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03号 お手柄、新人冒険者 下

 その後、俺と新人の男たちは森の奧部向けて探索を始めた。時刻は間もなく日没という所でかなり暗い。

 だが、俺たちならここの森は庭のようなもの。日が完全に落ちたとしても、月明かり程もあれば迷ったりはしない。

 何故この時間に探索をしているかと言えば、さっきギルドへテレサを連れてきた時のことだ。



「⎯⎯えぇっと、紛失物の発見と回収……革の道具袋4つ、鼈甲(べっこう)のバレッタ、弦楽器……と。これでいいですか?」

「うん、大丈夫だ。報酬も未定……と。よしこれを俺が受注するよ。お姉さん頼む」

 報酬が未定なのは得に問題はない。只、後でトラブルになるため勧められている訳ではないが。

 受付はかしこまりました、と受領証をしたためてくれているその間、テレサには、キマイラに襲われた具体的な状況を思い出してもらう為、紙とペン貸して森の地図を書かせる。


「それで俺達はどうするんだ?」

 と男達。

「あんた達は、森でキマイラないしはそれを操る人間の痕跡を見つけて欲しい。見つけたら改めて作戦を話す」

「キマイラ、ねぇ。本当にいるのか?」

「いる。でないと説明がつかない。そして操る人間もな」

 キマイラに魔獣使いは東の国では割りと定番の職なので、俺も男達もそこまで驚く程ではない。


「お待たせしました、受領証です。それとキマイラの件、少し気になる相談を受けた者を思い出しました、こちらでも追跡調査させていただきます」

「ありがとう、もう帰るところだったのに……」

「構いません……お気をつけて」

 俺が受付に礼を述べると、彼女はそう言って送り出してくれる。


「お兄さん、襲われた時の状況ですが⎯⎯」

 そして、テレサから書いて貰った地図を頼りに、俺はそいつらの足取りを推理していく。

 その後彼女は、仲間達の元へと帰らせた。俺の推理は不確定で、直接来てもらうわけにはいかない。



 それから俺達は彼らの荷物とテレサの髪飾りを回収する依頼として森に入った。……というのは無論建前だ。本命はキマイラとそれを操る賊の追跡にある。

 まだそれらは正式に確認された訳ではない。討伐依頼として発行するのは無理があるというもの。ならば、それ以外の依頼中に痕跡を見つけるか、()()()()()()()よう装えばいい。

(森番に少し怪しまれたがなんとか来れたか)


 テレサに思い出してもらった状況から、どの辺りで襲われ、どの辺りで撒いたか、そしてキマイラが獅子型だったことを聞いて、俺は確信を強めた。

 獅子型は巨躯でありながら走る速度は速い。その為、木が密集していない場所を走って撒く芸当など俺でも不可能だ。となればそれは、向こうが追うのを止めた。何故か? 目的を達成したからだと俺は睨んでいる。そして目的は追い剥ぎ、つまり裏で操る賊だろうと。

(初心者を襲って略奪とは、せこい盗賊なことだ……!)

 と、俺はそう考えながら幸先よく目的の物を見つけそっと懐にしまう。……最悪俺もせこい真似をしなくてはいけないので、あまり胸を張って言えないのだが。


「旦那、旦那。見つけましたぜ」

 斥候の男が小さな声で呼ぶ。

 そこには確かに巨獣と人の足跡があり、賊は三、四人と推測して、俺たちは更に奧へと痕跡を追う。奴らが今、行動している可能性もあったが、略奪に成功し油断しているか、半々という所だった。


 しかし、たき火の明かりを見つけ俺たちが慎重に近づくと、その主が件の盗賊達で間違いないようである。どうやら今日の事に味を占め、格上の冒険者を巻き上げようと算段している最中のようだ。

(数は四人……俺次第でまあ、なんとかなるだろう)

 俺はそう考えて、洞窟で見せてもらった男達の実力を信じる事にした。


「どうする? 引き上げるか?」

「……いや、このまま見過ごせば他の冒険者に被害がでる。一人は魔獣使いだろうから、戦力は四人もないはずだ。……予定通りに」

 そう小声で最終確認をすると、彼らは黙って頷き所定の位置へ移動していった。

(さて、俺の出番だ。まずはあいつらのキマイラを俺に向けさせたいな……)


