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号外 探しています、忌わく品 ~最強の矛~

 それから⎯⎯俺は大陸で冬を越す事になった彼らを見守る。

 冬季は冒険をするには不向きな時期である。そこで冒険者は、短期間冒険から離れ、街などで仕事をしながら雪解けに合わせた再開に備えて蓄えをするのだ。

 食料を求めて狩りや漁をしたり、減ってしまった薪や魔動石といった燃料の補充、物資の流通を滞らせない為に商人のケアをしたりと、大変であるが仕事に困る事はない。かくいう俺が冒険者をしていた頃もそうやって乗り越えてきた。

 路銀に不安があるときは、いっそ冒険を休む勇気も必要だと、俺は思っている。


(……懐かしいな。無理に高価な装備を揃えたのに、結局金が足らなくて、足止めさせた事もあったか……)


 

 そうして、長い越冬をした俺達がクロイツェンに戻ってきたのは、雪が完全に溶けた春のことであった⎯⎯。



「お疲れ様です。無事にお戻りで、何よりでした。皆さん」

「……でも……」


“みなまで言うな。俺の事は気にしないで、君らのペースで冒険を満喫してくれ。こうやって、冬を越すのも良い経験だっただろ?„


「……ライト様……」


「……彼はこう言ってるけれど、私としては早く解放されたいんだからね……!」


(おっと、そうだった)


“いつもありがとう、ディアーデ„


「ばッ!? そこはみんなでしょう!? やめてよ恥ずかしい!」


(ははは……面白いな、こいつ)

 赤面して叫ぶディアーデに、俺は正直な感想を持つ。


 そんなディアーデに、ターレスの四人は生温かい視線を向けていると、お姉さんは小さく咳払いをして⎯⎯。


「んんっ……。忌わく品の情報ですが、収集が難航していて……。大分時間を置きましたが、こちらでは一件の確認しか出来ませんでした」


“そうなのか? まあ忌わく品ってのも思いつきだし、仕方ないか……„


「申し訳ございません」


「いいえそんな……! わたし達もお兄さんを助けたいですから……」

 テレサが同意を求めてパーティーの三人を見ると、彼らは黙って頷いてくれる。



 そして俺達は、ギルドの情報を頼りに、次なる忌わく品を求めて『東国大陸』へと渡るのだった。



 東国大陸⎯⎯とは所謂、俗称である。クロイツェンの東港から東へ、二ヶ月以上の航海を経て辿り着く大陸に、大小様々な国土を有した国々が密集している。その国の数は四十とも五十とも言われ、俺も覚えきれていないのだ。なので、国の名前と正確な配置が実のところ怪しい。


 その中で俺達が向かう目的地は、大陸でも極東に位置している。つまりは⎯⎯。



『皆様の格『中級』では、その国まで向かえません。ですので航海の後は、昇格が一先ずの目標になるでしょう』



 ⎯⎯『格』とは冒険者の練度の事。ターレスの四人は中級であり、冒険活動は隣国までしか認められていない。そしてクロイツェンは島国であるので、船が航行している国が隣国とされている。すなわち⎯⎯。


 クロイツェンの南半分『ラーゼンヘイム』

 クロイツェンから北の大陸『マウンデュロス』

 クロイツェン⎯⎯正確にはエインセイル⎯⎯から西の大陸『グレイスバーグ』

 そして今向かっている東の国の一つ……である。


 ディアーデは冒険者というよりは『渡航者』が正しいので、国の往来だけであれば可能である。しかし冒険活動となれば話が変わり、彼女だけでは『個人冒険者』となってしまい、ギルドの補助を受けられなくなってしまうのだ。

 それを回避するためにも、彼女はパーティーの同伴としている事が望ましいのである。




 ⎯⎯その後。


 俺達は二ヶ月の航海を終えて、昇格を目指し冒険活動をすること更に二ヶ月ほど経った頃⎯⎯。



「ここに取り出したるは全てを貫く最強の矛! そしてこちらに並びたるは何物も通さぬ無敵の盾!」



 ⎯⎯と、そんなうたい文句で槍と盾を販売する旅商人が、冒険活動から拠点に戻った俺達の目に入った。


(やれやれ……、この手の商売をする輩は絶えないもんだな……)

 しかし⎯⎯。


「「おぉ! すごい~~!!」」

(って、えええ!?)


