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10号 下

 どこかの屋内、俺の視覚に映る人物はひざまづいて話しかける。


『王よ。……今期の魔動石の採掘ですが……』

『うむ……』

『……採掘量は、問題ありません……しかし、何れも純度が低いものばかりで……これ以上の採掘は、石の価値の暴落に歯止めが掛からなく……』

『わかっている!』

 王と呼ばれた男は、叫びながら肘掛けを叩く。

 直後、視界は手で覆われて狭まる……。


 ⎯⎯……どうしたら良いのだ……グレイスバーグからの借り入れ金の返済が迫っているのだぞ……!? 我が国が誇る一大産業にまさか、こんな欠点があるとは思いもよらなんだ……!


『……しろ……』

『……は?』

『その鉱山は即刻封鎖しろ! そして高純度の魔動石が採掘できる鉱脈をなんとしても見つけ出せ⎯⎯!』


(……魔動石が半永久だということを念頭に置かず、結果……低純度石の過剰採掘、か……)


 ⎯⎯く……! 高純度! 高純度の石さえ当てれば持ちなおせるのだ……! それしか手は……いや……まて……。同盟を解消した後、グレイスバーグと戦争をして勝利すれば借金など踏み倒せばよいのか……!? だが、相次ぐ鉱山の開拓と封鎖が繰り返されて疲弊しきったこの国が、力を蓄えていたグレイスバーグとやりあうなど……! おまけにもう一国の同盟国、エインセイル……あそこは小国だが経済的には潤沢だと聞く……。グレイスバーグにエインセイルの資金力が加わるとなると……。


『く、く、く……くそーーーーッ!』


(……こいつ……戦争は非効率な政治手段だとわからないのか……!?)




『⎯⎯王! 急ぎご報告が……!』

 ⎯⎯ああ……! 来たか! ついに、見付かったのだな……! これで、我が国は救われ⎯⎯。



『⎯⎯な、に……?』

『は、はッ! 新たに開拓される鉱山の予定地から、遺物が出土いたしました!』


 ⎯⎯く……く……何故、このタイミングなのだ……!? 神代の遺物となればぞんざいには扱えん……今のこの国は、時間も金も人も惜しいのだぞ!?


『⎯⎯お、王?』

『! 続けろ……!』

『は、はい! そしてその遺物ですが、国の学者が話すには……その……』

『なんだ? 申せ』

『……魔族の、召喚器ではないかと……』

『!?』

(魔族の召喚器だと!? そこから現れたとでも言うのか……!?)


 ⎯⎯なんてモノを掘り起こしたのだ……そんなことが知れ渡れば、我が国の威厳は地に堕ちる……。

 視界の主は目を完全に閉じて何も映すことはない。


『ですが、動力は切れているそうで、処分する分には困らないだろうとも……』

『っ! そ、そうか……! ならば直ぐに処分して開拓作業を……』

 ⎯⎯再開しろ……そう続けようとした時に、わしに妙案が降りてきた。


『いやまて、動力……とはなんだ?』

『はい……魔動器の一種らしいので、魔動石ではないかと……』

『なるほどな……ならば、今この国にあるもっとも高純度の魔動石は、どのくらいだ⎯⎯!』




 ⎯⎯その後わしは、その魔動石を持ち、目立たぬように僅かな臣下と共に国を出た。出土した召喚器を動かす為だ、場所は王都(ここ)より北部になる⎯⎯


 ⎯⎯動かねばよし……動いたのであれば……。

 

 俺の視界に映る学者風が召喚器を見回す。

(不鮮明だが……いつだかの交信器のような材質か……? それに、人が通り抜けられそうなほどの巨大な輪、か……)


『王よ……本気、なのですな……?』

『……ああ。まだ、動くと決まったわけでもない……』

『……かしこまりました……』

 そう言って頭を下げる学者は⎯⎯。


『⎯⎯⎯⎯、⎯⎯、⎯⎯⎯⎯⎯⎯……』


 起動式を唱えると……召喚器の輪の中で、溶けゆく顔料のように渦を巻くナニか……。


『お、お、おぉ……』

 声を漏らし後ずさる視界の主。そして、渦の中から出でた掌は輪の縁に掴まり、やがてその体の全てをこちら側へと持ってくると、正体は明らかにされる。


『ぁ……ぁ……ぁ……うわぁぁああーーッ!?』

 学者は声を上げると、ソレから背を向け出口へと走り出した。


 視界の主がそれを目で追っている間にも、輪の中からは次々と姿の違う⎯⎯。

『(!?)』


(四足獣と……有翼に有角……不定形……忘れもしない、人型……)


⎯⎯⎯⎯⎯⎯⎯⎯(人間が……自らの天敵)を呼び出すなど、愚かなり……』

(!? 言葉が分かるぞ……?)

