06号 実録、神との交信 上
馬車が旧アイゼンタール(現クロイツェン)領を走りながら、店主は静かに語り終える。
彼の昔話とは、彼らの子供時代であった。
ハイデン出身である俺には、少し信じられない内容だった。
元魔法使いの里と言われているだけあり、魔法使いが生まれても是とされることが普通なのである。
「そんなことが……」
「まあ、大体は」
「ん? 大体?」
「はい、九割位は。残り一割は脚色させていただきました。はは」
「…………」
あっけらかんと落ちを話す店主。
尚、セラテアは昨日と変わらず、寝てしまった。
あぐらをかき、腕を組んだ姿勢で、馬車に揺られても崩さないでいた。
女性があぐらをするのは少しはしたないと思う。
そんな様子だったが唸るように、いきなり失礼なことを言い出す。
「う~~ん……五十点」
「はっはっはっ…………」
自らの体験談に、辛辣な点数をつけられても、店主は景気良く笑い飛ばした。
「……どうして、そんなッ!? ~~~~」
店主に聞きたいことがあったが突然の振動で舌を噛み悶絶する。
「? 何か?」
「~~……」
俺は、ひとまず首を横に振り、後で訊き直すことにした。
⎯⎯予定通りの道程が終わったその日。エインセイル領に入り間もない現在位置は。
かつて町だった所。
過去の、度重なる戦で、滅びた町が、再建もされずにいる平野。
そこにはただ街道と、共用の井戸があるだけの場所だ。
ターレスから来た御者や自警団、雇われた冒険者などが入り乱れて食事を取る。
計画的な移動なので、結構ちゃんとした食事が出てきた。
飛び入りの俺達にも、それが振る舞われたことに、感動に近いものを覚えた。
そんな夜更けの事。
俺は一人になれる機会を見つけて、焚き火にあたり、ディアーデと交流をしていた。
「こんばんは。故郷に近い所だが、何か思うところはあるか?」
“……そうね……。何も、ないんだなって……„
その言葉から『何とも思っていない』と判断しそうになるが。
“……本当に、三百年後なのだと、わかったわ。今までは行った事がない所ばかりだったから„
ようやく少し実感出来たわ。と手帳に続けた。
“城は今、どうなっているのかしら……。少しだけ……見たい気もする„
俺はここから北北東にあるアイゼンタール城の事だと思った。
「城は……。現在は立入禁止だ。廃墟になって、崩落の危険がある。……今のお前が、見るものでも、ないと思う……」
“……一緒に、調べたから知っているけど……。そう、思ってくれるのね……„
彼女が絞り出すように綴り沈黙していると、そこへ、人の気配がした。
セラテアだった。
彼女は何も言わずに、焚き火を挟んだ正面に座る。
今までなら隣に位置取っていたので、少し不思議な気分だった。
「ペンちゃん、……なんだって?」
「ああ……。城跡がみたいって……!?」
(な、な、な……)
自然に会話を切り出されて返してしまったが、俺は聖剣に人格があると、セラテアに伝えていない。
彼女は戸惑う俺に、少し微笑みながら、「まあいいじゃない」と言った。
「……それで……ライト君は、なんて答えたの?」
「いや……立入禁止だからと」
「ふぅ……それが懸命ね」
小さく息を吐きそう言うと彼女は続ける。
「城跡には、盗賊が住み着いているから。止めたほうがいいわ」
曰く、今だ『生きている』油田から盗掘を行う連中らしい。
クロイツェンは何度か兵を送り征伐を試したが、少数の兵では向こうは多数で応戦してくる。また、多数の兵では油気まじりの土に容赦なく火を放つ、そしてこの時壊滅しかけている、とも(幸い死者は免れたらしいが)。
雨になれば火は使われないものの、やはり油のせいで今度は、水捌けの悪さが行軍にも多大な影響を与えて戦闘どころではない。
「魔法使いでは駄目なのか?」
「……たかが少数の盗賊に、国の最高戦力を出すのを、他国が見たらどう思うのかしら」
クロイツェンは世界的に見ると、『小国も小国』である。
そんなクロイツェンが、世界の大国と渡り合えているのは、魔法使いの存在に他ならない。
そういった背景もあり、魔法使いも出せない。
「けれど……征伐に消極的な理由は、それだけじゃないのよ……」
そもそも、油は大量には捌けないため、盗賊達にも旨味があるわけではない。
