04号 密着、魔導大臣 中
「単刀直入に聞こう。……聖剣は、どこにある?手に入れたのだろう?」
(やはりそれか……。もう一年以上経つのに今更……!)
「私の立場で、聖剣を手に入れた者に会わせろと求めても聞き入れてはもらえん。それでは事が小さすぎると言われてな」
正直に言うとその話を蒸し返されたくない。だから俺は彼らに聞かれてもはぐらかしたし、馴れ合えばいつか話さざるを得ないだろう。なにせ相手は興味津々な初心者なのだ。
今ならばわかる、俺は『あの件』に決着つけていないから、適当に言い訳しあしらったのだと。
「何故聞くんだ……。お得意の潜心を使えばいいだろう……」
「……いや、そう、だな。……街での事はすまなかった。あの一瞬の潜心では、直近の記憶しかわからぬのだ……。実は、ハイデンの村に行った帰りだった。事の顛末を確かめにな。多忙な身……とは言い訳にしかならないが、その時間を作る為に一年以上こちらも待っていた。金の髪と、王都で冒険者に戻ったと聞いて確かめずにいられなかった……」
イズンはテーブルに目を落とし、ティーカップの縁をなぞる。
「私は、他人の心を暴く趣味を持ち合わせていない……。気を悪くさせたな……」
予想外の反応に意気地になってしまった俺も少し罪悪感を覚え、お代わりに一口つけ誤魔化す。
「いや、いいよ……。けど聞いていい?」
「なんだ?」
「荷馬車の中身と、聖剣をどうするか」
『村の帰り』に『荷馬車』が俺の中で繋がらなかったのと、本題を引き延ばすために賢しく引き合いに出す。
「荷馬車の中身……あれは、遺骸だ。魔族の。君達が倒して生命活動は間違いなく止まっているのに、腐敗がみられなかった。これから恐らく王立の研究機関をたらい回しにされるのだろう。想像しか出来ないが……。それを理由にすることで今回の公務許可も降りたようなものだ」
「俺たちが倒したあいつが魔族だと? いやそもそも何故居たんだ? どうやって倒された事を知った?」
「う……む。……私は当事者ではない、故に継承された記憶や史書から推察することしかできないが」
「……それでいい」
「そうだな……。君らが倒したのは紛れもなく魔族だ。約三百年前『マウンデュロス』『グレイスバーグ』『エインセイル』の三国に同時に侵攻したらしい。この三国は特に神信仰の強い国で同盟国であった。何故一国に戦力集中しなかったか正確にはわからないが、増援の警戒だったとみられている」
「なるほど、わざと魔族も分散して増援を出せないようにしたわけか」
「ああ、魔族の主戦力はエインセイルに集中していたらしいからな。だがそうだとすると何故魔族は三国が同盟国だと知っていたかだ。それ以前は居なかったのに突然現れ情報を知っていた…」
「どんな理由であれ『何故現れたか』はわからない、と?」
「そう、なる。結果だけみれば勝っているしな。わざわざ敗者を、しかも人の天敵である魔族を詮索するものは少ない」
イズンはカップに口をつける。
「……次に『何故居たか』だが、……君は聖剣の事をどれだけ知っている?」
関連性がわからなかったが、俺は正直に話す。
「……クロイツェンがアイゼンタールに勝利した戦利品でハイデンに……ぐらいだ。その前にエインセイル…か?」
「……ではエインセイルで神との交信の末、手に入れたということは?」
「いや……知らない……というか、それはいくらなんでも……」
「荒唐無稽、か? だが事実らしい。エインセイルには交信器なるものがあり、過去に成功した事例、つまり聖剣を賜った時、更に魔族との戦に勝利した時の二度ある。そしてその交信器は現存しているのだが、な……。以降、神に繋がったとは聞かぬ。……ここまではいいか?」
「あーわかった、話しを脱線させたってことが」
俺はカップに口をつけた。いきなり神と大きく出て少し驚いている。
「そういうことだ、戻すぞ。……ともかく、エインセイルは神から贈られた聖剣で魔族、それも魔族軍の将を封印することに成功した。そしてその後……」
「アイゼンタール、か……。戦で弱った所を……」
「ああ……。しかしアイゼンタールもその戦で三国に傭兵を送っていて、多大な戦果をあげたらしい」
「ん……? なら、助けた国にわざわざ攻め込んだことになるぞ? 多大な戦果というなら報酬だって……」
「……その通りだ。だが、その辺りの詳細な記録は、無い。ただ、それでも尚『アイゼンタールがエインセイルを滅亡させた』という点はどの書を読んでも一致する、例外なく」
イズンはカップに口をつけた。
今一つ噛み合わない歴史に微妙な沈黙が生まれる。
「……続けるぞ。アイゼンタールはクロイツェンへ侵攻する。彼女らは魔法使いに阻まれ敵わないと知ると……、聖剣の、魔族の封印を解こうとしたのだ。そしてそれは、未遂に終わったのかに思えたのだが……」
