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号外 探しています、忌わく品 ~巨人の鎚~

 二ヶ月以上に渡るマウンデュロス東部の冒険を終えて、俺達はクロイツェンに戻ってきた。


「……なんか、ここと海外の行き来大変じゃない……?」

「そうですね……。その事について、実は私も思っておりました。そこで、『あの時』の転移袋を使わせて頂けないか、所長様に相談をしに行ったのですが……」


 そう言ってお姉さんは、その時の事を話し始める⎯⎯。



「⎯⎯混線、ですか……?」

「……ああ……。以前、依頼をしてから研究を進めた結果、判明したことなのだがな⎯⎯」


 転移袋は、物を送る『送進側』と、そこから受け取る『受取側』とで一対になった魔動具であるが……。


「この魔動具の難点は、『送進側で受け取れず、受取側で送れない事』にある。魔動具に加えられる術式には容量がある為だ」

「……はあ……?」

「もし、送進側で受け取ったり、受取側で送りたいのであれば、もう一対の転移袋が必要になる。……そしてそれを、実際に行い試してみたのだが……」

「……新しく、用意した転移袋から出てきてしまった……と?」


 所長は苦い顔を作り、重く頷く。


「……送進側に入れられた物は、最も距離の近い受取側へと送られる事が判ってしまった……。製造費の都合で一対を仕上げる事が精一杯だったのだ……」

 初めから二対作れていれば……。所長はそう付け加えて溜め息を吐いた。



「⎯⎯と、そんな事がございまして……。今は、それを応用した新しい魔動具の研究を始めたと、そう仰っておりました」

 ……それで、忌わく品の情報ですが、こちらでは新たに二件見つかりまして⎯⎯。お姉さんはそう続けて、紹介してくれる。


(時間差で発覚する問題点か……。魔動具なんて俺も専門外だし、どうしようもないな……)


 また、転移袋には有効距離があるとも言われたそうで、その長さは王都からであれば、大体ビークの町までだそうだ。



 ⎯⎯王都のギルドで情報交換を終えた俺達は、エインセイルから船に乗ることになった。目的地は『グレイスバーグ王国』その東部になる。……マウンデュロス南部だった場合、東部から陸続きで向かえる為、かなりの二度手間だっただろうと思う。


 船に揺られること、三週間。昔は一ヶ月の航海に及んだらしいが、技術が発達した現在は、それが少し短縮されている。


 グレイスバーグもかなりの国土を持ち、そこでは、マウンデュロス西部と南部に隣接する東部と、大きく海に面した西部とで分けられていた。

 肥沃な平野が広がる土地柄で、産業も当然のように農業が中心の国だ。変わったところ、といえば、観賞花の栽培が特に盛んなところだろうか。

 俺はそれを知って華やかなイメージを持っていたのだが。


「……なんか……」

「……想像と、違うな……」


 レウスとマオは腑に落ちない様子で。その理由を後で確認すると、そこの国出身の冒険者から、魔法使いに絡んだ悪い話を聞いていた……と、そう教えてくれた。



 船が港に着いて下船をし、桟橋を歩いていると⎯⎯。


「っ!!」


 突然ディアーデが周囲を見回して、それに気付いたレウスが不思議に思い、尋ねる。


「どうしたの、姉ちゃん?」

「ちょっと、視線を……。ううん、なんでもないわ……」

「船旅が続いてるし、疲れてるんじゃない?」

「……ええ。きっとそうね……」


 そう言われたディアーデは、あまり気にせずにその事を流した。



 お姉さんから得た情報を元に、ギルドのある近くの街へ行き依頼を確認する。その内容は。


『巨人の鎚』の持ち主が、挑戦者を求めているというものであった……。



「⎯⎯ようやく現れたわね、待ちくたびれたわ!」


 街から遠くも近くもない郊外。そう高い声で言い放つのは、巨人の鎚を操るまだ若い少女である。身長もパーティーでもっとも低いテレサよりも頭一つ二つ低い。しかし、それでいながらにして⎯⎯。


