11号 上
迫真、マウンデュロス
悪魔の指の正体は、三百年前のマウンデュロス王⎯⎯ヴィバリウス王八世であった。
それをイズンから明らかにされた三ヶ月後……俺とディアーデは、ラファエルとターレスのパーティーを連れ立ち、マウンデュロス王都へと来ていた。
マウンデュロス王都⎯⎯領土のほぼ中央に位置するそこは、言葉通りマウンデュロスの中心地になる。王国各部から寄せられる資源、人、金がそこへと集約していく。
……そして、世界的に見ても、経済の格差が最も大きい街でもある。
街並は全体的に勾配がついていて、その頂点に城は構えられた。そのため階段が多く、その死角に道もあるため複雑に入り組んだ構造をしている。
俺達はその日の午前に王都へ入ると、改めて簡潔に打ち合わせる。
「⎯⎯それじゃ私達は城に向かうわ。……たとえ騒ぎになったとしても、攻撃して刺激しないように、とにかく逃げ回りなさい。時間まで街の地理も覚えておくこと」
「おう」
「夕刻を過ぎても私達が戻らなければ街を出なさい。クロイツェンに帰ったらすぐギルドに報告して」
「は、はい……」
「……よし。ラファエル、行くわよ」
「はい。宿は……あ、丁度いま人が出てきたとこみたいです。僕らの荷物、よろしくお願いします」
「お二人とも、気を付けて……」
ディアーデとラファエルは、四人に自分らの荷物を任せて城へと向かった⎯⎯。
「⎯⎯クロイツェンの使者だと? そんな予定は聞かされていない」
「申し訳ありません。緊急性と、秘匿性の高い要件なのであります。故に、事前に連絡をさしあげられず、お詫び致します」
「……お前は?」
「私は……エインセイルに住むラファエルと言います」
「彼は、記者をしている私の助手をしています。今回は私と同じく、魔導大臣から使者の任を承ったのです」
「……魔女め……」
「っ……」
「……確かにクロイツェンの印章がされている。確認をしてこよう、ここで待て」
「はっ……」
二人は城の中へ入る守衛の一人に頭を下げるのだった。
基本、使者ならば丁重に扱われるのが常である。しかしそれは、国同士の力が近い場合に限られる。
(……イズンの言っていた通りね……。門前でこれでは先が思いやられるわ……)
ディアーデは早々に、小国であることの洗礼を受けて辟易としてしまう。
頭を戻した二人が後ろ⎯⎯その階段下へ振り向くとレウスが居り、彼に向かって目で合図を送る。
「どうした?」
と、もう一人の守衛が訊ねて。
「いいえ、……少しここからの眺めが気になったもので……」
ラファエルが応えた。
「……ここに立つ、数少ない楽しみさ……」
「…………」
そう返すもう一人の守衛は、それほど「当たり」の強い者ではないようだ。
⎯⎯書簡を持たせた守衛が戻る。
「王が謁見をして下さるそうだ。……身体検査をさせてもらうぞ?」
「え……んっん……ああ」
「?」
ディアーデは思わず、普段通りに答えてしまいそうになり、咳払いを挟んで応えた。
(……俺の名前を貸したが、すぐ慣れるものでもないか……)
守衛がディアーデとラファエルの検査をそれぞれ始めて……。
「ふっ…………んん……」
「おい、おかしな声を出すんじゃない……」
「あっ……あぁ、悪い……。あまり、体を触られることはないんだ……」
ディアーデはそう理由づけるが、本音はそうではない……。
身体検査により、彼女が帯剣していた黒金の小剣、懐の万能ナイフは預けられたのであった。しかし俺⎯⎯ペンは懐に入れたまま見逃された。ここまでは想定通りである。
(今の兵士……ッ……とりあえず殴りたい……!)
(……頼むから堪えてくれよ……!)