 俺は静かに、予備の半紙と蝋板を出すと彼らを刺激できそうな文面を書く。……正確にはペンが書いた。この件はコイツも不愉快らしい。

 半紙は手帳を駄目にした際の予備として常備している。この為俺の袋は見た目より重い。が、今は洞窟から帰ってから未補給なので普段よりは軽い。

 俺は書き終えた半紙を軽く丸め、様子伺い盗賊達へ放る……。


 ぐるるるるる……


 キマイラが唸り、何事かと辺りを見回す盗賊達。やがて一人が丸めた紙を見つければ、それを開き読み始めた。

「“キマイラを使ってまで初心者から略奪するせこい盗賊達、あっけなく捕まる……„だと⁉ 誰だ⁉」


「こんばんはー、冒険者でーす」

 呼ばれたので一呼吸置き登場してみる。

 突然現れた非武装の冒険者に、ぽかんとあっけにとられた様子だ。


 そんな盗賊をよそに俺は周囲を見渡し、依頼の荷物を見つけた。

「おっ、あったあった。お兄さん達が依頼の荷物見つけてくれたんだな。助かったー」

 俺は尚も無警戒を演じ堂々と荷物に手を伸ばすと、彼らは我に帰る。


「な、なんだ! 突然出てきて人の荷物を堂々と!?」

(あんたらのじゃないだろう、キマイラをけしかけて持ち去っておいて)

「俺は、依頼を受けた冒険者なの。ほらこれ受領証。そんでその袋、お兄さん達のじゃないよな? だからてっきり見つけて届けてくれるものかと……」

「こっこれは俺達のモンだ! なんで自分の荷物を届ける必要がある!」

「……ふぅん、なら証拠、見せてくれる? その袋の中、持ち主の冒険証が入ってるんだ。言う通りあんたらの荷物だってんなら、冒険証は出てこないはずだよな?」

 残念ながら冒険証は出てくるはずがないが、ここはハッタリで通すしかない。


「ッ!?」

「それとも……あんた達、あの紙に書いた通りのせこい盗賊だと言うのか……?」

 奴らの反応で俺のハッタリが通ったのだとわかった。俺は少し語気を強め、読ませた紙の正体をあかす。そして。


「くっ……ふふふ……馬鹿な冒険者が……丸腰で俺達にケンカを売ったこと、思い知らせてやらぁ! キマイラを出せ!!」

(! かかった! 魔獣使いは……あいつか……しくじってくれるなよ……!)

「うわぁー、キマイラだあー、助けてくれー!」

 大声で叫ぶのが合図だ。この際演技の出来はどうでもいい。


 俺は盗賊とキマイラを引き離しにかかる。

 開けた道を真っ直ぐ走れば追い付かれてしまうので、俺は森を縫うようにジグザグに走り抜ける。

 幸いにして今日も晴れ、月が出ているために視界は確保出来ている。


 キマイラと正面きって戦うのは得策ではない、ならば戦わなければ良い。そして操る人間を抑えれば短時間で決着出来て被害も出ない。そう考えた俺は件の新人らと申し合わせている。

(よし、この位離せばどうだ……? お、盗賊達も動いたな。そっちは任せたぞ)

 俺は木を盾に盗賊達が迂闊にも松明を点けた事を確認する。あれではこちらの格好の的だ。


 ヤツに投石して注意を引き、突進して来た所をかわして木に激突させる⎯⎯前脚のツメが届くより先に我が身を木々の深くへ追いやる⎯⎯追おうとしたヤツの自身の両翼が枝葉に絡んでいる隙に、俺は大きく回り込み再び投石する⎯⎯それを繰り返しキマイラと付かず離れずの位置取りを保った。

(虎? 獅子? に翼……なんて聞いたことがあるが、(ここ)じゃあな……)

 ヤツの翼は飛翔するためにあるのではなく、草原のような広いところで、より加速するためにある。閉塞的な環境ではそれは返ってあだとなる。


 そうしてしばらくは追い回されていたが、やがてそれは足を止めた。

 魔獣使いを抑える際に大人しくならなければ、「キマイラを王都まで引きこんで余罪を増やしてもいいんだぞ?」と盗賊に吹き込み、戻ったのなら盗賊を盾にするよう男達と折り込み済みである。


 俺は動きの止まったキマイラに歩いて近付き、その口を外套で覆いロープで固定し噛みつかないようにした。そしてそのロープを引くと着いて歩いてくるので、ややこしくならず助かった。

(まったく……一体お前はどこから来たんだか……) 


