号外 探しています、忌わく品 ~漆黒の籠手~
俺達、五人と一本は、クロイツェンの東港から船に乗り、島を回り込むように南下して、海上を進んでいた。
目的地は、隣国『ラーゼンヘイム諸国』で、航海はおよそ、五日ほどの日程である。
ラーゼンヘイム入国にあたり、陸路で望もうとするには、密林を抜けたのち、南北を隔てる山脈越えが待っている。それは困難を極める為、入国はその殆どが、船を使って行われているのだ。
⎯⎯ギルド⎯⎯
「ライト様、申し上げにくいのですが……、忌わく品の絡んだ依頼は、現在ありませんでした……」
“そ、そうか……。良い案だと思ったんだけどな……„
俺は紙の上に言葉を綴ると、無い肩を落とした。
忌わく品⎯⎯。それは、持ち主に悪影響を及ぼす「呪物」とも呼ばれている稀有な品。その形は様々で、家財であったり、装飾品や武具であったりする。
俺も、冒険者時代に小耳に挟んだ程度だが、なんでも、世界中の迷宮や遺跡から発見されるらしい。
滅多に見付からないのであれば、それこそが魔族の武具であるのではと思ったが、どうやらそれも芳しくないようだ。
「こちらの方は、私達が追って情報や依頼の収集をいたします。ただそれとは別に、酒場の主人から気になる話を、少々⎯⎯」
それがラーゼンヘイムの、『漆黒の籠手』というものだそうだ。いかにも、忌わく品らしい名で呼び、その名に違わず見た目は黒く、地獄の業火で鍛えられた双拳は、岩を砕き、鋼を貫くという。
酒場にはあらゆる冒険者が集まるので、主人はその関係で知っていたのだろうと思う。
俺を使い、ディアーデは話す。
「なんていうか……、皮肉ね」
“? どうしてだ?„
「言ってたでしょう、断ればラーゼンヘイムに囚人奴隷送りだと」
どうやら執務室でのやり取りを言っているようだ。
「……受け入れても断っても、結局向かう所が同じだって、そう思ったからよ」
“俺達は別に、お前を奴隷送りに向かっている訳じゃないだろ……„
「わかっているけどね……」
“イズンは、ディアーデがこの時代に馴染めるように、そういう配慮してくれたと思ってる。そして俺は、この時代に馴染んで欲しいと思っているし、探索を通じて生き甲斐のようなものが見付かればとも考えてる。……ディアーデはそう思っていないのか?„
「……本当にそうなら……前向きになりたいけれどね……。繰り返し騙し打ちをされると、不安にもなるのよ」
(それは……少しわかるな……)
「……なんて、私の言えたことじゃない、か」
彼女はそう言い捨てて、苦笑いした。
⎯⎯順調に航海を終えた船が港に着く。だが目的地は、ここから更に北西に向かった街、その闘技場である。
なんでも漆黒の籠手の持ち主は、闘技場では指折りの拳闘士らしいので、俺達はその人物を訪ねに行くのだ。
港で物資を補充していると、その街から来た商人の馬車を捕まえた。道中の用心棒をするという交渉で、足を確保する。
俺はディアーデの懐へとしまわれると、皆はその港を後にした。
道中は比較的魔物と遭遇する。商人は、行きにも冒険者を連れていたが、その者達は船に乗るため別れたそうだ。新たな用心棒を探していた所だったらしい。
(懐に入れられていても、声は届くんだよな。……あんまりよく聞こえないけど)
街に着く前に夜になり、レウスと、ディアーデが交代で夜の番をする。
初めは彼女が番をすることに、意外だと思っていたが⎯⎯。
「姉ちゃん疲れてないの? 休んでていいよ?」
「レウスだって、疲れているでしょう? ……一度、してみたかったのよね」
「ふうん? 姉ちゃん、変わってるな……」
「っ……。なんでもない、忘れて」
⎯⎯船に乗る前の野営で、そんなやり取りが俺にも届いていた。
⎯⎯闘技場・その周辺⎯⎯
街に着いた俺達は、漆黒の籠手の持ち主を探すため、酒場で情報収集をする。
酒場は、闘技選手が主な常連のようで、きちんとした身なりの装備をした者はほぼ居らず、半裸で、自らの肉体を誇示するような、そんな男達ばかりの溜まり場と化していた。
