06号 実録、神との交信 下
「度々お待たせしますな。申し訳ない」
「いいえ、こちらこそ無理を聞いてもらったようで。それでそちらが?」
館長は代理を連れて戻ってきた。どうやら受付をしていた茶髪の青年か、近くで見ると中々に面長い。
「はい、立ち会いの代理を致します、ラファエルです。閉館後の案内を勤めさせて頂きます」
青年は落ち着いた雰囲気で挨拶をする。代理を立てられるだけの礼節さを垣間見た。
館長は俺達に側寄り、小声で話す。
「誰を立てるか、少し悩みましてな。……万一、問題が起きた時には少しでも口が堅いほうが良いだろうと。その点は、彼なら安心して任せられます……」
館長も黙っていれば人が良さそうだが、したたかに一言余計である。ただ、隠そうしないのは正直に生きているとも言えるので、そういうのも人間的かなと思った。
「では、閉館後はお前に頼んだからな」
「お任せ下さい、館長」
館長は青年に向き直り、確認した。
「それじゃ俺達は、一旦出直すか?」
「そうね。先に食事をしておくのも、悪くないと思うわ」
俺達は話し合うと、二人に挨拶をして、博物館を後にする。
⎯⎯閉館まで時間を潰したいので、俺達は目ぼしい料理屋を見つけて入った。
しかしメニューを見ると、所謂『観光客向け』というヤツだったらしく、少しお高い。
ポーションに続き出費がかさんでいて、懐が危うい。
……一応、普段ならばここまで荒い使い方はしない、と付け加えておく。
やがて料理が運ばれてくると、どちらからともなく、会話を始める。
「……そういえば、さっき聖剣を貸した時、何かやりとりはしなかったか?」
セラテアはフォークに刺さった魚肉を口に入れると目を見開いた。それを咀嚼して飲み込むと言葉を返す。
「してない! ああ、うかつだったわ……。せっかく手元にあったのに……」
ナイフを置いた右手で半面を押さえた。
「いや……。ならいいんだ……」
俺は海鮮のスープと一緒に、彼女の台詞を飲み込んだ。
「まあ……向こうから話を切り出すことが、あるのかしらね……」
「? 何か言ったか?」
小声だったのでよく聞き取れなかった。
「なんでもない。それより、交信出来たら、何を訊きたいの?」
セラテアは付け合わせの海藻を食む。
「それは勿論『何故ペンになったか』だろう」
俺は乱暴にパンをかじる。剣がペンになるなど、こんなはずではなかったのだ。
「ああ、そうだったわね……」
セラテアは褐色の酒が注がれたグラスを傾け、口を離すと続ける。
「でも……」
「ん?」
「一度、相談したほうが良いんじゃないかしら。ペンちゃんと……」
「…………」
⎯⎯店を出るとまだ少し時間がありそうである。
セラテアは湯屋へ行くと言うので、その間俺は宿に戻ることにした。
俺達は博物館の通用口で落ち合うことにする⎯⎯。
宿に戻ると主人から、桃色の髪の男性から書き置きを預かっていると手渡される。改めて髪色の『威力』を知った。俺は主人に礼を述べて、部屋に戻る。
書き置きの内容は、明朝には馬車が出発出来るというものだった。セラテアには、説明するよりこれを見せたほうが早そうだ。
部屋の書き物机に向かい、ディアーデと交流を試みる。セラテアが提案した通り相談をしようと思った。俺は半紙を出して話しかける。
“……戻りたいわよ„
「ディアーデ?」
“人に戻れるものなら、私は戻りたいと言ってる……„
俺達の会話を聞いていたようだ。相変わらずどういう感覚を持っているのか分からない。
“私だって、封印されて望んだ結果になった訳じゃない……„
情報が足りないのか、文の内容もちょっとよく分からない。
分かったことは、彼女は今の状態から脱したいという事だ。
「……わかった。それなら、封印の術を解く方法を聞いておこう」
“ええ……。頼んだわ„
彼女はそれだけ答えると何も語らなくなった。
……この後に及んでまだ頑ななことに、少し残念だと思う俺だった……。
博物館が閉館してまもなく、俺は通用口の前に来た。扉をノックすると初めと同じ女性が現れる。
女性は、セラテアはまだ来ていないと告げた。中に促されたが、外で待たせてもらう。『助手』の俺だけ先に入るというのも悪いと思ったからだ。
それから、ほど待たずにセラテアは到着した。
「お待たせ」
「いや、今来た所だ」
俺達はそんなやりとりをしつつ、入館すると長椅子に座って青年を待つ。
閉館した為、幾つかのランプは消灯され少し薄暗くなっている。
隣に座るセラテアから微かに香る石鹸、俺はそれに思い出されるよう彼女へ、店主からの書き置きを渡した。
やがて青年も到着して、俺達は交信器のある部屋へと向かった。
⎯⎯部屋に入ると青年は、辺りのランプを点けて視界を確保する。
いよいよ交信器を起動する時がきた。
「あれ? どうやって起動するするんだ?」
一般的な魔動具や魔動器は、装置の一部を捻るなどして起動させる。そうして魔動石の動力が伝達される仕組みだが、交信器にそれらしい仕掛けは見当たらない。
「これは起動に特別な術式が必要なのよ。何故……、と訊かれると、誰でも簡単に動かせるようにはしたくなかったから……くらいしか思いつかないわね」
だから少し集中させてちょうだい。そう付け加えてセラテアは黙想を始めた。
俺はセラテアの豊富な知識に感服する。
ただの魔法使いではない。
ただのギルド広報ではない。
その枠を超えた、様々な造詣の深さを改めて知った。
「⎯⎯、⎯⎯⎯⎯、⎯⎯⎯⎯、⎯⎯⎯⎯、⎯⎯……」
セラテアが詠唱を始める。
(どうだ……!?)
