09号 探していま『した』、忌わく品
「⎯⎯ごぶさたしています、皆さん」
俺達はクロイツェンのギルドへと帰還する。
「……ですがそのご様子だと……」
五人はただゆっくりと頷いた。俺は⎯⎯ペンの姿のままである。
俺達は剣豪の一件から更にもうひと冬越した。そこから船旅となったので探索を始めてから、まもなく三年が経とうとしていた……。
ターレスの皆も、体は成長し、冒険者としての実力をつけて、今では装備も高品質なものに更新され、押しても押されぬ一流冒険者に遂げている中で、俺だけが変化のない時を過ごしていた。
俺は⎯⎯。
「あの、次の情報はありますか?」
(⎯⎯戻れないことより、彼らを縛りつけている感じが……な)
「そう、ですね…………いえ、皆さんには一度、休息を提案します。その件は日を改めてさせていただけませんか?」
お姉さんがそう言うので、俺もそれに乗せてもらう。
“ありがとうみんな。……そうだ、休息するなら一度ターレスまで帰るのはどうだ? 俺も一流になった暁に里帰りはしたものだぞ?„
「はい……お兄さんが言うなら……」
「それじゃ少し休んだら馬車を探そうか?」
そう会話するターレスの皆を、ディアーデは複雑そうに見ていた。
(……故郷、か……)
「あっ……お二人は、少し残って頂けますか?」
「(?)」
お姉さんは少し言い淀んで、俺とディアーデを引き留めるのだった。
席についているディアーデに茶を出して、自らも着席するお姉さん。そして、互いが一口ずつ飲むと彼女は話を切り出した。
「……実は大臣から、ここまでの進捗を報告するようにと、承りました」
……どうやら俺が、元の姿に戻れていないことに、負い目の様なものを感じているのかもしれない。であれば彼女のよそよそしい態度に納得がいく。
「……わかった。まだ戻せていないと、大臣の家にでもセラテアにでも書き置きをしておくわ」
“お姉さんがそこまで責任を感じる必要はない。元に戻してもらうために、彼らもディアーデも、お姉さんも協力してくれているんだから„
「ありがとうございます……」
お姉さんは礼を述べて頭を下げた。
「実はお話というのはもう一つございます。……次の、忌わく品についてです」
「? その話は、彼らと一緒の時にするんじゃないの……?」
“何か問題が起きたのか?„
忌わく品の情報を収集している事が悪く思われたのかもしれない……そんな予想からの質問であったが。
「いいえ、そうではなくて……実は、内密な依頼として持ち込まれたものなのです」
「内密?」
そう言って、お姉さんはお茶を一口含む。
ギルドの依頼には、機密性の高いものや、秘密裏に処理したいもの等も持ち込まれることがある。とは言え、法に触れるものや他人に不利益を与えるような、本当にやましい内容のものは受け付けたりはしない。
「……依頼者はエインセイルにある博物館、その関係者からでした」
(うッ!? あそこか……俺が居なくなった事で、記事の件はどうなったんだろう……今まで忘れていたぜ……)
「そしてその方は、ある人物を同席させた上で、忌わく品に関する具体的な話をしたいと、そう伺いました」
“ある、人物……?„
「はい。その人物の特徴から推測するには恐らく…………貴女のことです」
その言葉にディアーデはハッとし、カップに口を付けようとした手が止まる。
「!? どういうこと……?」
お姉さんは目を瞑り、ゆっくりと首を横に振る。
エインセイルとディアーデ……その組み合わせで繋がる事と言えば、彼女が人に戻った当時、渡航しようとした際に失敗し手配をかけられた事くらいだが、その件はイズンが決着したと伝えるとお姉さんづてに聞いている。
少し重くなった空気の中、やがてディアーデは、不安そうに口を開く。
「……忌わく品については、何か言っていた……?」
「はい。……関係者の間では『悪魔の指』と呼んでいると、その方は仰っていました⎯⎯」
⎯⎯後日、俺達は馬車に揺られていた。それも、魔動石の補助を受けて走る王室の箱馬車である。
ディアーデがここまでの進捗をイズンに報告をした。その時に、ターレスの冒険者達から協力して貰っていると伝わり、魔導大臣からの『労い』として王室の馬車を貸し出してくれたのである。
(……この程度で四人への感謝が足りるとは思わないが、少しでも喜んでくれればいいな……)
馬車は二台に分かれ、ターレスの四人が乗る馬車が後方を走り、前方は俺を懐に入れたディアーデともう一人⎯⎯ギルドのお姉さんが乗っていた。
『は!? なんで貴女が着いてくるのよ!?』
『……内密な依頼、と言ったはずですが。詳しい内容を知らないまま、ギルドとして受け付けるわけにはまいりませんから』
四人がターレスで休息している間に、二人で依頼の件を詰めていく……ということらしい。
