0号 聖なるペンと戦場記者 中
「みんな戦闘体勢だ!」
そう叫び、俺たちは声で位置確認しながら、走って後退をする。
その間も俺は、道具袋から淡く光る瓶を取り出し、床に叩きつけ割った。すると少しずつ空間に光が行き渡っていく⎯⎯。
完全に行き渡る頃には、俺たちの体勢完了、敵の大きさ、そして空間の広さを確認する。
先ほど割った瓶は魔道具の一つで蛍霧瓶だ。空間の広さにもよるが十~三十分は灯りが確保できる。この広さであれば十分、もっと短いかも知れない。それくらい広大な空間だ。
すぐに使わなかった事には理由がある。それはここ一帯がトンネル状だった時、光がそこから抜けていってしまう特性のためで、視界が確保できても探索しきれないのでは使い損である。
その心配もあるので手早く決着させたいが……。
「大きい……な」
「……ああ、このサイズは今までにないぞ……」
人型のソレは二本足で立ち、頭の形こそ牛のようだが、その角は邪悪に捻れ、口からは肉食獣でもみないような牙が剥かれている。更に直立をすれば、ゆうに十メートルはあろうかという体高は、空間の広さと相まって距離感が上手く掴めない。
ロープには届かないので、てこずれば登って逃げるどころではない。
どっす
これ以上は考えさせまいと近づいてくる。
「……く、応戦するぞ! ディグ、俺たちで引き付ける!」
「まかせろ!」
「ファムは矢で牽制だ! アンクは魔法障壁を俺たちに!」
「……やってみる!」
「わかりました!」
「行くぞ‼」
大きな声で合図し、少しでも皆を奮い立たせる。
飲まれたらやられる……!
奴に突っ込む俺とディグに障壁が届き、牽制の矢が俺たちを追い抜いて行く。
初射は右腕で弾かれ、二射目は頭部にあわよくば……というところで首を傾けかわされる。
「げっ……こんなの牽制になってんの……!?」
俺とディグは辛うじて深い位置で接敵することが出来たが、高い位置から振り下ろされた拳を受け止めることで精一杯になる。
「まじか、これ……障壁もらって、この重さとか……」
「こいつ……っ、いくら、地面に受け流しても、拳が迫って、きやがる……っ」
ディグは左腕を受け止め、俺は右腕を流していくが劣勢だ。
「……そこだぁっ!」
ぐぉぉ……ん
と敵の胸中心に矢が当たり怯んでくれた。
両腕を封じていたところ、なんとかファムの援護射撃が間に合い、俺らは両腕から解放される。そしてアンクから治癒をもらい、仕切り直しに持ち込んだ。
いくら直撃がないとはいえ、連続して受け続けられるものではない。
「……さてと、次はどうするよ……?」
「矢じゃ致命傷には遠いよ~」
「……ふぅ、すみません。私もお二人に、全開の障壁は、はぁ、掛けてあげられません」
(矢を一撃入れるのにこの消耗はまずいな……)
これ以上の消耗が危険だと判断した俺は、次で仕留めると決めた。
「……どうもこれはいつものやり方でないと無理そうだ……」
「いやっ!? いつものやつも無理じゃない!?」
「まあ聞くんだ」
いつもの⎯⎯。それは俺とディグが引き付け、ファムが両手の小剣で致命傷を与える、というものだ。しかし背の高い相手では共通の急所である首が狙えないが……。
(ここまでで気付いたことがある。それは、あいつにとって俺たちは小さすぎること。おかげで体を傾ける分、頭も下がっている。なら仕掛ける価値はあるはずだ)
「……もう、それしかねぇか。消耗する余裕がないしな……」
「そこまで言うなら、わかった……!」
「頼むぞ、こっちも全力で引き付ける!」
それでも不安がないわけではない。ファムにも攻撃が向きそうなことだ。
(障壁の強度が三分の一になればそのぶん俺たちも危険になる。だからアンクも緊急時に備えていてくれ)
俺も盾を持ち、ディグの補助に入れば強度が増すはずだ。
(よし、行くぞ……!)
俺は投石、ディグは槍で盾を叩いて注意を引く。奴は少しずつにじり寄ってくる。
(もっとだ……もっとこい……!)
そして組ませた両手を振り上げ……、降ろす!
(! 動きが大きい! チャンスだ!)
同時にファムがスタートを切る。だが、二人がかりで受け止めたのに、まったくチャンスではなかった。
「ぐぅぅぅぅ……ん……!」
「障……壁が、弱いと……ここまでの衝撃かよ……」
俺とディグは絞り出すように言う。
(頼む……ファム。……決めてくれ……!)