 ひとまず、森番の所へ連れて行くと声も出ないほどに驚かれ、直ぐに一人が血相を変えて、応援を呼びに飛び出していった。残ったもう一人の森番に説明をしていると、男達と彼らが捕らえた盗賊達が到着する。魔獣使いから操る手段を奪うよう言ってあるので、操れないはずだ。

 やがて城の兵が、そこから少し遅れて受付のお姉さんとレウスを除いたターレスの三人も到着したところで盗賊達の事情聴取が始まるのだが、彼らは驚くべき供述をしだした。


「……なるほど。君たちは個人冒険者で、森で活動していた所偶然に荷物を見つけたというのだな?」

 と、応援の兵長が聞くと「はい。盗賊なんて言いがかりだ」とシラを切る。

 その反応にターレスの三人も黙ってはいない。自分達はキマイラに襲われて仲間を負傷したことを説明するが盗賊達は尚も認めなかった。


「そのキマイラは確かに俺達のだが、襲ったのは俺達じゃねえ。コイツが襲ったなんて証拠でもあんのかい?」

「そんな……」

 テレサは小さく声上げた。

「フム……大臣殿が居られれば、すぐに解決するのだが、生憎と公務で出ているところでな……」

(この口振り……魔導大臣は真実を見抜き、嘘は通用しないというのは本当そうだな……)

 盗賊達は既に解放された気でいるのだろう、にやにやと薄ら笑いを浮かべている。

 見かねた俺はこのやりとりを終らせるべく、話を切り出した。

(この場でコイツらを釈放するなんてとんでもない。……奥の手を使うか……)


「兵士さん、キマイラに追われてる時ちょっと気になることがあったんだが」

「気になること、だと」

「ああ」

 と、応えるとおもむろにキマイラの隣へ立ち、たてがみの中に手を入れる。


「? 一体何を」

「えーっと、おっ取れた取れた。思った通りだ」

 俺はたてがみから手を抜くと、その手に持った物を見せる。


「それは……わたしの髪飾り……どうしてそんなところに……」

 盗賊達はすぐに意味を理解し、表情がすぐれない。

「……どういうことか、説明してもらおうか。何故、彼女の持ち物がそのキマイラから出てくるのかね?」

「ささささ、さあ、どどいうことでしょう? そ、そうか! それはきっと俺達のキマイラじゃないんだ!」

(む、なかなか粘るな)

 しかし、間髪いれずに男達のリーダーが話に割り込む。


「おっと、俺らのことも忘れないでくれよ。ほら、魔獣使いの笛だ。そこな奴に吹かせてみればいい。誰のかそれでわかんだろ?」

「……ぁ……ぁ……ぁ……」

「……何か申し開きはあるかね?」

「……俺達がやりました……」

(ふぅ、なんとかなったか)



 盗賊達は城へ連行されて行った。

「お兄さん! まさかこんなに早く見つけて下さるなんて、ありがとうございました」

「マオも良かったですね! 楽器が戻って」

「うん!」

 マオは喜びの声を上げながら、それを大事そうに頬をつけて抱いている。


「ふぅ……こんな遅くまで御苦労なことだ」

 詰めの話をするため兵長はまだ残っている。その彼が言う通り、確かに森の方から獣が遠吠えをするくらいには夜が更けた。


「ライト様、報酬の件はいかがいたしましょう?」

「ん? 俺は元から受け取る気なかったけど……」

「そうですね、彼らにはお支払しませんと」

「はい。みんなとも相談して、次に入った報酬を少しですけど、お支払しようと思います」

「いいや、じょうちゃん。俺らが初心者に集るわけにゃいかねえ。大事にとっときな」

「えぇっ!? 頭……まじっすかあ……」

(意外だ。普段もこのくらい素行が良ければなあ)


「そういうことなら、盗賊を捕まえたことで幾らか褒賞金が支払われはずだ。ただ大臣が留守故に彼らの刑が確定するまで時間がかかるが」

 兵長が俺達の話に割り込む。金額は量刑次第、ということらしい。

「……だ、そうだ。良かったな」

「ああ、ニイちゃんありがとな」

 そう答えると、男達はすっかり気の良い親父達になったのだった。


 こうして盗賊とキマイラの捕り物騒ぎは終結する。


(洞窟から帰って、キマイラに追い回されて、さすがにくたびれたな……)


 だがこの時俺は、一つの過ちを犯していた。それ自体は自分で決めたことなので別に後悔はない。


 しかしこの過ちが、後にちょっとした波紋になることを、まだ知る由もないのだった⎯⎯。

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