「さあ、誰がワタクシの相手なのかしら!? そこの射手のコかしら! それとも魔法使いのボク!? まさか、男女二人の剣士!? 望むところだわ!」


 こちら見て、大人三人以上はあろうかという鎚を軽々と振り回し、高圧的に言いながらこちらに向けてくる。その時の風圧がこちらにまで届いていた。

 俺達五人は、その余りに不釣り合いな光景を目の当たりにし固まってしまう。俺はペンの姿なので随分前から固まったままだが。


(……あの鎚が実は軽いとか……)

 どすんっ と鎚を地面に降ろすと、置いた場所は沈み土埃がたつ。

(……そんな事はなかった……。鎚の見た目は簡素……というか簡素過ぎるな……ほんとに忌わく品か……?)


 鎚の打頭部は、不規則な多角形をしているが只の岩に見える。太い木の枝の持ち手の先に、それが丈夫そうな蔓で固定されているだけのものであった……。


 少女はそれを持ち上げて振り回し、視界の主に向けて言う。

「……あら、アナタは……なーんだ……。ここは戦えないオヒメサマの来る所ではなくってよ!? わかったらお城にお戻りなさーい!」

「……ぅ……。おひめさまじゃ、ありません……」

「はーい聞こえませーん」

「……ぁぅ……」


 自分より小さい少女の挑発的な言動に縮こまってしまうテレサ。

 ディアーデは、なんとかしてその場を収めようと、説得と交渉を試みる。


「貴女、少しはこちらの話を聞きなさい! 別に私達は勝負をしに来たわけではないのよ?」


 その言葉に少女は無表情になり⎯⎯。

「……じゃあ何をしに来たのかしら? 次の挑戦者を待つのに邪魔だから、消えてくれる?」


「待って! 貴女の武器の力を貸して欲しいのよ!」


「へー、武器だけ? ふーん……ワタクシに望むことがあるなら戦って勝ってみせることね。……ま、無理だけど」

 無表情であったが、それだけ言うと笑い出し背を向けて去ろうとする少女。

 

 どうやらこれ以上の交渉は不可能らしい……と、そこへ。


「……ふ、ふふふ……」

「て、テレサ……?」

 俯きながら、突如不敵に笑い出すテレサ。それをディアーデが不審に思い、彼女の名を呼んだ。


「……ちょっと、気味の悪い笑い方は止めてくださる? オヒメサマ」

「……わたし達の実力を知らずに勝ってみせろだなんて、随分な事言ってくれるじゃありませんか……」


 そう言ってテレサは少し前へ出ると、少女はこちらに向き直して言葉を返す。


「あら、これは失礼。……では、五人がかりでもお相手いたしましょう……おっと、オヒメサマがいたので四人でしたわね」


「……わたしが『姫』なのは、否定しません。ですがあなたに、わたしの『騎士』()()を同時に相手にするなど、勤まりはしませんよ」


「……言ってくれますわね……!」


(((((てててテレサぁぁぁ!?)))))


「……良いですわ! そこまで言うならお相手してさしあげます! 誰からでもかかって来なさい!」


 少女は鎚を振り回したのち構えて臨戦態勢をとると、四人は少しあとずさり腰を引く……しかしテレサはため息して。


「わかっていませんね」


「……なん、ですって……!?」


「貴女の実力も知らずに、いきなりこちらの『騎士』を出すわけがないでしょう? ですのでここは、一つ試させていただきます」


「ふ、試すだなんて……本当は戦いたくないんでしょう?」


「……それは想像にお任せしますけれど……。これを受けて頂けないのなら、ギルドに『巨人の鎚はこちらの(・・・・)挑戦から逃げた』とでも報告することにいたしますが?」


「! そ、れは……」


「……どうやら受けて頂けないようですね……。みなさん、街に帰り⎯⎯」

「待ってッ!」


「どうしました?」

「わ、わかった……受け、る……」

「ごめんなさい。よく聞こえません」

「受けますッ! 試しでも騎士でもかかって来なさい!」


 テレサの交渉により、少女の実力を試す事になった。


 無論、これは方便であり⎯⎯。



  ⎯⎯ディアーデと少女の会話中⎯⎯


(⎯⎯えぇっ! わたしが交渉するんですか!?)