『それと、貴女の見張りも』
『………………』
お姉さんは膝の上に広げた本に目を落とし、ディアーデは左手で俺を回しながら、流れ行く車窓の遠くを眺めている。箱の馬車は密閉されているので、受け損ねて馬車の外へ転がす心配はないだろう。しかし⎯⎯。
(……き、気まずい……)
二人が乗る馬車に会話はなく、微妙な緊張感の中にただ走行音が流れている。
……王室馬車ということで、ターレスに早く到着したことだけが救いだった。
二人が馬車を降りて、後方四人の降車を待つ。そして合流すると、テレサがある提案をしてくる。
「あの……お姉さん達がよければ、うちに泊まりませんか?」
「……お気持ちだけ頂きます、テレサ様。ギルドで勤めている者は、冒険者の方から施しを受けてはいけない規則なのです」
お姉さんの言葉にディアーデは少しわざとらしく反応して。
「そうなの!? それは残念ねー、じゃあ私は遠慮なぐぇっ!?」
(なんだ……今のカエルの鳴き声は……)
ディアーデは、お姉さんに服の後首を引かれてえづいてしまった……。
「けほっけほ…………いきなり何を……!」
「当然貴女もこちらです。見張っているのですから、勝手に何処かに行かれては困ります」
(厳しいな、お姉さん……)
その光景にテレサは慌て、困った様子で⎯⎯。
「え……と、そ、それなら夕食だけならどうですか? 冒険前にご馳走していただきましたし……」
そう言われてお姉さんは少し悩むと……。
「……わかりました、そのくらいであれば……。お言葉に、甘えさせて頂きます」
その返答に、ほっと胸を撫で下ろすテレサであった。
二人はマオと共に宿屋へ向かうとその外に、台車の荷馬車が停まっていた。
ディアーデはそれを見て足を止める。
「この馬車は……」
「ああ、これは……里から来たものですね」
お姉さんも止まるとそう答えた。
そんなマオは足を止めた二人に気付かず、宿の入口を開けて帰還の挨拶をすると、彼女と入れ違うように少女がそこから出てきた。
少女は馬車を眺めるディアーデを見ると、ディアーデもまたそれに気付き少女と目を合わせる。
少女が帽子を脱いでその耳を露にすると⎯⎯。
「……ディアーデ、さん…?」
「……! イムイ……!?」
少女はディアーデに飛び込むと、ディアーデはそれを抱き止めた。
「イムイ! 大きくなったのね!」
「はい! 三年です! 背も高くなります! お姉さんも、長い髪のほうが素敵です!」
「ふふ、お世辞まで覚えて……でも、ありがと……!」
二人は体を離し言葉を交わし会う。
「おーい二人ともーって、あれ……どうしたの?」
「それが、私にも……」
一人だった事に気付いたマオが、その光景を見て状況を飲み込めないでいると、お姉さんもまたその言葉に同調するのだった。
ディアーデはお姉さんとマオに気付くと、咳払いをして緩んでいた表情を戻す。
「んっん……ええと、私がこちらに来る前にお世話になった子なの」
そう紹介された少女は、少し緊張した様子て言葉を引き継ぐと⎯⎯。
「い、イムイです」
「へぇー、イムイちゃんかー。あたしは冒険者のマオ、今は仲間のみんなで里帰りってとこ。うちの宿に卸しにきたのかな? お疲れ様!」
「私は、クロイツェンのギルドで受付をしている者です」
「ギルド……あの、お姉さんは今、何をしているのですか⎯⎯?」
⎯⎯思いがけず、知り合いと再開したディアーデは、その喜びを堪えきれずに、これまでの事を、少しずつ説明をしていった。
「⎯⎯お姉さんと受付さんは、エインセイルに行く途中に立ち寄ったんですね。……でも」
ディアーデとお姉さんが現在の状況を簡単に説明するとイムイは少し言い淀んで。
「多分、今は馬がありませんよ?」
「? ……どういうことでしょう?」
「はい……わたしがターレスに来る途中、この町の馬車隊を見ました。きっと馬屋の馬は出払ってしまってます」
(ああ……俺がターレスに来た時も馬が無かったが、丁度そんな時期なんだな……)
だが、イムイは思いついたとばかりに二人にある提案をする。
「そうだ! わたしの馬車でよろしければ、エインセイルまでお送りしますよ? あ……荷馬車なので乗り心地は、保証出来ませんけれど……」
と、そう苦笑いして勧めてくれた。
行きに使った王室の馬車はターレスの皆に貸し与えられたもの。二人だけで勝手に使うわけにはいかない。
「……お気持ちはありがたいのですが、私達は特に急いでいるわけではないので……」
お姉さんがそう遠慮すると⎯⎯。
「あ、もう……馬車に乗って来たばかりでお疲れでしたね……」
そっか……とイムイは呟くと、しゅんと寂しそうに肩を丸めてしまった。だが。
「良いじゃない! 折角こう言ってくれてるんだから、乗せてもらいましょうよ!」
(……ディアーデ……?)
