0号 聖なるペンと戦場記者 下
俺は屋内のベッドで目を覚ます。
体を起こすと右側に窓があり、そこからの景色を見て覚醒したばかりの頭を働かせていると。
「ライト!!」
声がした方へ向くと母がいた。
(ここは、村の診療所か……)
「えっと……ただいま、母さん」
「あぁ……、よかった……。今知らせと食事を持ってくるわね」
それだけ言うと、まず隣の一室へと行ったあと診療所を後にする。
ディグあたりが休んでいるのかも、と思った。
するとすぐに診療所へ誰か来た。
どこだぁ!? ラぁイト!?
ちょ、声が大きい!黙れ親父!
やりとりから察するにファムとその父のようである。
(あれ? ファムの家は診療所から遠いはずだぞ?)
考えているとすぐにファムの父は見えた。
俺は怒気に気付いたが状況が飲み込めない。取り敢えず刺激はしないようとした。
「……ライト……貴様……ッ」
「あ、すみません、こんな状態でッ!?」
右フックをもらう。ベッドから転げるほどの強さと勢いで。
「貴様がいながらッ! ファムは!」
!?!?
状況の整理が追い付かないまま、ファムの父は俺の胸ぐらを掴み二発目を振り上げる。
「や"め"て"!」
そこへ声を出したのはアンクである。ディグに肩を貸していた。
アンクの声に衝撃を受けたのか、拳はぴたりと止まる。
「怪我した本人よりメソメソしてるんじゃない! 馬鹿親父!!」
ファムが追い付いた。
ファムの父は、二人の女子から制止されるとさすがにバツが悪かったのか、俺と肩を落として俯く様に診療所から出ていった。
ふぅとため息をこぼし、俺をベッドに戻すファム。
「大丈夫かい? 悪かったね……」
そう話すと、見舞人用の腰掛けを出しディグを座らせた。彼の右足は完全に固められているがために、今は自力で歩けないのだろうと思う。
「よう。気分は……よくないよな、そりゃ。はは」
「ディグ、足は……?」
「……今は見ての通りだ。けど」
「けど?」
「……もう以前のようには歩けない、だそうだ」
俺は黙ってしまう。
回復魔法があるだろうとよく誤解されるが、飽くまで人の持つ『自然治癒力を高めるもの』だ。再生不可ほどの重傷は魔法を以てしても完治しない……、母の言葉だ。
そういえば、とディグは話題を変えてくれる。
「先生出てった後すぐにファムの親父さん来たな?」
「あぁ……うん、それか。その……」
「親父さんが怒る程の怪我、だったか……?」
俺はおそるおそる聞く。
それは地下からの帰還まで遡るらしい。
俺たちが帰還を果たしたのは同日の日没付近だった。俺は帰還してすぐに倒れ今日で三日目、今は午後だ。
ちなみに届かないロープへは外した石材を踏み台にして、腕力のあるディグと体重の軽いファムは自力で登り、俺とアンクは引き上げられたらしい。
「帰って次の日から調子が悪かったの」
と言いアンクに、俺の母に、アンクの母に……と相談していって、王都での診察を勧められ父に付き添いと馬車を頼んだ。
そして俺の起床とファムの帰宅が偶然重なったようだ。
「それで具合は、どうだったんだ……?」
「えっと。……あたし、もう子供が産めないって、言われちゃった」
俺とディグは驚き、アンクは黙って下を向いたままだ。
同じ女性として思うところがあるのか、相談を受けた際に予感はしていたのかもしれない。
「あはは、やだなー。別にあたしだって、アンクほど女ぽくないって自覚はあったよ~。けど、まさかこんなことで女だと思い知らされるなんて、おかしいよね?」
ファムから同意を求められるが誰も応えない。精一杯の笑顔を作り、目には光ものが浮かんでいる。
そんな彼女に対して俺は、ただ謝るしかなかった。
「……ファム、すまない……。俺の、判断ミスで……」