“やり方は今俺が伝えた通りに。上手くいけば全て解決するはずだ!„


(で、でもディアーデさんのほうが……)


“彼女にはもう伝えている余裕がない。今出来るのはこれ知ってるテレサだけだ。頼むッ!„


(……それで、お兄さんの役に立てますか……?)


“あ、あぁ! 俺だけじゃなくてみんなの„(役にってわぁテレサ、手帳を引っ込めないで!)


(わかりました……! なんとかやってみますッ⎯⎯!)



 ⎯⎯という、やり取りの末にテレサが交渉を始めたものだった。


「なんだそりゃー!」

「シッ! 声が大きい……!」

 マオにつっこまれてレウスは口を押さえた。


 今は試しの内容を相談するという体で少女とは距離を取っている。

 試しの内容は決まっているので、ここまでの状況説明を四人にしていたのだ。


「まさかそんな事だったなんて……」

「ほんとね……。人が変わって少し心配して見てたんだから……」


「えへへ……ごめんなさい……」

 スクレータとディアーデに心配されて、テレサはぺろと少し舌を出して笑う。


 とは言え、全てが俺の言った通りかと言うと、そうではなく。


(『姫』と言われて『騎士』と返してるあたり、テレサも結構乗り気だったんじゃ……。まあ、上手く相手が乗ってくれて良かった……)

 あれは俺が指示したことではなく、テレサ自ら挑戦的に話していたので内心は少し焦っていた。

それと⎯⎯。


「⎯⎯どうでしたか!? お兄さん!」


“ああ、ありがとう。上出来だ。交渉はもう少しで終わる、頑張ってくれ„


「ありがとうございます!」

 テレサはとても嬉しそうに俺に語りかける。

 ついでに気になった事を訊いてみた。


“……騎士が五人ってのは四人の間違いじゃないのか? あと、最後聞こえないフリしたのワザとだろ……?„


「ふふふ……。よく()()()()()


(あ、ずるいぞ。くそぅ、もう少し字が上手ければ……)


 いつまで待たせるつもりーー!?


 と少女がこちらを急かす。あとは彼女に試しの内容を説明するだけだ。



 ⎯⎯少女と相対し、テレサが試しの内容を話す。それは勿論……。


「貴女がわたし達と戦うに相応しいかは、これを壊して見せてからにしましょう……!」

「ッ!?」


 そう言ってテレサは、蒼銀の棒こと聖剣もといペンを少女へ立てて見せる。


「っっっ……! ばっかじゃないの!? そんなひょろいペンごとき砕けないとでも!?」

 少女は顔を真っ赤にして激昂し吼えた。

「いいえ。こちらとしてはどちらでも」

 しかしテレサは、尚もこちらに主導権があると余裕の応対をする。


(まあ、実際どちらでもいからなあ……)

 壊してもらうのが目的であり、仮に壊れたのであれば俺が出てこれる。その時は俺が相手をすればいいだけだ。

(……いや、そもそも勝負すら必要ないのか……)



 テレサは地面に俺を寝かせると彼女との共有は切れる。

(……果実割りの果実の気分再び……。元に戻れるまでずっとこれを味わうのか……)



「用意出来ました。いつでも貴女の好きなタイミングでどうぞ」


「く……! どこまでワタクシに舐めた態度を……!」


 テレサ達五人が距離を取るのを確認した少女は、そう言い捨てると深呼吸をして、左、右……と交互に、横向きの素振りをする。しかしその素振りは徐々に加速して、先程とは比べものにならない風圧が、やがてその場に巻き起こり始めた……!