イムイとディアーデを交互に見ると、お姉さんはやがて観念したのか息をついて。
「……仕方ないですね、大分早いですがエインセイルに向かいましょうか……よろしくお願いいたします」
「……! はいっ!」
イムイは顔を明るくして返事した。
「マオ様……すみませんが皆様に、私達が出発した事をお伝え願えますか」
「う、うん……いいけど……」
「ありがとう、マオ。行ってきます」
あまりに素直なディアーデに、少し驚くマオであった……。
こうしてイムイの馬車は、エインセイルへと向け出発した。
荷台には、ディアーデとイムイが楽しげに談笑し、馬車は今お姉さんが操作している。
俺は彼女が二人の為に気を使ってくれたのだと思う。
二人の会話は俺にも届いていた。出会いから始まり、里を去るまでの二人の話。離れていた三年間の出来事など。それは自分にも興味深いことであったが⎯⎯。
(これはマナー違反、だよな……)
と俺は、二人の会話をそっと胸にしまうことにした。
やがて夜になると、以前にも来た共用の井戸に着く。
お姉さんは、魔法『収納』から食料を出して食事を作った。収納出来る容量は少ないが、イズンやセラテアと同じ魔法を使えるのだそうだ。
(今思うと、セラテアは収納が使えたから荷物が少なかったんだな……。そして圧縮されて収納に閉じ込められても自分に解凍をかけることで抜け出せる、と……)
⎯⎯同時刻・ターレス~テレサの家⎯⎯
「……はぁ……」
「テレサ……食事中に溜め息をするものではありませんよ?」
「うん……ごめんなさい、お母さん……」
『⎯⎯あっマオ、どうしたの?』
『うん、さっきね……ってぅえっ!? テレサこそどうしたの!? 綺麗な服にお化粧なんてして……』
『えっ? どこかおかしいかな……? マオみたいにお化粧はし慣れてないから、よくわからないんだけど……』
『いや……ちゃんと出来てるけれどもさ……』
『そう? よかった。えっと……せっかくお姉さん達を食事に招待したんだから、きちんとおもてなししたくって……』
『あっそうそれ。さっきお姉さん達もう出発しちゃったよ』
『ええーーッ!?』
『知り合いの馬車でエインセイルに行くからごめんなさい……だって』
『そんな……お父さんが留守でも賑やかになると思ってたのに……』
『う、うん……(賑やかに? ……なる、のかな……⎯⎯)』
⎯⎯れさ、テレサ……。
「っ! な、何? お母さん」
「もう……。もっと冒険の話を聞かせてほしいわ」
「う、うん……。じゃあえっと~……冬のマウンデュロスの話とか⎯⎯」
火を囲い三人で食事をするなかでも、ディアーデとイムイの会話は止むことが無かった。三年も離れると話したいことも積もるのだろうと思う。そこへ⎯⎯。
「……お話中失礼します、ペンを貸していただいても、宜しいですか?」
「えっ、ええ……はい」
とディアーデはペンを渡し、俺の感覚はお姉さんと共有されると、彼女は二人と火を挟むように座った。
そして、自分の手帳を開き、俺に話しかける。
(……私、あの方を少し誤解していたかもしれません……)
“ディアーデのことか?„
(はい。……あの人も、あんな風に笑うのだなと……)
(……お姉さん)
“……実は、俺もかな……„
(ライト様も……?)
