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07.5号 人に戻った王女様 上

  ⎯⎯城跡到着同時刻・クロイツェン城⎯⎯


「っ……」

 ある一室で椅子に座り、うつらうつらと舟を漕いでいたイズンが目を覚ます。


 目をやると少女が、声をあげ、宙に手を伸ばしては戻し、伸ばしては戻し。


(ああ……。偶然魔法を発現させたからと、相談に乗っていたのだったな……)

 そう記憶が戻る。うたた寝をして半刻ほどが経過、しかし。


 少女から魔法が放たれる気配はない。


 くあー、とわざとらしくイズンは欠伸をして見せれば、気だるく少女に話かける。


「……娘よ、(なり)だけで、魔法は出せるものでもないぞ」


「あっはは……、あっれ、おかしいな~……」

 顔に汗を浮かべ苦笑いし、少女は応える。


「時に、娘」

 イズンは軽く息を吐いて言葉を続ける。


()()()()()()()()()()()()()?」


 その言葉を聞いた少女は肩をびくりとさせると。

「あたしは、えっ……? あたし、は……」

 少女はここへ来た目的を話そうとするが言葉にならない。


「ふむ、まあ、茶でも飲むか」


「は、はぁ……?」



 客室に移動した二人は、茶を飲み交わし談笑すると、改めてイズンは訊ねる⎯⎯。



「⎯⎯……それでどうだ、思い出せたかね?」


「いやあ、それがさっぱり抜け落ちたみたいで~」

 少女は笑いながら答える。そこに先程までの緊張はない。


「そうか。なら今日のところはお開きか。……また、何か困ったことがあったら訪ねなさい」

 イズンが柔らかい笑みを浮かべて言うと。


「は、はい。ご馳走様でした……!」

 少女は頬を僅かに染めて、明るく礼を述べた。



 二人は客室を後にして、三人の仲間の元へ戻る少女を、イズンは離れて見送った。



 ⎯⎯長身茶髪の男が少女に訊く。


「……それで、どうだったんだ?」 

「イズン様……、良い人だった……!」


 少女は、イズンとの談笑を思い出し恍惚とする。


「だぁっ」

 訊いた男が反応し、他二人はぽかんと口を開けた。


「違うだろ! 魔法が使えるかもってあれだけ喜んで、何をしにきたんだ……!」

 男が続けて少女に返すと。

「まほう? ……て、なんだっけ……?」

「「「ええぇぇ……?」」」

 何も知らないという少女の反応に、仲間は訝かしがりつつも、城を後にしていった⎯⎯。



 少女が魔法を忘れたのは偶然ではない。『健忘』と呼ばれる魔法の一つである。


 イズンは潜心により、少女が魔法を放った事を知っている。しかし、先の一室では使えなくなっていた。

 これでは、いつまた魔法を暴発されるか、暴発させた事でどんな不幸が起こるか。そういった懸念から、少女に『魔法が使えた』という記憶だけ、忘れてもらったのである。

 少女を茶飲み話に付き合わせたのも、自身の術が効いているか確認するためだ。そして、目的はもう一つある。


(茶を振る舞い、もてなしたのだ。許せよ)


 彼女なりの赦免である。

 少女は魔法の記憶を忘れさせられた、軽々しい事ではない。

 魔法の濫用は、本来控えるべきものであるのだ。


 ……尚、念の為に付け加えると、少女がイズンに好意を抱いたのは魔法等ではない……。


 魔導大臣の元には、時折こういった相談が寄せられる。

 使えた魔法の種類、発現した状況など簡単に聞いた後は、実際本人に使わせてみる。

 大概であればその時に発現した魔法を放つ。稀にそれ以上、もしくはそれ未満の魔法を発現させる者も居り、残るは発現出来なくなる者である。それぞれで対応が変わってくる。

 発現させた者は、その時点で相応しいと思う『師』……言い換えると監視を付ける。

 発現出来ない者は、その時の資質から再判断することになる。様子をみてから発現させる者も少なくないのだ。


 今回の場合は後者で、また他国の冒険者ということもあり、様子を見ることが難しい。資質も平均未満であったので、『健忘』という処置に至ったのだ。

 

