第5話 俺の許婚者……達
「これは、本当ならもう生涯言うつもりもなかったんだけど……会ってしまったら、いろいろ思い出しちゃってね」
「……うん」
「誤解しないで聞いて欲しいんだけど、私とシスリスくんって、昔、付き合ってて、結婚の約束までしてたのよ」
母さんの口にした言葉は、あまりにも衝撃的だった。
貴族の、侯爵家の娘が、侯爵家内では貴族扱いとはいえ、平民の男と結婚の約束をしていたって?
「……え?」
初めて、聞いたよそんなこと。
「で、そろそろお父様に紹介したいって言ってたんだけど、あの子がせめて中尉になるのを待ってください、とか言うので待ってる間にお父様が縁談を持って来たのよ。私だって拒否はしたし、お父様に決闘を申し込んで抵抗もしたわ」
「……相変わらず母さんの昔話は過激だなあ」
母さんを見てると、外事警察隊が可愛く思えるよな。
皇族でもないのに実力で大元帥に上り詰めた爺さん相手に決闘を申し込むとか。
「でも、結局サフィニス子爵様と結婚することになって。今は結婚してよかったと思っているわ。私も幸せだから。でもね、自分の好きだった子の娘さんが、自分の息子に惚れている、って聞くと、せめてこの子たちだけは、って思ってしまうじゃない? シスリスくんも、同じ思いなんじゃないかな?」
「うん……分かる。分かるよ」
貴族である以上、親が命じれば、その相手と結婚しなければならない。
俺はそれを生まれた時から理解しているから、可愛くて愛すべき、俺を好きでいてくれる女の子の求愛を断り続けている。
そして、自分たちが出来なかったことを、出来れば自分の子供たちに押し付けたくはない。
それは、分かっている。
そして、シスリス准尉が俺を好きでいてくれる、ということは、純粋に嬉しい。
でもさ、ちょっと待て、いや、ちょっと待て。
あの子に好かれるのは最高の気分だし、どんなに頑張っても、嫌いになることは難しいくらい、魅力的な子なんだけど。
けど、ちょっと待ってくれ、准尉はずっと俺のそばにいて、そうしたら、用がなくても俺のそばにくるトゥーリィに会うし、当然あの子が俺のことを好きなのは知ってるわけで。
その上で縁談を申し込んで来たんだ。
そう言えばあの時、こんなことを言っていた。
「あまり恋愛恋愛おっしゃられておりますと、その隙を突いて小官が出し抜きますよ?」
あれはもしかして、階級の事じゃなく、縁談の事だったのか?
まさかな……いや、でも、その結果がこれじゃないか?
「で、どうする?」
准尉は魅力的だ。
あの子が結婚相手なら、俺は生涯愛し抜くと誓える。
だけど、このままではあまりにもトゥーリィが惨めすぎる。
三年前からずっと俺を慕っていて、いきなり准尉にかっさらわれたのでは、さすがに可哀想だろう。
「あー、多分、後何日かしたら、もう一つ縁談がくるから、それと併せて考えたい、で、いいかな?」
「分かったわ。でも、早く決めないと、あんた、すぐにでも少佐になるわよ?」
そう言って母は去っていった。
……大尉になって、もう諦めて結婚を考えて、何とかトゥーリィに動いてもらって、俺との縁談に来させようと思ってたのに。
ここに来て、シスリス准尉が動き出して、縁談を先んじて持ってきて、俺を迷わせる。
おそらくトゥーリィとの縁談を、親父は強く勧めるだろう。
親父の勧めと母さんの勧め。
そこに更に様々なしがらみも絡んでくる、
二人とも最高の女の子なんだ。
どちらか一方の縁談なら、俺は今すぐにでも功を上げ、少佐になる自信はある。
けど、二人いるとなると、どちらか一方を選ぶとなると、やっぱり先延ばししたくなる。
しょうがない、ここは三人で話し合おう。
多分、話し合いがこじれて、演習という名の喧嘩に発展するけど見守ってやろう。
それが俺の義務なのだから。




