08号 集合、関係者サミット 上
俺は、アイゼンタール城跡でイズンに発見された。その姿は⎯⎯
蒼銀のペン……もとい、聖剣になっていた。
発見当初は、時間の経った血で汚れ赤黒かったが、今はイズンの水魔法で、それを落とされている。
イズンは馬を走らせながら、ここまでの、おおよその経緯を俺に話す。それが大体一ヶ月前との事だ。
そして、この姿でいると、保持者の『視角と聴覚を共有出来る』事に俺は気付いた。
(それにしても、凄い速度で景色が流れて行くな……。これが、馬を魔法で走らせるということか……)
天馬にも乗ってみたいところではあるが、今その視界は晴れていて雲はまばらだ。
「何か気になった事はあるか?」
イズンは手綱とペンを合わせて持っている。
(と、言われても……口がないんだよな)
「ああ……すまん、そうか。気付くのが遅くなった」
そう言って紙と、覚えのある蝋板を、収納から出すイズン。
「エインセイルの宿から、君の荷物を回収させた。今は私が預かっている。……しかし、こちらも手が塞がるな……。こうするか……っ……」
イズンは、左手で馬の手綱を短く持ち、紙を敷いた蝋板は魔法で浮かせて、右手に持ったペンをそこへ添えると、俺の言葉を待った。以前、執務室で彼女は、俺とディアーデのやりとりを見ている。
(……ディアーデに出来て、俺に出来ない道理はないはずだが……。こういう、感じか……?)
俺は視界に入る紙の上に、普段通り字を書く意識をしてみる。
“あ り がとう、イズ ン„
(ふっ……は……、なんだこれ……全然、思い通りに動かないな……?)
一先ず、ここまでの礼を彼女の腕を借りて伝えるが、その字は普段以上に曲が強い。ただ、同時に自分の筆跡には違いないものとも知った。
「……礼は、いらん。半分は私の責任さ……」
“も、少し 脱力し てみて くれ 右 手„
俺は次にそう伝えると、イズンは、ん? と一瞬悩むが、ペンを左手に渡し右手を揺する。そして構え直せば。
「……これで良いか?」
“……ああ、大分動かしやすく、なった„
彼女と、まともに筆談出来るようになった俺は気になった事を訊ねる。
“一ヶ月間も、城跡を探していたのか?„
「そうでは、ない。梅雨に入って、あの辺りの道が悪くなったんだ。それに、明けたからと、直ぐに水は引いてくれないしな」
“……盗賊達は?„
「眠ってもらうことにした」
“……え?„
俺はそれを聞いて少し嫌な予感を覚えた……が。
「言葉通りの意味だからな。『昏睡』の術を掛けた。半日もすれば、じき目を覚ます」
(なんだ、そうか……。セラテアに使われたヤツに似たものか……? そういえば……)
と、書こうするがイズンが言葉を続ける。
「それに、梅雨になると奴等は、城から出て北の海岸線に沿って、エインセイルやクロイツェンに紛れ込むようだ」
“なるほどな。……セラテアから、神との交信や聖剣の事は訊いたか?„
「ああ……。ライト、辛かっただろう……」
その時も、今も、確かに辛い状況では、あるのだが……。
(……右手を失った頃に比べれば、それほどじゃないな……。麻痺してるだけかも知れんが)
「まあ、つまり君を助ける為には、これを壊すしかない。管理者として……私もわずかながら力を貸そう。無論、もう一つの手もあるが……」
“それは駄目だ。それでは根本的な解決にならない„
「ライト……うん、そう言うと思っていた」
もう一つの手。それは、俺がここに入った時のように、このペンで人の命を絶てばいい。しかしそれでは、どのみち入った人が救われない。
(なんとかして、鞘を見付けてもらわないとな……。というか……あっ)
“イズン悪い! アイゼン城に……„
「こちらもすまん。王都が近い、紙を仕舞わせてもらうぞ?」