 彼女は次の職務に向かう⎯⎯。



 ⎯⎯彼女が別(茶飲みとは)の客室へ入ると、既に男が居た。

 王都にある魔動具工房の一つ、その所長でもある学者だ。


 挨拶を済ませ相対して座ると、すぐに本題へと入った。


 “転移袋の研究報告„として纏められた紙束に目を通す。

 この魔動具には『収納』の魔法を基礎とし、そこに『移動』の魔法を加えた魔動具である。

 

 彼女は気になった箇所を声に出す。


「受取側に破裂音、袋からの放出といった動作の不安定が認められる……。原因、破裂音は『解凍()』時の魔力過多……。放出は『減速』時の魔力不足か……」


「はい……、ですがその問題を解決すれば、実用化の目処が立つと、私は考えております」


「ふむ……」


 彼女は脚を組み、頬杖をついて紙束を読みながら、思考を巡らせている。

 

『解凍』時の魔力過多。つまり、動作に変質しなかった魔力が、行き場をなくして音となって発生。これはまだわかる。だが問題は『減速』時である。

 

 彼女は頬杖から額を押さえる仕草に変わる。


「所長よ、一つ訊ねたいのだが」

「はい」

「そなたは、クロイツェンに兵器技術を持ち込みたいのかね?」

「!? め、滅相もございません! 何か気になる点がございましたらお答えします!」


 ふぅ、と彼女は一息つき、危険性を指摘する。


 ⎯⎯減速。『圧縮』され、ごく小さくなった対象を『移動』させるのだから、次はそれを停止させなければならない。その為の術式であるが。


「例えばその『減速』が、全く機能しないとなった場合、どうなるね?」

「は……、それは……その……『加速』を続けた対象が、受取側から放出されます……」

「うむ。では、送進した対象が石ころ……鉄球だった場合、どうなる?」

「……!」

 所長は、はッとする。答えは「威力を持った対象が受取側から撃ち出される」である。


「も、申し訳ありません! 私の考えが至りませんでした!」


 所長の謝罪に、彼女は大きく息を吐くと、紙束を机に落とす。


「……残念だが、この魔動具は見送りであるな」

「そ、そんな!? では追加の研究費は!?」

「無論、認められん。定期報告分の研究費だけだ」

「定期分、だけ……は~~ぁ…………」

「それだけでも、ありがたく思うのだな」


 すっかり肩落としてしまった所長に、彼女は声をかける。


「研究内容自体は、悪くないとは思うがね。いささか、まだ早かったのではないかな」

「……まだ早い……ですか……」

「うん。そうだな、まずは『物質』から離れてみるのは? あ~……例えば『声』だとか。少なくとも直接的な攻撃力にはなるまい。形の無いものを送れるだけでも、随分便利となりそうなものだが……」


 顔を落としたまま手を組んだ所長は震えている。


「ん? 大丈夫か?」

「大臣殿! 感謝します!」

「お? おぅ……?」

「良い手掛かりを頂きました! 早速この研究を活かして、仲間と取り掛かろうと思います!」

「そ、そうか……。やる気があるのは良いことだ……」

「はい! 失礼します!」


 そう言うと所長は客室から出て行く。その足取りは軽そうである。

(まったく……忙しない奴め……)

 彼の背中を見て彼女は呟くが、内心では悪くないとも思うのだった。


 クロイツェンでは、新たな魔動具、魔動器を開発したい場合、こうして魔導大臣と打ち合わせをすることが一般である。(ただ、彼の場合は学者なので定期報告義務もある)

 そうする事で国から正式な開発援助が受けられるのだ。真に個人で、研究と開発が出来るほど安価なものではない。


(危うく兵器転用されるところであったが……)