俺達は兵のあとに付いて、マウンデュロス城内を進んで行きながらそんな事を考えていた……。
ディアーデは検査される事に備えて、身体を布で硬く巻き締めていたが、兵のしつこい触り方が不快だったようである……。
他には⎯⎯この三年間で伸びてしまった髪は目立つので、一つに束ねられて外套の中に隠された。
気持ちを切り替えたディアーデは周囲を見回して。
(……なんて城、アイゼンタール……いえ、クロイツェンよりずっと豪華だわ……)
二国の城と比較すると、マウンデュロス城はまさに絢爛。大国に相応しく、贅を尽くされた意匠の数々はそのまま国力を表す。
それほどまでに強大な国を、俺達は今から相手取ろうとしているのである……。
やがて兵士の歩みが止まるそこは、一際に巨大で高い扉。ディアーデとラファエルの二人が息を飲み込むとゆっくりと開かれていく。
そこは広くきらびやかな空間で、まず出迎えるは髭を貯えた文官。正面に伸びる階段の両脇では、数人の騎士や重臣。また、伸びた階段の頂点にそびえる玉座、その側には大臣がそれぞれ控える。そして、そこに鎮座している人物が⎯⎯。
(あれが、現在の『マウンデュロス王』……)
中年よりはやや若く中肉中背ほどの男王は、空間の中程まで近づいたディアーデと目を合わせると文官に、「促せ」と首で合図をする。
文官が王を見て頭を下げ、それを確認したディアーデとラファエルは、慌てるように敷かれた絨毯の上にひざまづいた。
「クロイツェンよ、此度の訪問は如何様であるか? ……親書には、我が国の過去が関わる重大な案件と記されていた。まこと我々に、時間を取らせるほどのものなのであろうな?」
文官の高圧的な態度に怯まず、ディアーデは顔を伏せたまま答えていく。
「……はっ。では始めに、突然の訪問に関わらず謁見させて頂き、感謝申し上げます。……私達はクロイツェンの正式な使者ではありません、まずはその事から説明させて頂きます」
その言葉にマウンデュロス王が長いまばたきをして。
「では手短に述べよ」
「かしこまりまして、でございます」
文官の言葉にディアーデが答えると、間をあけて続ける。
彼女は自分が記者をする冒険者であることと、ラファエルがエインセイル博物館で働いている者だと前置く。そして本題へと入った⎯⎯。
「私達は、彼のエインセイル博物館で、ある重要な物を見つけてしまったのです」
「重要な……? して、それはなんだ」
「それは、博物館に秘蔵されている『古代紙』に紛れていました。……今からおよそ、三百年ほど前です」
その場に居る王と、従者達は彼女の言葉を沈黙して促す。
「……そこに書かれていたこと、それは三百年前当時に現れた魔族の出現には、マウンデュロスが大きく関わっていると」
「「「「!?」」」」
「その字から、時の王『ヴィバリウス八世』の手記ではないかと判明したのでございます」
(とうとう打ち明けたな……これでもう、後には引けない………)
だが、それを聞いていた周りの従者達の反応は⎯⎯。
「「「「⎯⎯⎯⎯」」」」
「「(……!?)」」
彼らは一斉に破顔し、その言葉を一蹴したのである。俺達はその場を堪えて次の言葉を待つ。
「三百年前? 魔族の出現?? あとー、ヴィバリウスと申したか??? 一体何を語るかと思えば……そんな世迷い言を、我々に信じろと?」
呼吸を落ち着かせながら文官が口を開く。しかし、ディアーデは冷静に対応して。
「……ラファエル」
「はい」
と、彼女に促された彼が懐からだした書簡⎯⎯その中に入っている紙を文官に渡し、それを読ませる。
「……! ば、こんな……」
「どうしたのだ、文官?」
「い、いいえ……なんでも、ございません……」
「いいえ! ……今、彼が渡した物こそ件の書であります。どうやら文官殿は、三百年前の字を読む事が出来ないようでございますね」
「ぐッ!? 読めぬ訳ではない!」
「……これは失礼致しました。今回、私達が使者として参ったのは、その書を私達が発見したからであります。現在のエインセイルは、二国から中立の立場ゆえに、近しいクロイツェンからの支援のもと、使者としての任を受けて御国へと渡って来たのです」
「……読み上げてどうだ文官? その書が偽りではないか、確認出来るか?」
玉座の側の大臣が訊ねる。
「真に遺憾ながら……この書は……本物であると申し上げます……」
「フム……。ならばクロイツェンよ、これ見せに来たそなたらの目的を聞こう。何が望みであるか?」
「いいえ、私達は正式な使者ではありませんので、それについての発言は控えさせて頂きます。……ただ、御国の態度、そして民への対応次第ではないかと。どうか賢明な判断を」
「民……か……」
大臣は呟くと、階段を降りて文官が持っていた書を奪うように取り上げると⎯⎯。
びりーーっと破り始めて、その場にはしばらく、紙を引き裂く音だけが響き渡った。
周囲の人間は黙ってそれを聞いている。マウンデュロスの従者達、そして、俺達三人も。
はらはらと、紙吹雪となった書が舞い散り。
