08号 集合、関係者サミット 下
セラテアがディアーデをなだめて、イズンと俺は、姉妹にアイゼンタールの過去を話す。
それでも、不足するところは出てくるもので、ディアーデが少しずつ補足していった。
「⎯⎯それが、私が継承する……記憶……」
「あのイズン様、少し分からないのですが……」
「なんだフェレス?」
「三国同盟は、どうしてアイゼンタールを貶めたのでしょう? 話を聞く限り、払えもしない金銭を要求したということは、それを事前にわかっていたはず。……なのに何故……?」
「目的、か……。私ならば、アイゼンタールの扱う『兵器』とやらに興味が向くが……。王女よ、何か思い当たらないか?」
「そう……ね。確かに、兵器技術だけを流通させて対価を得る……というのは昔から考えられていたわ。でも、流通させたことで、兵器が自国に向けられることは、各代から恐れられていたの。それは直接的なだけでなく、間接的な意味もね……」
「間接的……」
「どういう意味かしら?」
と姉妹。
「……兵器技術を、流通させた事で攻撃を受けた国があったとして、その国は攻撃した国ではなく、流通させたアイゼンタールを攻撃する……ということよね?」
セラテアが補足する。……悔しいが、先に説明されてしまった。
「……そういうことよ……」
「ふむ。未然に戦火の拡大を防いでいる……と言う意味では、流通させないのは賢いかも知れん。だが、それだけに他国の興味を煽ってしまった線から、目的になったことは十分考えられるな」
「それと……王女はやめて。未練がましいから」
「……わかった、ディアーデ」
これで俺達は、ディアーデが聖剣に入ってしまった経緯を共有した。
“ところで、イズンはどうしてディアーデをここに呼んだんだ? この説明をさせるためか?„
「それも、ある。だが一番は……」
そう言うとイズンはディアーデを見て。
「ディアーデ。君に頼めた義理ではないが、どうか彼を助けてやってくれないか? 本来であれば君も、メフィスに付けるはずだったのだが……」
どうやらイズンは、俺と同じ考えだったようで、そうディアーデに告げる。しかし、反応したのは予想外の人物である。
「イズン様! それは私が賛成出来ません!」
フェレスであった。
「ライト様をこんな目に合わせておいて、自分は自由の身だなんて⎯⎯!」
「フェレス、私はディアーデに訊いているのだ。どうだ? 彼女の言う通り、外を自由に歩いてみないか?」
イズンがディアーデの言葉を待っていると。
「もし……、断ったら?」
「……残念だが、罪人と同じ扱いをせざるを得ない。……南のラーゼンヘイムに、囚人奴隷送りかな……」
ディアーデは自嘲して軽く吹く。
「……選択肢が無いも同然じゃない……。でも、いいわ」
彼女は俺の救出を承諾した。そして、言葉を続ける。
「……でも、逃げるかもしれないわ……。それでもいいの?」
「それは困るな。……だから、こうするとしよう」
そう言うとイズンはディアーデに魔力を送る。
「マスター……」「今の魔法は……」
「ディアーデ、今君に掛けた術は、ペンとの距離が離れ過ぎると、君の心臓が止まる……というものだ」
「な、なんですって!? そこまでする!?」
ディアーデは青い顔で叫ぶ。
“おい、イズンさすがに……„
しかし、俺の言葉は無視して。
「そなたは、人を殺めるに等しい行為をしたのだぞ? 見ろ彼を! 生きていると言えるか!?」
「……く」
ペン見つめて、ディアーデは歯を食い縛る。
「そこまでしておいて、罰則がないわけがない。……フェレス、これでも納得いかないかね?」
「……いいえ。わかり、ました……」
フェレスは、どこか不服そうにしながらも引き下がった。
“イズン、そこまでされると、俺も気が引ける……„
(安心しろライト、ただの揺さぶりだ。ペンは魔力を中和すると、覚えているだろ? 今の術もその類いだ。君と私、セラテアしか知らない)
(! そうなのか。なら大丈夫……なのか?)