 だが。

『くッ!? 言葉がわからん! おい!! 誰か! 早く来ないか!?』

 その願いが通じたのか……先程逃げ去った学者は、外で待機していた兵達を引き連れて戻ってきた。

 兵達はおびただしい数の魔族を前にして、各々に声を上げて怯む者や、武器を向け威嚇する者がいる。


『キサマッ! よくもわしを……! まあいい、早く通訳しろ!!』

『はいぃぃ……!』


 ⎯⎯そして、わしは奴らに交渉を持ち掛けたのだ。お前達を呼び出す代わりに、グレイスバーグを自由に蹂躙して良い……と。だが⎯⎯。


(く……なんてことを……)


『『そんな事を望んで、貴様達は何を企んでいる……?』』


『グレイスバーグとは……同盟だが、我が国の経済が傾いている事を知ってから、風当たりが強い……。お前達が消耗させた後は、我らが……マウンデュロスがあの国を占領する……!』

『『『『『!?』』』』』


 その言葉を聞いた兵達に動揺が走っている。……おそらく彼らも寝耳に水だったのだろう。


『『……ほう……だが、こちらの手勢ではまだ不足だな……どうする?』』


 ⎯⎯く……!? 足下を見ているのか……っ? 今この国にある他の魔動石では、召喚器が動くかわからん……! はッ……そうか……。


『わ、わかった! え、エインセイルだ! あそこには神との交信器があるらしい! ならば召喚器を充分に動かすだけの魔動石があるはずだ!!』


『⎯⎯⎯⎯!』

(笑っている……な)

『お、王よ……なんて事を……』

『うるさいぞ!! 呼び出してしまった時点で後には引けんのだ! こんなものなど見付からなければ……!』


 魔族に同盟国を売り、召喚器の出土すら臣下達に責を押し付ける……兵達は開いた口が塞がらない。


『……⎯⎯(おい)

『いいから通訳を続けろ!』


『『お前達の望みはわかった。我らはそれを⎯⎯』』

 一際巨大な人型はおもむろに王に近づいて。


『丁重に断らせてもらおう』


『(がッ!?) っは、ぐぅん……ッ!!』

 視界の主は、魔族の指に心臓を貫かれて俺にもその激痛が届く……しかし歯を食い縛り、最後の抵抗とばかりに腰から剣を抜き⎯⎯。

(い、痛てぇ……!? じ、自力で切り落とした……?)

『ぎぅ!? こ、いつ……!』


 ⎯⎯……わしは薄れゆく意識の中で臣下達に命令を飛ばした……。


『に、逃げろ……ッ! そしてここを塞げ! こやつらを……っ、出してはなら……』


 ⎯⎯だが、わしがこうしているということは……最後の命令は、果たされなかったのだな……。




「……これが、当時のマウンデュロス王『ヴィバリウス八世』の記憶だ……」


 イズンが明らかにした真実は、ディアーデ、ラファエル、お姉さんの三人に沈黙をもたらした。


「さすがに三百年も前の潜心はくたびれるな……少し、休ませてくれ」

 そう言って眉間に手を当てて瞑想するイズン。


 ⎯⎯俺達は、悪魔の指の正体を確かめる為、イズンに潜心を試みてもらっていた。




  ⎯⎯エインセイル・博物館倉庫⎯⎯


「……ライト様は、どう思われますか?」

(はぁ……やっと情報が整理出来そうだな……)