そう考えながら、奴と目が会ってしまう。苦し紛れに笑ってみせれば……。
「ぅぅぅぉぉぉ……」
更に重くなる。その刹那、ようやく奴の右後ろにファムの姿が映る。助走し、壁を蹴り、充分な高さがあった。
(! 決まった……!)
俺たちの誰もが勝ちを確信した……はずだった。
「「「「!?」」」」
突如、奴の背にはもう一対の腕、全身に無数の眼が現れる。
(うッ!? ……まさか!)
出現した右後腕で、裏拳を繰り出しファムを捉える。
「はッ!? がっ、は……!」
剣を大きく振り上げていたため、無防備だった胴に直撃する。吹き飛ばされ、後方の壁に背中から激突、最後は落下し床に叩きつけられた。
「ファム!!」
「アンク! 突っ込むな!」
奴の横を強引に抜けようとするアンク。
それをさせまいと、奴が組ませた両手を解き右前腕で迫る。
「よそ見、してんじゃねえ!」
押さえつけが緩み、ディグが左前腕を突いて怯ませる。
俺はアンクのカバーに入りつつ反撃を試みるが、上体を起こされ腕は宙へと離れていく。
「ちぃ!」
だがアンクは、なんとかファムの側までたどり着き、蘇生を試みる。
無防備な状態だが、奴は俺たちに背を向けない。俺たちも奴から、目を離さずしばしの硬直。
(……背後からの攻撃を警戒しているのか……?)
次に奴は、咆哮し突進してきた。詰め切れず焦れているのか、かなり雑な攻撃をしてくる。
俺らは左右に割れ難なくかわし、奴はそのまま壁ぶつかり、そして姿を覆うほど大量の埃が舞う。
その時⎯⎯。
「げっほげほ……」
咳をしたのはファム、なんとか蘇生が間に合った。
「ファム! 助かってよかった」
そう振り向くと彼女は血を吐き捨ていた。
「……障壁がなかったら……」
とアンクが話すが。
「おい! あいつから目を離すな!」
はッと我に返り、向きなおした瞬間「え……」と、目の前を何かが通過した。
「ぁぁぁ……アンクー!!」
通過した何かはアンクに命中していた。
「いやぁぁぁアンク!! 早く自分に回復魔法をかけなさいぃぃぃ」
蘇生されたばかりのファムが、アンクに気を失わせないよう叫びながら揺さぶる。
アンクは気力を振り絞り、自身に治癒を施す。
「はぁ……はぁ……も"う"ま"り"ょぐが……あ"れ"う"ま"く…"…」
「!!! アンク……そんな……」
アンクは術士の命とも言える、喉に石をぶつけられてしまう。
(石の、指弾だと……? くそ……俺の、俺のカバーが甘かったせいだ……!)
舞った埃が収まり奴の姿が見えた時は、既に全身の眼が閉じていた。
そして、追い詰められた俺は完全に頭に血が昇る。
「……ぅぅぅ……おおお……あああ……!」
叫びながら突っ込んでいく。その時頭によぎっていたのは、逆転の策でも仲間を傷つけられた怒りでもない。
狂暴な魔獣、巨大な怪鳥、太古のゴーレムですら倒してきた。しかしそれら獣とは違う、知性を以てして俺たちをここまで追い詰めたことが信じられない……。そんな自惚れだった。
仲間が叫んでいる気がした。しかし、その声はよく耳に入ってこない。
こちらが間合いに入るより先に四ツ腕の応酬を受ける。途切れることなく繰り出されるそれから、反撃の糸口も掴めないまま防戦になり、剣で拳を受けさせられ動きが封じられる。
障壁は、残っているのかすらわからないほどに感覚は麻痺していた。しかしその時、受ける拳が僅かに軽くなった気がした。
右を向くと、ディグも盾で拳を受け止めており、俺は一気に冷静になる。
「……っく、すまん……、もう、手がねぇ……」
「……そうか……。けど……っ俺だって……っ……黙ってやられないってな……!」
そう話すことが余裕に映ったのか、奴は爪を立て振り下ろしてきた。
剣が軋み火花が散る。
(火花……?)
はッとし、ファムが奴の左を抜いた瞬間、俺は叫んでいた。
「アーンクーーー! 撃てーー!」
(恐らく次はない……! 頼む、気付いてくれ……っ)
奴の左後方にファムが映り⎯⎯。
(来る!)