だが、城より北上するとある海岸線には、昔の港が存在する。既に船も来なくなったそこには、アイゼンタールの難民が居り、肩を寄せ会うよう生きているという。
盗賊達は油を売った僅かな糧さえ、そこに充てているそうだ。
盗賊の正体は、『義賊』だった。
「……セラテアは、港に行ったことが……?」
彼女はゆっくりと、そして静かに頷いた。
それを見た俺はそれとなく察してしまう。
貧しい村、というのを実際見てきた俺にとっては、想像に難くないことだった。
しかし、セラテアが見たのは、俺が及びもつかないものだとも。
「だから! 早まったマネしないでね……!」
いつも通り風の陽気さで纏めると、彼女は馬車の中へと消えて行った。
それを追うようなかたちで、桃色の髪の男がゆっくりと馬車に近づいてくる。
恐らくは商隊員らとの交流を終えて、休もうとしていたのだろう。
俺は申し訳ないと思いつつも、店主を呼び止めた。移動中に訊きそびれたことを、どうしても確認したかった。
「どうかなさいましたか、ライト様?」
……俺はもうそこに触れないことにした……。
「いや。……移動中に、昔話をしてくれただろう? 何で話したか気になってな。セラテアじゃないが、もしかしたら俺にだって、笑われるかも知れないんだぞ?」
「ああ……そんなことですか」
「そんなことって……」
店主は顎に手をあてながら返答に困る。言葉を選んでいるようでもある。
「……気を悪くされるかもしれませんよ?」
店主から意外な言葉が戻ってくる。俺は彼の人柄を思い知っているので、『それ』が上手く噛み合わない。
「……察しが悪くてすまん。教えてくれ」
「では……。貴方を見ていると、昔の僕を思い出すのです。同族意識とでも申しましょうか」
貴方、僕。それは店主ではなく個人として、という意味が込められているのだと思う。
「どういうことだ……?」
「うんー……そうですね。……ライト様から見て、私の髪の色はどう思われますか?」
店主は唐突に髪色の感想を求めた。俺は思っている通りに答える。
「どうって、桃色の髪は珍しいが、若々しくて良く似合っていると思う」
「やはり……ライト様はお優しいですね」
「……何?」
「実を言いますとね、私。子供の頃はこの髪が、大嫌いでございました。ははは……」
店主は、笑顔で話すと焚き火にあたるように腰を下ろした。
そして、私もあの子達のように、というのは少しばかり気が引けますが……、と前置きをして。
「やはり子供の頃は、この髪を同級に馬鹿にされてきたものでした」
「っ!」
「ですが……。父は違いました。お前のその髪は立派な武器になる、と。そう言ったのです」
俺は黙って先を促した。
「私は父を信じて商人の勉強をしました。そしてそれは、言葉の通りでした。取引をする皆が、この『髪色』で私を覚えてくださいます」
今では私にとって、なくてはならないものです。店主は微笑んで続けると、更に話す。
「……ですのでライト様も、今はお辛いでしょう。ですがいつかは、その体になって得られるモノがある、そう気付かされるのではと、思うのです」
「!! ……店主……」
「……申し訳ありません、出すぎた真似を致しました」
「いいや。……ありがとう……」
店主は、歳は取りたくないですね、説教を垂れるとは……とうそぶくように立ち上がる。
「……失礼いたします」
店主は馬車の操作席へ横になり、厚布にくるまった。
俺は焚き火を見つめて店主の言葉を考えていると、最近もこんな事があったようなと思い出す。
「どうして続けているか、か……」
娘の質問に、父が手掛かりを出す。
エスティード父娘、恐るべし、である。
⎯⎯次の日。馬車に揺られて、少しずつ潮の香りが強くなってくると、エインセイルに到着した。正午から三時間は経つころだったと思う。
店主が、このまま倉庫へ向かって良いか確認をしたので、俺は勿論だと返す。
俺達の為だけに停車させるのは流石に気が引けた。
エインセイル自治領
ここの主な産業は観光と、新鮮で豊富な海産物である。また良質な珪砂の産出地でもあり、硝子の生産も行われている。港街なので貿易も活発だ。そしてグレイスバーグ東部と、マウンデュロス南部への船がここから出ている。