 お姉さんは懐から俺と手帳を出して話しかける。


“……本人かどうかを確定させるには、イズンから協力してもらえないだろうか? 潜心ならそれが出来そうだが„


「「! それだわ(です)!」」


“あとはラファエルから、もう少し詳しい経緯や内容を聞いたほうがいいだろ。ディアーデの事を何処で知ったのかも気になる……„


 彼女達はそれに小さく頷いて。


「……ラファエル様。クロイツェン王都まで、いらして頂けませんか? そこでなら今の内容が、真実かどうか明らかにすることができるでしょう」


「は、はい! 館長と相談します……!」


「それから……コレと私の事も、もっと詳しく教えてもらうから……!」


「それは勿論! ……ですが、僕からも質問させていただいても?」


「なんでしょう?」


「今、受付さんが持っているペンの事、教えてもらってもよろしいでしょうか?」


「「……ぁ~~……」」



 そして、俺達は王都への帰り足にお互いの情報を交換するのだった⎯⎯。


 まずはこのペンが俺⎯⎯ライトであり、事故でここに入ってしまったので、これを壊す為に忌わく品を探索中なのだと伝えて。



「⎯⎯といっても、何処から話したものか……」


「……どうして、ディアーデが私だと思ったのか、知りたいわ」


「はい……それは、ライトさんが博物館を訪れて数日後の事です。その日の博物館は普段より多くの方に来場を頂き、その方達は一様に同じものを目当てにしていて……」


“それが、ディアーデの肖像画、か?„


「そうです。なんでも街に、それと似た女性が現れ手配をかけられたのだと……。ただ、その手配自体は一月程で取り下げられたようですね」


 ディアーデは小さく溜め息をついて。

「……ええ、確かにそれは私だったわ……。船に乗ってここから離れたかったのよ……!」


「そんな!? ではそれまで一体何処に……」

「この、ペンの中ね……」

 そう言ってディアーデは俺を持ちラファエルを見る。

「ま、まって下さい……! それはつまり、ライトさんとディアーデさんが入れ代わったと!?」

「ええ……彼を、アイゼンタール城跡に誘導してね……。だって、もう動けそうになかったんだもの」

“待て……。あのあと俺は手当てをしようとしたぞ? 見切りをつけるには早いだろうが……„

「それは……ライトさんも大変な目に合われましたね……」

“まあ……ディアーデ程じゃないがな……„


 何より、彼女の当時を知ったばかりでは、自分の苦労などとは比べるまでもないだろう。


“……ラファエルにも、交信器の記事を書いてやる事が出来なくなってすまない。あれからどうなっているんだ?„


「あぁそれは、担当しているライトさんが行方不明になったからと記事の提出は未定になったそうです。あ、僕が指を持ち出した経緯ですけれど……」


 すると、ラファエルが話す時系列を整理するとこうだ⎯⎯。


 まず俺とセラテアが博物館を訪れる⎯⎯ディアーデが街に現れ、その後博物館に人が沢山入る⎯⎯ラファエルは指を検査し、ソレが助けを求めていると知り、その正体も知る⎯⎯更にラファエルはグレイスバーグの実家に戻り、調べ物をしている際に侍女『リュイス』を知ったことで、ディアーデには伝えなければと考えた⎯⎯


「⎯⎯丁度その帰りの船に、ディアーデさんに似た人をお見かけしたのですが、お連れがいたり髪が短かったりで人違い……もしくは、僕がその人をあまりにも求めた為に見た幻だろうと……」

「……とても言いにくいのだけど、それも多分私だわ……」

「なんと…………」



 ⎯⎯そしてラファエルは、何とか指とディアーデを引き合わせたいと画策して、それからおよそ一年程。



『⎯⎯何だと!? 悪魔の指が消えた!?』

『申し訳ありません!』

『い、いやお前にミスなどあろうはずはない……! しかしどうする? 交信器の記事の件は担当の記者が行方不明になって届いていない……そこに展示物を紛失したなんて不祥事は表には出せん……』

『そこはご安心を館長。こんなこともあろうかと、僕が悪魔の指の模造品を拵えておきました』

『何だと!? 本当か!』

『はい。……実は検査の際に石膏で型をとっていました。ただ、色付けに少々時間を取られましたが』

『よし……! 当面は模造品として置いておくとして、駄目なら動かなくなったとかにすればよいか……』

『館長、本物の悪魔の指ですが……ギルドに内密な依頼として出すのはどうでしょう?』

『それだ! 捜索依頼を出すのだな!?』

『はい。それも僕のほうにお任せください⎯⎯!』


 こうしてラファエルは、悪魔の指を博物館から持ち出し、『忌わく品』が絡んだ依頼としてギルドに出すことで、今、ディアーデに三百年前の真実を伝える事が出来たのであった。



 そして現在は、ターレスで休息を取った四人と合流してクロイツェンまで戻ったのである。ただその四人には、依頼の話を詰めている最中だと伝えて席を外してもらっていた……。