(あっ、もうこんなところか……。仕方ないが仕切り直しか……)
馬は、今まさに門をくぐろうとする距離だった。
彼女は紙と蝋板を収納すると、王族専用の門を使い城の中へと入っていった。
イズンが執務室へ戻ると俺に話す。
「一つ、断り入れておく。先ほど協力すると言ったが、私にも立場がある。そして、それを踏み越える事はできん、分かってくれ……。では、次の半休まで退屈させるが、許してほしい」
そう言われて俺は、書き物机の筆立てに入れられ、視界が消えた。
⎯⎯それからしばらく、突然視界が戻ることが度々あった。
書類にサインをしたり、書き物をしたり……普段から見ている兵士は、よくそれを訊いてくる。
「そのような品、以前からございましたか?」
「ん? ああ、珍しいだろう? これは知り合いの忘れ物でな、その間借りておるのだ」
そう返すのが常になった。
人がいない時は、俺ともやりとりをしてくれる。
「……インクが無くても書けるとは、本当に便利だな」
“ああ。かさばらないし、金もかからない。ただ、それが出来るのは、俺がこの中で覚醒している時だけさ。……あいつの時もそうだった„
「なるほどな……。この仕組み、私の見立てでは、紙の表面を絶妙な熱加減で焼いておるようだ。我々の技術では、未だこの域に達していない。さすが神の絡んだ品と言うべきか……」
“ディアーデは、どうしてる?„
「彼女なら私の家だ。寝起きだけなら、別に城でも困らないからな……。私が帰ることはあまりない。あとは……退屈なら、冒険者になることを勧めたくらいか……」
思うところがあるのか、座学に訓練にと励んでいる……と付け加えた。
“……逃走するおそれは?„
「読心した限りでは、無い。……と、思いたいな……。彼女も、ここから出たところでどうにもならないと、理解してはいるはずさ」
“……少し思ったんだが、聖剣を収納するわけにはいかなかったのか?„
「うむ。その魔法を編み出したのは、初代ではなく五代だ。それに……いや、これは説明するより試す方が早いか」
そう言うと彼女は俺を机に寝かせて置く。そして感覚の共有が途切れた。
全神経を集中させて収納を詠唱するイズン。普段は無詠唱にも関わらずである。
詠唱を終えるとペンは一瞬にして消えた⎯⎯正確には極小だが。
……かに思えたが、元の位置に、元通りの姿で現れてしまった。
イズンは小さく息を吐くと、ペンを持ち俺に話す。
「やはり、思った通りだった」
“? どういうことだ„
「この品、外からの魔力を中和する性質がある。これを魔法で壊すには中和を上回る魔力が必要、ということだ。こうなると、さしもの私ですら厳しい」
“そう言う事か……„
神が『それを壊すには、周囲を吹き飛ばすほどの力』と言っていたのは、これが理由であった。
また、イズンはこちらへ向かう際に、紙を浮かせてはいたがペンは自分で持っていた。それは、この事情を知っていたからである。
そう俺が情報を整理していると、室内にノックが響く。
(すまん、今日はここまでだ。もう三日待ってくれ。協力者の都合が揃う日が、あまりない)
イズンがそう小声で話すと、俺を筆立てに戻し共有は途切れる。
(協力者、か……。『あれ』さえ手に入ればいいだけなんだがな……)
そう俺は呑気に構えて、その日を待った。
……待ち受ける真実を、知らなかったばかりに……。
「ライト、起きているか?」
“ああ。例の日は今日か?„
「うむ、待たせたが、もうまもなくだ」
イズンは俺に、あれから予定通り三日が過ぎたことを伝える。
そして、ノックの響く部屋に、イズンが入室を促せば。
「おっまたせー! 約束通りきたわ~♪」
まず、陽気な挨拶で、飛び込むように入ってくる女は、セラテアであった。