 そう俺に、レウスとマオの漏らす声が届く。二人は目をきらきらとさせて町人に混ざり、旅商人に吊られてしまうと。

 それをディアーデは少し肩を落とし、テレサは苦笑いをして、スクレータは冷静にと、三者三様に眺めていた……。


(まったく、仕方ないな。早いとこ二人を引き剥がして……)

「僕がなんとかしましょう」


「「(えっ?)」」

 

 なんと、スクレータがこの場を自ら収めると言い出した。


「すみません、ペン……ライトさんを貸してくれますか?」

「う、うん……はい」

 とテレサは、ディアーデを少し見てスクレータに手渡し、俺の感覚はテレサからスクレータに共有が移る。


 彼は、俺を持ったまま人をかき分けて商人の前へ出ると。


「んん? なんだこのガキは……? 商売の邪魔だ」

「すみません、少しお手伝いをと思いまして」

「(手伝いだと……?)」

 俺と商人がその感想を揃えると。


「お集まりの皆さん! 今商人さんは、ここに並べた盾が何物も通さないと言いました! それを確認してみたくはありませんか?」

「!?」

(! なるほどな、そういうことか……)

 集まった町人達はその言葉に概ね肯定的である。しかし、商人は顔色を悪くして⎯⎯。


「ええい止めろ! 邪魔をするな!」

「わっ!?」

 商人がスクレータを突き飛ばすと、群衆から小さく悲鳴が起こる。それでもスクレータは彼らをどうどうと宥めると。


「どうしたんですか突然? 僕はただ、このペンくらいなら防げると証明して差し上げたかっただけなんですがねぇ」

(……あれっ!?)

 俺の予想とは違う展開である。そしてその言葉を聞いた商人は安堵した様子で。

「くっふ……はは……、いいとも。そんなもんならいくらでも⎯⎯」


「では遠慮なく」

 ばすん

「……え……?」

 スクレータは並べた盾の一つに俺を突き立てると、いとも簡単に貫通させてしまった。

 その光景を見た商人が再び顔色を悪くする。先程よりも更に。


「あっれれ……おかしいですね。もう一つ⎯⎯」

 ばすん!

「おやおや、これも⎯⎯」

 ばすん!!

「これも⎯⎯!」

 ばすん!!!

「お、おいガキが! いい加減にしろ!!」

「うわっ……とと……」


 スクレータは盾から、商人に無理矢理引き離されて転びかけるが、冷静に啖呵を切り始めた。


「いい加減にするのは貴方の方です。全てを貫く最強の矛と何物も通さぬ無敵の盾、その二つがぶつかったならどうなりますか?」

 その言葉が決定打であった。群衆はどよめき商人を責め……レウスとマオは はッ! とした表情で。

(おいおい……、頼むぞ二人とも……)


「……うぐッ……! くっそガキ! これでも食らえ!」

「……えっ……」

 商人は売り物である『最強の矛』をスクレータに向ける。しかしスクレータはこの事態は想定していなかったのだろう、固まって動けなくなってしまう。


「(! まずいッ!)」

 俺とディアーデはほぼ同時に動き出していた。しかしディアーデは人の壁がある分こちらまでは遠い。


(聖剣がただの槍に負けるか! 間に合えッ!)

 

 俺は咄嗟にスクレータの右腕を借り、商人の突きに合わせるようにペン先を向ける。そして⎯⎯。


「わああぁぁ……!?」

「!? んんなああぁぁ!?」

「ああぁぁ……ってあれ……?」


 スクレータのペンと突き出し合った商人の『最強の矛』は、先端から引き裂かれると渦を巻くように丸まってしまう。


 それを見て絶句し狼狽える商人に、ディアーデは手刀で小手を打ち、槍⎯⎯だったモノ⎯⎯を落とさせる。そこから彼女は間髪入れず、相手の胸ぐらを掴み足を払うと地面へと倒した。


「がッ!」

「誰か警邏を呼んで!」

 ディアーデの機転により、商人はその場で取り押さえられたのだった。


「はぁはぁ、ははびっくりした……」

 とスクレータはへたりと腰を落としたので、俺は彼を諌めるため地面に書きなぐる。


“やり過ぎだ! 危うく間に合わなかったぞ!?„

「えっ……えーっと僕、何かやっちゃいました?」

“スクレータ„

「はい」

“そういう無自覚を繰り返すと、嫌われるらしいぞ„

 セラテア談である。

「き、気を付けま~す……」

 彼は反省を述べると地面を撫でて俺が書いた言葉を消す。……声が苦笑いで聞こえたので確信犯なのだと思う……。


(……こんなこと、一体どこで影響されたんだか……)