ほぼ白亜で統一された街並が目を引き、賑やかな魚介市場を馬車は走り抜けていく。
郊外には砂浜があって夏になれば避暑客で賑わい、また少し沖へ出ると無数の離れ小島を持つ。そこに別荘を構える事が貴族のステイタスなのだとか。
現在のエインセイルは王族が滅んだ為、王国ではない。同盟国であったマウンデュロスか、仇敵アイゼンタールを破ったクロイツェンかの、どちらが治めるかで一悶着あった。国民の中でも意見が割れたので、結局、双方が互いを監視しつつ、国民から領主を選出することで自治領となった。
その為クロイツェンであり、マウンデュロスでもあり、エインセイルでもあるが、その何れでもないという、少々複雑な事情がある。
尚、グレイスバーグはそういったごたごたを嫌い、早々に手を退いた。
⎯⎯やがて馬車は倉庫の近くで停まる。
船の停泊地に隣接されているそこから、大勢の積み手が現れると、俺達は店主に礼を述べてひとまず、宿に向かった。
店主は、後で宿に積み込みの進捗連絡を入れると言い残すので心に留める。
⎯⎯宿を取り自室で荷物を整理する。鞄には着替えやら保存食やら入っているので余計な物はここに置いて、常用している道具袋に持ち替える。袋の中には半紙の他、羽根ペンとインクを一応。それと博物館に入館料がいるかもと思い、普段は入れない財布も持った。
準備が終わり外へ向かうと、宿の前ではセラテアが先に待っている。これでも結構急いできたのだが、私は荷物が少ないから、と彼女は気にする様子もなかった。
⎯⎯俺達はエインセイル博物館の前についた。かつての戦で半壊した城を、少し縮小した形で博物館として再建したとセラテアは言う。
入り口で茶髪の好青年風が入館受付をしている。俺がそこから入ろうとすると。
「ライト君、こっち」
と、セラテアから少し強引に腕を引っ張られて、博物館の建物の影に回りこむように移動した。
「なんだっ? 入らないのか?」
「入るわよ。いいから、ついてきなさい」
言われた通りついて行くと、俺達は影に隠れて見えなかった鉄の扉の前につく。
セラテアはその扉にノックをすると、やがて一人の女性が出てきた。続けて女性と会話を始める。
「クロイツェンから参りました、ギルド広報のセラテアといいます」
と自身の渡航証を見せた。
「ああ……! 館長から承っております。只今呼んできますので、中でお待ちください」
話しから察するに関係者の通用口から入るらしい。
もう少し先に説明をしておいて欲しいと思う。
女性に促され中へ入ると、細長い通路に受付らしいカウンターと、長椅子があった。
あの女性は応対するためにいて、座って待ってればいいと解釈する。
ただ待つだけも間が保たないので、セラテアにもう少し詳しく訊いてみる。
「ここの事、もう少し訊いていいか?」
「え? ただの通用口よ?」
「いや、その『ここ』じゃない。博物館の事だ」
あぁあ……。と一呼吸してセラテアは教えてくれた。
王族が滅亡した城は、完全に立て直すにも意味も資金も持たなくなった。それは半ば、負の遺産となりかけていたが、国民が歴史的な価値を見出だしたのが初めらしい。
ならいっそ城を丸ごと『博物館』として、遺物や美術調度品も収集、展示しようとなったそう。また、観光業に力を入れ始めたのも、その前後にあたるという。
「なるほどな……。ありがとう」
「どういたしまして」
「お待たせしてしまい、申し訳ありません……」
そんなやり取り終え、現れたのは初老の男だった。後ろには先の女性も控えている。
「いいえ、構いません。こちらこそ、突然の訪問にも関わらずありがとうございます」
すかさずセラテアが対応した。
「……ところで、そちらの方を訊ねてもよろしいですかな?」
「あっ、俺は、えっと……」
「彼は今日の訪問にあたり、私の助手として同伴させました。まだ駆け出し者で、経験を積ませるには良い機会かと思いまして」
「なるほど、そうでしたか……」
「は、はい、本日はお世話になります」
唐突に話を俺に向けられたが、セラテアがフォローを入れてくれる。それに合わせるように、俺も礼をして返すが言葉がおかしくないか、少し不安になる。
「それでは館内へどうぞ、こちらです……」
男は、納得した様子で、俺達の案内を始めるのだった。