 彼女は心の中で呟き、少し苦笑いする。


 クロイツェンは、魔法使いの社会進出により、魔動具技術では一歩先んじれている。故に『行き過ぎた』物が開発されかけている。兵器の開発はその一つと言える。

 代々の魔導大臣は兵器を認めていない。自分達、魔法使いこそが戦力で在るべき、と考えているためだ。そこへ兵器を持つことで、他国が警戒心を強めてしまう恐れがあるのだ。

 国として禁止出来ていないのは、「個人で開発されたものまでは規制すべきでない」とされているからで、いくら魔導大臣といえど、無援助で作られた物にまでは手を出せないのである。



 ⎯⎯彼女は、先の報告書に、知っている名前が協力者として書かれていたな、と思うと、それと関連付けられるように、数日前を振り返っていた⎯⎯。



  ⎯⎯二人が王都を発った日・執務室⎯⎯


「⎯⎯……聖剣について、何故報告しなかった?」

「特に訊かれませんでしたので」

「……聖剣に変わりはなかったか、と、そう訊けば良かったと?」

「はい。ですが、私は聖剣を存じ上げませんので、恐らく、返答に変化はなかったでしょう」


 困ったようにイズンは額に手を当てる。


「わかった、この件は終わりだ。だがな……」

「はい」

「あまり、個人に肩入れするのは、感心しない。困る人間が居るということが、そなたも分かるだろう?」

「……以後、気を付けます」


 受付は頭を下げる。


「もう下がっていい」

「失礼します。……イズン様」


 立ち去ろうとした彼女が、思い出したようにイズンに話す。


「なんだ?」

「盗賊を捕まえた際に出された報奨金は、確かに受け取りました」

「そうか」

「はい、ライト様が持って来て下さいましたが……」


 イズンは彼女の言葉が心に落ちないので訊き返す。


「……今、なんと言った? 彼が持っていた、だと? 何故?」

「私も気になったので、こうして訊いています。……イズン様が頼んだのではないのですか?」


 イズンは再び額に手を当てる。


「~~~~……」

「……イズン様⎯⎯?」



  ⎯⎯現在⎯⎯


(ええい……、思い返すと腹立たしい……! だいたい、私が客人を使う訳がないだろう……、そこまで無礼ではないと言うに)

 移動しながら、イズンは不満を籠らせる。


 部屋に到着すると、中には一人の兵士が居り、彼女は兵士に威圧的な挨拶をする。


「ご機嫌よう。どうだ? 少しは反省できたかね」

「……ぅ、ぅ、ぅ……」

「返事をしろ!」


 魔法『収納』から蔓の鞭を出すと、床に打ち付ける。


「はっ! はいぃぃ!」

「……何故こんな目にと、理解しておらぬようだな。ん?」


 兵士は彼女の魔法により椅子に拘束されている。その拘束は、縄などで縛ったりはせずに、あくまで魔力によるものである。


「ギルドから聞いたよ、報奨金を持って行かなかったそうだな……!」

「あ、あれは、上官殿に言われた通り、その人に渡した訳でありまして……」


 ばしんっ

「ひッ」


「驚いたよ。……その時居た侍女、蔵書庫の司書に管理人、ギルドの娘……。どれも皆、兵士は運んでいないと答えたぞ!」


 ばしんっ


「勤勉さのクロイツェンが怠惰になるなど、あまつさえ部外者に金を預けるなど、恥を知らないか!」


 とん と、座っている兵士を椅子ごと押して倒す。


「ぐお……」

 拘束された状態なので、倒れた衝撃が兵士の体へともろに伝わる。


「だが良かったな」


「はっ……?」


「金は無事に届けられたよ!」

 ばしんっ と兵士の顔のすぐ右床を打つ。


「運んだ人間に!」

 ばしんっ と兵士の顔のすぐ左床を打つ。


「感謝するんだなッ!」


 ばしんッ と最後に一際強く、兵士の頭のすぐ上床を打った。


「……………」


 兵士は気絶してしまった。


(まったく、これしきで伸びてしまうとは……!)