  ⎯⎯クロイツェン城・執務室⎯⎯


(驚いたな……まさか潜心の感覚を共有することになるなんて)

 俺はイズンが潜心を行っている間に補助をするよう言われたのだ。

 他人の記憶は基本、他者が知ることは出来ない。それを出来るようにするには、声や音、風景……文字として伝える必要がある。イズンはそれを、自身の魔法『潜心』と俺⎯⎯正確には聖剣⎯⎯の感覚共有を使って出来ないかと考えたのだ⎯⎯。

 途中、魔族の言葉が聞き取れる事を不思議に思ったが、イズンに原初語の知識があれば、そういったところも感覚の共有が作用していたのかもしれない。



「⎯⎯そなた、ソレをこの後どうするつもりだったのだ……?」


 目を瞑りながらイズンはラファエルに訊く。


「勿論、折を見て博物館に返すつもりです。飽くまで僕は借りているだけですから」


「……やれやれ……。全くとんだ正直者がいたものだ……」

 イズンがこう言う限り、ラファエルは邪な企みをしてはいないのだろう。


「ところで、ラファエル様」

「はい?」

「イズン様のおかげで明らかにされたわけなのですが……つまりはどういった依頼をなさりたいのですか?」

「……悪魔の指の言葉が本当だとわかった今、やるべきことは一つしかありません……!」

「……それは……」


「僕は……マウンデュロスにこの真実を伝えて、混乱を引き起こした責任を取らせたいです!」


「「「(!!!!)」」」


「! それは本当!?」

「ラファエル……そなた……」

「…………」


(……しかし……)


「そうよ! イズン、貴女が今明らかにしたことをマウンデュロスに伝えれば良いだけでしょう!?」

「……すまないが、それは無理だ……」

「!? どうして⎯⎯」


「無理なんだ!!」


 イズンはディアーデの言葉を強く遮る。お姉さんが黙っているところを見るに、彼女も同じ魔法使いとして察するものがあるのだろう。イズンは静かに言葉を続ける。

「……魔女の国……」


「「……え……」」


「……他国の王族や政治家……貴族は、クロイツェンに心ない隠語を使う。……我ら魔法使いが術で人心を操っていると、思い込んでいる……。私の権力が及ぶのはこの国までなんだ……」


「そんな……」


「ディアーデ様は……今までの冒険で耳にすることは無かったようですね……」


 ディアーデはお姉さんの言葉にゆっくり頷く。


 ……残念なことに事実だ。かつて俺が冒険をしたころには聞く事があった。俺は魔法使いではないが、自国を、仲間を、悪く言われることは面白いことではない。


「……恐らく私が口で伝えたところで信用されんだろう……。残念だが力にはなれそうにない……」


「こ、んな……っ! アイゼンタール滅亡の一端を知ることが出来たのに!! 何も……出来ないなんて……」


 三百年前アイゼンタールは、魔族の出現により苦戦する三国同盟に軍を派遣する事を決めた。しかし勝利の対価はなく、逆にその戦力に目をつけられ貶められたと考えられる。


 ディアーデにここまでの情報が集まったことは偶然だろう。それも、自身の過去に清算をつけるにはこれ以上無い状況である。されどあと少し手の届かない距離に、彼女は苛立ちを隠せない。


「……教えて……! この事を明らかにして、マウンデュロスに償わせるにはどうしたらいいの……!」


「うむ……。現実的な手段だが……決定的な証拠、形のあるモノを見つけるしかないだろうな……」


「……く……っ」


 ディアーデはイズンの予想通りの返答に奥歯を噛み締めることしか出来なかった。だが俺は⎯⎯。


“あーー、話し中すまないが……„


「ん、どうしたライト」


“証拠が()()()()()()()いいんじゃないか?„


「「「証拠を……?」」」

「作る……だと……?」


 ただ四人は、俺の言葉に疑問符を浮かべるのだった。




  ⎯⎯三ヶ月後・マウンデュロス城前⎯⎯


「止まれ、ここより先は王城である! 要件があるならば……」

「……この度は、クロイツェン王国の使者として参りました⎯⎯」

 守衛のありふれた言葉で遮られたディアーデは外套のフードを外し。


「私は戦場記者をしているライトと言います。急ぎマウンデュロス王にお目通りを」


 そう言って、彼女はクロイツェン王国章の付いた書簡を、守衛に差し出したのであった。

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