奴がファムを探そうと全身の眼を開いたその時、強烈な閃光が奴を襲う。
ぐっがああぁ……
攻撃力のない目眩ましを、声を出せず魔力も少ないアンクが放ったのだ。
俺たちは咄嗟に得物を影にしてかわしている。
「たぁぁぁッ!」
ぎゃぁぉぉぉ……
目測を完全に失った左後腕をファムは斬り落とす。
「ディグ! 合わせろ!」
と次の狙いに誘導する。
「うぅぅおぉぉ……!」
と渾身の力を込めて俺たちが叩くのは右足だ。それは左後腕を落とされたことで、右側に重心が傾いたと考えたからだ。
全力で打ち抜かれた右足は狙い通り宙へと浮いた。転倒する奴の下敷きにならないように、壁に寄ってかわす。
残っている左腕は支えを求めて、いまだ空中のファムに届くと彼女は腕と壁に挟まれてしまうが。
「その手は……! 受けない!」
とファムは、剣と足で突っ張るようにして受け身を取る。それでも奴は転倒を避けられなかったので、彼女は壁を滑るように下がる。
その後、俺が右後腕ディグが右前腕をそれぞれ落とす。だが奴は猛烈な咆哮でもがき、腕を無くしてもなお強引に起き上がろうとする。
「がぁっ!? ……ぐ、しまった……!」
「ディグ!」
「構うな! 今こいつを起こすと……っマジで勝てねぇ……!」
もがく腕と床に挟まれるディグ。
横から首を狙うが残った腕に阻まれる。上体は起こさせまいと、奴の胴に乗るしかなかった。
「こっの……くたばれ……!」
剣を奴の頭目掛けて振りあげる。それと同時に、壁を使いファムを拘束していた左腕が迫り⎯⎯。
すかさずファムは最後の腕を落とそうとするが。
「っく! 間に合わない!」
「ぅぅぐ、はぁなせぇぇ…!」
みしみし……と剣を持った俺の腕を握り潰していく。
「がぁぁぁぐぁ……っ! しまっ……」
ついに握力が尽き、剣を落とす。その剣が奴に突き刺さると。
ぎゃぁぁぁ……!
「がぁぁぁぁぁ……!」
より強い力で握り潰される。奴と俺はほぼ同時に声をあげた。
あまりの激痛に無我夢中で左手を伸ばすと、剣に手が届く。俺はそれを抜き、奴の最後の腕を斬り落として。
「おおおぉぉぉ……!」
それから俺は、何度も奴を斬り付けた。
奴が声をあげなくなっても、動かなくなっても、灯りが消え、真っ暗になっても……。
ラ……ト……ィト……ライト……
俺は、はッと、目を開けると突然のランプで眩しい。
「うっ……ふ、ファ……ム……?」
「……うん」
声は静かに肯定した。
「うぅッぐ!?」
「無理に動かないで……」
体を起こそうとしたら右腕に激痛が走った。
動かそうと試みるが力はまったく入らない。
「……道具袋が無事だったの。今応急処置するわ……」
「……ありがとう……他の二人は……?」
「……ここだ……」
声の方へランプと首を向けると、アンクがディグの応急処置をしていた。
「無事、だったか……よかった……」
「……どうかな……足に力が入らねえ……」
(そうか……下敷きにされたんだ……)
「……さっきね、ライトとディグが起きる前に、あたしらで出れないか、試したの……」
「……どうだった?」
「……駄目だった……」
ファムは処置をしなかがら、首を横に振り答えた。
俺とディグの応急処置が終わると、少しばかりの保存食を皆で分ける。
皆緊張が少しずつ解け、生き延びたことを噛みしめた。
それから探索を再開する。俺とディグの負傷によりロープで戻るのが難しい以上、別の手段か出口を見つける必要もあった。
広大な空間。その最奥が、奴が始めに腰を下ろしていた場所のようだ。
入口付近で肉塊となった奴を見てふと考える。
戦闘中奴は壁に激突したが、その壁は傷ひとつなかった。そして無駄に高い天井とで俺は気付く。
壊されない強度の壁、崩されないための手も届かない天井……奴は、ここから出て来れなかったのだ、と。
最奥の壁を観察していると、はッとするアンク。何か気付いたらしい。
「ね"え"……」
とまで声を出し驚く俺たちだったが、発した本人が一番驚いていた。
こほん、と軽く咳払いをし身振り手振りで何か説明したいらしい。その様子は少しおかしく可愛い。可愛くは、あったのだが……。
「ごめん、何が言いたいか伝わらない………」
項垂れるアンクと苦笑いする俺たち。
アンクは下に落とした目線でふと小石を見つけると、それで床を鳴らし、俺たちを手招く。
(なるほど、書いて伝えようというのか)
しかし、一画目の線を引いても床に傷はつかない……一方で、アンクはかなり傷ついたようだ。
「……わかった、ゆっくり書いて。合ってたら頷いて」