彼女はその勢いのまま、手を伸ばしてイズンに突っ込んでくる。
「大臣様に頼って頂けてとっても嬉しい♪ おか⎯⎯」
セラテアはそこまで口に出して、伸ばされた手とイズンの手が触れると、突如目の前から消えて居なくなる。
“おか? というか、どこにいった?„
「……気にしなくていい」
はあーー……と、呆れたようにイズンが息を吐けば、消えたはずのセラテアが現れる。
机の影で、血色の無い顔して、両手と両膝をつき、何故か酷く息があがっていた。
それを見たイズンは顔を背けて ちッ と舌打つ。
“な、なんだ? いいのか?„
「よいのだ」
吐き捨てるような口調だが、イズンが言うならいいのだろう。
それに続いて部屋に入ってくるのも、俺の知った顔である。だが。
「「失礼いたします」」
同じ顔で、同じ声をした二人であった。
しかし、服装は違う。けれどその女性らは、紛れもなくギルドで見る顔、聞く声。
“お姉さん!? 二人!? 協力者!?„
「ああ、君の足跡を誤魔化すには、彼女二人の協力が不可欠だ。君だって死んだことにされるのは、望むところではないだろう?」
“そうなんだが……少し説明を„
「まだだ。あと一人待て」
イズンがそう言うと、挨拶せずゆっくりと入ってくる少女。俺はその姿に覚えがない。だが、金の髪と碧の眼は、記憶の中を呼び起こそうとする。
(まさか……)
“……ディアーデ王女、か……?„
「正解だ。……初めは私も戸惑ったよ。何せ記憶の姿と、実際の髪の長さがここまで変わるとな……」
エインセイルで見た肖像画は腰ほどの長さだった。しかし、今は短く切り揃えられて、肩程もない。もしかすると、俺のほうが長いまである。
ディアーデは同じ顔をする二人とは並ばず、テラスに面したティーテーブルの椅子に座った。
「さて、揃ったところで」
ばんっ
とイズンの言葉を遮るように、復活したセラテアが机の面を叩く。
「エ~シティ~スちゃ~ん…………さすがに今のは、酷すぎるんじゃない~……?」
今だ青い顔で恨み言するセラテア。
“えし……てぃす?„
「……私の『真名』だ……」
イズンが息を吐いて明かした。
「子供の親殺しは重罪なんだから……」
(ん?)
「私は殺意を持っていない、故に殺人は成立しない。『収納の魔法に巻き込まれた不幸な事故』の間違いだな」
(んん??)
「ひっど~~い!!」
俺は頭が一杯になってこれ以上整理出来ない。
“すまんがそろそろ限界だ……二人の関係から教えてもらえるか……„
イズンは渋々といった表情で明かす。
「……セラテアは……私の、母だ……」
「エシティスちゃんは私の自慢の娘よん♪」
(は……は~~……?)
それを聞いて全てが理解の彼方へと去った。二人の容姿は、せいぜい高く見積もっても二十代後半である。
初代が生まれたのが、およそ三百年前。そして、現イズンは九代目。一代約四十年であれば不思議ではない。しかし、その母であるセラテアは今代と同じ外見年齢で……。
(待て、何か忘れて……あっ)
思考を巡らせている間に二人の会話は白熱していた。そして、それを眺める二つの同じ顔は。
(何でお姉さん達は止めないんだ!?)
「「……また始まりましたね……」」
……茶飯事とばかりに呆れていた。
“セラテアが母というなら、先代の魔導大臣、ってことだよな?„
俺がイズンに訊ねると彼女は吹き出した。一方で。
「いやん♪ ライト君てば物知り♪」
と、セラテア。
「げっほ……な、なんできみがそれをしっているのだ!?」
その台詞で二人の会話が止まる。
“いや、蔵書庫の司書さんが……„
「!! あ、の娘、余計なモノを読ませたな……!」
イズンは本当に混乱しているのだろう。額を押さえて、話す順番を整理しているようだった。