「ううん、もういいの……」
いいわけが……! と俺を遮りファムは言葉を続けて。
「ほんと言うとね、さっき父さんがライトを殴ってくれて、正直すっきりしたの。ヤな女でしょ? だからこの話は、もうおしまい」
(ファム、本当にすまない)
俺は心の中でもう一度謝る。
ファムの父に殴られたことも腑に落ちた。
すっきりしたとまで言われては、俺も殴られた甲斐があったと納得するしかない。
「アンクは……いや、やっぱりなんでもない。アンクも、すまなかった」
話しかけると顔を上げたが、不満そうに頬を膨らませ横を向く。
「あ、アンク?」
「はは、『私の事ももう少し心配しなさい』ってところか」
(こくり)
ディグの方に向き直し頷くアンク。
「あ、いや、ちゃんと心配してる。本当だ」
慌てて言い加えると。くすくすと笑い頷かれる。
胸を撫で下ろし、地下の出来事を整理する。
俺達は地下に居た巨大な敵を倒して、後の探索でアンクは壁の仕掛けに気付く。そのおかげで聖剣を……。
「そうだ聖剣!」
と突然声を上げたので、三人が小さく驚くとその表情は暗くなる。
俺が顔を合わせても首をゆっくり横に振るだけだ。やがてディグが口を開く。
「……ライト、それが俺たちの見付けたものだ」
ディグは俺の左側のチェストを指差す。
見るとひとつの蒼銀の棒が置かれており、俺はそれを手に取る。
それは、紛れもなく、ペンであった。
「……ぁぁぁ……そんな……こんな、こんな物の為に俺たちは、こんな目にあわされたってのか!?」
怒り、喪失、後悔、自責……、色んな感情が同時に込み上げて俺は自制が利かなかった。
「く……っそこんな、ものがぁぁぁ!」
叩きつけようと振り上げた腕はアンクに止められた。もう少し遅ければアンクにぶつけていたかもしれない。
「……お前が聖剣に拘ってきたのは、ずっと見てきたから知ってる。けど、そいつを粗末にするのはやめて欲しいね」
(こくり)
「あたしは、あたしたちだから冒険を続けてこれたの。それだってみんなで手に入れた物、でしょう? 聖剣じゃないからってそんなの、あたしたちに悪いって思わない?」
俺は、はッとした。
「ライト。もう少し休んでから、ゆっくり整理していこう。な?」
「みん……な、すまない……」
皆に諌められ俺は腕を下ろすと、それを見て三人は頷いた。
「うん。よし、こいつも起きたし俺もそろそろ帰るわ。ファム悪いけど、肩貸してくれよ。アンク一人で運んでもらうのも悪いだろ?」
「ん、あいよ。ライト、またね」
(こくり)
そう言って三人は病室から出る。
あれ? もしかして俺って今役得? 二人の女の子に挟まれるとか。
あんたの口からあたしが女って初めて聞いたよ……。
あ、そうだなじゃあ違うかぎゃあっ!
うっさい! 本気で歩けなくするよ!?
外からそんなやりとりが耳に届いた。思ったほど皆は明るいのかもしれない。それとも、無理に明るく振る舞わないと気が保たないのか。はたまた、こちらにも届くようにわざとそうしているのか⎯⎯。
(……今は松葉杖がないけど、父さんに話せば作って貰えるかな……)
声が聞こえなくなり、ずっと気になっていたことを確認する。
それは俺の右腕。全体が包帯で巻かれ状態がわからない。
チェストを漁るが鋏等はない。
仕方ないので口と左手で手こずりながら解く。
そこで目にした腕はまるで、干からびた木の根か根菜か何か……。
「ライト! あなた……見てしまったのね……?」
母が食事を持って戻ってきた。
「母さん、これは……」
「ええ……残念だけれど……」
「そん、な……」
そんな気は自分でもしていたが考えないようにしていた。だが、改めて自分の目で確認すると堪えるものがある。
俺は目の奥から込み上げるものを抑えられない。