“ディアーデが持っていたんだから、わからないといえばそうかもしれない。それでも四人と旅をして、笑顔は増えたと思っていた。それでも少し距離を置いているような感じだったな。まあでも、人の事は言えないというか、俺も……あいつらに負い目がないといえば嘘になるんだが„
しかし今のディアーデは、本当に心の底から笑っているように見える。
お姉さんは二人を見つめながら⎯⎯。
(ライト様。少し、書き物に付き合っていただけますか……?)
“ああ、いいとも„
そう彼女に応えると、その夜は更けていった。
無事に朝を迎えると、俺達はエインセイルへの道程を再開する。
イムイは、お姉さんに昨日御者を勤めてくれた礼を言うと、その日は自分が操作席へと座った。
台車に腰を下ろすディアーデの表情は、少し憑き物が取れたような顔をしている。お姉さんと横並びに座り、行きのターレスと同じ組み合わせであるが、その時よりもずっと穏やかな空気であった。
そして、馬車はエインセイルに到着して、二人は降車する。
「ありがとうイムイ、助かったわ。それに、また会えて嬉しかった」
「お姉さん……わたしもです。また、会えますよね……?」
「もちろんよ」
ディアーデははっきりとした声でイムイに伝えた。
「ありがとうございました。イムイ様、こちらをどうぞ」
「イムイ様って……。あのこれ、お金、ですか?」
「はい。元々馬屋に支払うはずだった代金ですので、お構い無く受け取って下さい」
「あわわ……ありがとう、ございます……」
「それと、送り届けて頂いた事情を伝える紙も合わせて入れて起きましたので、何か問題になりそうでしたら、それをお見せ下さい」
「あああ……何から何まで……」
「いいえ。では道中、気をつけてお帰り下さい」
「は、はい! ありがとうございました!」
緩やかに動きだすと、イムイの馬車は、二人から遠ざかって行った……。
そして残された二人も、やがてエインセイルの街を進んで行く。
「フェレス……よね?」
「ええ、何か?」
「その、感謝……するわ。私達に、気を使ってくれて……」
「……いいえ。こちらこそ、失礼な態度を取り続けて、申し訳ありませんでした」
お姉さんはディアーデに頭を下げる。
「ちょっ!? そこまでしなくていいわ! ……私が彼を刺したことは間違いないんだから……」
「……そうですね」
「…………」
ディアーデは自身の反省をあっさり肯定され閉口する。
「……ですが、私達と同じように温かい人なのだと、イムイ様とのやり取りを見て思い直すことが出来ました」
「温かい人って……」
「ですので、ディアーデ様」
「!」
「どうか、ライト様を元に戻して下さいますよう、私からもお願いします……」
「っっ! ……言われなくったって!」
ディアーデはそう言い捨てると歩く速度を上げた。
(二人とも……)
今回ことで、二人のわだかまりが解けたと、俺は思いたい。
しかしディアーデは突然、足を止めてお姉さんの方に振り向き言い放つ。
「あ~も~! 恥ずかしい! そんなに彼が好きなの!?」
(は!?)
「はい」
「(即答か!)」
「ディアーデ様もイムイ様のことが好きでしょう?」
「(あ、そっち!?)」
「誰しも好意を持たれれば嬉しいでしょう。……ただ、姉は不快なようで、ライト様に厳しい態度をとっていますが……」
なんということか……俺が抱いていた好意はお姉さんに筒抜けだったと……。
(あああ……! 恥ずかしいのはこっちだよ!? ディアーデ……今日の事は忘れないからな……!)
俺はそんな狭量な思いに駆られながら、お姉さんの懐の中で悶々としていたのだった……。
⎯⎯その後。
宿を取り、博物館で依頼者との面会の約束を取り付けると、博物館が閉館した後にそこが管理する倉庫で会う事になる。関係者しか立ち入れないようにするためだろう。
(そこまでして、ディアーデと引き合わせたい『悪魔の指』にどんな繋がりがあるんだ……?)
そんな事を考えている間に約束の時間となり、鍵の開いた倉庫の奥で待っていた人物は。
……博物館の受付をしている茶髪の男、ラファエルであった⎯⎯。