「……その通りだライト。セラテアは先代だった。だが、それを務めていたのは僅かに十年くらいだ」
“十年って短い気がするが、そういうものなのか?„
「いや実際のところ短い。歴代最短だな。母は……まあ、なんというか、この通りの人でな……。まだ二十にもならん私に魔導大臣の席を譲ると、比較的自由な立場の広報になったのだ……」
“そうだったのか……„
「それと、真名と魔導大臣の親族だがな。あれは、無闇に明かして良いものでもない。私もいずれは引退する日がこよう。その時はただの民なのだ。世間に、魔導大臣を引きずらせない為に伏せておく必要がある」
“なるほど、そういうものか。なら、真名を知り得るのはどんな立場の人だ?„
「そうだな、王族に近しい人間。魔導大臣の親族は無論、あとは個人で特別親しい人物かな……しょ、将来の、は、伴侶……とか……」
イズンは言い終えるが、その顔はどこか赤い。
「べ! べつに! 私の真名を知ったからと、君に旦那になれと言っているわけではないからな!?」
“? わかってるよ。一般的にはそうだって話なんだろう? 教えてくれて、ありがとう„
俺達のやりとりを生温かく見ている三人。だが、ディアーデは退屈そうに外を眺めていた。
イズンは咳払いをして。
「セラテア、そなたに協力してほしいのは情報の統制だ。彼の扱いや聖剣の扱い、魔導大臣だった頃の経験で良い知恵が欲しい」
「まっかせてー。お母さん頑張っちゃう!」
「……収納にまた閉じ込められたいか?」
「もぅもぅ、無理だってわかってるくせにぃ~」
セラテアは幸せそうにイズンに抱きついている。
イズンは少し鬱とおしい顔をしながらも、それを受け入れていた。
「⎯⎯……そろそろ、は、な、れ、ろっ」
あーん、とイズンから引き剥がされると、セラテアは並んでいる二人の横に加わる。
「続いて従姉妹二人を紹介しよう。まず、長衣着ているのがメフィスで姉だ。私の弟子になる。そして、使用人服を着ているのが、その妹のフェレスだ。ギルドの受付をしているが、それは姉の方もだ」
何故しているかは、後で説明しよう。と付け加える。
“……双子?„
「……年子だ」
(年子なのか……ここまでそっくりなのは珍しいよな……。名前もやっと教えてもらったわけだが……)
そこまで考えたところで、長衣の姉、メフィスが口を開く。
「あの、マスター」
「ん?」
「私が呼ばれた理由がわからないのですが。……ギルドでの管理にしろ、私達でしていくのですよね。妹だけでよかったのでは?」
「……お前を呼んだのは、冒険者になってもらうためだ」
イズンの言葉に、メフィスは俺も見たことのないほど表情を崩す。
「それは、どういうことですか!?」
「彼を元の姿に戻す為に、修行を兼ねて探索に出てもらいたい」
その言葉を聞いたメフィスは笑うが、それは口だけで目は笑っていない。
「は、はは……うそ、ですよね……? 私が、そいつの為にとか……」
(そ、そいつって……)
普段のお姉さんの姿で言葉を崩されると、自分の中の想像も崩れて行く。それは暴力にも等しい力であった。
だが、俺は彼女がそこまでする必要はないと、進言する。
“イズン、イズン„
「ライト? どうしたんだ?」
“アイゼン城跡に、聖剣の鞘があるらしいんだ。冒険者になるのは、それからでも遅くはないんじゃないか?„
「……だと?」
イズンが言葉を読み上げて、俺は色よい返事を期待するがそれは。
「「「「はああぁぁぁ~~~~…………」」」」
と、ディアーデを除く四人の、盛大な溜め息によって打ち砕かれた。
「“えっ? 俺、何か、おかしなこと言ったか?„……く……」
イズンが、俺の文を読んで厳しく顔をしかめる。
「ライトくん……。いえ、ライトちゃん……さすがにそれは、鈍感すぎ……嫌われるわよ?」
(ちゃん!?)
