号外 探しています、忌わく品 ~冥主の鎌~
巨人の鎚の依頼からしばらくして、次なる忌わく品の捜索を再開しました。
今、わたし達は白い物が降る中、マウンデュロス西部にあたる森を進んでいます。そんなところで探している品とは。
⎯⎯クロイツェン・ギルド⎯⎯
「……もう一つは『冥主の鎌』と噂されているもので、先に申し上げた『巨人の鎚』の依頼とは違い、情報だけとなります」
「……冥主の、鎌……」
「はい。それを操る者を、マウンデュロス西部の森で見た……そんな話が私達にも届きました」
「なるほど……。それじゃあ、巨人の鎚が駄目だった時は……」
ディアーデさんの言葉に、受付のお姉さんは頷いて。
「その品の捜索を引き続けて、されるのがよろしいと思います。……ただ一点、ご注意頂きたいことが……」
わたし達がその言葉を不思議に思うと。
「道程が順調であれば、季節が冬に入り込みます。その辺りは比較的雪の多い土地柄になりますので、装備の支度は重点的になさって、遭難などには十分にお気をつけ下さい」
⎯⎯受付のお姉さんの、そんな忠告に従いわたし達は、装備を整えて捜索を開始したのでした。
初めは動きや重さに慣れず戸惑いましたが、わたし達が情報を得てから少し時間が過ぎているので、あまりのんびりはしていられません。
雪が降る中を歩くというのは、それはそれで風情があると感じてしまいますが、注意力が散漫していると頭をよぎり、わたしは改めて気を引き締め直します。
⎯⎯拠点の町からどのくらい歩いた頃でしょうか。わたし達が森に入り始めると、雪は勢いを増して降りつけます。ですが寒さはあまり感じません。それは装備よりも、パーティーの魔道士⎯⎯スクレータのおかげです。
彼はこの日に備え『遮熱』の魔法を身に付ける鍛練をしていました。その魔法のおかげで、わたし達は寒さからしのぐことが出来ており、また、彼の魔力を補助するための魔動石も予め用意してあるので、長時間の探索をすることも視野に入れる事ができました。
と、そんな時です。
止まるがいい、冒険者風情……!
そう男の声で、白い森に響き渡たりました。
この森にここまで踏み込むとは、我の領域と知っての行いか……!
……立ち去れ。でなければそれ以上の侵入は、我が鎌で応え、露を持って償って貰うことになる……。
……? 男の声は言葉を続けますが、わたしはその意味をすぐに理解出来ませんでした。けれど⎯⎯。
「鎌……? なら貴方が冥主の鎌の使い手ね! 姿を現しなさい!」
ディアーデさんには伝わったようで、声の主にそう告げて返します。
……我の、姿だと……? ……ク、ク……ハ、ハ……星辰も頃合いか……! 良かろう! ならば刮目せよ!
……言葉はよくわかりませんが、姿を見せてくださるようです。
そして目の前の木からどさりと積もった雪が落ちて、わたし達の頭上から笑い声がしました。みんなが上を見ると、全身黒ずくめの人影が、腕を組んで枝の上で佇み、その声が森に響いていました。
わたしは、枝の上に立つなんて器用だな、と思いながらその人を観察すると、とても厚着とは言えません。……薄着で雪が降るなか高所に居るなんて、想像しただけで寒むそうです……。
「……我は! 那由多の光輝に忌避されし冥星の盟主……!」
????
「我宮を追われ貴種流離……ようやく辿り着いた安住を脅かす輩ども……これも、星の巡り合わせの不幸か……!」
……どうやらこの人は名乗ったようですが、私は半分も理解出来ませんでした。ですがディアーデさんは違うようで⎯⎯。
「私はアイゼンタール王女、ディアーデ! ……だが生憎と貴方の国は知らず、無学を許されたい。しかし、私達は貴方の生活を⎯⎯」
「! アイゼン……タール……? だと……」
「え……」
「ふふふ……はは……、まさか……こんな所でこちら側の人間と合間見えるとは、正に僥倖! ……しかし……、それは旧国の名……いまだ完全ではないということか……」
「……何を言っているの……?」
ディアーデさんのお知り合いとも思いましたが、反応からそれも違うようです。彼は言葉を続けます。
「いいだろうっ! ならば我が『道』というものを伝授してくれるッ!」
「「「「「と、飛んだ!?」」」」」
男の人は枝から飛び降りました! あの高さでは大怪我は免れません……しかし。
それは私の思いすごしでした。彼が降りたところは一際雪の積もった所だったのです。
彼はその雪の中に、深く埋もれてしまいました。
その光景を見てわたし達は⎯⎯。
「……しょーもな!」
「帰ろっかー……」
そう呆れて、これ以上は時間の無駄だと帰ることにしたのですが……。
「お……! おい……待て!」
と、彼は自力で埋もれた雪の中から、息を切らし這い出ます。
「こ、こんな辺境で、同志と邂逅を果たせたのだ……わ、我が、しろ、に……」
言い続けたかと思えば途中で倒れてしまい、ディアーデさんは近くに寄って声をかけます。
