(確か門外不出になった理由は、すごい昔に魔法使いを迫害したのに、その数百年後侵略を受けそうになった王国を、その代の王が迫害の過ちを認め、魔法使いと和解し魔法の力をもって国を救った。その功績を認められ、それ以降この国の大臣は魔法使いが勤め、それが今まで隠れ住んでいた魔法使いも社会に認められる形になり、過去の迫害を再び起こさないために、魔法の拡散を厳とした。……とかだった気がする)
ここまでを整理し、三枚目そして四枚目を読んだ。
・氏名:レウス═ベルグ ・性別:男 ・年齢:十五 ・職業:剣士
・氏名:マオ═リーシャ═シグナ ・性別:女 ・年齢:十六 ・職業:奏楽士
⎯⎯となっている。
また、全員がターレス出身と判明し、俺達のような冒険者なのだろうと予想できた。
三人目は分かりやすい前衛職なのだが、四人目は奏楽士となかなか聞かないもの。年齢も最年長でリーダーなのだろか。ミドルネームから移民系の家族の影響を受けていそうだが、これ以上は本人に聞くのが早いだろう。
そこまで考えて読み終わると入り口が開き、二人入ってきた。
席についてからはおよそ二、三十分経つころだ。
一人は赤茶で額まで出したかなり短い髪の少年。帯剣し、木の丸盾と革鎧の一部は金属で補強されている。
もう一人は橙の髪は長くポニーテールと、少し目立つ髪飾り。弓矢と棍に弦楽器だろうか、装備が多い。服装は露出が多く、その肌は褐色でこの辺であまり見ない感じだ。
共通した印象として、二人とも活発そうである。
「おはようございます、マオ様、レウス様」
「おはようございます」
と二人。
「既に二人お待ちです」
「おはよう。悪い、遅れたか?」
「おはようございます。いいえ、時間通りです」
テレサとスクレータとそう交わす声が聞こえた。
「それじゃ出発しよっか?」
とマオと思わしき子に肯定する返事と。
「お姉さん、出発します」
とレウスと思わしき子。
「かしこまりました」
とお姉さんはカウンターを回りこんで課題(初心者にはまず依頼ではなく課題からのスタートになる)の説明を始めた。
「⎯⎯以上が最初の課題です。それと……ライト様」
呼ばれたので側に行く。
「あなた方には同伴の方が付き添います。ご家族から聞いていますね? こちらが、同伴していただくライト様です。現在はあなたたちと同じ初心者の記者ですが、以前は一流として名を馳せた剣士です。きっと皆さんの力になって下さいます。ライト様、よろしくお願いいたします」
俺の名前を聞いて少しざわっとするが、既に話が通っているのだろう。すぐ静かになってくれる。俺は言葉を引き継いで。
「みんなおはよう、ライトだ。しばらく世話になるがよろしくな。一流なんて持ち上げられたが、そう畏まらずに付き合ってくれ。それと俺はできる限り、手を出さない気でいるから、そのつもりでな。ただ本当に危険な時は支持を飛ばしたり、囮になってみんなを逃がすくらいはしてやれるから、まあそれは……お手柔らかに頼む」
……と堅すぎず砕けすぎない印象で話してみた。
「ねぇ、おっさん質問があるんだけど」
(お、おっさ……)
村の子どもたちにも兄ちゃんで通ってるのに……。
(……さすがにキズつくぜ……)
「……恐縮ですがレウス様、ライト様は私より年下です。であれば私もおばさん、ということでよろしいですか?」
そうフォローしてくれるお姉さん。だが⎯⎯。
「ふーん、でもお姉さんより年上に見えんだけど」
「それは……きっと、若くしてご苦労なさったので、老成してしまったのでしょう」
⎯⎯と、自らフォローをぶち壊すお姉さん。
……項垂れつつも、気を取り直して話を進める。
「あー、何かな、えーレウスくん?」
「んー、何で剣士やめたの?」
「あぁ、それか。……冒険中に利き腕を敵にやられてな、普段の生活には戻れたけど、剣を持てるまでは回復しなくってな。そういうことで記者として出戻ってきたわけさ」
「……ふ~ん」
どうもこの答えでは納得いかない様子だ。が、俺もそれ以外の言葉を探していると。
「ライト様、そろそろ発たれたほうがよろしいかと」
「おっと、そうだな。俺も聞きたいことあるけど、それは移動しながらとしよう」
そう言い、各々「はい」と応え荷物を持ち直すと、受付と挨拶してギルドを後にするのだった。
ギルドを出てまず、課題を確認させてもらう。
王都を出てすぐ側の森で討伐、獲物は大鼠を中心に害獣だそうだ。
(同伴が居ても内容は俺たちの頃と変化なし、か)