イズンは小声で、あっさりと俺にタネを明かす。
「では、ディアーデよ。彼を戻せるように励む事だ。それと、渡航証を発効させて、ギルドに届ける。フェレス、後は頼んだ」
「……かしこまりました」
俺はイズンの手から、ディアーデの手へと渡された。
全ての話が終わり、執務室から出ようとすると、視界の端で香鉢が薄い煙を登らせている。
匂いまでは、共有出来ないらしい。
フェレスとディアーデが、異様な緊張感の中並び、廊を歩いている。この姿であってもそれは伝わってきた。
(気を紛らせる話題の一つでも提供したいところだが……)
生憎と、自分が取れる交流手段は筆談だけだ。かと言って城の壁を彫るわけにもいかず……。
いつまで続くのかとペンの中でやきもきしていると、その沈黙が破られる時が来た。
「……ディアーデ、さん……」
フェレスは足を止めるとそう切り出して、俺に映る視界もまた止まり振り返る。
「……ペンを少し、よろしいですか……?」
「…………」
ディアーデは少し迷うも、何も言わずに俺をフェレスへと手渡した。
フェレスは、イズンから預かっていたのだろう俺の手帳を服の中から出し、白紙を開いて話す。
「ライト様……これで、よろしいのですか?」
“ああ、問題無い。これなら俺も、好きな事が言えるぞ„
「……いえ、そうではなく……いや確かに、それもあるのですが……」
(あれ? やり取りの仕方を確認したんじゃないのか……)
お姉さんにしては珍しく、混乱しているようでまだ状況が呑み込めていないように思う。
「探索に出る件です。イズン様の魔法で無理矢理従わせても……本人に捜す意志がなければ、戻れないではないですか……!」
「ちょっと。やる気がないって言いたいの!?」
“やめろ二人とも„
フェレスは俺に話し掛けたが、ディアーデはその言葉に当たる。
“俺もディアーデに頼もうと思っていたんだ。……その前に、お姉さん二人に割り込まれちゃったけど„
「そんな……。どうして彼女なんですか……。私が……いえ私達なら、もっと実積のある冒険者を紹介できますのに……!」
“イズンから、訊いてないか? ディアーデは、冒険者になるための準備を進めていたんだ„
「!?」
フェレスがディアーデを見ると、顔を反らして見合わせない。
その表情は、色んな感情が入り交じっているようだった。
「……もういいでしょう……。彼を戻さない限り、私も本当の意味で自由じゃない……。それに、私が戻れたことは、感謝もしているし……少しだけ、ね」
“そうか……ありがとう、ディアーデ。見付かるとも知れない旅になるが、よろしく頼む„
彼女の ふん と軽く吐き捨てるのを見て、フェレスにも仰ぐ。
“だからフェレスも、彼女に協力して欲しい。俺がこんな姿では、頼み込むしかないんだ。……みっともないけれども„
「……ライト様が、そこまで仰るのでしたら……」
フェレスに納得してもらうと、俺達は城から出るところだった。この後はギルドで情報を集めて、具体的な方針を立てなければ。
俺はフェレスに持たれたままなので、少し思ったことを伝える。
“……さっき、ついフェレスって呼んじゃったけど、どっちがいいとかはある?„
彼女は顎に指を当てて悩むそぶりをすると。
「お姉さん、と呼んで頂いたほうが、普段通りらしくて、落ち着きます……。それに、いつもは私が呼ぶ立場なので、少し新鮮な感じが、割りと気に入ってるんですよ……?」
フェレスは少し微笑んでそう答えた。
(そう言うものか……。俺は兄弟がいないから、ちょっと、分からない感覚かな……)
メフィスを『姉さん』と呼んでいたなと思いながら、お姉さんの言葉を了解する。
「……あなたに、名前を呼ばれることも、やぶさかではないのですけれど……」
今お姉さんは何か喋ったようだが、小声だったからかよく聞き取れていない。
(共有の精度が少し甘いのか? 俺も慣れていかないとな)
「何してるのー?」
少し先を歩くディアーデが俺達を呼ぶ。
それに追いついてギルドへ着くと、三人で意見を募り合う。
……はずだったのだが。