「……アンタって奴は……どこまでも……馬鹿」
(……あ、あんた……ば……)
「ライト様は、もう少し、人を疑う事を覚えたほうがよろしいかと」
(……ぐ、ふ)
姉メフィスは辛辣にけなす。対する妹、フェレスは普段通り丁寧な口調だが、今はそれがかえって心に突き刺さる。
“い、イズン~……?„
「すまない。こればかりは私も三人と同意見だ」
頼みのイズンにも突き放されて、終いにはトドメとばかりに冷たい現実を突きつける。
「聖剣に……鞘など、ない。ディアーデが、元の姿に戻る為、お前を孤立させるように誘導したのだ」
(……そ、んな……おれは、このまま、なのか……)
「辛いだろうが、まずはそれを受け入れてもらわねば、方針も立たん」
“……それで、メフィスを冒険者にしたいのか……„
「ああ、だが……」
「マスター! 私は断固拒否します!!」
「……ここまで堅くなになられるとは……」
「姉さん……。私からも、どうかお願いいたします。ライト様を⎯⎯」
「フェレス! こんなところでまでソイツを様付けするな! あと! その喋り方! 私の前では普通にしてって、ずっと言ってるよね!?」
「っ!? この喋り方は、姉さんが躾たのではありませんか! 姉の代理で、私が受付に立てるようにと! 協力を求めたのは姉さんでしょう!」
「⎯⎯⎯!?⎯⎯!⎯⎯⎯⎯⎯⎯!?」「⎯⎯⎯⎯!⎯⎯⎯⎯!?⎯⎯⎯⎯!?」
……姉妹の口喧嘩が始まり白熱していく……。
(お姉さん……ああいうふうに怒ること、あるんだな)
一見は微笑ましい姉妹喧嘩ではあるが、それは収まる気配を見せない。
見るに堪えないイズンは、姉妹の頭上に、空間一杯の水球を生み出して⎯⎯。
ばしゃーー……
「ッ!?」
その水音は部屋の外にまで届き、待機していた侍女は何事と思う。
「「………………」」
「……なんでわたしまで……」
姉妹に落とされた水球だったが、それはセラテアをも巻き込む。髪の長い彼女が一番悲惨な姿になってしまった……。
「少し頭を冷やせ。お前達が言い争ったところで、解決する問題ではないのだ」
「「……申し訳ありません……」」
水を滴らせる姉妹は声を揃えてイズンに詫びると。
「普段は仲が良いはずなんだがな……」
言いながらイズンは、少し呆れて額を押さえる。
“……さっき言った『説明』をしてもらっていいか?„
「二人の事か……うむ……」
俺は、何故二人でギルドの受付をしているかを訊ねる。
(お姉さん……フェレスは、姉の代理で協力といっていたな……)
三人は、魔法で服を乾かし始めたので、その間に姉妹の情報を整理する。
「と、言っても、どこから説明したものか……」
“メフィスは弟子、なんだよな。でも、なんでギルドの受付なんだ? 侍女とか、それこそ軍の魔導士にした方が目が届くんじゃないのか?„
「ああ……そこか……」
イズンは一呼吸置くと、俺の質問に答え始める。
「メフィスは、生まれついて魔力が高かったり、魔法の素質があった訳ではない。ある時期から徐々に成長していって、それが成熟したのは十六の時だ」
まあ晩成型だったのだ、珍しくはない。と付け加えて。
「そして、その時既にギルドに勤めていてな。それから弟子に誘ったわけだが、魔導大臣の弟子になるので辞める……とは言えんわけだな」
“どうして、言ってはいけないんだ?„
「良いかライト、考えてみろ? 今まで気にも止めていなかった人物が、突然、将来の国の重役になるのだぞ? 周りがそれを黙って見ていると思うか?」
“あっ、もしかして……„
「ああ。なんとかして未来の魔導大臣に、取り入ろうとする心無い民……言ってしまえば貴族、そういうものが過去に実際、横行したんだ」
“それなら、尚更近くに……„
俺は言葉を続けようとするが。
「問題は、そこだ」
そうイズンは遮った。
「城に、宮仕えになるには、王都の学校を卒業することが条件になる。騎士、魔導士、執事、侍女、使用人……皆、例外はない。クロイツェンは強さより、学や徳を重んじているからな。……ああ。例外を思いだした。魔導大臣……、記憶の継承があるからだ。あと一兵卒であれば、武で取り立ててもらえることもあるらしい」
ただ、その場合、出世は期待出来ないがね。と付け加えた。学校を出ることで最低限の教養を身に付けなければいけない、ということだ。