 と、そこへ部屋がノックされると、中に女性が入ってくる。


「こちらだと伺いました、マスター」

 イズンの弟子、である。


「お前か。丁度良い。この兵士に気付けしてやれ」


「かしこまりました」

 イズンが首で指示すると、弟子の女は淡々と返す。


 そして、介抱をするために兵士の兜を外したところで、彼女はイズンに訊ねる。


「マスター」


「ん?」


「何故、この人は少し嬉しそうな表情なのでしょう?」


「知らん! 知りたくもない!」

 イズンは顔を赤くしてそう吐き捨てた。


 その後彼女達は、今日の鍛練を行いに、部屋を出るのだった。


 ……魔導大臣は読心に長けている。なので、矯正手段を違える事はない……。




  ⎯⎯エインセイル・その後⎯⎯


 ⎯⎯ある日街に少女がやって来た。

 亜麻色の髪は長く、身なりは体格より一回り以上の服。しかし外套で、ほぼ全身が隠れていた。


 彼女が覚束ない足取りで街を歩いていると、やがて倒れた。

 石畳の、一部浮いていたところに爪付いたのだ。


 近くに居た小さな少年が、心配そうに少女へ手を伸ばした。


「……おねえちゃん、だいじょうぶ?」

 優しく声を掛けられた少女は、その手を取り、膝立ちする。

「ええ……。ありがとう……」

 礼を言われた少年は、その少女の顔を見ると声を上げた。

「……ぁっ……、おねえちゃんて、ディアーデひめにそっくりだね!」

 

 その言葉を聞いた人間は驚く。それは周囲も、そして少女本人もである。


 何故なら少女は『ディアーデ═アイゼンタール』その人だからだ。

 

 だが。


「でも、ちょっとちがうかなー。目のところとか。おねえちゃんのほうが、かわいいね」

 絵を見たことあるけど、ちょっとこわいんだよ~。少年は、そう言い続けながら手で目を釣り上げてみせる。

 

 それを見たディアーデは思わず、少し吹き出す。


「……そう。ありがとう」

「?」

 少年は再び礼を言われた意味がわかっていない。


 じゃあね、おねえちゃん。と少年は母らしき人に連れていかれた。


 そして、彼女の周囲には、少年の発言でざわざわと少し人が集まって来る。


「わた、わたくしの地元でも、よく言われていますの。お、おほほほ……」


 と、精一杯の演技をしてディアーデは人違いを装う。


 すると人集りは、霧散していった。


(あぶないあぶない……)


 彼女は ほっ と胸を撫で下ろすと、これ以上目立たないように、乗船場へと急いだ⎯⎯。


 

 彼女が元の体に戻ると、喜びも束の間。急ぎ城跡から出て、エインセイルへ真っ直ぐと向かう。時間にして一日以上、昼も夜も歩いて来た。この街には灯台となる烽火塔が立っているので、多少無理をすれば夜でも歩けないこともない。

 

 彼女がここまでするにも理由がある。



(⎯⎯急がないと魔法使いに勘づかれてしまうわ)


 ここへ着く前に、水と食料を食い潰している。本来なら補給をしたいところだった。それが出来るぐらいの小銭が懐には入っている。しかし。


(私の絵が残っていたのね……)


 先ほど少年とのやり取りで知り、咄嗟に演技をした。

 彼女は三百年越しの自由を得たが、その手段は褒められるものではない。

 自分の足跡を追われたくないので、あまり大勢に顔を覚えられるのは避けたい。


 彼女は外套のフードを目深に被った。そしてこうも思う。


(……絵の中の私は、どんな顔をしてるのよ……⎯⎯!)



 彼女は港で迷いかけながらも、乗船場にたどり着いた。

 そして、迷わず乗船手続きをする。


「渡航の希望者ですか?」

 そう訊ねる受付の兵。その背後にもう一人装備の違う兵。


 一人はクロイツェンの兵で、もう一人はマウンデュロスの兵である。

 自国の民を贔屓しないか、互いを監視するように出来ている。

 しかし、ディアーデはそれを知らない。


 それを不思議に感じた彼女だったが。

「はい」

 と、肯定の返事をする。


「ではまず、身分証を確認します」


 ……え?