⎯⎯窓から見える空は既に橙の装いで、二人は顔を合わせてただ茶をすする……そんな無為な時間が過ぎていった。
これから探索する目的は、無論、俺をここから出す事だ。そしてその方法というのが、魔族の武具を見付けて、ペンを壊すというもの。しかし。
(魔族は破壊と殺戮を好む……。だのに、魔族が造った品を探せとは……中々の難題だな……)
俺達は出発するより早く行き詰まっていた。……行ってないのに詰まるというのもおかしな話しなのだが。
ディアーデは厳密には冒険者ではない。その為、イズンの厚意により渡航証を発行されることになっている。されど、方針を立てずに出発したところで、今のように、ただ無駄な時が過ぎて行くだけだ。
左手で蒼銀の棒をくるくると回すディアーデ。
(器用なもんだ……。ってこいつ左利きなんだな……)
共有する視界にそんな事を思っていると、不意にギルドの扉が開いた。そして、外から入って来た者は挨拶をする。
「ただいま戻りましたー」
(んっ、この声は……)
「あぁ、お帰りなさいませ。ターレスの皆様」
お姉さんが俺達から離れて応対をする。ギルドの受付は、冒険者の登録場所が国内か国外かで、あてがわれる担当が決まっている。
「……はい、確認いたしました。只今、報酬をお持ちいたします」
そう言ってギルドの奥へ消えるお姉さんを見送る四人は、少し顔を見合わせて微笑む。
それは喜びもあるだろうが、疲労からそれ以上はしゃぐ余裕がないものでもある。
そこへテレサは、椅子に座るディアーデが目に留まる。正確には、ディアーデが操っている品が、だ。
当のディアーデはそれに気付かず、呆けた様子で今だに俺を回している。
テレサはそれに近づいて、ディアーデに話し掛けた。
「……こんばんは、お姉さん。あの、少し訊いてもいいですか……?」
テレサは、どちらかと言えば人見知りをしやすい質で、見慣れない人に話し掛ける事は勇気がいるようにも思う。
「……えっ、ええ、こんばんは……何かしら?」
またディアーデは、以前まで俺の視界を共有していたはずなので、テレサの事を知っている。しかし、向こうは知らない事を理解してもいるので、話し掛けられた事に驚きつつも、悟られまいと平静と努めて返した。だがテレサは⎯⎯
「そのペンは、どうなさったものか、教えていただけませんか」
「「「「!?」」」」
その質問にターレスの三人は驚き、ディアーデは平静を崩す。
「あっ!?」
ディアーデは、回していた俺を受け損ねると、彼らの足下まで転がした。
(うおっ!? いきなり視界が消え……あ、戻った)
だがそれは、ディアーデの視界ではないことに遅れて気付く。
「お待たせいたしました。……どうなさいました?」
ギルドの奥から、報酬を持ったお姉さんが現れたのだ。
(んん!? ディアーデの位置から見える視界じゃない! 誰に拾われたんだ俺は!)
「あの、お姉さん……」
「はい」
「このペン、ライトさんのだよな……。あっちのお姉さんが、持ってたんだけど」
そう聞こえると目線は、同じくこちらを見るディアーデとテレサが映る。
「あっ、それ、は……」
お姉さんが言い淀むと。
「教えて下さいお姉さん! これをどこで……!」
テレサはディアーデに問い詰めた。しかしディアーデは答えることが出来ない。
ディアーデにはテレサが、いつかの少女のように見えたからだ。
「……あ、まさ、か……」
「どうしたのスクレータ?」
そう会話したのはスクレータとマオだ。
「……捜索隊の事を、思いだしました……。そして、この一月程は、ライトさんを、見ていません……」
「!! そ、れって……」
「捜索隊が、これを見付けたってのか……!?」
悪い想像を飛躍させていく、スクレータ、マオ、レウスの三人。
(待てーーい! 生きてるからな!? 俺は今ここにいるんだからな!?)
「お姉さん……!?」
と、目線はお姉さんに移動する。ここまでの視界に入った人物から、俺の目に入っていない人物こそが、視界の主であると推理すると、自ずとそれは、レウスだと確信を得た。
「……すみません……私の口からは、何も、申し上げられません……」
(なぜだあああぁぁぁ!?)