俺は交信器を凝視する。
一瞬の間を空けて、石の碗が すぅっ と、台座から一、二センチほど浮き離れた。
「「「ぉおっ……」」」
俺達は思わず声を揃えてしまう。そして交信器、ごくゆっくりと廻る碗から聞こえてくるのは。
『⎯⎯⎯⎯、⎯⎯、⎯⎯⎯、⎯⎯⎯、⎯⎯⎯⎯、⎯⎯⎯⎯……』
(何っ!?)
「……『随分と、懐かしい物を動かしているな。まさか、今だに現存していたとは。なあ? 人間』……」
聞いた事もない言葉を放つ交信器だったが、すかさずセラテアが翻訳してくれた。
「私は翻訳に集中するから、ライト君に任せるわ……!」
そう言われたので俺は交信に集中する。
「『それで何故、今更それを動かす? ……なんの用もなく、動かしたのではないだろうな?』」
問うより先に問われてしまう。
「まずはあんたが神なのか確認したい。もし神なら知りたい事がある、教えてくれ!」
俺の言葉に少し遅れてセラテアが翻訳していく。
「『如何にも。ただ神とは周りがそう呼び始めただけだが。……それで、何が知りたい?』」
「えぇ…と。過去にエインセイルが、魔族から侵攻されたことは覚えているか?」
「『エイン、セイル……? 魔族……? ……遥か古代の国々が、堕神の破壊を被ったことか?』……ってどういうことよ……!?」
翻訳するセラテアですら頭を抱える。
三百年は確かに古いが、遥か古代と言う程ではない気がする。それに堕神とは、また新しい言葉が出て上手く整理出来ない。
「待ってくれ! 俺が言っているのは三百年くらい前だ! それに堕神って、魔族とは違うのか!?」
「『三百年……? まさかそちらでは、それしか経過していないと言うのか? それに堕神を知らぬ、だと……。それしきの経過ですらまともに記録できておらんとは……嘆かわしいことよ』……」
セラテアは苦虫を噛み潰したような表情で翻訳を続ける。
「ああぁ……もう、いい。質問を変える。……過去に交信した時に、何かこちらに道具をもたらさなかったか? 剣のような物だとか……」
「『……ああ、やはりその時ではないか。三百年と言ったがこちらでは、万とも億もの刻が経過しておるわ……』」
「なんだそれは……。人の想像で計れないから神なのか……」
交信して間もないが早くも挫けそうである。しかし聖剣を送り込んだことは、認めたと思っていいのかもしれない。
「……なら、俺が訊きたいのはその時の事だ。そっちが、魔族を倒す協力した時に聖剣を送ったとされている、聖剣について訊きたいんだ」
「『……聖剣……? 一体さっきから、お前達は何の話しをしているのだ……?』……待ってよ、どうしてここまで噛み合わないの……」
「……聖剣じゃないとしたら、お前達がこっちにもたらしたものは何だ!? 協力したんだろう!?」
「ライト君落ち着いて……」
「……悪い……」
翻訳をしているのはセラテアだ。俺が気を立たせるのは良くなかった。しかし。
「ッ!?」
セラテアの表情が突然険しくなる。
「……『こちらが送った物は、確かに剣のような物には違いない。だがそれは魔法の術式で変化させただけの物にしか過ぎん。我等が送った物はな……』」
セラテアは一旦翻訳を止めて、そして続けた。
「……ペン、だ。只……の……」
「ッ!!!!」
なんの心の準備もなく聞かされた聖剣の正体。ざわざわと頭や心がうるさい。入手直後を彷彿させる感覚はその時以上かもしれない。
「……セラテア、続けてくれ……」
荒ぶる感情を必死に抑えて、俺は懐から蒼銀のペンを出した。
「……教えてくれ。剣は、何故ペンに戻ってしまった……。神様なのに、不完全な魔法だったワケか!? 答えろ!」
「!?」
その言葉を聞いて青年も驚く。聖剣の変化を伏せていたのだから当然の反応といえる。
「『それは目的が果たされたからだ』」
「目……的?」
「『堕神の封印という目的だ。だが違う形で堕神が倒された時、変化の術が解けるようにした。堕神が居なくなれば剣は不要であろう?』……ライト君……」
