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0号 聖なるペンと戦場記者 上 

“私の名前はライト。戦場記者だ。これでもかつては世界に名の知れ渡った一流の冒険者だったのだ。そんな私が記者に転身した理由は二つ、一つは„


 と、そこまで紙に書いたところで、突然持っていたペンに腕を持っていかれ、気付けばそこには“疲れた。寝る。„と()()()()しまう。


「かぁ~おま、書き損じちゃったじゃないかー」


 思わず俺はそう言いながら、持っていたペンを書き物机に転がし、椅子の背に大きくもたれた。


 ここはクロイツェン王国、その王都の宿。そして時刻は夜の十時前、大きな声はマナー違反だ。

 俺の他には誰もいない一人部屋で、独りごちるように聞こえただろう。しかし厳密には少し違う。

 

 それは、先ほど使っているペンだ。このペンを手に入れた経緯は話すと長い。だが一部の感覚や意思をもっているせいで、ときたまああやって交流を図ってくるのだ。俺にとってペンは既に、手放せない商売(明日初日)道具であり相棒のようなものなのだが……。


「執筆中は勘弁してもらいたいぜ……」


 そう再びごちりながら執筆を諦め、机に置いたランプの灯りを消す。今日は月が出ているので部屋はまだ多少薄暗い。

 先の書き損じは下書きにすればいいよな……、そう考えながら普段より少し早い就寝だがベッドに体を倒した。

 ちなみにアレの続きはこうだ。


 転身した理由は二つ。

 一つはこのペンを手に入れたから。もう一つは……。


 その過程で負傷し、戦えない体になってしまったからだ⎯⎯。



  ⎯⎯一年半前⎯⎯

 

 朝、ベッドで目を覚まして見た天井に懐かしさを覚える。


 ここは俺の生まれ故郷、聖剣の村ハイデン。その実家で俺の部屋。


 村を旅立ってから三年半、俺は冒険者として剣の腕を磨き続け、世界でも名の知れた一流冒険者となって村に帰って来た。目的? そんなものは一つしかない。


 起きた後は外の庭の木人で軽い打ち込みをする。木人は俺が村を出た当時のままで、今の俺には少し背が足りない。そして風雨にさらされ脆くなっていそうだ。今の実力なら少し力を入れて打ち込むだけで壊せてしまえるだろう。

 

「おはよう、ライト。早いな」

 

 そろそろペースアップというところで声かけられる。父だ。木こりと猟師をしている。


「おはよう、親父。もしかして起こしたか?」


「いいや、だがこの時間に起きるのも、三年振りか」


「それじゃあ、三年振りの打ち合いはどう?」


「おいよしてくれ、お前が十六の時ですらもう俺より強かったじゃないか」


 もうかなわねーよ、とそう苦笑しながら家の中へ入っていった。

 父は争いとは無縁の生活をしてきており、木を倒すには斧であり、猟をするにももっぱら弓である。剣はそもそも専門外なのだ。


 物足りない鍛練が終わると、朝食の用意が出来たと母が告げる。

 昨日の夕食、そして今日の朝食とも母が作ってくれたもの。


 朝食の後は世間話もそこそこに家を出る。村長の所にも挨拶にいかなければ。


 村長の家に向かう途中で三人の仲間とも合流出来た。さすが十年以上の付き合いは伊達ではない。


 そう、俺達四人はこの村の出身で幼なじみ。皆の顔は晴れやかで、思い思いの団らんを過ごしたのだろうと伺える。そして、まさに今日この日に、集大成を迎えるのだ。


 家に着き挨拶をすれば、村長は直ぐに中へ通してくれた。それからゆっくりと話始めた。


「……ライトよ、約束通り聖剣にふさわしい実力を身に着けたようじゃな」


 そうだ、全てこの日の為だ。聖剣に伴った実力を身につければ、地下の探索を許可すると。


「……それから、ディグ、ファム、アンクレッタ。三人もよくライトを支え成長してくれた」


 俺達は顔を見合わせて微笑んだ。


「探索の許可は出そう。だがその前にわしの話も聞いてゆくのじゃ……」


 ただ怒鳴られただけの、昔とは違う緊張が、その場に走った。


「昔、まだわしが子どもの頃……、一組の冒険者も地下の入り口を見つけた……。先々代の村長、つまりはわしのじいさんは、地下の探索を許可した。わしも皆も、ついに聖剣が見れるのだとはしゃいでいて、皆に見送られ彼らは地下へ入って行った……しかし、一日が過ぎ三日が過ぎ、一週間が過ぎてもその者達は帰ってはこなかった……。更に時が過ぎ、わしだけが帰りを待つ者になると、わしは好奇心に負けて地下へと入って行った……。お主らが忍びこんだ時、長い階段がずっと続いて結局行き止まりじゃったろう? あれはな、わしがその先を塞いだからじゃ。……あの奥には、とても恐ろしいものがいた……。それを見たわしは本当に無我夢中で逃げ出してしまった……それがわしの覚えておる全てじゃ。……よいか、忘れるな……あの奥には間違いなく何かおる……。後はお主らが決めるのだ……」