「……! そん、な……おにいさん……」
くずおれるテレサ。
お姉さんの発言が、事態を更に悪化させた……かに思えたが。
「……ですので、本人に直接訊ねるのがよろしいかと」
(初めからそうさせろぉ~……)
「「「「直接!?」」」」
⎯⎯お姉さんが説明すると、レウスは紙の上にペンを構えた。それを見るターレスの四人は半信半疑のようである。その気持ちは俺も分かるし、今自分がこの状態であることを信じたくない。だが事実なのだ。
「ではライト様、どうぞ」
(~~!? って動いてねぇ! レウスのやつ、見ない間に力をつけたか? って感心してる場合じゃないな)
微動だにしないレウスの右手に注目が行く。
「? おかしいですね、どうしたのでしょう?」
疑問浮かべるお姉さんにフォローを差し込んだのは。
「貴方、レウスだったっけ? もう少し、力を抜いてペンを構えなさい」
「!? 姉ちゃんなんでおれの名前知ってんの!?」
「いいからやる!」
ディアーデだった。彼女に促されたレウスは、ちぇ と言われるがままに脱力させて構え直す。
“久し振りだな、みんな。冒険は、順調か?„
「うぇっ!? 手が勝手に!?」「ほら、紙から離れない」
“マオは、あれから迷子になっていないか?„
「ちょ!?」
“スクレータは水を出せるようになったか?„
「……!」
“テレサ。あの髪飾りは今もつけてるんだな、見付けた甲斐があったな„
「おにい、さん……!」
“レウス。レウスは……特にないな„
「おぉい!」
“……なんて。そんなやりとりを、初めの頃にもしたか。覚えてるか?„
「……う……!」
“こんな姿でも、なんとか生きてるから、安心してくれ。……と、言いたいところなんだが……„
「一体! 何がどうなって……!」
右手に持ったペンが、自分の意志と無関係に動き、そして知り合いを名乗る。
その光景に、混乱を極めた四人は、俺達に事情の説明を求めた。
それから、王都に黒い帳が降りる。
このペンが、かつて聖剣と呼ばれる物だったこと。ディアーデが、この中に入ってしまったこと。三百年後、封印されたところを俺が解いたこと。それがきっかけで、右腕を駄目にし、記者として出戻ったこと。そして、聖剣の情報を集めている最中に、俺とディアーデは入れ替わってしまったことなど……。
ここまでを、順を追って説明していくと、会話が途切れる事なく続いていった。
「……つまり、先輩をここから出すには、その魔族の武器が必要って事?」
「その通りです。……問題なのは、その情報が全くないことでして……」
「……スクレータは何かないか?」
「と、言われましても……。魔族の武器だなんて、僕も初めて聞きましたし……」
「……だーよなー……」
「わたしも、聞いた事ありません……ごめんなさい、お役に立てなくて……」
「そんな……いいのよ。彼を元に戻す事は、私の、問題だから……」
“ディアーデの言う通りだ。……戦えない体から、戦えない体になっただけと思うと、それほど俺も悲観はしてない。根気強く探してもらうさ……„
「お兄さん……」
「……よし……」
(レウス?)
「なあ……おれ達で、探してやれないかな?」
「「「「「!!」」」」」
レウスは突拍子もない提案する。
「待って……。彼の言った通り、とても根気がいる旅になるわ」
“それに、お前達新人だろ? 冒険証がないと船にも乗れないぞ„
「ライト様、それには及びません。彼らはこの一ヶ月で、中級に昇格しております」
“それは本当か!? いやけど、みんなはどうなんだ? それに、情報がないんだからこうして困っているんだが……„
「わたしはいいですよ。でも、確かに……」
「はい、僕もレウスに異論はありません」
「もちろんあたしも賛成。けど、う~ん……」
ターレスの四人は、俺達と探索すると決めたようで、これからのことを一緒に頭を悩ませてくれる。
「みんな……。本当は一人で不安だったの、頼りにさせてもらうわね」
“俺からもありがとう、世話かけて、すまない……„
「おっさんじゃねーか」
レウスの言葉で笑いに包まれる。俺はそれに反論できなかった。
「⎯⎯……にしても、魔族の装備ってなあ……。せめて特徴でもあればなー」
「そうだねー……」
辺りはすっかり夜なので、彼らはそのまま酒場で食事を取ることにしたようだ。尚、代金はお姉さんが出してくれると言う。なんでも、俺を救出するためのパーティー、その結成祝いだと。
(俺もこのままってわけにいかないな……。イズンに、俺の金を出してもらうよう、お姉さんに伝えるか)
「特徴、ですか。……では、レウス様はそれに、どんな特徴があると思いますか?」
「ん~……それはやっぱり……」
「呪われる……とか?」
(え?)
と、マオのその一言で少し思うも、レウスとテレサは、物を口に入れていたので、吹き出しかけてむせる。
「……マオ、てめえ~……」
「ひどいよマオ~……」
「あはは……ごめんごめん……」
お姉さんは、少しでも手掛かりを掴むため、俺を使い手帳をつける。
“……そうか。それだよ……!„
「どうしましたライト様?」
その言葉に皆の視線が向く。
“忌わく品! もし魔族の装備なんて存在したら、ただ事じゃない! 悪い噂の一つ二つあるはずだ!„
俺達は、ようやく方針の手掛かりを、見付けることが出来た。