母は腕の事は伝えるつもりではいたが、見せるつもりはなかったという。
取り敢えずは毎日回復魔法は掛けてもらうが、それでもどこまで再生できるかはわからない。
「せめて血が巡り始めないことには。それもなければ……」
母は口にしないが、切断しなけばならない。ほおっておくと腐敗し、進行すれば健常な肉体にも悪影響だ。
ひとまず俺は母が持ってきた食事を平らげ、今日の所は休むことにした。
⎯⎯それから五日後、俺は家の馬車で木材や干し肉といった納品物と共に揺られている。
隣町や王都へ納めに行くついでに、ギルドに拾得物の報告をしなけばならない他、別に目的がある。
あれから右腕は回復魔法の甲斐もあり、三日ほどで血が再び巡り始め、包帯は完全に解かれた。なのでリハビリを始めてまだ間もない。
左手で剣を振る練習をしてみたが、体が馴染む気配はなかった。
成長期を過ぎると新たに矯正するのは難しいと言われ、自分が凡人であると思い知る。
左手で補助をしながら字を書く練習もした。それは、俺たちの引退届を出す必要があったからだ。もともと強い曲字だが更に読みづらい。
ファムに書いてもらう時アンクについてきてもらった。彼女の両親に顔を合わせる自信はなかった。結果遠くから顔を見られるだけで済み、その時俺は大きく頭を下げた。
他にも、俺と三人の冒険証を預かった。出国の際に身分証として必要になる物だが、引退する以上は返還だ。
やがて馬車が止まる。まずは日中半日で隣町のビークに到着した。アンクの母がいる所でもある。
父が納品を進める間に俺は馬の入れ換えをする。
村の馬を一度預けこの町の新しい馬を借りると、すぐに出発出来る。ここから王都へは日中半日以上だが、早くに村を出れば門が閉まる直前に着く。(馬車で道が混む場合もあり、間に合わないこともあるが)
その後は馬車で一晩過ごし、帰りに町の馬を返し、村の馬を返してもらう。
子供の頃からの手伝いだ。その頃は何故馬を入れ換えるのか、理解出来なかったが「馬も生き物で疲れるから」と言われ納得した。
今日は順調で無事王都に入れた。馬車で休むのが決まっているので、ここからは自由時間とも言える。
俺はギルドに着いたが、入口の掲示板に俺たちの記事が張られ、少し不快になる。
「こんにちは、お姉さん」
「いらっしゃいませ……と、ライト様! よく無事に戻られました!」
「はい、なんとか。……それで今日は拾得物の報告と、あと……」
「かしこまりました。こちらへ」
とカウンターへ通された。
「⎯⎯引退、されるのですか……?」
「はい……。俺も仲間も負傷して、これ以上は難しいと、みんなで相談して決めました……」
「それと、それが聖剣だと言うのですか?」
「あ、やっぱり疑いますよね? ははは……」
「……いいえ。わかりました。拾得物の報告、引退の旨、確かに承りました。今までお疲れ様でした……」
冒険先で見付けた物は基本的には発見者のもの。ただし鉱脈だったり優良な木や石が採れたりする場合は、採取予測の二割前後だ。これは、何故国が冒険者の奨励を始めたかに起因する。
冒険者自体は個人でやっても別に良い。
ただ、ギルドに加入すれば実績次第で他国の渡りをつけたり、依頼中に行方不明になればある程度の捜索もしてもらえる。また今回のような引退や、万一の死亡といった場合は保険金が出る。
その点個人冒険者は全てが自己責任だ。
これを始めたのはクロイツェン王国で、当初は世界中から人が集まり、そして引退していった。
今ではそれも減少しつつあり、また各国がこれを元に同じ取り組みを始めているので、この国の冒険者となるとあまり多くはない。
(冒険者、か……俺は何をやっているんだろうか? 俺は、聖剣を手に入れて何がしたかった?)