「彼女ら……? 封印を解くとは? それに、だがってことは、違ったんだな?」
「……うむ……。初代の記憶ではその戦、王女が指揮を取ったらしい。他所の記録では明らかにされていないが。封印は二度目の交信……魔族に勝利した後、神が伝えたそうだ。聖剣で人を殺めてはならない、と。それと、君の言うとおり未遂ではなかった。これは『どうやって倒された事を知った』の疑問にも繋がってくる」
(記憶と記録に差違があるわけか……。それに聖剣を人に向けるな、とは武器の意味がないぞ……)
僅か苦笑いをし俺はカップに口をつける。
「アイゼンタールに勝利し聖剣を手にしたクロイツェンだったが、初代はそれから放たれる明かな邪気に気付いた。いつ中の魔族が現れるかとあらゆる方策を練った。それが隠れ里、今のハイデンの地下への封印だ。そして今その邪気は消えた。一年以上前に君たちが、倒してくれたからだ。それに気付けたのは、邪気が王都まで届く程の濃さであったから、だな」
これが君の質問の答えだ。間を空けそう言うと、イズンはカップに口をつける。
神と魔族、マウンデュロス グレイスバーグ エインセイルの三国同盟、アイゼンタールとクロイツェン……。想像だにしない歴史と現在に聖剣の登場と、俺は理解と整理が追い付かない。
「……歴史が知りたいなら、城の蔵書庫に立ち入れるよう許可を出すが?」
イズンは見かねたのかそんな提案をしてくれる。断る理由はないので素直に甘えた。
わかった、というと立ち上がり書き物机に向かう。許可証を書いてくれるらしい。
(まさかあの時倒したのが、ここへ繋がるとはわからないものだな)
魔族の遺骸を持ち出して研究とは、我が国ながら感心してしまう。尚、これは皮肉だ。
(……ん? 持ち出した? ……ちょっと引っ掛かるな)
残った茶を飲み空にすると、そんな疑問が沸いた。
「待たせた、これでどうだろう?」
俺は蔵書庫使用の許可にサインを確認する、加えて参考になりそうな書の題名も記されていた。
イズンへ改めて礼を言う。
彼女は再び着席すると、茶を飲み彼女のカップもまた空になった。
それを確認した俺は、先程沸いた新たな疑問を聞いてみる。
「えっと、ワース卿。初めに遺骸を積んだって言うけど、そもそもどうやって出したんだ? 出せるような空間ではなかったような……」
ほう、そこに気付くかね。と感心した様子で答える。
「それも魔法さ。対象をごく小さくする『圧縮』。別の空間に一度仮置きする『収納』。元の大きさに戻す『解凍』がある」
転移袋の原理の時、スクレータがそんな魔法を話していた気がする。
なるほど、それは便利だ。と思ったが次の疑問が沸く。
「……? あれ、なんで収納したものを出して馬車に積みなおすんだ?」
俺としては他意のない質問だったのだが、それを聞いたイズンは僅かにびくりとする。
「……それは君、例えるならば『目の前にある動物の死体をなんの疑問も挟まず鞄に詰め込めるか?』と聞いているものだぞ」
少し語気を強めて言う。内容も言わんとしていることは、わかる。わかるのだが……。
「うーん、それでも一度収納したなら⎯⎯」
「……かる……のか……」
「え」
王都までそのままでも、と続けるより先に割り込まれる。
そう言うイズンは顔を伏せ、全身をふるふるとさせている。
次に上げた顔は青く、蒼白と言っていい。また目は少し潤ませておりどこか非難めいてもいる。
先程までの様子から一変し、そして彼女はこう言い放つ。
「わかるものか! あの魔法の……!! 恐ろしさが!!!」
はぁ~~……と大きく息を吐き、……すまない……、と呟いた。
イズンはすっかり小さくなった態度と声で話しだす。
「昔、子供の頃に猫を飼っていたんだ……。でもある日、いつものようにじゃれて遊んでいたら忽然と消えてしまった……」
(あっそれはつまり……)
「……すぐ母に事情を話すと『解凍』を教えてくれた……。子供だった私は事態がよく飲み込めないままそれを使った……。けれどそこから出てきたのは……既に冷たくなって息のないぐったりとした……あああ!」
(なんというか……)
「そ、そうか、それは気の毒、だったな…」
「……そこまでで、二分ぐらいだ……しかもそのあと母はなんて言ったと思う……?」
(みじかいっ。ま、まだ続きがあるのか……)
「え、な、慰めてくれたんだろう……?」
「……『大丈夫よ、この子は貴女に大切な事を教えてくれたわ。収納という魔法をね……』だぞ⁉ そこはもっとこう、命の尊さを説く場面だろう!? だのに、自分の娘が可愛がっていた猫までも魔法の研究材料のように……!」
はぁ~~~~……と再び大きく息を吐くイズン。ぼそぼそと何か呟いている。