 村長の話のあと俺たちは、地下への入り口へ向かいながら先程の話を整理することにした。

 地下の入り口は、村の中心から少し離れた小高い丘に作られた大きな石柱、それが建てられている人も上がれるほどの土台、その裏手側だ。


「……べっつにさー、ライトを支えるーなんて、そんな理由で旅についてったワケじゃねえって。なあ」


 そう話すのはディグ。彼の家は鉱夫で、その長の息子。採掘で鍛えられた大柄な体型を生かしパーティーでは重装を担う。旅を始めた当初は俺と同じく剣を使っていたが、剣では彼に軽すぎた。年は俺より二つ上だがそれを鼻にかけずに付き合ってくれる、一番の親友だ。冒険者になることは迷っていたが、鉱夫の仕事を若造が思い上がるな、と言われ心が決まったらしい。(若者一人居ようが居まいが大差なしという意味だろう)


「そうそう。あたしには村の、のんびりした生活は退屈でしかないって~」


 そう同調するのはファム。農家の娘で、年は俺よりも一つ上。農業を手伝う傍ら猟もしている。本人は狩人になりたいと、うちの親父から弓を習い、俺も伝え聞いたので冒険者に誘った所快諾してくれた、……のだが彼女の両親は猛反対をしていた。この冒険を成功させて、わだかまりが少しでも解消すればと思っている。パーティーでは斥候担当する。敵が俺一人では難しい場合、俺とディグが敵の注意を引き、彼女がとどめを刺すという作戦を主としている。その点だけで言えば、俺よりもずっと大物を仕留めてきたとも言える。


「でも村長言ってましたね、階段を降りただけでは行き止まりと。ですが、今なら子どもの頃とは違う発見が出てきそうです。」


 そう分析するのはアンクレッタ。俺たちや、親しい人ならアンクと呼んでいる。村に教会の建設が決まった頃に神父が到着し、その時連れてきた娘になる。また母は、村より西の町ビークの教会に勤めている。年は俺と同じくだが、アンクのほうが数ヶ月上。パーティーでは癒術士で、冒険者としても貴重な存在だ。しかし、それを理由にパーティー加えた訳ではない。いままで四人一緒に過ごしてきたのだ、彼女だけいないということは考えられない。冒険者になると決めた時に両親はとても驚いたそうだが、世界に見聞を広めなさい、とのことだった。


 そんな話をしながら進んで行く。気を緩め過ぎだとか緊張しすぎだとか、冒険当初とは違う気の持ち方に俺は、自分たちの実力を改めて実感していた。


 聖剣が村の地下に封印されている……子どものころからそう聞かされていた俺は、それ確かめる為に今の仲間を集めて地下に忍びこんだことがある。その時の事を村長は激しく叱り、さっきも当時を思い出して話をしたのだと思う。

 しかし、その対応が逆に聖剣の存在を事実だと確信づけ、俺は手に入れる事を夢中になって考えるようになった。


 今までのことを振り返り歩くことしばらく、入り口となる石戸の前に着く。

 周辺は、裏手側に回れないほど酷く雑草が繁茂していたので前日に刈っておいた。立ち入らないよう敢えて放置していたのだろう。


「子どもの頃に、この石戸を四人でどかしたんだよな」


「ああ、俺とディグでも動かなかったから、断らなそうなこの二人に頼んだんだ」


 ……我ながら打算的な理由だ。


「おかげで、あたしとアンクも怒られる羽目にあったけどね……。庇ってくれたっていいのにさ」


「うん……、俺も今ならそうするけど、あの時はそこまで気が回らなくてその、悪かった」


「ふふ……、そう言ってファムもそんなに怒ってはないんでしょう? 私は自分でついて行ったので気にしていません」


「……まあね、でなきゃ今更そんな話しないってね」


 一呼吸置き皆の心の準備を待つ、そして……。


「……うっし、それじゃ行くか。今なら俺とライトで動くだろ、それ」


 俺たちは石戸をどかして、地下への階段を降りて行った。



 『聖剣』と聞いたらどんな想像をするだろうか。


 なんかよくわかんないけど強そうとか、手に入れる為に大冒険をしそうだとか、自分には手の届かない代物だろうとか、そんなものかも知れない。


 だが、村で生まれ育った俺の場合は違い⎯⎯。

 

 『目の前に人参をぶら下げられた馬』ならぬ……目の前に聖剣をぶら下げられた、俺。



 ランプの灯りだけを頼りに、俺を先頭にして地下へと降りて行く。その階段の幅は横にわずかに二人並べず、高さは二メートルほどだ。


「ここって、こんなに狭かったんだな」


「……ですね……、それだけ子どもの頃から、成長したということでしょうが」


 ディグとアンクがしみじみ言う。俺とファムはこう続ける。


「あの時は無駄に広く感じたのにね」


 自分たちで松明を作って、何が出るかとおっかなびっくりで進んで結局何もでず、そして……。

 長い階段の途中、四回直角に左へ曲がり、俺たちは例の行き止まりに着く。


「行き止まりってね。ここで見つけられて、何も調べてないんだよな」


「何をどう塞いだか、あれ忘れたって言ってましたけど、わざと濁したんですよねきっと」


「だな、見つからなければそれでよしと、思ったんだろ」


 俺たちは正面、左右、天井、足下と見渡し気づいた。 


「これは足下、だな」 


 それは一枚の石床で、そこには人一人が通れそうな円形の線が入っており、線の周囲も抉じ開けた痕跡があった。俺たちはその痕跡をもとに何とか開けることに成功する。

 しかし待ち構えていたのは、底が見えないほどの穴と闇。予備に持ってきていた松明に火を着け、穴へ落とした。落着音を確認し深さは約二十メートルと予測出来た。松明はまだ消えていない。