「ぅぅううおお……これは、いけるんじゃないのか……!?」

「どうかしら……!? 肝心なのは、あの鎚が忌わく品かどうかよ……!」


 五人は立っていることもやっとの風圧に耐え、半目で少女とペンの動向を窺う。


「はあああぁぁぁーー…………っ! たぁぁぁーーッ……!!」


 鎚の素振りが最高速度に達し、少女は渾身の力で振り下ろした。

 それが地を打つその衝撃、風圧、更に砕けた土の破片に襲われた五人は悲鳴を堪えられない。

 

 少女を中心とした厚い土埃が起ち、どうなっているのか、確認することが出来なくなってしまった……。



 ⎯⎯五人の視界が少しずつ晴れて行くと、土埃の中に佇む人影。

 その人影は何かを持ち上げると高笑いして⎯⎯。


「…………フフフ、あっははは………。ワタクシとしたことが、ついやり過ぎてしまいました……。どうやらあのペンは、跡形もなく粉微塵になってしまったようで……」


 その言葉が届いた五人は、既に荒れ地と化した少女の側へ駆け寄る。

 そして少女の言葉通り、ペンは影も形も見えなくなっていた。


「おおお! すっげえ!」


 少女は、当然ですわ! と無い胸を張るとすぐに鎚を構え直して……。

「さあ! 約束通りペンを壊してさしあげました! ワタクシのお相手を⎯⎯」

「待って!」

 

 そう止めたのはディアーデである。

「ペンが壊れたなら、彼はどこへ行ったの!?」

「彼? ……誰ですの??」


 しかし、そんな少女の言葉は無視して⎯⎯。


「!? まさか、地面の中!?」

「「「「えええッ!」」」」

 スクレータの仮定に四人は驚愕すると、大慌てで足元を掘り返し始めるのだった……。



 ⎯⎯穴掘りを始めて半刻以上。しかし、掘れども掘れども出てくるのは土と石。鎚を打ち付けた衝撃で地面が固く締まり、思いの外掘り進まない。それでも穴は人の腰程の深さにまで達していた……。


「……もうお諦めなさい。ペンはワタクシが消し飛ばしましたの、見付かりはしませんわ……」


 少女は五人がペンを探していると思い込んでいる。しかしその言葉は聞こえないふりをして、穴に入ったレウスは黙々と固い地面を剣で掘る。彼もまさか黒金の剣をこんな風に使うとは、思いもしなかっただろう。


「……ふう……」

「ようやく懲りましたか?」

 そうレウスが宙を向き一息つくと、少女が穴の外から見下ろして言う。とその時、少女が携える鎚の打頭部に何か光るモノ。レウスはそれを見るなり目を見開いて⎯⎯。


「あーーーーッ! あったーー!」

「な、何ですの突然……」


 四人はレウスの叫びを聞き少女の側に集まる。既にレウス達の姿は、土にまみれ疲労していた。


「ちょ……なるほど、やはり五人がかりと⎯⎯」

「違います。その鎚の先を見て下さい……!」

「鎚の……先……?」


 テレサに言われるがまま鎚の先端を見る少女。そこには、ペンがその形でめり込んでいる打頭部があり……。

「「「「「はぁーー……」」」」」

 五人は安堵とも落胆ともつかない息を吐く。


「……ぁ……ぁ……ぁ……」

 一方で少女は暗い顔で酷く自失し⎯⎯。


「ううぅぅわああぁぁーーん! いまなおしてあげるからああぁぁん!」

 少女は激しく泣き叫びながら走り出して行った。そこには先程のまでの態度はなく、身長相応の少女のもので。


「あっ!? 待ってどこにいくの!?」

「っては、速い!?」

「待ってーーッ! ペンを、返してーー!」


 少女はペンを外さないまま走り出したので、五人はそれを追いかけるハメになる。



(⎯⎯はッ! 寝てたぜ……。そろそろ今の状況が知りたいんだかなー……)

 ……しかし俺はそんな事など露しらず、ただただ共有が再開されることを待っていた……⎯⎯。



 ⎯⎯そのまま五人は、少女の出身地である村へとたどり着いて、彼女の両親から、迷惑をかけた御詫びだともてなしを受ける事になる。

 またその村は石材の産出地であり、少女の鎚がその村の石製であることと、少女は鎚に『巨人』の名をつけて呼んでいたのだと、そう判明した……。

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