第7話 婉然とした曹長
そうこうしてる間に、オルティに言われた部屋の前まで来た。
ドアには「外事警察隊隊長室」と書かれた看板があるので、ここでいいのだろう。
隣には「外事警察隊詰所」と書かれた看板があり、おそらくそちらには部下たちがいるのだろう。
一応さっきオルティに部下の経歴書をもらっているのだが。
こういうのって機密じゃないか?
封印されているとはいえ、手渡しで渡していい物なのだろうか?
まあ、それはともかく、詳細は部屋で読もうと思っていたので読んでないのだが、その優秀な曹長とやらも部屋にいるのだろう。
詰所にいるのか隊長室にいるのかは分からないが。
ま、とりあえずは俺の部屋の方に入るか。
俺は、目の前のドアを開ける。
「お待ちしておりました、隊長殿!」
びし、と敬礼する、おそらく副官である曹長。
ドアを開いて立っていたという事は、俺をずっと立って待っていたという事か。
「本日より外事警察隊副官を拝命いたしました、曹長のエメタール・シスリスであります! お目にかかれて光栄に存じます」
凛、とした表情。
オルジリア人の特徴たる長い金髪には癖がなく、碧い瞳には曇りのない、理想的な若い軍人だ。
ただ、俺にとっては目の毒にしかならない、女性的スタイルの良さを除いては。
え? 女の子……?
そういう事は言っておけよオルティ!
年上の女の子なんて聞いてないぞ?
凛とした表情は、勇ましくもあり、また、俺と同年代の幼さもある。
一言で言えば、美しい女の子だ。
「ああ、よろしく」
俺も何と言っていいか分からないので、そう返すしかなかった。
「憧れのブレウ中尉殿の下で働けることが出来、光栄の極みです!」
感動に打ち震えるかのように言う曹長。
彼女が演劇を嗜んでいるのでなければ、よくある社交辞令のそれとは違う事は分かる。
年上の女の子に憧れられ、光栄の極みみたいな瞳で見られるのは、なんというか初めての経験なのでむずがゆくはある。
「え? なんで俺なんかに?」
「中尉殿の『クシャラ城の人質救出』の全てをお聞きいたしました」
「ああ、あれか……」
部下の手痛い裏切りに遭った救出ミッションだな。
「あれは俺にとって忘れたいミッションだ、あまり言わないでくれ」
「え……?」
驚いた表情の、シスリス曹長。
あまりの驚きのせいか、軍人口調を忘れてしまっている。
ま、そうなるよな、普通。
俺がシーラ王国のクシャラ城に乗り込んで、捕虜になった国民を救出した英雄ってのが、一般的な見方だからな。
だが、俺としては信じていた部下が裏切った、忘れたい事件だ。
くそっ、あいつのせいで俺は……!
「いや、ごめん、変なことを言ったね。忘れて欲しい、これからよろしく、曹長」
「はっ! よろしくお願いいたします!」
シスリス曹長は再び敬礼をする。
「さて、では仕事を始めたい、けど、俺も何も知らされていない。こちらで相談して仕事を作ってくれと言われた。まず、この隊で何が出来るかを考えたい」
「小官も同意であります」
……口調が堅いなあ。
可愛い女の子なのに。
俺も初めてだから貴官とか言っちゃったけど、もう少し砕けて話したいなあ。
「だから、隊員がどれだけいて、何が出来るかを確認したい。資料を大尉にもらってきたけど、君にもあるかな?」
「はい、こちらに」
シスリス曹長が書類を取り出す。
もうチェックした後がある。
不明な点を向こうの部屋の本人に確認したのか、手で書いたメモもある。
本当に優秀な副官だな。
「じゃ、確認してみようか」
俺は封を解き、人事情報を開く。
一人一枚ずつで書かれている紙が、四枚。
「……は?」
四枚?
つまり四人ってこと?
「これで全部?」
「はっ」
「四人?」
「いえ、小官の頂いた資料は二枚となります」
え? なんで二枚も差があるんだ?
「貴官の資料に自分の物は入っていない?」
「入っておりません」
「そうか、それで一枚分はつじつまが合う。後一枚は何だろう?」
「申し訳ございません、小官にも分かりかねますが、現在詰所におりますのは二名のみとなります」
「そっか……」
まあ、人員が後で追加されたのかも知れないけど、それにしても……。
「え? 俺含めて四人か五人で何するの?」
そもそも、五人で隊を名乗って中尉が指揮するって、なんか変じゃない?
「不明ばかりで申し訳ありません、こちらも存じ上げません。ただ、本隊は少数精鋭と聞いております。特殊部隊扱いではないかと愚考いたします」
「特殊部隊ねえ……」
まあ、確かに十八歳の曹長ってのは何か才能がなければなれないし、この子がいるってことはそういう才能のある人間を集めたのかな?
「さて、と。ではまずは、貴官の人事情報から見ていこうか。年齢と階級から、随分優秀だとは分かっているけど」
「恐れ入ります」
そんなわけで、俺はまずは目の前の彼女の人事情報を確認する。
エメタール・シスリス曹長、十八歳。
十三歳で兵士養成所を出て、北部戦線の補給部門にて消耗武器補給隊隊員を任ぜられる。
潜伏能力をかわれ、十五歳で軍曹となり、潜入工作部隊を任命。
北部戦線の敵指令爆発作戦の重要な要員として活躍。
功績を認められ、十七歳で曹長となり、中衛小隊長を任命される。
隊員育成に定評があり将来有望。
潜入工作および、短剣を使った乱戦が得意。
父はティブズ・シスリス騎士爵。
「え? シスリス少佐の子女なんだ?」
「はっ、父は少佐を任じられております!」
「そっか、通りで」
シスリス少佐ってのは、さっき言ってた、伍長から少佐になった人で、前線では敵に「再来した魔王」と恐れられるほど強く、また、秘密裏に敵国に侵入し、重要施設破壊工作もやってのけた、この国の英雄だ。
そうか、あの人の娘さんか。
並んでみるとそれほど身長も高くはない、まあ、女の子にしては長身なのだが、大きく見えるのは、顔が小さく、また、身体が鍛え上げられたスレンダーであるからなのだろうか。
ちなみに何故そう思うかと言えば、細い割に胸が大きいから、相当に鍛え上げられてるんだろうな、と推測できるからで。
……ま、女の子の身体をあまりじろじろ見るのは失礼だろう、この子も平民の出だろうけど、今は貴族の娘さんなんだし。
「君みたいな人が副官になってくれて嬉しいよ」
手柄をどんどん押し付けられるし。
「恐れ入ります!」