 ⎯⎯この騒動を収めたとして町人から感謝された俺達は、宿を無料で使わせて貰えることになった。しかもそこは、普段常用する『冒険宿』ではなく、食事や風呂がついてサービスの行き届いた『観光宿』であった⎯⎯



 ⎯⎯その夜。ディアーデは自身の剣の手入れをしていると、不意に室内の扉が開く。


「お姉さん、お先にお風呂頂きました」

「ええ」

「マオは……あ、寝ちゃってる……」

「仕方ないわね……。先に私が使うから起こしておいて」

「はい」


 ディアーデは立ち上がると⎯⎯。

「ねえ、テレサ……」

「? はい?」


「お風呂上がりで女同士とはいえ、あまり薄着でいるものではないわ……。湯冷めするわよ」

「あ、は~い」


 ……わかってるのかしら……。

 ディアーデは風呂に向かいつつ、テレサの軽い返答にぽつりと言って脱衣所へ消えた。


 マオは、テレサに揺すられて伸びをするが再びベッドに倒れると、それを見たテレサは穏やかに笑う。


「まだ、暑いかな~……」

 テレサは一人呟くと、備え付けの書き物机に座り、紙を出して蒼銀の棒を持つ。正面の壁には人の半分くらいの楕円鏡が掛けられ、彼女の上気している顔を映した。


 テレサの感覚が俺と共有される。

「こんばんは、お兄さん」


“ああ、お疲れ様„


「聞いて下さい! 今日の報告で『一流』に昇格出来たんです!」


“うん、聞こえていたよ。おめでとう„


「はいっ! これで探しに行けますね!」


“とても頼もしいよ。一流冒険者のテレサ„


「! お兄さんだって一流でしょう⎯⎯!」



 彼女とそう談笑している限りは、偽りなく頼もしいと思う。……頼もしい、のだが……⎯⎯。



“テレサ„

「はい」

“君に、伝えておかなければいけないことがある。これから冒険する上で、とても大事なことだ„

「は、はい……!」


(ああ……そんな期待のこもった眼差しを向けないでくれ……)


“今度から俺を使うときは、きちんと周りを確認してくれると助かる„

「…………はい? きちんと、まわり、を……」

“その……正面の鏡にテレサの姿が映って„

「!!! キャーーッ!!」


 俺はテレサに投げ飛ばされた。俺が確認できたのはここまでだ。



 投げ飛ばされた聖剣は鏡の横の壁に突き立つと。

「「何事ッ!?!?」」

 テレサの悲鳴にマオは飛び起き、ディアーデは脱衣所から顔を出す。そして⎯⎯。


「何があったテレサ!!」

「きゃあっ」

「くぉら男子! ノックをしろおおぉぉ!」

「「わああぁぁ~~!?」」


 悲鳴を聞き付けた隣部屋のレウスとスクレータが女子部屋の扉を開ける。

 顔を出していたディアーデはすぐに顔を戻し、マオは丸くなったテレサの壁になりながら、扉を開けた二人に枕や荷物を投げつけたのだった……。



(まあ、当然の反応だったか……。これで少しは、テレサの無防備なところが治るといいけれど……)

 そして俺は、ふとある人物の言葉がよぎる⎯⎯。



『⎯⎯ですがいつかは、その体になって得られるモノがある、そう気付かされるのではと、思うのです』



 娘の質問に、父が手掛かりを出し、娘がその答えを⎯⎯。

(いやいやいや! これが答えであってたまるか! なんで今これを思い出す!)


 神は俺に何故このような試練を与えたもうたのか⎯⎯そんな事を考えた所で神も神で外道(アレ)である、十分にやりかねない……というか俺がこの状態なのも、原因はソレが大きいと思うのだが。


(……いいや、寝よう。そうじゃなきゃ懺悔でもするか……)

 その相手は、無論『店主に』だ。



 次の朝。当然のようにディアーデが訊ねてくるのだが、テレサのことでもあると答えて俺は頑なに口を割ることはなかった。テレサも「何でもない」と笑って返しているらしい。


 ……俺は、紳士である。

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