“学校、か……。たしか、入学制限があるって„
「その通り。……年齢上限は十五歳、彼女は十六、もう宮仕えにはなれなかった……。だが、こちらとしても、あの才を遊ばせたくはない。そこで、妹と協力して、ギルドの受付と魔導大臣の弟子という、彼女の二重生活が始まったわけだ」
俺はここ最近のお姉さんの二面性を思い出す。
気が付いて、優しい時。勘が良く、厳しい時。そして、時々話が伝わらない時。
(……あれ? これじゃ三面性か? どっちでもいいか)
それは二人のお姉さんと、魔法使いとしての才によるものだったと、ようやく理解するに至った。
話が伝わらない時は、個人ごとに交わされたやり取りまでは、具体的に細かく共有しないのだろう。
“けど、受付は別に妹さん一人でも良かったんじゃないか„
「そう思うかね? なら、姉の生活はどうする? 弟子というのは役職ではなく、只の立場にすぎん。給金が出るわけではない」
“あ。そうか„
「……まあ私も、よくこんな回りくどい事を、と思うよ……。過去の弟子は、親族だったり、学校を出たりで、ここまで大変ではなかったようだが」
⎯⎯俺は姉妹の紹介を聞き終わると、三人は服を乾かし終わっていたようだ。
それ見て、イズンは元の話に戻す。
「……メフィスは探索に行きたくないとなると、どうしたものかな。……私は無理だぞ。この一月、ただでさえ外出が多かったのでな、周囲の目が厳しい」
「じゃあ私も無理ねぇ~。探索に出ちゃったら補佐が出来ないもの」
イズンが、片目を瞑り頬杖しながら言うと、セラテアはそれに同調した。
「わかりました。それじゃあ私が」
「待って!? 何であんたが出てくる!」
突然言い出す妹に姉が突っ込むが、妹はさも「何か問題が?」という顔をする。
「あんたが居なくなると、私はギルド浸けになるでしょう!? いつ鍛練するのよ!」
「……埒があかんな……」
(俺は何を見せられているんだ……)
手があるなら顔を覆いたい。しかし今はどちらもないわけだが。
悲しいかな、誰も連れ立ってくれはしない。ならば俺は、『彼女』に頼むしかないと考える。
だが、それをするにはまず、言っておかなければならない事があるのだ。
“イズン„
「うん?」
“ディアーデと、話がしたい„
「彼女とか? まあ構わんが……。おい、ディアーデ!」
呼ばれると彼女は、不服そうにイズンの前に立った。
「……何かよう?」
「相変わらず無愛想だな。……ずっとこんな感じなのだ……」
イズンはそう言うと、ペンの持ち手をディアーデへ向け、手に取るように促した。
感覚の共有がイズンからディアーデに移る
“外に出てからの気分はどうだ?„
机の上に、ペンと併せて出された紙に書く。
「悪くないわ。けど……良くもない」
“そうか。俺は、気分が悪い„
「……でしょうね……」
“ディアーデ……。すまなかった„
「!?」
「どうした!?」
驚いた表情のディアーデに、イズンが慌てて訊ねる。
「なんでっ……! なんであなたがあやまるのよ!?」
「「「「!!」」」」
ディアーデの言葉に、四人は驚いた顔をする。
「わるいのはわたしでしょう!? いいたいことなんでもいったらいいじゃない!」
“この姿になって、お前の気持ちがわかったんだ。……なんておこがましいが。お前は、この姿で三百年もいたんだろ……そんな、辛い目にあった者に、していい態度じゃ、なかったよな? だから、気付いてやれなくて、悪かった„
「ちが、違う! 私も貴方が、辛い目にあった事を知ってる! そんな人に、素直に助けを求められなかった! もっと早く貴方を頼るべきだったの……!」
“ディアーデは、間違っていない„
「嘘だ!」
“……お前の言う通り、俺は右腕をダメにして辛かった。やさぐれて、自棄でもあった。そんな人間に頼ったところで、目的なんて果たせやしない。だから、見限られて当然なんだ„
「それを言うなら私だって……!」
“……国を、救えなかった……か„
「なんで、しっているの……!?」
“夢で見て忘れていたけど、お前と入れ換わった時に思いだした。そうか……。なら、あれは本当に、あった事だったんだな……„
「あの、申し訳ありませんが……」
「私達にもわかるように説明しなさい!」
取り乱すディアーデに、状況が掴めない姉妹は説明を求めた。