収納なんて嫌いだ、猫はもっと嫌いだ……。街を歩いていて鳴き声が聞こえただけで化けて出てきたのかと……。
覇気は完全に失せ魔導大臣の面影はない。
「……そういう事情を知らなかった……。その、悪かった……」
「……くれぐれも他言してくれるなよ。でないと……」
そう言うと、俺が座っていた椅子の足を軽く蹴る。それとほぼ同時、突然視界が下がると次の瞬間、床に軽く尻を打ち付けられ後ろへ倒れ込みかける。
「ってて……」
ことん……、と俺の脇に今程座っていた椅子が現れた。
イズンは冷笑を浮かべて言い放つ。
「……こうなる」
と。
結論。魔導大臣は、恐ろしい。
俺は立ち上がると椅子を戻し、気落ちしたイズンに気を取り直してもらおうと、カートに乗ったポットから彼女のカップに茶を注ぐ。すると「……あぁ、すまない……」と応えた。
次に俺のカップへと注いで座り直し、一口つけるともう一つの話題を出す。
「……それで、俺は聖剣をどうすればいい?」
「ん? そうだな……」
カップに口をつける直前に返し、一口飲むと続けた。
「君がハイデンの出なら、特に何も。大切にしてくれ、と。それだけで一応の面目は立つ。別の出の者が持ったら回収しているところだったのだがな。ん? どうした?」
あまりの返答に緊張が抜け俺は脱力してしまう。
「い、いや、取り上げられてしまうものとばかり……」
「まあ、それも考えない訳ではなかったが。剣ならば剣士に持たせるのが道理であろう、君が元剣士だとしても、だ」
俺はイズンの言葉に若干の違和感を覚えたが、彼女は続けて言う。
「ところで、私にも聖剣を見せてもらえないか? 継承された記憶で知っているだけではなく、直接見てみたいのだ、私もな」
一抹の不安を感じつつも、俺は懐から蒼銀のペン……聖剣を出して見せた。
「……? どうしたペンなど出して。これから記事を書くつもりかね?」
え……?
「これが、聖剣だ……。ギルドから聞いていないのか……?」
「何も……何も……聞いておらん……! おい、これが……本当に聖剣なのか!?」
「俺だって! 俺だって、疑ったさ…! けど、あそこから見つかったのは……これだけだ……」
「……私も地下へ入って、壁の仕掛けを解除されているのは見た。が……こんな物が……、まさか……!」
イズンはそう、はッとするとペンへと手を伸ばし真剣に睨み付ける。するとこう口に出した。
「王女……。ディアーデ……アイゼンタール王女……」
「!」
王女と聞いた俺はペンをすぐに取り返答を求め手帳を出す。
「おい、どうなんだ……!」
“……ええ、ご名答。初めまして。猫 嫌 い の 魔 法 使 い さ ん„
と、書いたそれは、普段とは違う丸い筆跡だった。
イズンは少し顔を赤くして右手でそれを隠す。
「ぅぐ、聞いていたのか……」
“そうね……とても面白い話だったわ。おかげさまで気分がいいの。それまでは貴女が憎くて仕方なかったのに。……貴女はもう、別人なのね……„
「そんな……何故、ペンに……」
イズンは呆然と俺を見る。
「俺が知りたい! むしろ、知ってるんじゃないかと……期待したくらいだ……」
いつの間にか立ち上がっていた俺たちは、ゆっくりと椅子に戻ると、静寂の後に口を開く。
「……本当に、わからないのか?」
頭を抱えながらイズンは頷いた。
「……ああ。こんなもの……、作った本人にしかわかるまい……。本人……神に、訊くしか……。……そうか」
「うん?」
「ならば、神に訊けば良いのだ…エインセイルにある交信器を使って…!」
「なあ、それって簡単にいくものなのか? それに、王女がなんでペン……聖剣の中に封印されているんだ!?」
「それは……」
と言い出したところで扉がノックされ先程の侍女が入ってくる。
「大臣、お弟子様がお見えです」
「何!? そんな時間か、すぐ行くと伝えろ」
かしこまりました、と侍女は部屋を出た。
「……弟子ってなんだ?」
「弟子は弟子だ。私の、魔導大臣の後継者として育成しておるのだ」
そう言いながら、髪を掻き上げつつ机に向かい何やら書き始めた。背を向けたまま更に言う。
「悪いが、今日はここまでだ。君はこの後、蔵書庫だろ? 人をやるのでそれまでは帰らないでくれ。それと帰る時もギルドに寄りたまえ。そちらにもエインセイルの件で人をやる」
やや早口でそう言い終わると、さあ出るぞと言ったので俺も部屋を後にして。
退出すると挨拶をされる。
「突然慌ただしくなってすまない、とても有意義であった。それとこの話は君がクロイツェンに戻ってから続けよう。では失礼するよ」
君にこれとあと、彼を蔵書庫に案内しなさい。かしこまりました。とイズンと侍女。
こちらが挨拶を返す間もなく、早歩きでイズンは行ってしまった。
見送っていると、侍女がこちらですと、大臣とは別方向の蔵書庫へと案内するのだった。