 ディアーデの思考が停止する。

 

 三百年という歳月は、渡航の規則を変えていた⎯⎯そもそも彼女に、他国へ渡る経験自体がないわけだが。


(身分証!? 身分証って!? あるわけないでしょう!?)

 思いながら彼女は慌てて道具袋を覗くが入っているはずもない。冷静に状況を整理した後、着ている服をぱたぱたと触ると、やがて見付けた。


 冒険証である。


 まだ、僅かに湿ったそれをゆっくり取り出すと、自分で確認してから、受付に提出する。


「……少し濡らしてしまって、ここに入れた事を忘れていたわ。……ふふ……」

 そう言い訳し苦笑いするディアーデ。


「……なるほど、クロイツェンの方。では交代します」

 お願いします。と、背後の兵と言葉通りに交代する。


 ディアーデは交代した意味が分からないが、次の言葉を待つ。すると。


「ん……?」

 交代した兵は、冒険証とディアーデを交互に見ると、やがて訊ねた。


「……おい」


「何かしら?」


「性別が男となっているが、間違いないか?」


 あっ。


 再びディアーデの思考が停止する。


(し、しまった~……!)


 そう思うものの、既に後には引けないと感じ、咳払いすると。


「……そうだが? 声が高いと、よく言われるんだ」

(どうかこれで引き下がって~……!)


「……?」


 ディアーデは、無理矢理低い声を出して必死に男の振りをする。

 しかし、兵が警戒を解く様子はない。


「……なら次は、ここにサインをしてもらおう」


 ごくりと唾を飲み、左手で羽根ペンを受け取ると、ディアーデは書き始める。

(私の名前じゃない私の名前じゃない私の名前じゃない…………)

 ……そう心に言い聞かせながら。


「……字が、違うな」


「上達したのよ!」

 言ってすぐにはッとし、言い直す。

「……上達したんだ」

(あああ~~……! そう聞かれるのは予想していたのに~~!)


「…………」


 今受付ていた兵が最初の兵と、離れて相談し始めた。

 一方、彼女は心の中で狼狽し、既に冷静さを失っている。


 相談を終えた二人が、ディアーデとカウンターを挟んで相対する。


「……悪いが身体検査をさせてもらう。男だと言うなら、俺達でも問題あるまい?」




 頭の中が真っ白になるディアーデ。

(お、おわった……。唯一の、島からの脱出が……。でも……)

 諦められない彼女は最終手段に出る。


 ディアーデはフードを外し、二人に背を向ける。

「……騙してごめんなさい。けど、私どうしても島を出なくちゃいけないの。だから……」

 言いながら彼女は外套を脱ぎ、向き直る。

 

(先ずは、正直に申し出て謝ったら、そのあと……)


「待て。貴様」

(ッ!? まずい……バレた……?)

 ディアーデが思いきるより先に遮られて、思いがけない質問をされる。


「その、服はなんだ」

「えっ?」


 と、ディアーデが自分の服を見る。その左胸辺りは真っ赤に染まっていた。


 !?!?


 三度思考停止したディアーデ。最終手段はまさかの不発で終わる。


「ぁ、ぇ、これは……」


 理由を探そうと必死に思考を復帰させる。

 その色から血であることは明白である。しかし自分は負傷していない、自分の血というのは無理がある。

 以前ついたもの、というのも駄目だ。ついてから日が間もない為、変色が弱い。


「まさか貴様……」


「ぅ、ぁ……」


「性別の違う冒険証に、その服といい……、持ち主を追い剥ぎをしただろう!?」


「ち、ちが違う! 違う!!」


「おとなしくしろ!」


「いやああぁぁーー!」

 ディアーデは街の外へと駆け出して行った⎯⎯。




 ⎯⎯遠くから馬を走らせる音。やがてそれはすぐ側で止む。


 街の者は外に出たと言っている。

 女の足だ、遠くには行けまい。

 街道を中心に捜索しろ。


 そう指示を飛ばす声をディアーデは聞いていた。


 街から出た、ほど近い薮の中で。


(まさか、こんな事になるなんて……)