テレサはカウンターの主人に尋ねる。
「すみません、漆黒の籠手というのを、ご存知ないですか……?」
訝しい表情の主人は、グラスを拭きながら一方を見やると、首だけ動かしてその人物に促す。
どうやら、場に似つかわない少女が現れて、俺達は少し『浮いている』のだと思う。
テレサもそれを察したのだろう、主人に礼をすると、そそくさとパーティーに戻った。
「お兄さん、あの人みたい、です」
“ありがとう、テレサ„
テレサと共有される視界の中心には、浅黒い肌をした若い男が映り、一人で酒をあおっていた。
「そんじゃ、早速」
“いや、待て„
「!? ま、待ってレウス……!」
レウスが男に話し掛けようとした所、俺が止めるとテレサも慌てて止めた。
「どうしたの兄ちゃん?」
“こんな大勢で詰め寄るのは、相手を刺激するんじゃないか? ただでさえ、今かなり目立っているぞ„
「あ、確かに……」
と、納得した様子のスクレータ。
“……テレサとマオと、ディアーデの三人で頼む。女と分かれば向こうも、気を許してくれるんじゃないか? 他二人はどこか席で待っていてくれ。それでも万が一の時は、ディアーデ、いいか?„
「……わかったわ。私が警戒しておくから、二人は交渉に専念して」
“ペンはこのまま、テレサに任せた„
「はいっ」
レウスとスクレータが席に着いたことを見送って、俺達は男の側へ近づいていった。
「こんにちは~お兄さん」
マオが挨拶をすると、男は笑顔で返す。
「おお、なんだ嬢ちゃんたち。もしかして……、マスター、このコら新しく雇うのか?」
「雇うか、馬鹿が! ……ウチにそんな余裕あるかよ……!」
「なんだ……違うのか……」
男と主人が声あげて会話すると。
不満ならツケで飲むヤツに言えってんだ……。
がはは……ちげぇねぇ!
てめぇらのことだろうが!
主人は他の客達と談笑をし始めた。男達の気が向こうへ逸れているうちに、俺達の用事を済ませたい。
「……注ぎ手じゃなくて、悪かったわね。貴方に聞きたいことがあるのよ」
「俺っちにか? なんだ、俺っちのファンだったのか」
「……それも違う……。ファンなら注ぎ手くらいするでしょうに……」
尋ねたディアーデは、男のズレた予想に半ば呆れて答える。
「えと……、お兄さんが漆黒の籠手を持っていると聞いて、少しお願いがありまして……」
「うーん……? 漆黒の籠手を持っているっつーかなんつーか……。まあいいや。女の子の頼みとは、いいじゃないの」
そう言って男は酒を飲み進める。思っていたよりも、お互いの印象は悪くないようだが。
(なんだか歯切れが悪いな……?)
“テレサ。まずはその、漆黒の籠手を見せてもらえないか?„
その言葉に彼女が頷くと。
「すみません、まずはお兄さんの籠手を見せて頂けませんか?」
「? 別にいいけど、なんにも面白くないと思うぜ?」
男は、目の前のテーブルに一双の籠手を置いて、三人はその置かれた黒いものに顔を近づけて見る。
「見たところ……」
「別に、変わったところは、ないかなあ?」
「貴方これを使っていて、何かおかしなことや、違和感みたいなものはないの?」
「なーいない。だってこれ、普通に武器屋で買ったもんだぜ?」
「「「(えっ?)」」」
笑いながら話す男の言葉に、俺達は状況が上手く飲み込めない。
「……これは漆黒の籠手じゃないんですか??」
「うん、違うな」
「なら……忌わく品の籠手はどこへやったの……?」
「忌わく……品?? いやいやいや! 俺っちがそんな金もってるように見える!?」
「えぇっ、じゃあ漆黒の籠手っていうのは!?」
「ちょ、ちょっと待ってくれ。アンタら結局、何を知りたがってるのさ、さっきから⎯⎯!?」
当然の疑問であろう男に、俺達は、クロイツェンから漆黒の籠手という、忌わく品の噂を聞いてここまでやって来たと説明した。
「⎯⎯なるほどな~。他所じゃ俺っちのことそんな風に伝わってんのか~」
「貴方の事が……伝わる??」