「ばかな……」
結局、俺は、そんな都合を知らず、振り回されていただけ、なのだ。
俺は愕然と肩を落とし頭の中が空になる。次の質問が口から出ることはなかった。
「……⎯⎯⎯、⎯⎯、⎯⎯⎯⎯⎯、⎯⎯⎯、⎯⎯⎯、⎯⎯……」
セラテアが神とやらと交信をしている。
『⎯⎯⎯⎯、⎯⎯⎯、⎯⎯⎯、⎯⎯⎯⎯⎯、⎯⎯……』
「ッ!? ⎯⎯⎯、⎯⎯⎯⎯、⎯⎯⎯、⎯⎯⎯⎯!?」
だが、彼女もまた様子がおかしい。
『⎯⎯⎯⎯⎯⎯』
「そんな……」
「大丈夫ですか、セラテアさん?」
「ええ……、ありがとう……」
そんなセラテアを気遣う青年。
「……どうしたんだ」
俺の言葉に首を横に振り、セラテアは口を開く。
「気になっていたの……。魔族を何故、堕神と呼ぶか……」
一瞬言い淀んだが続けていく。
「魔族の正体は……神らしいわ……」
「なぁっ!? どうしてそうなるんだ!?」
「……神の中から、破壊や殺戮を好むものが産まれるらしいわ……。そういった存在が堕神……つまり魔族なんだって……。人の中から、悪人が現れるようなものでしか、ないんだって……!」
「!! 過去に交信して、そんな重要な事が伝わらないなんて、有り得るのか……!?」
俺達のやりとりを聞いていた青年が割り込んでくる。
「それは……もしかしたらあるかもしれません……」
「は……? 何故……?」
「エインセイルは神信仰の国です……。『魔族が神と同質』だと伝われば、その逆、『神は魔族と同質』とも伝わりかねます。つまりそれは信仰の破綻、結束力の低下、最悪、国が傾いて滅んでしまうかも……」
その言葉を黙って聞いていると。
『⎯⎯、⎯⎯⎯⎯⎯⎯、⎯⎯⎯、⎯⎯⎯………』
「……なんて……?」
「……こんな事になるならペンを送ったのは失敗だったと……。木の棒でも、いや、魚の骨でも良かったな……」
セラテアが重々しく翻訳する。そこに普段の陽気さは既に無い。
どうやら、これ以上聖剣について説明を求めても、俺が望む内容は、聞けそうにない。
「セラテア……違う質問だ……」
「……ええ……」
「神ならもう既に気付いているだろう? ペン中に魔族はもういない。だが、変わりに人の意識が中に入ってしまった。どうすれば封印の術が解ける?」
「…………『簡単な事だ。壊せば良い。壊せるものならな……』」
俺はその言葉を聞いて両手で遠慮なくへし折ろうとする。怒りは心頭に達していて、普段よりずっと強い力が湧いた。それは殺意にも似た力だったのだが。
「~~~~……くっそ、駄目か……」
「『当然だ。魔族を封印する物だからな、おいそれと壊されては無意味だ』」
「……なら、神よ。こちらでこれを壊してくれないか? ペンが届けられて本人がこちらへ来れない道理はないだろう?」
「『それは断る』⎯⎯⎯!?」
「『確かに行く事は出来よう。だが我が、今と同じ世界に戻るのが容易ではない。先も言ったが、億とも知れぬ刻が経過している。その分超越してきた世界もまた多いのだ』…………?」
「? どういう意味だ?」
「おそらくだけど、交信器の流れを伝えばこちらには来れる。けれど来てしまうと自分がどこからやって来たかわからない……」
『⎯⎯、⎯⎯⎯⎯……』
「何より、そこまでする理由が、私にはない」
「……ならそちらから壊せないのか」
「『出来ないこともない。だが……』……え?」
「なんて?」
「……その辺り一帯が、無へと帰すが、それでも良いかと……」
「駄目に決まっているだろう! 何を考えているんだ……! 倫理観も無いのかあんたらは!」
「『それを間接的に壊すにはその位の力が必要だ。……それにしてもリンリカンとは、なんだね?』……笑っているわ……」
確かに、倫理観を改めて説明しろと言われると困ってしまう。
「倫理観っていうのは……人を殺すなとか、束縛して支配するなとか、物を奪うなとか……」
『⎯⎯⎯⎯⎯⎯!』
笑っている。これは俺にも分かった。
「『人の尺度と言うものは、これほどまでに我らと違うのだな……』」