リハビリ中ずっと自問自答しているが未だに答えが出ない。
……それは、やはり冒険ではないだろうか。そして言葉通り聖剣を手に入れたのだから、冒険者を続けることが仲間への筋の通し方ではないのか……。しかし戦わずして冒険者になどなれるのか……。
俺は駄目もとで尋ねる。
「……あの、お姉さん」
「……はい?」
「戦闘しなくても冒険者って、なれますか?」
「……結論から申しますと、ございます」
「……え?」
この返答は予想外だった。
「ライト様がご存じないのも無理はないかと。ライト様は当初から剣士を希望されていたので、その様に話を進めさせて頂きました」
「く、詳しく教えて下さい!」
一口に非戦闘冒険者と言っても複数あり、その中から学者、商人、記者について聞いた。それぞれで要求される条件が異なるという。
まず学者。条件としては正式な学校を卒業すること。町や村の学舎では、知識と学力がバラつくので駄目だという。王立学校の入学には年齢制限があり十五歳までと定められている。その後更に色々あるのだが、既に十九の俺は満たせない。
次は商人。条件は商人として信頼出来る取引実績があるか。商人は商工会というものに加入する。そこを通さなければ取引実績として記録されない。肉や木を卸している俺の父が加入しているだろうが、当然そこに俺は含まれてはいない。
ターレスのエスティード商店は元は地元の小さな店だったが、東の大陸から旅商人の冒険者が店を継ぎ、名のある商家にした⎯⎯そんな逸話の例も教えてくれた。
「そして最後に記者ですが、まず二年以上の冒険経験が要求されます。そして格は中級以上です」
格とは冒険者の練度のことで、それに伴い活動範囲を広げていける。
成り立ての初心者は領内での活動のみ認められる。冒険者としての適性を診る意味合いが強いためだ。適性が認められると新人になり領外、つまりは王国内へと範囲が広がる。次は若手から中堅を指す中級で隣国まで、最後の一流で世界中となる。
「その条件を満たして戦場記者試験に臨むことが出来ます。それを合格すれば晴れて初心者です」
「それで具体的に何をする職業なんですか?」
「はい、主に魔物や迷宮の情報を収集して頂きます。ただ……」
「ただ?」
「既に前例の方が、ほとんど報告してしまっています」
「ん? それはつまり……?」
「はい……。実績を高めるにはみずから、新しい物を発見し、情報収集、そして報告しなければ昇格が望めません」
「新しい物、か……」
あれ……でも、もしかして……。
「あの、その新しい物って迷宮と魔物だけ? 例えば迷宮から見付かった遺物とか」
「いいえ、そう言うわけでは。今おっしゃった遺物でも構いません。例えば新しいお尋ね者の情報や、変わった所では歴史などの情報でも、事実の確認が獲れれば実績としてこれ以上ないかと」
「! ……わかりました。それなら俺は、この聖剣の情報を集めて報告します……!」
「それは……! とても妙案だと思います……!」
俺の活動方針が決まった。
「……ではライト様の引退をキャンセルとします。記者としての復帰と活躍を楽しみにしています」
普段はドライなお姉さんが、そう声高に応援してくれるとは思っていなかった。
それにしても新しい物の発見。これもまた立派な冒険者の姿ではないか。
馬車に戻り父に話すと、色々驚かれた。
「朝よりすっきりした顔してるし、冒険者に戻るとか言いだすし」
そう言うだけで特に反対はされなかったので村に帰ると、これからの計画の準備を考える。
まずは仲間に相談すると、喜んで協力すると言ってくれた。
地下へ置いてきた装備を売って、当面の資金にしていいとまで言う。俺たちが世界を回り見付けた一級品だが、戦わない以上不用だ。
ペンになった聖剣はインクを使わずに字が書ける、とリハビリ中に気付く。加えて更に、半年もしたらみずからペンを走らせ始めた。謎である。
また情報を集めるのが記者なのに、記者の情報を集める等皮肉なこともしなくてはいけなかった。
⎯⎯現在⎯⎯
「お待ちしておりました、ライト様。先日の戦場記者試験、お疲れ様でした。こちらが新しい冒険証となります」
「初心者なのに冒険証があるのか」
初心者と新人は国内の活動が主なので冒険証は発行されない。
「はい。記者は冒険者としての経験を前提としています。なので以前の格と、記者の格を二つ持った状態です」
現在の初心者と一流とでは、活動範囲は初心者だという。しかし記者の格が新人になれば、以前の格と平均化され中級と同等と話してくれた。
「よし、それでどんな依頼が来るんだ?」
「申しあげにくいのですが……記者へ依頼される方はほとんど居りません。代わりに同業の方、つまりライバルも現在居られません」
「な……に」
「ですが、初心者パーティーへの同伴依頼というものが、現在ございます」
「同伴……ね」
「はい。まず課題も抱えているライト様には、丁度よろしいかと」
「わかった、その依頼受けよう」
こうして俺は、戦場記者の道を歩み始めた⎯⎯。