大鼠とは、この世界で非常に多数を占める獣だ。雑食で棲みかを選らばず、繁殖力も抜きん出て高い。犬猫サイズであれば、狼や狐、猛禽あたりが狙うだろうが、中型の豚ほどまで成長した例があり、そうなるとそれらでは手がつけられない。
そうなる前に初心者や新人に課題、依頼として間引いていくのだ。
到着まで彼らに気になったことを聞いていく。
年齢について、何故なろうとしたか、そして彼らの職業にも触れておいた。
「私は、母から癒術を教わりました。母は、魔法使いの師から教わったと聞いています」
ん? 門外不出じゃないっけ? とテレサに疑問をぶつけると、母は漠然と癒術が使えるようになったそう。
「だから国の大臣に相談したら、師を紹介してくれたんです」
その時母は「身内に魔法使いの覚えがないのに使えるようになる者はいる。もし近くにそのような者を見聞きしたら、私を頼るようにと伝えておくれ」と言われたそうだ。
(なるほど。出処不明の魔法使いのケアもしてくれるのか)
「僕は祖母から。魔法使いでしたが、父は違ったので…」
あれ? 聞いたら悪いかもだけど、母親は? と尋ねると。
「父が冒険者の時に、魔法学者の同志である母と出会い僕が生まれて、その暫くあと野盗に襲われ亡くなった……と聞きました」
そして故郷に戻り成長したスクレータに魔法の才が発覚、そのまま魔法使いだった祖母から教わったそうだ。
父は母が魔法使いだったかは分からないという。
だから今となっては自分の魔力が、どちらの影響を受けたのかは分からない……ただ祖母は「嫁の家族にも魔法使いがいたのかもしれない」とも言っているそうだ。
言いづらそうなことを教えてくれたので俺は礼を言う。
「あたしは母からです。ここから東の大陸、南方の移民で。だからミドルネームは母の名前です」
奏楽って魔法とは違うのか、と聞くと。
「わかりません!」
……即答されてしまった。
魔法かどうかより、冒険に役立つかどうか。だろ? って母は言ってました、とのこと。
(まあ、間違ってはいないな…)
内容からするに本人も母に聞いたのかもしれない。
最後に⎯⎯。
「おれは……」
「剣士だな。うん、了解」
「いや聞けよ!?」
そのやりとりで3人は吹き出していた。
(それはそうだろう、元剣士がいまさら剣士に何を聞こうというのだ)
結局俺が聞いてばかりのうちに森の入口に着く。側には目立つように王国旗が立てられ、みだりに立ち入らないよう兵士が居りまた、交代で休憩するための簡素な天幕もある。
俺たちは入口の兵士に挨拶しレウスが手続きをする。
「課題を受けた冒険者です」
「聞いている。受領証を出したまえ」
はい、といい懐から受領証が入っている筒をとりだした。
兵士は受領証を確認すると点呼を始める。
「……よろしい、気を付けて進みたまえ」
そう言うと袋を複数出してくれた。討伐した証拠を袋にいれてここへ持ち帰り、その重量でおおよその退治数をだすのだ。獲物により持ち帰る部位が違うため、袋が複数になるのである。大鼠の場合は前歯だ。
「さて、そちらは?」
「俺は彼らの同伴依頼と、記者課題だ」
そう答え俺は受領証を出す。
「記者課題とは、聞かんな。確認しよう」
すると。
「……ライト!? あの聖剣の!? 引退したとばかり……」
「ははッ、剣士はな。今は記者に出戻ってすっかり初心者さ」
「そうでありましたか……」
「……何々騒がしいって、ぅおライト殿!? ご無沙汰であります! 出戻った噂は聞いておりましたが、こんな所でお会いするとは……」
とテントから装備を解いた兵士が食い気味に話し、強引に握手をされてしまう。いかにも親しそうにされるが、別に面識はない。
「あ、あぁ……けど、今は同伴中なんだ。あいつら待たせてしまう」
「お、おぉこれは失礼しました。お気をつけて!」
「……ありがとう、いってきます」
そう彼らに言い、既に離れていたパーティーに戻る。そして森を進みながら、待たせたことを詫びた。
「いや、悪い。まさかまだ俺に興味を持つ奴がいるとは、物好きだよな」
と笑って言ってみせる。
「お兄さん、本当に一流だったんですね」
「うん、さすが先輩って感じ?」
「はい、同伴のほうもよろしくお願いします。ライトさん」
テレサからはお兄さん、マオからは先輩、スクレータからは敬称付きで呼ばれ、こそばゆい。いっそ統一して欲しい所だが、黙っておく。
(ちッ)
だよな……。
「さあ、まだ街から近いとはいえ、森だ。集中しよう」
そう俺が注意を促すと、口を揃えて「はい」と言ってくれる。……ただ一人、レウスを除いて。