「どういう意味だ……」
「『我らは死を恐れぬ。殺すことも躊躇いはしない。我らは誰からも支配されぬ。神々であれば皆並列に扱われる。我らは物を奪わぬ。不要だからだ』」
人とは違う次元の価値観持っているのが我らだ。とセラテアは訳す。
「『……あまり調子に乗らんほうがいい。我らが創造した人間を壊すなど、造作もないことだ』」
俺はその言葉に強く拳を握り、他に方法がないのか問う。
「『……あるとすれば、術とは逆の力を持つ物でならあるいは……』」
「具体的にそれはなんだ?」
「『堕神……、そなたらが言うところの、魔族に縁のある品でなら、壊せるかも知れんな……』」
それを聞いてすぐに思いついたことを確認する。
「……それは魔族の遺骸でもいいのか?」
「『いいや遺骸では駄目だ。遺骸ではただの肉と変わらん。……腐らんことを除いてな』」
(く……そう都合よくないか……)
「『まあ、堕神が創造したものが本当にあるとするならば、だがな。もしかしたらソレと近い性質の物でも望みがあるやも知れん。そのくらいか』」
手掛かりが抽象的すぎるが、言い終えられてしまった。
「『それで終いか?』」
「待て。さっき道具は不要としながら、どうしてペンが送れた?」
「『当時の世界にいた人間が造った物だ』」
「……最後の質問だ。死を恐れぬと言ったな? なら俺達があんたらを殺しに行っても何とも思わないんだな?」
「「!?」」
「ライト君ちょっと!?」
「いいから翻訳頼む」
セラテアは戸惑いながらも翻訳した(らしい)。
「⎯⎯⎯、⎯⎯⎯⎯、⎯⎯⎯⎯⎯⎯⎯⎯、⎯⎯⎯⎯⎯⎯⎯⎯……」
『!? ⎯⎯⎯⎯⎯⎯⎯⎯⎯⎯⎯⎯⎯⎯⎯⎯⎯!』
先ほどと同じように笑っているようである。そして。
ごとっ がらんがらん……
石の碗が台座に落ちると、交信器は反応しなくなった。
俺達三人はしばし立ち尽くしてしまう。
接見できた神とやらは苛烈な者であった。
人の倫理が通用しない、人格者とも程遠い。
「……最後、なんだって?」
「……聞かないほうがいいわ……。ライト君それ起こして。石を取り出したいの」
俺がそれを了解すると青年が割り込んで話す。
「あの! 今のやりとりが本当に記事されるのですか!?」
交信自体は何事もなかった。しかし、肝心の神やその内容は衝撃的なものだったのだろう、青年は少し顔色が悪い。
「……全く同じ……というわけにはいかないですね、あの内容では……。こちらでも色々と工夫してはみます」
そう話すセラテアも顔色が良いとは言えない。もしかしたら俺も悪くなっているかもしれない。
「ですので、ラファエルさん。今日の事は記事が仕上がるまで内密にしていただきたいのです……」
「は、はぁ……」
青年は状況の整理が追い付いていないようだ。それもそのはずである。
「あの、ライトさんて、聖剣の回収者の……? おまけに聖剣が、ペンになっていたなんて……」
「黙っていて悪かった。騒ぎにされたくなくてずっと伏せておくつもりだったんだが……」
「ラファエルさん。その事も他の人には伏せておいて欲しいのです。話してしまうと交信の内容を説明せざるを得ません。そうなれば事態の収拾をつけることは難しくなるでしょう」
「わかり、ました。……そんなことになっていたなんて……。なんとなく、助手っぽくはないなとは思っていたんです」
青年は苦笑いを浮かべている。精一杯の反応といったところか。
「すまなかった……」
応えながら魔動石をペンで抉じ開けるようにして取り出す。その見た目は石炭のように黒く変色していた。
セラテアが言うには、元々交信器用に調整された石でないために、動力の過剰放出がされたらしい。
青年に、本来これに使う魔動石を尋ねると、アイゼンタール侵略の混乱が元で紛失したのでは、ということになっているそうだ。
「と、ともかく終わったワケですし、出ましょうか?」
青年の言葉に同意する俺とセラテア。
俺達は、宿に着いても今日の事に、頭を悩まされる事になった。