 ならば次はロープだ。が、しかし結べそうな支点が見当たらない。俺たちは頭を悩ませた末、石床を一度剥がしてロープを巻き付けたのちに、それを戻すことで支点にしようと思いつく。

 早速石床を剥がそうとした時、何かに引っ掛かるような手応えを覚えつつも何とか起こす。そしてどかしたそこにはロープとおぼしき残骸が残っており、つまりそれはこれが引っ掛かりの原因だったこと、また以前来たという冒険者も、同じように対処したことを意味していた。

 巻き付けが終わると俺から降りていく。火打石も忘れない。少し時間を取られたせいで、落とした松明は既に消えているからだ。底が暗いせいで地面までの距離がわからない。そしてロープは地面に届いておらず、この時すぐそこだろうと侮ったのは失敗であった。

 掴んだロープ端から手を離すと、体感でまだ人一人分以上の高さがあり、暗いことも手伝って受け身を上手く取れず、衝撃を逃がしきれなかった。


 痺れた足を庇いつつ手探りで松明を探す。

(熱っ)

 何とか松明を拾い再び火を着けると⎯⎯。


(むぅ、これは俺一人では戻れないな)


「ひゃぁぅ!? ……まだこんなに高いのね……」


 !? アンク!?


「何で降りて来た!? 降りると戻れないぞ!」


「えッ? でも……」


 松明で更に上を照らす。


「なッ!? ディグも上にいるのか!?」


「ていうか、……ファムもすぐ来る……アイツじっとしてらんねーから」


 !? 言ってる場合ではない! さすがに三人ではロープの強度が保たない!


「くっ、仕方ないアンク飛べ!」


「う、うんっ!」


 俺は持っていた松明を放り、なんとかアンクを抱き止める。直ぐにアンクを離し松明を拾う。


「……ったく、さすがに焦ったぞ……」


「よ……っと。まあまあこのくらいなら、俺が持ち上げるなり、ライトがぶら下がったところを登ってもらうなり出来そうだろ?」

 ディグは受け身を取り着地するとそう話す。


 それも確かにテではあるのだが、……こちらとしてはそれを避けたかったからなのだ……。しかし、既に降りてしまったのだから諦めるしかないが……。


「んーん!」


 と上から聞こえた。


「松明ー、って良かった。ちょっとそのまま照らしててよ」


 近くまで降りてきていたファムはそういうと、手提げランプの持ち手を口にくわえて降りてくる。くわえていたため声が出せなかったようだ(話したときは片手ロープ、もう片手ランプで身動きが出来ない)。

 器用だと感心するも、この状況を招いたのもまた、彼女なのだ……。


「よっし、と。着地成功」


 ……一人を除いてな……。


「……ともかく、なんとかここまでこれたな。装備を確認してから進むぞ」


 そう、俺達は装備や道具袋なども背負い、降りてきたのだ。本当にロープがよく耐えてくれたと思う。



「まったく、ロープ使うのも初めてじゃないだろうに」


 言いながら探索始めた俺達。


「いやあ、面目ない」

 ファムはそう答えるが反省の色が見えない。


「ここは巨大な空間ですね」


「そう、みたいだな」

 ディグとアンクは周囲を観察している。


 俺たちが降りて来たところは、ちょうど角に当たる場所のようで、松明とランプでは照らしきれないほどの広さだった。

 そして、周囲は石壁で張りめぐらされているようだが、それには劣化が見られない。

 床も同じく石で劣化はないが、小石から両手で持てるほどの石がまばらに落ちているところを見るに、どうやら天井から落ちてきたようだ。


「なるほど。あの縦穴は本来、梯子使って行き来するものなんだ」


 とそう直感した時である。


「あら? この柱は斜めだわ」


 アンクが言うので側に行くと……。確かにソレは柱のように見えた。

 だが円柱に見えるけれど太さが均一でない。周囲と意匠が絶対的に違う。更にソレの根元を見て確信した。


「これは……」


 柱ではなく、足だ……! この巨大さから恐らく体高は……。

 嫌な予感からの緊張感で、俺は何も言えなくなってしまう。

 俺は恐る恐る松明を掲げて行くと、牛のような頭を確認した。そして⎯⎯。


 ず ず ず ず ず……


「な!? 何!?」


 ソレは俺を睨みつけながら、ゆっくり立ち上がり始めた。

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