とファムが言うと、アンクの表情も和らいだ。
「えっと……、“このいしかべ……うごくかも……しれない„?」
(こくり)
「まじかよ」
「“とくていの……てじゅんで……いしかべと……せきちゅうが……はずせるのかも„……」
(こくり)
アンクがランプを受け取り、立ち上がると石壁をなぞるように指を差す。
「……確かに、この壁の石、ひとつひとつ大きさが違うな」
その中には伝える通り、柱とも呼べそうな1本の石も横になり、はまっていた。
「うん……わかったけど、外れそうか?」
と俺は訪ねる。
アンクはきょろきょろと観察し、角に積まれた石材を指差す。完全に同化していて気がつかなかった。
「……この石をどかすのか?」
(こくり)
やや迷いながら頷くアンク。
「けど、俺の力で動かせる……のか」
固定されておらず、左手だけで崩せた。そして、崩した影から隙間が現れたのである。
うんうん、とアンクは頷くと少し考え、ひとつの石を指差し動かそうとした……が、重いらしい。
「ん、俺がやってみよう」
側にいたディグが手を貸す。足を引きずるようにその石へ移動し、力を込めた。
すると開いていた隙間へと石が動いて⎯⎯。
「すごいぞ、アンク……! 次はどうすればいい!?」
(こくり)
アンクは大きく頷いた。
こうして俺たちは少しずつ石壁を動かしていった。負傷や疲労した肉体には重労働で、休憩を挟みながら作業を進める。
手順を間違えると、外れないばかりか最悪、上から崩れて大量の石の下敷きになると、アンクが休憩中に説明してくれた。
俺たちは時間を忘れて没頭していたが、気絶から醒めた時点で、既に時間の感覚はない。
⎯⎯作業を始めてかなりの時間が経過した(はずの)頃、その時はやってきた。
「いよいよ、これで大詰め、か」
(こくり)
最後に壁に現れたのは四角く抜き出されたような石板。……といってもこれも大きさがあり壁と言う感じだ。ここまででいくらかの石材も壁から抜き取られている。
今の状況ではとても動かせる重量ではないので、俺たちは力を合わせて石板を引き倒す。
(く、ぅぅぅうん!)
俺たちがそれを倒して目にしたものは、空洞とそしてそこに収めれていたもの。
全身が蒼銀の剣、だった。
「……はっ……はは……」
遂に、遂に俺たちは見付けた。
聖剣だ。
俺は叫びにも似た歓喜の声を上げていた。
『聖剣』と言われるからには、大層な鞘や剣身、豪華な装飾を想像していた。
しかしそこに刺さっているのは、少し短めの持ち手に長細い刺突向きな刃。それは東方で見た『仕込み杖』を連想させた。
けれど気の遠くなるほどの時間、放置されていたはずなのに、錆やこぼれはまったくない。それだけで人知を超えたものと認識するには十分だと思う。
「やったな、ライト!」
「あ、ああ! みんなここまで来てくれて、本当にありがとう!」
「ふふっ、いいから早く抜いてみせて」
(こくこく)
皆と笑顔で労い合って、おう と俺は応えると持ち手に左手を掛ける。
「……?」
「……? どうしたの?」
抜けない。深く刺さっているわけではなさそうだが。
俺は更に力を入れ引き抜こうとする。
「何!?」
突然剣が光りだす。その明るさは魔道具の比ではない。
「んんっぐぐ……」
「ライト!」
ディグに呼ばれて、突然腰にしがみつかれたので振り向く。目を瞑り力を入れるアンクがいた。
それを見たファム、ディグが更に後ろへ繋がっていく。
「おいどうなってる!? 抜けないのか!? 眩しくて……」
「わからない! 抜けないというか! 持っていかれてる!」
俺も眩しくよく見えないが、握る手が地面に近づいてゆく感覚はあった。
必死に閃光を堪え目を開くと、その剣身はみるみると縮んでいく。
「ん、ん……おおぉぉ……」
既に全ての力を込めている。右手が使えないことを今程もどかしいと思ったことはない。
光は収束し始めてもびくともしない。三十秒くらいだと思うがもっと長く感じた気がした。
そして完全に消えると同時に一気に軽くなる。俺たちは一斉に背中から倒れこんだ。
「……っく、てて。どうなった……?」
最後尾のディグが話す。
閃光から暗闇に移ったばかりで目が慣れない。しかし左手には、持ち手の感触があった。俺はすぐにそれをランプに近づけ確認すると。
持ち手こそ聖剣のままであったが、剣身はごく短くなり剣とはとても言えず、それはあたかも⎯⎯。
ペンのようであった。
な……、な……、な……。
「なんだこれはーーッ!?」
俺の叫びが空間に反響する。
……あまりの衝撃からか、そこからの記憶はほとんどない。