 疲労の溜まった体で全力疾走はかなり堪える。休息を取りたいが、場所がない。

 また、水も食料もなく、先に補給をすれば良かったと思っても、それは遅い。街には戻れないだろう。


(せめて水だけでもなんとかしないと……)


 東に向かえば共用の井戸、だが先の捜索隊がそこを中継する可能性は高い。


(ここから一番近い川は……)


 当時の記憶を呼び起こし、自国の農地に引いていた川の存在を思い出す。

 ここから南の山脈が上流だったはず、そこまで考えると、ディアーデは南南東へ歩き始めた。


 既に軽い水筒を傾ければ、彼女の口に落ちる一雫。そこへ、先の行動と併せて振り返ると。


「~~~~」


(違うんだから! 非常時! そう! 今は非常時なんだから!)


 ……そう言い聞かせるディアーデだが、最終手段が不発した事に、心の底から、安堵しているのだった……。




 ⎯⎯それから三日が経過・クロイツェン城⎯⎯


 執務室へ入ろうとするイズンとその弟子。


 イズンの表情は少し堅い。その理由は苦手な人物が中で待っているからだ。

 彼女は息を吐いて、意を決して部屋へ入ると。


「! エシティスちゃ~~ん!」

 振り向くと、両手を広げ、満面の笑顔で飛び込んで来る女。

「久しぶっ!?」

 イズンはそれを ひらり と横へかわして足を掛けて転ばせる。


「何度言えばわかる!? 城内(ここ)では敬称で呼べ!」


「い、痛い~……」

「だ、そうだ。治癒を掛けてやれ」

「かしこまりました」

「結構よっ! 心の傷は治りません~」

 陽気そうな女はわざとらしく遠慮した。


「まったく……たかだか一週間で『久しぶり』ではないわ……」

 イズンは飽きれながら一人ごちり、気になったことを訊ねつつ、執務席へ座った。

「彼はどうした? 一緒に来たんじゃないのか?」


 立ち上がり埃を払うと女は答える。

「ああ、あの子なら調べたいことがあるからって、数日遅れるわ」

「……言葉が足らんぞ……。どこで何を調べに行ったんだ?」

 額を押さえ、付け加えるよう促すイズン。

 

「えっ……。えっと~~……」

 女は目を泳がせている。


「何故言い澱む」



 ……女は問い詰められて、しどろもどろと説明しだす……。



「⎯⎯ばッ!? 何故目を離した!?」


「ごめんなさい♪ おこっちゃいやん♪」


「一体……! 一体なんの為に大師をつけさせたのだと……」


 そこへ部屋にノックが響くと。


「なんだ!?」

 イズンはつい声を荒げてしまう。


 も、申し訳ありません。兵士さんが手配書の確認をしていただきたいと。

 侍女が外からそう説明する。


「……いいぞ」


 促されて入る侍女に、イズンは詫びると手配書を受けとる。


「下がりなさい」

 はい、と言って侍女は執務室を出る。


「はぁ~~……」

「ほらほら、そんな顔しないで~。笑顔笑顔」

「……出来るなら私もしたいわ。誰のせいだ……」


 居たたまれない弟子が話題を変える。


「あの、マスター。手配書にはなんと?」

「ん? ああ……」


 手配書に目をやるイズン。そして読み進めていくと、その表情は更に険しくなっていく。


「はぁ~~……」

 彼女が何度目とも知らない溜め息を吐くと、その様子を見て女が訊ねる。

「……どうしたの?」


「どうやら、私が思っている以上に、複雑な事態になっておるようだぞ。……セラテア」

「……え」


 言いながら手配書を読ませると、陽気そうだったセラテアの顔もまた、青くなっていくのだった。

※圧縮後、収納された対象を、取り出して元の大きさに戻すこと。

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