「漆黒の籠手っていうのは、ようは『二つ名』のことだな。俺っちの籠手から、周囲が勝手にそう呼び始めたんだよなー」
「ちょっと待って。地獄の業火で鍛えられたっていうのは……?」
「あーあ、それは独自に編み出した鍛練法だ。そんなことまで伝わってんのか……」
聞くと、ここから北の火山地帯へ近づいて行くと、溶岩の溢れ出る一帯があるそうで。その溶岩に自身の拳を打ち込んで鍛えているそうだ。
なんとも常人には理解し難く、かつ危険極まりない鍛練であるが、効果の程は。
(……まあ、あったんだろう……。事実、二つ名がつけられるまでの拳闘士に登り詰めているからな)
「それにしても、他国じゃ忌わく品まがいとは、我ながら複雑な気分だぜ……」
男は苦笑いをしながら言い締めた。
“そう言うことだったか……。残念だけど、今回は空振りだな……。ありがとう、みんな„
「お兄さん……」
「?」
テレサは俺に話し掛けたのだが、男はそれを不思議に思って見る。
ペンの中に俺が入っていて、そこから出る為に忌わく品を探していた……とは伝えていない。
俺達は、間違いであったことを男に詫びると、酒場を後にするしかなかった。
(二つ名か……。まさか俺も、おかしな名で呼ばれてたりして、な……)
それから⎯⎯その街を活動拠点として、皆の行動を見守る。
俺は確かに元に戻りたいが、それは彼らの協力あってこそである。戻す事を最優先にしろというのは筋違いだと思っているし、俺も彼らの冒険が充実するものであって欲しいので、特に言う事はない。
⎯⎯後日、闘技選手として彼らが出場することになった。
一対一であったり、複数人対複数人など、いくつかルールが別れているが、彼らが出場するのは四対四のパーティー戦で、ディアーデがセコンドにつき、俺と見守る事になった。
ここまでの活動でディアーデは、剣士として高い実力があると知るに至っている。だが、彼女は彼らと出場する事を拒んだ⎯⎯。
「仮に貴方が戦えたとして、一緒に出たいかしら?」
“……出ないだろうな……„
⎯⎯彼らの活動は、彼らだけのものであるべきだと、認識が一致した。
順調に勝ち上がり、決勝戦になる。
俺が見ていない間、ここまでの成長を遂げたことに、素直に驚いた。それもあるが、魔法というものに、相手が対応しきれていなかったのだろう。
この調子であれば、優勝にも手が届くかに思われた。しかし。
決勝の相手は、レウスを後衛から引き離すという、分断作戦を取る。こうなると残された三人では脆く、勝ち目がない。
相手はここまでの戦いを見ていたのだろう。彼らは完全に、相手の戦法に嵌まってしまうのだった⎯⎯。
「⎯⎯おかえりなさい。残念だけど、彼らの経験には及ばなかったわね……。それでも準優勝なんだから、胸を張っていいと思う」
「ありがとうございます、お姉さん……」
ディアーデが健闘を労い、テレサが応えると、レウスが俺に尋ねる。
「兄ちゃんて、『血塗れの聖銀』て知ってる?」
“……なんだその、忌わく品みたいな二つ名„
「いやぁ、さっきの人達が訊いてきたんだよなー。クロイツェン出身なら知ってるかって」
“ふうん? いや、悪いけど聞いたことはないな„
「そっかあ。何年か前に、一人で二百人以上倒してリタイアした剣士がいて、それがクロイツェンからの冒険者だったんだってさ」
ちょっと待て。
(……それ俺じゃねーか)
「二百人!?」
「まあ、もっと凄い人もいるらしいけど、それがここのクロイツェン出身記録なんだって」
(えぇ……。まさか俺、そんな不吉な二つ名なの……?)
確かに過去、ここへ来てクロイツェン出身記録を立てた記憶がある。むせかえる血の匂いで酔って、リタイアしたのもそうだ。そして、その時使っていた剣は聖銀製だった気がする。
「……兄ちゃん?」
“いや……なんでもない„
なんでもない、は嘘だ。
俺は、俺の知らない所で二つ名が作られ、呼ばれていたと知る。
今ではすっかりこの姿なので、まさに、忌わく品と呼ぶに相応しいと、俺は感じた。