「ちょっと大丈夫……? ……て、貴方……」
ディアーデさんは何かに気付いたようです。
「ねえこの人、熱があるみたい! さすがにこのままにしておけないわ……!」
「んな~~……。世話がやけるなー……」
レウスはそう肩を落としながら、男の人を運ぶ事になりました。
「……う……」
「あ、そのままじっとしていて下さい……」
薄目を開けた男の人にわたしは言いながら、彼の額に水を含ませた手拭いを乗せます。
わたし達は、辛うじて意識のある男の人の案内で、彼の『城』までやって来ました。……といってもそこはただの小屋で、彼をベッドに寝かせてわたし達五人が入ると一杯でした。
わたしは彼の呼吸が楽になるように治癒の魔法を掛けます。
また彼の高熱に効く薬はありませんでしたが、お兄さんの知識で、その小屋にあった薬草とわたし達が持っていた薬草とで応急薬が作れると分かり、ディアーデさんが調合してくださいました。
「…………すぅ……」
「落ち着いたかしら……」
男の人の呼吸をディアーデさんが確認して⎯⎯。
「大分、森の奥に来ちゃいましたね……」
「そうだねー……。雪も止む気配がないし……」
スクレータとマオは窓の外を見て呟くように言いました。
「仕方ないわ。このままこの人の小屋に泊めてもらいましょう。容体が変わるかもしれないし……」
わたし達は、ディアーデさんの提案により休息することを決め、その日の冒険を終えました……。
⎯⎯明け方⎯⎯
男はベッドで目を覚まし、体を起こすと昼間の怠さが抜けて、体調が戻っていた。
彼は小屋の暗がりを見渡して、五人の冒険者が深い眠りについていると分かると、その者達を起こさないように、静かに小屋から出て行った⎯⎯。
どさり
「ん……っ……」
屋根から雪が落ちる音でわたしは目が覚めて、眠い目をこすり記憶を整理すると、すぐにベッドに目をやりました。
「…………………………」
しかし、そこに男の姿はなく⎯⎯。
「……!」
わたしはそれに少し遅れて気が付くと、慌ててみんな起こして小屋の外に出ました。
外は雪が上がっていて、今であれば帰る事が出来そうです。ですが、体調を崩している人の行方を知らないまま帰る訳にもいきません。
……と、そんな事を考えていると、黒ずくめの人影がこちらに向かって歩いてくるのが見えました。またその人影は、長い竿の様なものを携えています。
そしてその人が近づいてくると、それは昨日の男の人だと分かりました。
わたしは理由を訊ねます。
「……あの……どうして突然居なくなったり……」
「……昨日、あの場所に『こいつ』を置いてきてしまった……」
そう言って彼が見せたもの⎯⎯それは竿ではなく鎌でした。
「冥主の鎌!? ……確かにおれ達もそこまで気が付いてなかったな……」
と、わたし達は苦笑いして。
「……ゆうべ、『こいつ』の声で起こされたのだ。『我をこのままにして良いのか』……とな」
そして彼は続けて。
「……我が悠久を巡る中、引き寄せられるようにこの『城』へ入れば、忘却された無念に焦がす『こいつ』が……」
(……もうここは立ち去っていいんじゃないか……)
俺はずっとテレサの懐にしまわれたまま、男の『設定』を聞かされていた……。
男の人の大体の事情を聞いて、わたし達は町へと帰ることにしました。
けれど、わたしには内容が難しくてほとんど理解してあげられませんでした。
災厄……眷族……封印……不治の病に、侵されて……? ……よく思い出せません。
『此度の事を礼を言う光輝の者。だが、冥と光は交わらぬが運命……故に我が片翼も闇の眷族と決められ貴女を闇に堕とさねばならぬ……しかしそれの出来ぬ我を赦されよ……』
『……は、あ……?』
(……あれってどういう意味だったのかなあ……)
わたしは、帰り際にあの人が言った言葉を考えていましたが、やっぱりよく分かりません。
足下や仲間との距離に気をつけて、わたしは手袋を外しお兄さんと交流します。素手や肌で直接触れなければ視界の共有が出来ないそうです。
「鎌も、空振りでしたね……」
“ん、ああ。お疲れ様、テレサ„
「あの人は……、何か病気なんですか? 不治の病だと……」
“え、うん、まあ、『はしか』みたいなモノだよ„
「……そうなんですか? わたしの回復魔法が上達すれば、治して上げられるでしょうか?」
(ぶふっ)
“い、いや、あれは魔法では治らないだろう。……だから、本人の回復力に賭けるしかないというか……„
「そうなんですね……」
お兄さんの言葉に、わたしはまだまだ未熟だと感じて、いつかはどんな病気でも治せる癒術士になりたいと思いました。
“テレサ。顔を上げてごらん„
わたしが「えっ」と言われるがままそうすると。
「! うわあぁ……きれい……!」
お兄さんが気付いてくれた行きとは違う冬晴れの景色は、雪の銀色と空の青さが混ざりとても美しく、わたしのもやもやとした気分すら、澄みわたらせてくれました。