「……さて、クロイツェンよ。そなたらは……? 何をしに来たんだったか?」
大臣は今しがたの行為について触れず、あえてもう一度目的を確認する。鼻で笑う従者もいる。だが俺達の返答は変わらない。
「それは、三百年前の魔族の出現、その弁明でございます」
「あぁ……そなたらの書は、今しがた紙屑となってしまった。すまんが、帰りに片付けていってくれ」
「……大臣殿。貴方は今、とても愚かな事を致しました」
「な、に?」
「たった今貴方が破った書は、全体の一部……それも復元が出来た部分だけにございます」
「!!」
「残りの部分はいまだ博物館で復元中でございますので、今のそれが全てではないのです」
その言葉で大臣の顔はみるみると赤くなり。
「ッ!? それがなんだというんだ!? どのみち今の話を知っておるのは我らだけ! ならば貴様らを帰さなければ⎯⎯」
「いいえ。私達が帰らずとも、仲間が国へ戻り、今回の件を報告するでしょう。……だから私は申し上げたのです。賢明な判断を、と」
「ぐ……全て……魔女の差し金か……」
「………………」
この後に及んでも、魔法使いに原因があるとし愚かさを改めない大臣に、俺達は救いの言葉が見付からない。
そして⎯⎯。
(反応無し、か……)
(どうやら今日は、ここまでのようね……)
「……まあ、今回は構いません。いずれ日を改めて、クロイツェンから正式な使者が出されることでしょう、今日のところは出直すとします。ですが後日も、今のようなことがまかり通るとは思わないで頂きたいと思います。では⎯⎯」
と、ディアーデがそこまで述べて、立ち上がろうとした時である。
「え、謁見中失礼しますっ!」
僅かに開いた扉から、兵士が声を上げてその場に飛び込んできた。
「騒々しい……! 使者との謁見中である!」
「申し訳ありません! ですが……!」
「なんだ? 申せ」
「それが……! 王都中の民が城門へとなだれ、押し寄せています!」
「「「「!?」」」」
((……来たわね))
⎯⎯同時刻・マウンデュロス王都城下⎯⎯
『ッ!? それがなんだというんだ!? どのみち今の話を知っておるのは我らだけ! ならば貴様らを帰さなければ⎯⎯』
と、そんな言葉を懐から響かせながらレウス達、ターレスのパーティーは入り組んだ王都を逃げ回っている。
追い掛けて来るのはマウンデュロスの兵士、その目的は⎯⎯。
『え、謁見中失礼しますっ!』
この声の発生源がレウス達であり、それを止めようと兵士達は躍起になっているのである。
発生させているのは魔動具『唇導函』という物である。今回の件を解決する為に、知り合いの工房から試作品を借りてきたのだ。
転移袋を応用したこの魔動具は、送信側が拾う音や声を受信側から発生するという物である。
送信側はディアーデが持っており、そこで拾われた声をレウス達が持つ受信側から発生させる事で、謁見の内容を町人に明かし、マウンデュロスが過去に何をしたか知らしめるのだ。
「いたぞ! 捕縛しろ!」
「!」
レウス達は息切らせ逃げ回る。この光景や、唇導函が発生させる会話に町人らから注目を浴びて混乱を引き起こさせる⎯⎯そうして、王都中を揺さぶろうという策なのだ。
細く長い下り勾配の途中、彼らは十字路で左右に分かれる。そこでスクレータが魔法を唱え⎯⎯。
「今だ!」
レウスは顔を出して、追跡してくる兵士達を窺いつつ合図を出す。その合図とともにスクレータは勾配のついた道を凍らせた。
「!? ぅわああぁぁ……!」
道に敷かれた氷に足を取られた兵士達は、レウス達の目の前を通過し尚も下って行った。
それを見送ると、スクレータは直ぐに足下の氷を溶かす。
すると、今度は正面と背後から兵士達が迫ってくる。レウス達は今逃げてきた道を戻るようにして⎯⎯。
「それじゃ、次はあたしの番かな……!」
と、マオが演奏を始めると。
「? なんだ、この音楽は……ッ何!?」
追跡してくる兵士達の耳にマオの演奏が届く。そして。
「体が軽い! これなら奴らに追い付け⎯⎯は!」
「まずい! どけぇぇ……!」
互いの兵士達はマオの演奏による強化に対応しきれず、上手く減速することが出来ない。その結果、正面からぶつかり合い、押し合いへし合いしながら兵士達は積み重なっていき……。
「⎯⎯⎯⎯……」
更にスクレータは追い討ちをかけるように魔法を唱えて、自分達と兵士達を分断するように地面から石の壁を築いた。
またマオの演奏の効果は、当然レウス達も含まれる。彼らはその作用が切れる前に、その場から速やかに退散した。
走りながら四人は、それぞれ思い思いに話す。
「……あたし達、攻撃はしてないよね?」
「ああ! 約束は、守らないとな……!」
「あの壁も、落ち着いたら片付けなきゃ……!」
レウスとマオはディアーデとの会話を振り返り、スクレータは先程の壁の始末の心配し。
(こっちは大丈夫です。だから、無事に帰って来て下さい、お兄さん達……!)
テレサは、青い空に映えたマウンデュロス城を見上げて、三人の帰還を祈った⎯⎯。




