号外 探しています、忌わく品 ~妖刀[無形]~
ターレスの皆が一流に昇格して三ヶ月、俺達は東国大陸の極東へと到着した。そして、そこで忌わく品の情報収集をするのだが⎯⎯。
「⎯⎯ああ……その人なら、お友達と次の冒険に行ってしまったわねぇ……。それが一ヶ月くらい前かしら」
とそう話すのは、忌わく品の持ち主がよく通うという飯屋の女将だ。
「そんな……」
「何処へ行くとは聞いていないの?」
「ごめんなさい、わからないわ……。けれど……そうね、あの人は大体、季節の節目に帰ってくることが多いわ」
「ということは……四ヶ月!?」
「もしかしたら、冬を挟む関係で半年くらいになるかも……」
(半年……か……)
⎯⎯そんな事があり、俺達はこちらの大陸でも冬を越すことになった。
一ヶ月前違いなら移動中だったし仕方ない……。俺はそう気持ちを切り替えて、彼らの冒険を見守ることにする。
『⎯⎯私達が手に入れた忌わく品の情報としましては、妖刀[無形]という品とその持ち主である剣豪……というものです』
『ヨートー……? むぎょう……?』
“刀という剣の種類だ。俺達が普段使ってる剣は両刃だが、片側にだけ刃が付いたモノが刀だ„
『はい。そしてその切れ味は、在るべき形をも無くなる……そううたわれているのです』
『……なるほど。かなり期待が持てるってことね』
⎯⎯六ヶ月後⎯⎯
俺達は三度飯屋を訪れた。最初に訪れた後、もう一度四ヶ月後に訪ねたのだが、やはり雪の中戻っていることはなかった。
「ああ、あなた達」
「こんにちは、剣豪さんは……」
「ええ戻っているわ」
どうぞ、こっちよ。そう続けて案内されると、奥の小上がり席に剣士が一人佇んでいた。
「リーさんにお客さんよ。さっき話してた……」
「……ああ……」
短く応えるその男から漂う風格は鋭く、剣を外してすぐ横に置き、腰を下ろしているが隙を感じられない。
まさに、剣豪である。
(妖刀、ね……)
「初めまして、わたし達はクロイツェンの冒険者で……ええと、クロイツェン王国はご存知ですか?」
「……ああ……。先の旅で魔法使いとまみえて……」
「へぇ~。こっちの方に来た冒険者はいるんだな」
「⎯⎯まんまと一杯食わされた」
「えっ……」
つまりそれは魔法使いに後れをとったということ。俺達はその言葉に緊張が走る……だが⎯⎯。
「……フッ……、身構えなくともそなたらが悪人でないことは分かる。……あの魔法使いもな」
男が少し表情を崩すと俺達は息を吐き、ディアーデが言葉を引き継ぐ。
「友人達と冒険に出ていたのよね?」
「友、いや……ただの腐れ縁だ。それよりも」
「ええ、本題に入るわ……」
俺達は、忌わく品を探し求めて冒険しているのだと切り出し、その理由を男⎯⎯名をバーストン・リー⎯⎯に説明して力を借りたいと願い出るのだった。
「⎯⎯なんと面妖な……。この棒切れに人が封印されていると……」
今回は、その棒の中に俺が入っているところまで話している。男が冷静で話しが伝わりやすかったことと、壊してくれるという期待があってのことだ。
「うぅむ……西方にはこのような品があるのだな……」
(いや……世界中でも珍しいと思うぞ……)
俺は心の中で感想を述べると、五人も苦笑いを溢している。おそらく同じ事を考えていたのだろう。
「……一ついいだろうか?」
「あっ、お礼はお金くらいしか……」
「いや、そうではない」
「?」
男は報酬の話題を遮ると、その口から予想外の言葉を繰り出す。
「それがしの刀は、別に妖刀でも忌わく品でもない」
「「「「「ええっ!?」」」」」
「だが、その『聖剣』とやらに興味が湧いた。……試してみるか?」
挑戦的な眼になった剣豪の提案を、俺達は息を飲んで了承するのだった。
飯屋から場所を移して、町外れの林に行く。そこは拓けていて、輪切りにされた丸太の台を見るに町人らの薪割り場のようだ。
