第8話 泰然とした軍曹
「さて、じゃあ他の隊員を見るか……えーっと、アルメラス軍曹」
アルメラス軍曹、十六歳、女。
十四歳で兵士養成所を出て、東部建設部門にて砲台建設隊隊員を任じられる。
同年、南部建設部門にて、トーチカ建設隊隊員を命じられる。
十五歳で、北部特殊工作隊にて、柵破壊工作員を命じられる。
同年、西部補給部門にて、食料補給隊隊員を命じられる。
同年──。
「異動が多いな、この子?」
一つの部門、一つの戦場に一年以上いたためしがない。
「異動が多いということは、その現場で不必要と断ぜられたか、本人が現場を気に入らないと思ったかのいずれかと思われます」
「そう、なるよな……ちょっと呼んで来てもらっていいかな?」
「了解しました」
そう言うと、シスリス曹長は部屋を出て行った。
俺が入ってきたドアとは別の、外事警察隊詰所につながる方だ。
「お待たせした」
まるで上官のような口調、だが、確実に若い女の子の声でそう言った。
え? この子、十六歳?
物凄く小さいんだけど。
まあ、ちゃんと胸もあるし、ただ身長が小さいだけではあるんだけど。
「私がアルメラス軍曹だ。私が来たからには安心していい」
うん、小さいけど表情の乏しい顔は傷どころかシミの一つもないし、後ろで一つ結びにしている髪ですっきりした顔の綺麗な女の子だった。
体格から考えて軍服も微笑ましく見る。
が、何さっきからの口調?
「軍曹、隊長殿に失礼ではないか」
曹長が厳しめにたしなめる。
「? 何を言っているのか」
なんなのこの子? 本気で不思議そうなんだけど。
えーっと、もらった書類を見直してみると……。
あ、備考が山ほど書いてある。
アルメラス軍曹は何度注意しても態度が変わらない。
有能な兵ではあるが、統制として示しがつかないため、各所配置を嫌がる。
「……そっか」
オルティが人手が集まらないって言ってたな。
だからこんなのしか連れて来れなかったんだ。
「まあいい、よろしくな、アルメラス軍曹?」
「うむ。よろしくお願いする」
表情は一切ないが、それはなんというか、あどけなさでもなく、本当に、さっきから全く顔が変わらない。
「で、軍曹は何が出来るんだ?」
優秀だと言われる以上、この子は優れた兵ではあるのだろう。
「私はジャイアントハンマーとジャイアントバトルアックスの使い手だ」
「……は?」
「私はジャイアントハンマーとジャイアントバトルアックスの使い手だ」
「いや、えっと?」
「私はジャイアントハンマーとジャイアントバトルアックスの使い手だ」
「もういい! 地獄か!」
いや、曹長、地獄かってなんだよ、笑いそうになったじゃないか、気持ちは分かるけど。
ちなみに地獄って、訊いて欲しくない問いをされ続けるところって言い伝えもあるからそれの事だろうけど、軍曹は答え続けてただけだ。
それはともかく、だ。
俺よりも頭一つ以上低い女の子が、ひょい、と持ち上げて運べそうな女の子が、おそらく、この子の身長より大きそうな、あのジャイアントハンマーを扱う?
え? この子の冗談?
笑った方がいいのかな?
「隊長殿、それは本当です」
「え?」
俺の表情から冗談を疑っていると悟ったシスリス曹長が言う。
「アルメラス軍曹は巨大武器の使い手です。詰所に武器もあります」
「持ってくるか?」
「あー……いいや。また今度戦闘演習の時にな?」
「うむ」
なんかもう、色々情報が多すぎて、これ以上は無理だ。
まあ、つまり、この子はこの小さな身体で、巨大な武器を扱うってことか。
そう言えばさっきの経歴も建設とか破壊工作とか多かったな。
「まあ、これからよろしくな? アルメラス軍曹」
「うむ、よろしく、エイリス」
「エイリ……うん、まあよろしくな?」
「アルメラス軍曹! 隊長殿のファーストネームで呼ぶとは何事か!」
流石に怒鳴る曹長。
「気にするな」
「軍曹は気にする側です!」
「問題ない」
アルメラス軍曹は表情一つ変えず、そう言い返した。
「ですから!」
「あー、いいよいいよ。これしか言えないならそれでいいよ」
俺は別に敬称とかそういうの気にしないし。
「隊長殿がいいのでしたらいいですけど……」
自分がまとめるはずの隊員の行動を、隊長である俺がいいと言ったので、少し戸惑っているシスリス曹長。
「エメタールもよろしく頼む」
「エメタ……」
エメタール・シスリス曹長までもファーストネームで呼ばれ、怒っていいのかどうか俺をちらちら見る。
これは別に曹長と軍曹の間の問題だから好きにすればいいんだけど、俺がファーストネームでいいと言った以上、その部下の曹長が駄目というのは順列的におかしくなるよな。
ここは堪えてくれ、と合図を送る。
「……分かりました。こちらこそよろしく、軍曹」
「手がいたいのだが」
おそらく、物凄く強い力で握り返す曹長。
「分かった、もう下がっていいよ、向こうで待機しててくれ」
「うむ」
アルメラス軍曹は悠々と戻って行った。
「えーっと……まあ、実力があれば俺はそれでいいから」
「そうですね……それならばまだ」
多少イライラしている曹長。
真面目な子からすれば、ああいうルールを無視するタイプには腹が立つのだろう。
おそらく俺が上官でなかったら俺に当たってたくらいイライラしてる。
こういう時は逆に何も言わない方がいいだろう。