「……女将から聞いた。以前に二度も訪ねてきた、とな」
「は、はい……」
「そこまでされて、こちらも『出来ぬ』とは答えられん。それがしの全霊を持って応えよう……!」
剣豪はそれだけ言って、場の中央で刀を鞘に納めたまま構えると、気を高め、神経を研ぎ澄ませていく……。
「娘。合図をしたら、それをこちらに放れ」
わかったわ、とディアーデ。四人も邪魔にならないように離れて見守る。
僅か数秒の静寂。そして。
「来いッ!」
その合図で、俺は放られた⎯⎯。
「でぇあああぁぁぁ!!」
まず一合。気合いの叫びとともに剣豪は刀を振り抜くと、聖剣は乾いた音を放ち真上に弾かれ。
「ぃやあぁやややや……!!」
それが人の腰の高さまで落下すると、剣豪は気迫の籠った連撃を繰り出す。その目にも止まらぬ斬撃に合わせて、聖剣は地に触れることなく金属音を重ねていく。
暫くのあいだ周囲には、聖剣と剣豪と、彼の振るう刀が出す入り交じった音が、響き渡り続けたのだった⎯⎯。
「⎯⎯っく、はぁ……はぁ……」
肩で息をする剣豪は足下に目を落とし⎯⎯。
「我が剣は……未だ極地に至らず、か……」
⎯⎯そこにある蒼銀の棒を見つめてそう呟いた。
「リーさん!」
レウスが剣豪の名を呼んで、皆が近寄る。
「……すまぬ。それがしの、力不足であった。中の御仁にもお詫び申す……」
剣豪はそう嘆き悔いると、得物を収めながら大きく息を吐いて呼吸を整えた。
「そんな……ありがとうございました」
テレサは首を横に振り、礼を述べて聖剣を拾う。
「何故、礼などする……?」
「それは……。きっと、中のお兄さんも同じ事を言うと思ったからです」
「……そうか……」
剣豪は、疑問の返答に対し短く応えると続けて。
「それがしは、今の己の未熟さを知り、再び旅に出ようと思う。……そなたらの目的が果たされる事を、遠くから願っていよう……」
「……ええ、ありがとう……」
「それにしても、奇妙な手応えであった。……斬りつけた刀が僅かに押し戻されるような……そんな感覚だ……。気付いた事はそのくらいだが……手掛かりとなれば幸いか……」
では、失礼する。……剣豪は別れの挨拶をして、町から出て行くのであった⎯⎯。
その後。俺達は町に戻り飯屋に向かっていた。女将に、剣豪と引き合わせてくれた礼と、彼が旅立った事を伝えたほうが良いと思ったからだ。
その道中である。
「……すげえ人だったなあ……」
“そうだな。剣豪と呼ばれるに違わない人物だった„
「けれど、忌わく品じゃないと駄目なんですね……。残念です」
「思ったんだけどさ……」
(……うん?)
「兄ちゃんとリーさんだったら、どっちが強いんだ?」
レウスが俺にそう訊ねると、皆からその返答に注目が集まった。
“ん? まったく……レウスは面白い事を言うなあ„
五人はその言葉に少し笑顔になって、俺は言葉を続ける。
“何を当たり前の事を聞いているんだ、あっはっは„
「あっはは……、そうだよな。兄ちゃんのほうが強いに……」
“俺のほうが弱いに決まってるだろ?
「「「「「へッ!?!?」」」」」
(ってうお!? いきなり視界が下がったんだが! ……まったく、しっかり歩いてくれよな……?)
「弱いのかよッ!?」
“ふざけんな! 俺は剣士なんだよ! あんな剣豪みたいなビックリ人間と一緒にするんじゃねえ! でなきゃ剣士なんか名乗ってないっての!„
「ライトさん……」
「うわぁ……」
「いや……でも、先輩も十分……」
「う、うん……意思を持ったペンになった事自体、お兄さんもビックリ人間です……」
「ていうか、文面で笑われると不気味だわ……」
ディアーデもディアーデで、一字で同意を求めたり、文面で溜め息をしていた気がするので、不気味とは彼女には言われたくない。
俺は一体、いつから強いと誤解されていたのだろうか……。




